ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

就学支援制度拡充の動きについての疑問

2022年12月09日 00時00分00秒 | 国際・政治

 2022年12月6日付の朝日新聞朝刊14面13版Sに「就学支援制度 若者の選択肢 狭めるな」と題された社説が掲載されています。朝、電車の中で読み、すぐに社説とは別の観点からの疑問が湧き上がりました。

 私は、「地域における大学の振興及び若者の雇用機会の創出による若者の就学及び就業の促進に関する法律(平成30年6月1日法律第37号)」という論文を書きました。そこにおいて、地域大学振興法と略している法律の効果に疑問を呈示するとともに、J. S. ミル『大学教育について』(2011年、岩波文庫)の一節を引用してから、次のように記しました。

 「大学が高等教育機関としての使命を果たすことよりも、時の政権や経済界の意向に振り回され、産業競争力の強化のための駒に堕するようでは(科学)研究力が低下するのも当然である。まして、地域大学振興法は大学を地方創生の道具として扱おうとするものである。大学の高等教育機関としての本質に関する議論または検討は彼方に追いやられていると言いうるであろう。これでは、その名称の通りに各地域の大学の振興に結びつくのか、心許ないと評さざるをえないであろう。」

 今、政府が検討しているという就学支援制度の概要は、朝日新聞朝刊社説において取り上げられているところによると、上に示した拙文とほぼ同じ趣旨なのだろうと考えられます。

 社説は、「岸田首相が議長を務める政府の『教育未来創造会議』は5月、子どもが多い家庭や理工・農学系学部の学生に限り、中間所得層にも支援を広げるよう提言した。この線に沿って24年度から見直すため、文部科学省が有識者会議を設置し、今月中に報告書をまとめる予定だ」と記した上で、「政府が重視する『成長分野』の学部だけ支援を手厚くするのには、違和感がある。家計が苦しい学生が、本当に学びたい分野への進学を断念することを誘発しかねない」と記しています。

 この点も重要ですが(最重要とも言えるでしょう)、私が気になったのは次の部分です。

 「文科省は、『直近3年度全ての収容定員充足率が8割未満』の大学を対象から外す考えだ。経営難の大学の延命に利用させないためというが、『充足率8割未満=経営困難』ではない。また、対象外になるのは、地方大学が多いとみられている。大学生の『地方に学ぶ場がなくなる』との声や、子どもの貧困対策に取り組む団体の『子どもの選択肢が狭くなる』との声にも、耳を傾けるべきだ。」

 地方大学の厳密な意味はともあれ、また、「収容定員充足率が8割未満」の大学は全国の何処にも見られるとはいえ、やはり首都圏などの大都市圏以外にあるところが多いのです。このブログでも私立大学の公立大学化を取り上げていますが、そのような例も大都市圏以外の場所によく見られます。これも「収容定員充足率が8割未満」の大学の話なのです。

 しかし、地域大学振興法の趣旨を生かすとすれば、日本各地にある大学に目配りをしなければなりません。また、日本の大学の数が多すぎるというような批判もありますが、それはこれまでの政策の失敗であるにすぎません。誰も責任を取らないでしょうが、政策は歴史的に検証すべきであるということです。

 就学支援制度の強化は、理工系の学部や農学系の学部を持つ大学には有利となるでしょう。しかし、そのような大学は、国公立であれば(農学系はともあれ)全国にあるはずですが、私立となると大都市圏に偏在しているのではないかと思われます。あるいは、各都道府県に理系学部(理工系学部など)を有する大学はあったとしても、数は少ないものと思われます。

 ここで、地方大学振興法第13条および第14条の規定を紹介しておきます。

 

 (特定地域内学部収容定員の抑制等)

 第13条 大学の設置者又は大学を設置しようとする者は、特定地域外の地域における若者の修学及び就業を促進するため、特定地域内における大学の学部の設置、特定地域外から特定地域内への大学の学部の移転その他の方法により、特定地域内学部収容定員(特定地域内に校舎が所在する大学の学部の学生の収容定員のうち、当該校舎で授業を受ける学生に係るものとして政令で定めるところにより算定した収容定員をいう。以下この条及び附則第三条において同じ。)を増加させてはならない。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。

