歩くたんぽぽ

たんぽぽは根っこの太いたくましい花なんです。

良いお年を。

2021年12月31日 | 日記
年末年始に関心が湧かない。

もともと会社員じゃないから仕事柄は関係がないけれど、

それでも今回ほど年の明け暮れに興味が湧かないのも珍しい。

年末の大掃除も正月の花飾りもおせちもない。

年賀状は作ったけどまだ一通も送っていない。

そもそも正月飾りを好んだのは夫だった。

形にして演出してほしい、と。

正月なんてものはこっちから迎えに行かないとただの休日になってしまう、

って昨日ラジオでパーソナリティーが言ってたっけ。



あらかじめ夫に今年はやる気が出ないと伝えておいたら彼が正月飾りを用意していた。

彼にとっては大切な儀式なんだろうな。

昔からことごとく「式」のつくものが苦手だった。

でも形にあわらすことの大切さもわかる気がする。

人類学的にウンタラカンタラ。



今日は藤井風が紅白歌合戦に出演するというので、久々に見ようかと思っている。

ダウンタウンのガキの使いは今年からないらしい。

時間の経過を感じるね。

最近荒井由美の『あの日にかえりたい』をよく聞いている。

「青春の後ろ姿」って言葉がバチーンとはまってね。

過去を振り変えって見えるのは正面なはずなのに、なんで後ろ姿なんだろう。

青春はいつだって恋い焦がれ追いかけるものなのかな。

それとも「青春の後ろ姿を、人は皆忘れてしまう」だから見えているのは正面で、

後ろ姿は見えないってことなのかな。

そもそも「青春の後ろ姿」ってなんだ?

なんてことをゴロゴロ考えている。



良いお年を!ってなんかいい響き。

この時だけは「いいお年を」じゃなくて「よいお年を」になる。

「いい」にほとんどのシェアを譲ってしまった「よい」が年末だけ活躍できるんだよね。

いっぱい言ってあげよう、ってもう遅いか。

そういえば無責任に言い散らしてるけど、

年の暮れに今年は良い年だったか振り返ることってあんまりないな。

年単位で物事を捉えることが少ないからね。

そうさな、今年は人間たんぽぽにとっては概ね良い年だったけど、

地球にとってはあまり芳しくなかっただろうな。

それでもあえて言おう。



良いお年を〜!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

リップヴァンウィンクルの花嫁 serial edition

2021年12月29日 | 映画
深夜0時、なんとなく綾野剛でも観ながら寝ようと流したのが『リップヴァンウィンクルの花嫁』。

直感で見始めたら監督が岩井俊二やないかーい。

この人ほど信頼できる日本人監督もいない。

いいでしょうと始めたらついつい最後まで観てしまいました。

なんというか最っ高でした。



ところがやっちまったんです。

映画版を最初に観るべきだったのに、情報を持っていなかったためドラマ版から観てしまった。

ドラマを観終わった後に予告を観たら知らない場面がたくさんあって映画が先だったことを知りました。

両方観た人によればどっちも観て完成する感じらしく、また今度映画の方も観てみようと思います。

ここではドラマ版「serial edition」を観た感想。

以下ネタバレあり。



『リップヴァンウィンクルの花嫁 serial edition』

原作・脚本・監督:岩井俊二
製作総指揮:杉田成道
出演:黒木華、綾野剛、Cocco
撮影:神戸千木
美術:部谷京子
録音:宮武亜伊
音楽監督:桑原まこ
制作会社:ロックウェルアイズ
公開年:2016



1人の平凡な女性が、インターネットで知り合った男性と結婚することになる。
しかし新婚早々、夫となった男性の浮気疑惑が持ち上がる。
しかし反対に義母から浮気を疑われた彼女は、家を追い出されてしまう。
行き場もなく途方に暮れる中、怪しげなアルバイトを提案された彼女は、
やがてその仕事先で出会ったもう1人の女性と奇妙な生活を始める。(引用先



