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昔々あるところに、小さな漁師町がありました。
どの家も代々漁師をやっていました。
大漁の時や、大漁を祈願する時は、村人が港に集まって『大漁踊り』を踊ったり、
不漁の時には、船霊(ふなだま)を遊ばせて景気づけ、げん直しをしようと、
『間直し(まんなおし)』という酒宴を行い、好漁を祈願していました。
人々は助け合い、昔ながらの漁師の仕事を大切にしていました。
さて、その村には、漁太(りょうた)という若者がいました。
漁太の祖父は、漁太に、よく不思議な経験を話して聞かせました。
祖父が若い頃、夜、海へ出漁した時、
突然付近の岩が轟音を立てて崩れ落ちる音を聞き、
大変恐ろしい思いをしたということです。
しかし、翌朝海へ行ってみると、何事も起きた様子のない、
いつも通りの海辺が広がっているだけだったので、
村の人々から、錯覚や幻聴だったのだと笑われたそうです。
けれども、それからも漁太の祖父以外にも同じ物音を聞いた人々が居たので、
海の古い妖怪が人間をからかっているのかも知れないと思われるようになり、
それからは、その不思議な現象は、
『石投げん尉(いしなげんじょ)』と呼ばれるようになりました。
(石投げん尉とは、石を投げる老人という意味です。)
さて、漁太は学校を卒業し、本格的に漁師の勉強を始めることになっていました。
祖父が言いました。
「漁太、漁師になるならお前の父さんの船を使え。
船を出す前に、みんなの船に乗せてもらって、ちゃんと勉強して自信をつけろ。
若い漁師は、石投げん尉に驚かされて慌てるから。」
「うん。分かってるよ。真面目に習ってくるよ。」
それから数ヶ月の間、色々勉強して感覚と技術を身につけた漁太は、
ある朝、祖父に言いました。
「今夜は1人で船に乗って、みんなの船の後について行ってみるよ。」
「そうか。じゃあコレを持って行け。最近事故があったから。」
そう言って渡されたのは、底が抜けた柄杓(ひしゃく)でした。
「コレ何?穴が開いてるよ。」
「お守りだ。それを持って船に乗れ。」
「へ~?・・・うん、分かった。」
(じいちゃんは、時々おかしなことを言うからなぁ~。
でも、じいちゃん孝行だと思って、大事にしよう。)
漁太がそう思いながら柄杓を持って船着場に行くと、
同じ学校を卒業した新米漁師仲間の強(つよし)が、漁太の柄杓の話を聞いて、
「底抜けに役立たずなお守りだなぁ~。」
と笑いました。
漁太はちょっと恥ずかしい思いをしながら、
「今日は近くで運航することになるから、よろしくな!」
と頼みました。
さて、時刻が来て、村の船団は次々と海へ出て行きました。
順調に進路を進んでゆくと、ある場所で、
急にドーン!ガラガラガラー!という激しい音が聞こえました。
岩場のない大海原で、
まるで岩が雷に打たれて真っ二つに割れてしまったかのような轟音が響きました。
「なんだなんだ?まさか、これが石投げん尉?」
漁太は、迷信だと思っていた祖父の話が本当だったことを身を持って知り、
改めて驚きました。
慌てて周りを見ると、
先ほどまで共に進んでいたはずの多くの船の灯りが見えなくなって、
強の船だけが近くに見えました。
何かが起きている不吉な感じがしました。
「おーい、大丈夫かー?」
漁太は強の船に向かって声をかけましたが返事が聞こえないので、
懐中電灯で強の船の辺りを照らしてみました。
すると、強の船の周りに、多くの溺れた人影が、
我も我もと先を争うように強の船につかまったり、
うしろから誰かにその手を引き剥がされたりしている様子が見えました。
「うわーーーっ!」
漁太が恐怖におののいていると、強も殆ど同時に海の異変に気づき、
「わーーーーっ!」
と大声を上げています。
そして操縦が狂って強の船は漁太の船へどんどん近づき、
海の中の無数の人影も強を追いかけるように
漁太の方へと、物凄い勢いで迫って来ました。