 一 特定地域内に設置している学部等(大学の学部、高等専門学校の学科又は専修学校の専門課程をいう。以下この号において同じ。)の廃止、特定地域内から特定地域外への学部等の移転その他の方法により特定地域内学部等収容定員(特定地域内に校舎が所在する学部等の学生等(大学の学部若しくは高等専門学校の学科の学生又は専修学校の専門課程の生徒をいう。以下この号において同じ。)の収容定員のうち、当該校舎で授業を受ける学生等に係るものとして政令で定めるところにより算定した収容定員をいう。以下この号及び次号において同じ。)を減少させることと併せて、政令で定めるところにより、当該学部等を置く大学、高等専門学校又は専修学校の設置者(同号において「大学等の設置者」という。)が当該減少させる特定地域内学部等収容定員の数を考慮して政令で定めるところにより算定した数の範囲内で特定地域内学部収容定員を増加させる場合

 二 前号に規定する方法により特定地域内学部等収容定員を減少させる大学等の設置者との協議に基づき、当該特定地域内学部等収容定員の減少と併せて、政令で定めるところにより、当該大学等の設置者とは異なる大学の設置者又は大学を設置しようとする者が当該減少させる特定地域内学部等収容定員の数を考慮して政令で定めるところにより算定した数の範囲内で特定地域内学部収容定員を増加させる場合

 三 大学における教育研究の国際競争力の向上、実践的な教育研究の充実その他の教育研究の質的向上を図るために外国人留学生又は就業者である学生に限定して特定地域内学部収容定員を増加させる場合その他の特定地域内学部収容定員を増加させることが特定地域以外の地域における若者の著しい減少を助長するおそれが少ないものとして政令で定める場合

 (勧告及び命令)

 第14条 文部科学大臣は、大学(学校教育法第2条第2項に規定する公立学校又は私立学校であるものに限る。以下この項において同じ。)の設置者又は大学を設置しようとする者(以下この条において「公私立大学設置者等」という。)が前条の規定に違反し、又は違反するおそれがあると認めるときは、当該公私立大学設置者等に対し、その是正のために必要な措置を講ずることを勧告することができる。

 2 文部科学大臣は、前項の規定による勧告を受けた公私立大学設置者等が、正当な理由がなくて当該勧告に係る措置を講じなかったときは、当該公私立大学設置者等に対し、当該措置を講ずることを命ずることができる。

 3 文部科学大臣は、第1項の規定による勧告又は前項の規定による命令を行うために必要があると認めるときは、当該公私立大学設置者等に対し、報告又は資料の提出を求めることができる。

 

 どちらの規定も2028年3月31日までの時限適用とされています(附則第2条)。また、第13条に登場する「特定地域」は、地方大学振興法施行令第1条によって東京都の特別区とされています。従って、特別区に「特別区にキャンパスを構える大学は、他の地域にキャンパスを構えるか否かを問わず、原則として特別区に所在するキャンパスの収容定員を増加させてはならないこととなる」ということになります。

 しかし、とくに私立大学を志望する学生にとって、理系の学部は文系の学部より選択肢が狭くなります。様々な分析を行った訳ではないので何とも言えない部分もありますが、首都圏にある、理系の学部を抱える大学への志望者が増える可能性はあります。そうなると、国公立大学はともあれ、他の地方にある大学の志願者が減少することとなるでしょう。そうなれば、首都圏や京阪神地区などにある有力大学が他の地方の大学を吸収統合するならば別として(地域大学振興法で禁じられていないと解釈できます)、大学の偏在は一層進むことになりかねません。

 就学支援制度の本旨は、大学に進学しようとする生徒、あるいは大学に在学中の学生の経済的基盤への補助のはずです。そこに別の趣旨を盛り込むこと自体がおかしい話と言えます。まして、大学の偏在を進めかねない施策は、地域大学振興法の存在意義を失わせます。生活保護を受けるならば大学への進学が認められないという厚生労働省の方針も、就学支援制度の趣旨と矛盾する部分があるのではないでしょうか。COVID-19の拡大によって一層進んだといわれる経済格差に対する取り組みに、今ひとつ真剣さが感じられないように思われるのは、私だけでしょうか。


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