どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ186

2008-05-16 10:00:04 | 剥離人
 ハルの口から発せられた三文字の単語を、私は最初、理解出来なかった。

「タ・バ・コ!」
「は?」
 私は改めてボトルを覗き込んだ。ボトルの中の液体は、やや白っぽい濁りを生じているものの、他に不純物が浮いているような感じは見受けられない。
「どこに入ってるんですか?そんな風には見えませんけど」
 ハルは嬉しくて仕方がないという顔をしている。
「分かんない?」
「ええ」
「じゃあ木田さんには、特別に見せてあげるからね…」
 ハルはそう言うと、ボトルの底を支えていた左手をずらし、私にだけ見えるようにした。
「…?」
「ほら、良く見て」
「…!」
「分かる?」
「もしかして?」
 ハルは首をコクコクと縦に振った。
「あれ?普通はこれって浮きません?」
「そこがポイントよ。最初にしっかりとボトルを振って、水分をしっかりと含ませて、底に沈めちゃうのよ」
「はぁー、なるほどね」
「後は振るだけ」
「わはははは!振るだけね」
「うんうん」

 私は大笑いをしながら、佐野の隣に戻った。
「何が仕込んであった?」
「タバコのフィルターです」
「フィルター?」
「ええ、しかも茶色のやつ」
「ほう、なるほど。それで最初にしつこいくらい振ってた訳だ」
「ええ、底に沈めるためですね」
「ボトルの底を左手で押さえているのもその為か」
「ええ、でも振れば振るほど、どんどん濁って、フィルターが見つかり難くなるんですよね」
「はははは、迷惑な遊びだな」
「わははは、店とっては、ド迷惑な遊びですけどね」
「あのボトルは?」
「もちろんハウスボトルですよ」
 私と佐野の小声の会話を、咲恵が一生懸命聞き取ろうとしている。
「えー、何を話してるの?教えてよぉ」
「それはあそこのお兄ちゃんに聞いておいで」
「うん、おっぱい擦り付けて、『教えてぇん』って言えば、教えてくれるから」
「えー!?」
 咲恵は渋々ながらもハルの側に行き、おっぱいは擦り付けないで質問をした。
「ほらぁ」
 ハルは咲恵の膝の上にボトルを乗せ、底の方を指差している。
「ああっ!」
 咲恵はママの方をチラリと見て、複雑な表情を浮かべた。
「うひゃひゃひゃひゃ!」
 ハルは爆笑し出した。

 十分後、ハルの『マジック』の全容が皆に明かされると、ママの表情は不機嫌になり、小磯は気まずそうな顔でソファーに座っていた。どうやら小磯は、最初からハルの『マジック』のタネを知っていたらしい。

 さらに十分後、ハルと荒木は、店の前に停車したタクシーに乗り込んでいた。
「じゃ、木田さん、先に帰って寝てるからね」
「ええ、タクシーの領収書は必ずもらって下さいね」
「はいよー」

 私の前から、二人を乗せたタクシーが走り去って行った。