どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ190

2008-05-20 23:55:01 | 剥離人
 予定よりも遅れること三時間、我々はN県に向かって海岸線の道路を南下する。

 N県までは、大型トラックも爆走している、整備された幹線国道を使えば速いのだが、やはりこの日本海側の景色を楽しまないのは罪だ。
 道路は細くてスピードは上がらないが、日本海を眺めながら窓を全開にして走ると、ゆったりとした気持ちになる。
「がははは、やっぱり海はいいね」
「うん、気持ち良いね」
 仕事が終わった開放感もあり、小磯もハルも気持ち良さそうだ。こういう事に関しては三人とも意見が合うので、気楽に楽しみながら走ることが出来る。
「小磯さん、あのタコ、美味そうじゃないですか?」
 私は漁村を通り抜けるたびに思っていたことを口にした。
「あのタコの干物?」
「ええ、気になって仕方がないんですよ」
 この辺りは、タコを丸ごと一匹、そのままぶら下げた状態で干してあり、それが物干し竿などにずらりと並んでいると、かなりのインパクトがある。
「買ってみる?」
「ええ、次の漁村で買いましょうよ」
 
 車が再び小さな漁村に入ると、小磯とタコを探しながら走る。
「お、木田君!」
「ありましたね」
 私は車を路肩に停めると、頭をフックに貫かれ、ずらりと物干し竿にぶら下がっている、赤黒いタコに近づいた。
「おお、これは美味そうですね」
「これ、そのままイケそうだな」
 タコ以外にも魚の干物などが網の中に干してあり、欲しい人は声を掛ける様にとの、小さな看板があった。
「こんにちは!タコ、欲しいんですけど」
 民家の玄関口で声を掛ける。しばらくすると、いかにもな漁村のお婆ちゃんが出て来た。
「はい、いらっしゃい。何が欲しいの?」
 日に焼けて皺が刻まれたお婆ちゃんの顔が、ニカッと笑った。
「タコ!」
「おばちゃん、俺もタコ!」
 小磯と二人でタコを一杯ずつ頼む。
「ちょっと待ってね」
 そう言うとお婆ちゃんは、軒先に干してあるタコでは無く、目の前の大型のケースに入れてあるタコを取り出した。
「これは干し終わったのだがらね」
「これって何か味が付いてるの?」
「そうだ、ちゃんと味が付いてて、そのまま食べられるから。ちょっと味見するか?」
 そう言うとお婆ちゃんは、小さめのタコの脚を切り取ると、三人に一本ずつ手渡してくれた。
「おお、これは美味い!」
「ちょっとタレの甘みがあるのが良いね、ビールに最高!」
「うん、美味しいよ」
 お婆ちゃんは満足そうな顔をしている。
「もう一本食べるか?」
「うん、食べる!」
 お婆ちゃんは、今度はさっきよりも大きな足を切り取り始めた。

 三人は、口から大きなタコの足をはみ出させたまま車に乗り込み、再びN県に向かって海岸線を南下し始めた。