近づいてくる人影を見て漁太は、それが生きている人間ではないと感じました。
「亡霊?!」
もう一度海を見渡すと、海には亡者船がたくさん漂っていました。
そして体が透けて無表情な亡霊たちが、強に次々と話しかけていました。
「船が壊れて・・・海を漂っている・・・。淦(あか)汲みを貸してくれ・・・。早く早く・・・。」
(淦汲みというのは、船底にたまった水を汲み取るひしゃくや手桶のことです。)
強は恐怖のあまり、船の中のひしゃくや手桶を海に向かって投げつけました。
すると、亡霊たちは奪い合ってそれを掴むと、船から離れるどころか、
ひしゃくで海の水をすくって強の船の中に入れました。
「うわーーーっ、止めてくれーっ!」
強が叫んでいる間にも、船には水がどんどん溜まり始めています。
そして他の亡霊たちは、漁太を見つけて、漁太の船へとやって来ました。
そして同じように言いました。
「淦汲みを貸してくれ・・・。早く早く・・・。」
「うわーーーっ!」
漁太は咄嗟に、祖父から渡された底の抜けたひしゃくを放り投げていました。
亡霊たちは奪い合ってそれをつかむと、
漁太の船にも水を汲んで溜めようとしました。
しかしひしゃくは底が無いので、水を溜めることは出来ません。
それでも亡霊たちは船へりから水を汲み入れようとしています。
そして、強の船は半分傾き始めていました。
「おーーーい、こっちへ来いよ!」
ぶつかるほど近くなった強の船に一層船を近づけて、
漁太は強を自分の船に乗せました。そして命からがら、船を出しました。
漁太の船が、来た航路を半分ほど引き返す頃、
海は急に明るくなって、村の船団がすぐ先に見えました。もう大丈夫です。
強は、
「さっきは、あのひしゃくを役立たずなんて言って、本当にゴメン・・・。」
と謝りました。
漁太は、
「もし強の船が使えなくなっていたら、これからはこの船で一緒に働こう。」
と言いました。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::(完)::::::
昔々あるところに、小さな漁師町がありました。
どの家も代々漁師をやっていました。
大漁の時や、大漁を祈願する時は、村人が港に集まって『大漁踊り』を踊ったり、
不漁の時には、船霊(ふなだま)を遊ばせて景気づけ、げん直しをしようと、
『間直し(まんなおし)』という酒宴を行い、好漁を祈願していました。
人々は助け合い、昔ながらの漁師の仕事を大切にしていました。
さて、その村には、漁太(りょうた)という若者がいました。
漁太の祖父は、漁太に、よく不思議な経験を話して聞かせました。
祖父が若い頃、夜、海へ出漁した時、
突然付近の岩が轟音を立てて崩れ落ちる音を聞き、
大変恐ろしい思いをしたということです。
しかし、翌朝海へ行ってみると、何事も起きた様子のない、
いつも通りの海辺が広がっているだけだったので、
村の人々から、錯覚や幻聴だったのだと笑われたそうです。
けれども、それからも漁太の祖父以外にも同じ物音を聞いた人々が居たので、
海の古い妖怪が人間をからかっているのかも知れないと思われるようになり、
それからは、その不思議な現象は、
『石投げん尉(いしなげんじょ)』と呼ばれるようになりました。
(石投げん尉とは、石を投げる老人という意味です。)
さて、漁太は学校を卒業し、本格的に漁師の勉強を始めることになっていました。
祖父が言いました。
「漁太、漁師になるならお前の父さんの船を使え。
船を出す前に、みんなの船に乗せてもらって、ちゃんと勉強して自信をつけろ。
若い漁師は、石投げん尉に驚かされて慌てるから。」
「うん。分かってるよ。真面目に習ってくるよ。」
それから数ヶ月の間、色々勉強して感覚と技術を身につけた漁太は、
ある朝、祖父に言いました。
「今夜は1人で船に乗って、みんなの船の後について行ってみるよ。」
「そうか。じゃあコレを持って行け。最近事故があったから。」
