唐突に右手を差し出しながら、そのドクターは惜しげもなく
返事もできない程激しく咳き込む私に、
これでもかと言う程の満面の笑顔を向けた。
『大丈夫だよ。もうここにきたからには安心さ。すぐによくなるよ』
その根拠のない自信は一体どこからくるんだ,,。
私はそんな事を脳裏に浮かべながら
一連の症状をゼーゼ言いつつ説明し、
また激しく咳き込むと
『Ok.さて。それじゃあ、まずは今どんな気分か聞かせてもらおうかな。
ハッピー?それともノ~グッド~~?』
私は困惑した。
ここはER.
緊急非常事態に陥った患者がやってくる病棟である。
しかも時間は真夜中の2時。
どこからどうみても最悪な状態に間違いない患者に向かって、
この能天気な質問の意図はなんなんだ,,,。
わからない....
いや、まて。
ある意味、激しく咳込んで呼吸もままならない今の私にとっては
苦しさも手伝ってハッピーかもしれない。
しかも、ドクターラッセルのこの満面の笑みから察するところ、
私が外国人だけに
『やった~~ここはあのテレビドラマみたいなERだあ~~
やった~~ERだ~~もうこれで大丈夫~~ハッピ~~』
っとでも言ってほしいのだろうか。
..いや、そんなはずはないだろう。
ここは少なからずジョーダンを言ってる場合じゃない場所なのだ。
じゃあなんなんだ。この質問の意味は。
あ~~ますます分からない。
しかしながら、
現状としてハッピ~でないがERにきて少しは楽になるという
安心感もあるのは確かだ。
そこで私はとりあえず、
ハッピーに語尾をあげてクエスチョンマークをつけてみることにした。
ついでに斜め45度揚げ気味の目線も添えて。黒木瞳風に。
『ハ..ハッピー?』
....
.....
.......
激しい沈黙が訪れた。
そしてドクターラッセルは静かに黙ったまま
私の洋服の上から何事もなかったように聴診器をあてはじめた。
『はい。息すって~~』
>放置かよ!
すると向かいのチェアに座ってた黒人のおっちゃんが
ものすごい勢いで咳き込みながら笑い始めたのだ。
しかも膝まで叩きながら。
『ゲホゲホっ、ゲホッ
ヒ~~~。ゲホっ、今のやりとり~~ゲホホっ、
メチャおもろいわ~~ゲホゲホっ』
>そこ...笑うところなんでしょうか,,,
どうやら偶然にも私とドクターのやりとりが
アメリカンジョークのツボにはまったようなのだが、
私はこういうアメリカンジョークはどうも未だにツボが分からないのだ。
ますます困惑さながら、またゲホゲホと咳き込むと
ドクターラッセルは聴診器をあてながら
私にまたもや満面の笑みをむけてこういった。
『笑うとね、喘息が楽になるんだよ。これほんとね。
ツライだろうけど明日からなるべく毎日笑うような生活をしてね。
大丈夫。大丈夫。今の状態に適した処方もだしておくから安心して。
じゃね。笑顔だよ。笑顔~~笑って~~笑って~~』
>笑って~~笑って~~キャンディ~~キャンディ~♪>歌はもちろん堀江美都子です。
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キャンディ・キャンディ (1) 講談社コミックスなかよし (222巻) |
いがらし ゆみこ,水木 杏子 | |
講談社 |
とでもいいそうな勢いでドクターラッセルは
院内アナウンスで呼び出され次の患者へと飛ぶように去っていった。
満面の笑みを浮かべ手をふりながら。
ここはER.
アメリカのER,
グリーン、ブルーの衣装に身をつつみ
首から聴診器をかけたERドクターたちが
受付の横に備えてあるなんでもない普通のカウチイスに
ごそっと座らせられた患者をとっかえひっかえ
その場で診察していくところなんざ
テレビドラマでみるような雰囲気さながらだ。
さしづめこんな感じ?
↓
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ER 緊急救命室 I 〈ファースト・シーズン〉 セット1 [DVD] |
アンソニー・エドワーズ,ジョージ・クルーニー | |
ワーナー・ホーム・ビデオ |
これこそ”かっこいい”という言葉が似合う職場は
ないのではないかと思うぐらいだ。
それに引き換え、狭い診察室でナースを背後に
カルテをみたまま患者に背をむけ、ぼんやり声で
『今日はどうしましたかぁ~~~~~』
っと無機質に質問してくる日本のドクター。
さしづめこんな感じ?
↓
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Dr.コトー診療所2004 DVD BOX |
山田貴敏,吉田紀子 | |
ポニーキャニオン |
過去に、私が診察してもらった歴代のドクターの中に、
ドクター川崎というとびきりのイケメンドクターと、
ドクターコトーをのぞけば
『信頼』とか『安心感』いう言葉が似合うドクターは
誰一人として思い当たらない。
そう考えれば、ドクターラッセルは信頼度はどうあれ、
見ようによっては安心感はかなりのものだ。
満面の笑みを浮かべフレンドリーな対応。
そして、ついでのようにサラッと病名を告げつつ、
精神論でいつのまにか周りの患者もなごませつつ安心させる治療法。
かなり手慣れている。いや。それこそプロなんだろう。
ニクイぞ。ラッセル。乾杯だ。ラッセル。
ラッセルラッセル。ラッセルクロウ~~
>ここはサラッと流してください。
そういえば、クロウといえばだが、
『苦労をした事がない人間ってのは、愛想笑いが異常にうまいんだ。
中身がないからな。でもな。
『愛想がない』という事ほど愛想笑いがうまい人間よりも
人を不快にすることはない。だから
もしお前がそんなに人間にあったらとりあえずそいつをくすぐってみろ。
そこで笑わないようだったらそいつは機械だ。
ウチのとーちゃんがこんな事を言っていたことをフと思い出しつつ、
『と~ちゃん..アメリカドクターはくすぐる必要ないよ』
などとブツブツつぶやきながら
私はドクターラッセルの処方箋をもって
夜がしらじらと明けてきたバス停で一人バスをまっていたのである。
すると、先ほど向かいに座ってゲラゲラ笑ってた
黒人のおっちゃんが同じバス待ちだったらしく、
私の隣にやってきたかとおもいきや一発こう言い放ったのだ。
『こないださ~電車を待ってる間にさ~、
バスがいっちゃったんだよね~アハハ~~ゲホゲホっ』
....だから分っかんねーから。そのジョーク。
アメリカンジョークのツボが分からない私は
喘息&疲労骨折完治までの道のりに必要な笑いのある生活とやらに
フと不安になるのであった。
長い夜だった。