2024年6月2日、池袋の東京芸術劇場に行きました。
日本フィルハーモニー交響楽団の第255回芸劇シリーズ、「作曲家坂本龍一 その音楽とルーツを今改めて振り返る」が開かれたためです。昨年亡くなった坂本龍一さんの作品を中心にしたプログラムで、次の通りです。
指揮:カーチュン・ウォン
監修:小沼純一
前半
ドビュッシー:「夜想曲」(合唱:東京音楽大学)
坂本龍一:「箏とオーケストラのための協奏曲」(箏:遠藤千晶)
後半
坂本龍一:「The Last Emperor」(映画「ラストエンペラー」より)
武満徹:「組曲『波の盆』」より「フィナーレ」
坂本龍一:「地中海のテーマ」(ピアノ:中野翔太、合唱:東京音楽大学。1992年バルセロナ五輪大会開会式音楽)
アンコール
坂本龍一:「AQUA」
一言で記せば、非常に興味深い内容でした。私がイエロー・マジック・オーケストラの1978年から1981年までの音楽に馴染んでいたからでしょう。
坂本さんがドビュッシーの影響を受けたという話はよく語られるところです。しかし、最近、その話が拡大されているように思えます。彼がグレン・グールドに惹かれていたということも知られていますから、当然、グールドによるバッハの曲の演奏も坂本さんに少なからぬ影響を与えているはずです。曲によっては、ドビュッシーよりもグールドの演奏を通じたバッハなどの演奏の影響のほうが大きいように思えます。
また、世代的にジャズの影響を受けていることは間違いなく、それは今回の「地中海のテーマ」においてよく表されていました。1960年代後半から1970年代前半までのフリー・ジャズ、とくに山下洋輔トリオを思い起こさせるような部分があったのです。ピアノとパーカッションのアブストラクトで、かつ強力な演奏はフリー・ジャズの影響でしょう(クセナキスなども考えられますが)。何故か見落とされがちですが、坂本さんは「千のナイフ」よりも前に土取利行さんとのコラボレーションで「ディスアポイントメント-ハテルマ」を発表されていますし、(録音などが残っているかどうかは不明ですが)川崎市川崎区が生んだあの不世出のサックス奏者、阿部薫(坂本九の甥)とも共演していました。ちなみに、坂本さん自身によるフリー・ジャズ的な、あるいは現代音楽的なピアノは、デイヴィッド・シルヴィアンの「Secrets of the Beehive」に収録されている「Mother and Child」で聴けます(「Camphor」でもリマスター版として聴けます)。
今回のコンサートで特に興味深かったのが「箏とオーケストラのための協奏曲」でした。2010年に初演されていますが、今回が実に14年ぶりの演奏であるとのことでした。
この協奏曲を聴くと、坂本さんの音楽的バックボーンがかなり広範なものであるということが推察されます。とくに、第3楽章の「firmament(夏)」は、ミニマル・ミュージックやドローンの色彩が濃く、スティーヴ・ライヒ、ラ・モンテ・ヤング、テリー・ライリー、あるいはブライアン・イーノからの影響がうかがえます。聴きながらすぐに思い出したのが、すぐに思い出したのが、細野晴臣さんの言葉でした。彼は、YMOの或る時期に坂本さんが現代音楽などを次々にメンバーに紹介したという趣旨を語っていたのです(細野晴臣さんと北中正和さんの『The Endress Talking』をお読みください)。また、第4楽章の「autumn(秋)」では、チャイコフスキーか、他のロシアの作曲家の作品からの影響と思える低音が響き渡りました。
和楽器とオーケストラといえば、武満徹さんの「ノヴェンバー・ステップス」が代表的ですが、この曲の場合は尺八と薩摩琵琶です。一方、箏ということでは高橋悠治さんの作品に何曲かあるようです。また、坂本さんと高橋悠治さんは何度か共演していますし(「千のナイフ」に収録されている「グラスホッパーズ」など)、坂本さんのキャリアなどを見る限り、高橋悠治さんからの影響を見落とすことはできないでしょう。
今回のコンサートのプログラムで、小沼さんは、坂本さんが「学生のころ、武満徹批判をするビラを配ったというようなエピソード」に言及されています。間章の影響だったのかなどと邪推しますが(間章著作集に、激烈な武満徹批判の文章が掲載されています)、実は或る種の若気の至りだったそうですし、高橋悠治さんとの共著『長電話』でも「純粋な作曲家は武満徹くらいなのかもしれない」という趣旨の発言をしています(高橋悠治さんの発言かもしれません。記憶が曖昧です)。YMOの「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」に収録されている「キャスタリア」は武満作品からの影響を受けているという話は、YMOファンなら聞いたことがあるでしょう。武満徹さんもドビュッシーからの影響を受けていますし、映画音楽の分野でも優れた作品を残しました(今回はテレビドラマの音楽ですが)。
2時間ほどのコンサートでしたが、色々なことを考えていました。
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実は、カーチュン・ウォンさんが指揮する日本フィルハーモニー交響楽団のコンサートに行ったのは、今回で3回目です。最初が5月10日(サントリーホール)、次が5月26日(サントリーホール)、そして6月2日(東京芸術劇場)でした。
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