どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ196(M資源公団水管橋・前編スタート!)

2008-05-26 04:07:56 | 剥離人
 Y県から戻って一ヵ月後、私は渡から本社へ呼び出された。

「おうおう、よう来たの」 
 渡はいつもの様に応接室を指差し、自分用の灰皿を手に持って歩き始めた。
「どうでっか、調子は?」
「まあ、結構暇ですね」
「わははは、そうでっか」
「ええ…」
 渡は応接室のソファにゆったりと座ると、ゆっくりとした動作でタバコに火を点けた。
「健康に悪いですよ」
「わははは、お前までそういうことを言うなぁ!そうでなくても家では小さくなって吸ってとるんやで」
 渡と私は、声を出して大笑いをした。
「で、どうや、工場で作業は出来そうか?」
「いやぁ、無理だと思いますよ」
 私は二週間前の事を思い出していた。

 Y県のST共同火力発電所から戻って二週間後、そのY県から一台の10トン車がやって来た。
「木田さん、この『でんでん虫』は何?」
「ああ、ポンプのケーシングですよ」
 私はハルに荷物の説明をした。
「木田君、この内側の軟質ゴムライニングを、全部剥がせばイイんだね」
 小磯が天井クレーンを操作して、重量3トンの巨大でんでん虫をトラックから下ろす。
「トラックの帰り便は、二日後だそうです。早速やりましょう!」
 私はハスキーのエンジンを掛け、小磯とハルにガン撃ち作業を始めさせたのだった。
 二時間後、工場の敷地前に数人の男女が立ち止まり、こちらを頻りに覗き込んでいる。彼らの両手は、しっかりと両耳を塞いでいる。そのただならぬ雰囲気に、私は彼らに近寄って見たのだった。
「あの、何か?」
 私は耳栓を耳から引き抜くと、年配の男性に話し掛けた。
「失礼ですが、この作業はこれからずっとやられるのですか?」
「いえ、いつもはしませんけど…」
「私はこの町の町内会長をしている武野と申します」
「あ、どうも」
 物凄い騒音の中、お互いに名刺を交換する。
「あの、こっちの表側は大きな鉄工所ですし、左隣は線路、右隣は塗装屋ですけど、一体どこから苦情が?」
 私は準工業地域のこの場所で、一体誰が苦情を言っているのかと思っていた。
「実はお宅の裏の家からなんです」
「裏?」
「ええ」
 私は武野の案内で、歩いた事のない道路を歩き、工場の裏手の個人宅の前まで連れて来られた。
「ここ、ですか?」
「ここです」
 それは工場の裏手から、畑を挟んだ反対側、一戸建ての住宅の前だった。

「で、音は凄かったんか?」
 渡は憮然とした表情で、事務員の松野が持って来たコーヒーを啜った。
「ええ、その個人宅まで、約五十メートルは離れているんですけど、凄いですよ」
「お?確か業者に測定させるって言わんかったか?」
「ええ、古谷建設の古谷さんの紹介で、資格を持った測定士に計測させましたよ。十万円ほど掛かりましたけど」
「まあ、それは必要経費や。それで結果は?」
「ポンプやガンの側は、100~110dB(デシベル:音の単位)ですね」
「110デシベル?それはどの位の音なんや?」
「まあ、例えるなら電車が通過する鉄橋の真下に居るような物ですね」
「鉄橋の真下か、そりゃ凄いな」
「ええ、しかも電車は通り過ぎますけど、ハスキーやガンは、そのまま音を出し続けますからね」
「えらい事やな、で、その民家の数値は?」
「凄いですよ、驚いたことに、敷地境界線で85dBもあったんですよ」
「そらぁ…あかんな」
「ええ、あきまへんわ」
「発電所の部品はどうしたんや?」
「二日で終わらせる条件で町内会長に頼み込んで、とりあえず今回は見逃してもらいました。でも次は…」
「無理やろな」
「ええ」
 渡は急に腕組みをしながら、考え込んだ。
「次の仕事の話が出とるんやけどな…」
「まさか!?」
「民家の側や…」
「それはちょっと…」

 だが渡の目つきは、一向に諦める気配が無かった。