そう言って渡されたのは、底が抜けた柄杓(ひしゃく)でした。
「コレ何?穴が開いてるよ。」
「お守りだ。それを持って船に乗れ。」
「へ~?・・・うん、分かった。」
(じいちゃんは、時々おかしなことを言うからなぁ~。
でも、じいちゃん孝行だと思って、大事にしよう。)
漁太がそう思いながら柄杓を持って船着場に行くと、
同じ学校を卒業した新米漁師仲間の強(つよし)が、漁太の柄杓の話を聞いて、
「底抜けに役立たずなお守りだなぁ~。」
と笑いました。
漁太はちょっと恥ずかしい思いをしながら、
「今日は近くで運航することになるから、よろしくな!」
と頼みました。
さて、時刻が来て、村の船団は次々と海へ出て行きました。
順調に進路を進んでゆくと、ある場所で、
急にドーン!ガラガラガラー!という激しい音が聞こえました。
岩場のない大海原で、
まるで岩が雷に打たれて真っ二つに割れてしまったかのような轟音が響きました。
「なんだなんだ?まさか、これが石投げん尉?」
漁太は、迷信だと思っていた祖父の話が本当だったことを身を持って知り、
改めて驚きました。
慌てて周りを見ると、
先ほどまで共に進んでいたはずの多くの船の灯りが見えなくなって、
強の船だけが近くに見えました。
何かが起きている不吉な感じがしました。
「おーい、大丈夫かー?」
漁太は強の船に向かって声をかけましたが返事が聞こえないので、
懐中電灯で強の船の辺りを照らしてみました。
すると、強の船の周りに、多くの溺れた人影が、
我も我もと先を争うように強の船につかまったり、
うしろから誰かにその手を引き剥がされたりしている様子が見えました。
「うわーーーっ!」
漁太が恐怖におののいていると、強も殆ど同時に海の異変に気づき、
「わーーーーっ!」
と大声を上げています。
そして操縦が狂って強の船は漁太の船へどんどん近づき、
海の中の無数の人影も強を追いかけるように
漁太の方へと、物凄い勢いで迫って来ました。
近づいてくる人影を見て漁太は、それが生きている人間ではないと感じました。
「亡霊?!」
もう一度海を見渡すと、海には亡者船がたくさん漂っていました。
そして体が透けて無表情な亡霊たちが、強に次々と話しかけていました。
「船が壊れて・・・海を漂っている・・・。淦(あか)汲みを貸してくれ・・・。早く早く・・・。」
(淦汲みというのは、船底にたまった水を汲み取るひしゃくや手桶のことです。)
強は恐怖のあまり、船の中のひしゃくや手桶を海に向かって投げつけました。
すると、亡霊たちは奪い合ってそれを掴むと、船から離れるどころか、
ひしゃくで海の水をすくって強の船の中に入れました。
「うわーーーっ、止めてくれーっ!」
強が叫んでいる間にも、船には水がどんどん溜まり始めています。
そして他の亡霊たちは、漁太を見つけて、漁太の船へとやって来ました。
そして同じように言いました。
「淦汲みを貸してくれ・・・。早く早く・・・。」
「うわーーーっ!」
漁太は咄嗟に、祖父から渡された底の抜けたひしゃくを放り投げていました。
亡霊たちは奪い合ってそれをつかむと、
漁太の船にも水を汲んで溜めようとしました。
しかしひしゃくは底が無いので、水を溜めることは出来ません。
それでも亡霊たちは船へりから水を汲み入れようとしています。
そして、強の船は半分傾き始めていました。
「おーーーい、こっちへ来いよ!」
ぶつかるほど近くなった強の船に一層船を近づけて、
漁太は強を自分の船に乗せました。そして命からがら、船を出しました。
漁太の船が、来た航路を半分ほど引き返す頃、
海は急に明るくなって、村の船団がすぐ先に見えました。もう大丈夫です。
強は、
「さっきは、あのひしゃくを役立たずなんて言って、本当にゴメン・・・。」
と謝りました。
漁太は、
「もし強の船が使えなくなっていたら、これからはこの船で一緒に働こう。」
と言いました。
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