どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ177

2008-05-05 01:30:39 | 剥離人
 今日も朝一の儀式を始める。

「木田さん、バルブを開けて来ます!」
 一番若いノリオは、階段を駆け上がると工業用水のバルブを開けに行く。
「木田さん、このくらいでイイっすか?」
 私は1インチ(25.4ミリ)ホースから出る水量を見ながら、ノリオにオッケーサインを出し、供給水タンクからはフィルタリングされた水が溢れ出した。
 発電所建屋内の分電盤のブレーカースイッチを入れ、コンテナ横の電工ドラムのブレーカーを入れる。供給水タンク内で吸込ポンプが起動し、私はハスキーの供給水バルブを『開』にする。
 ハスキー本体の供給水タンク最上部にあるエアー抜きバルブを開き、エアーと一緒に供給水を噴水のように吹き上げる。
「ボチャっ、ボチャボチャボタッ!」
 空から水滴が雨のように降って来て私の作業着を塗らすが、全く気にしない。朝の景気付けの儀式だからだ。

 ポンプ正面に回ると供給水の圧力計を確認する。軽く125psi(約9kgf/cm2)を超えているので問題は無い。
 私は胸に下げているキーチェーンから鍵セットを一つ外し、操作盤のイグニッション部に差し込み、その手で操作盤下部の電源スイッチを入れた。ハスキーの赤い警告ランプが全て点灯する。
 黒いオーバーライドスイッチを押し込むと、オーバーライドスイッチ用ランプを残して他の全てのランプが消灯し、起動準備が完了する。
 私はイグニッションキーを右側に捻り込んだ。
「カチョン…」
「?」
「カチョン…」
「??」
「カチョン!カチョン!」
「???」
 嫌な予感が私の背中を走った。私は恐る恐るもう一度、慎重にイグニッションキーを捻った。
「カチョン・・・」
 それはとても淋しい音だった。
 
 いつもならウチのかわいいハスキーちゃんは、尻尾(マフラー)から黒煙を吐き出し、
「ボうぉー、ガロンガロンガロン」
 と低い声で唸り出すはずだった。
 ハスキーの異変に気付いたのか、小磯が近寄って来た。
「木田君、どうしたの?」
「いやぁ、ハスキーちゃんのご機嫌が…」
「な、なにぃ?働きたく無いって?」
「いやぁ、もう一度やりますね」
 私は再びキーを捻った。
「カチョン…」
 やはり淋しい音しかしない。
「がはははは、さぁ木田君、どうすんの?」
「どうすんのって言われてもねぇ…」
 ハルがニコニコとしながら近寄って来る。
「あんら、ハスキーちゃんはご機嫌斜め?」
「ええ、まぁ…」
 ノリオも寄って来る。
「ノリ、ハスキーちゃんが今日はお仕事したくないって!」
 ハルがノリオを捕まえて股間を突く。
「や、うははは、やめて下さいよぉ!」
 緊張感の欠片も無いやり取りだ。
「さてと…、うーん…」

 私にとって初めてのトラブルパターンだった。