どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ187

2008-05-17 12:48:10 | 剥離人
 翌朝、荷物を宿の玄関に積み上げると、我々は最後の朝食を摂った。

「ハル、お前の『マジック』は、今後禁止な」
 小磯が生卵を飯の上に掛けながら、ハルにマジック禁止を言い渡した。
「だって、あんなに遠い呑み屋に行くとは思ってなかったからね」
 ハルには一向に悪びれた様子が無い。

 昨夜、帰りたがるハルと荒木をタクシーで送り返すと、我々はさらにその店で呑み続けた。
 一つは、ハルのマジックによって、ハウスボトルをもう一本出してもらってしまったことと、もう一つは、小磯が帰りたがらなかったからだ。
「あそこで帰る訳には行かないでしょう」
 小磯はしきりに、男としての面子が大切だと、佐野が運転する帰りの車の中で主張していた。
「でも高くつきましたよ、昨夜の呑み代は」
「そりゃそうだべ、あんな所まで呑みに行けば」
 佐野は笑いながら私に同意した。心持ち高めのお会計に、ハルと荒木の遠距離のタクシー代、現場の打ち上げにしては完全に大盤振る舞いだ。
「ハイハイ、以後気を付けます!」
 小磯はしかめっ面で、みんなに自分の店選びの動悸が不純だった事を詫びた。

 朝食後、宿泊費を清算して、荷物を車に積み込む。
「じゃ、佐野さん、ノリ君、荒木さん、ありがとうございました」
「おう!荷積みだけだけど、気をつけてね」
「木田さん、ハルさん、小磯さん、お世話になりました!」
 ノリオが車を運転し、佐野は助手席で手を振り、荒木は後部座席でペコリと会釈をした。
「お疲れ様でした!」
 
 三人の車を見送ると、小磯とハルと一緒に、ST共同火力発電所に向かう。
「お早うございます」
 TG工業の田中と顔を合わせるのも、今日で最後だ。
「今日は荷積みが終わったら帰るんですか?」
 田中も今日はのんびりとした雰囲気だ。吸収冷却塔が完全に乾燥してからサンドブラストを行うので、プレハブ事務所で書類の整理をしているらしい。
「今日は新潟まで、のんびりと帰りますよ」
「いいですねぇ」
 田中はまだまだ、ライニングが完了して検査を受けるまでは、ここに居なければならない。
「じゃ、そろそろやりますか」
 私は小磯とハルと一緒に、現場に向かった。

「グォオオオオン!」
 50トンのラフター(クレーン)のアウトリガ(車体を支える脚)が伸びる。三人で木製の敷板を、アウトリガの接地位置に置く。
「ギュオオオオン」
 油圧によりアウトリガが50トンラフターの車体を持ち上げ、完全に車輪が地面から離れた。これで吊り上げ準備は完了だ。
「木田君、トラックは?」
「ちょっと探して来ますよ」
 私は発電所の構内をうろうろと探してみるが、丸山運送のトラックが見当たらない。
「しゃーねぇなぁ…」
 私は携帯電話のメモリーを呼び出すと、丸山運送に電話を入れた。
「はい、丸山運送です」
「あ、社長?R社の木田です」
「あ、木田さん、どう?Y県は」
「うん、仕事は終わったよ」
「終わった?」
「うん、トラックは?」
「トラックって?」
「いや、今日の荷積みの。誰が来てるの?宮地さん?」
「…木田さん、来週の金曜日じゃなかったの?」
「え…、えええ?嘘ぉ、マジ?」
「あれぇ、来週じゃ無かったっけ!?」
「こ、今週だよぉ、今日だよぉ!」
「はっはっはっ!参ったねこりゃ」
「いや、参ってるのは俺なんですけど…」

 小磯とハル、レッカーのオペレーターが、心配そうな顔で私を見つめていた。