見始めてあっという間に観終わったと思ったら朝の4時でびっくり。

4時間も岩井俊二ワールドに没入していた。



監督もインタビューで答えていたけど、これは一人の女が底に堕ちてV字回復する話ではない。

鑑賞者が目線を変えることで世界が変わって見える、そんな体験をさせてくれる作品だ。

前半と後半で全く見え方が違うのが面白い。

前半、主人公の七海は非常勤教師の仕事を一時解雇されるものの、

ネットで出会った男性とさらっと結婚し一見人並みの幸せを手に入れたかに見える。

親同士の噛み合わなさに居心地の悪さを感じたり、煩雑とした結婚式の準備を煩わしく思ったり、

結婚式の見栄えを気にしてなんでも屋に親戚役を頼んだりと多少の違和感はありつつも、

そういったことには蓋をしてやり過ごす。

もしかしたら蓋をするほどのことでもないのかもしれない。

彼女はいつもおどおどして目の前の「平凡」にすがりつこうとする。

鑑賞者もその生活が壊れていく姿に胸を痛める。

ただでさえ危ういのにせめてもの平穏すら奪うのか、、、と。



しかし、後半家を追い出され行き着いた場末のホテルで働き始める姿は悪くない。

堕ちた先にも、生活している人たちはいる。

落ち込んでもお腹は減るし世界は続いている、そのことに救われる。

第四話「家族」で今度は七海自身が他人の結婚式で親戚の代理出席のアルバイトをすることに。

当日組まされた疑似家族の交流がなんだか可笑しくて暖かい。

そこではじめて七海の生きた顔を見れた気がした。

七海と姉役の真白は意気投合して連絡先を交換するけどそれきり。



しばらくしてなんでも屋にメイドの仕事を破格のバイト料で紹介され、もう一人のメイドとして真白と再開する。

七海は大きな屋敷で破滅的に、そして自由に生きる真白と少しずつ友情を深めていく。

よくわからないまま非現実的な風景の中で時間を過ごすが、あるとき真白がAV女優であることを知る。

そればかりか真白が屋敷の持ち主であり七海の雇い主だということも知り一旦は動揺する。

真白のなんでも屋への依頼は「友達がほしい」というものだった。



全てを知った上で受け入れ寄り添う七海。

いつまでも屋敷に住んでいては破産するというので、一緒に新しく住む部屋を探しに行く。

その帰り道、ふとウェディングドレスのお店に立ち寄り、二人は勢い任せにドレスを着て記念撮影をすることに。

これが信じられないくらい美しいんだ。

キラッキラ輝いてる二人の笑顔を観て、涙が止まらなかった。

一瞬の突き抜けるような輝きがあれば人は生きていけるのかもしれない。

七海は真に他人と深く繋がったんだろうな。

そんな日に真白が死んでしまうなんてね。



名前のない関係があっても良いんじゃないか、ということを最近よく考える。

友情に恋愛、家族愛に師弟愛、そんな限定的な言葉に縛れない関係性がたくさんあるはずで、

その一つ一つを四捨五入せず大事にしていけたらいいなと思う。



お葬式で結婚式の代理出席で出会った疑似家族が集結するのが可笑しかった。

葬儀屋に本物の家族と勘違いされいつの間にか喪主にされている偽父には笑った。

彼が最後の挨拶で泣き始めるのがコメディなのかシリアスなのかわからなかったけど、

感情がごちゃ混ぜになってなぜだか笑い泣きしてしまった。



外側だけ見ると前半の「結婚」や「平穏な暮らし」を求めがちだけど、

内側を見つめれば後半で描かれていることの方が重要に思える。

最初よろよろして危なっかしかった七海が、最後自分の足で地に立っている感じがした。

はっきり言って前半の方が地獄だった。



前半と後半で見え方が変わるという点においてなんでも屋の安室は大事な役割を果たしている。

安室 行舛(あむろ ゆきます)なんてあからさまな偽名を使って近づいてくる軽薄で胡散臭いあの男。

彼自身は何も変わらないのに前半は極悪人のように、後半はあたたかい人にすら見えてくる不思議。

彼はきっと自分のルールに従っていて行動を他人や善悪に干渉されない。

何も変わっていないにも関わらず見え方が変わるのは、こっちの目線が変わるから。

そこらへんの塩梅がすごくうまい。

綾野剛は本当はまり役。

彼の軽さが、作品に絶妙な重力を付与している。

同じような装置として引きこもり少女のオンライン授業がある。

環境が変わってもコンスタントに続いているわけだが、最後の方で少女のプライベートな語りかけに初めて笑顔で答える。

じんわりふんわり変化を感じることができる。



それにしても岩井俊二ってすごいな。

多くの日本ドラマが台詞の順番待ちに見える中、何よこの世界。

メインの俳優3人はもちろんだけど、七海の夫役の人とか代理出席の偽家族とかとか、

本人を現実世界から引っこ抜いてきたんですか?ってくらいリアリティがある。

親戚の集まりで行き交う会話や表情があまりにも現実のそれで、心に掛かる重圧が倍増する。

監督は現実を切り取ることにかなり注力してるんじゃないかと思う。

だからこそ後半の浮遊感が強調されるのかもしれない。



真白が毒を持った生き物ばかり飼育していたのが印象的だったな。

どうやって世話をするのかどうしてもちゃんと確認したい七海がやたらリアルだった。

映画としてはそんな場面いらなそうだけど、それがあることで妙に納得できる。

七海が水槽のクラゲを見つめるシーンは『アカルイミライ』のオダギリジョーを彷彿とさせる。

あれも毒クラゲだった。

まさかのヒョウモンダコが登場した時にはテンションが上がったなあ。

真白が死んだ後は、あの業者が引き取ったのかな。



本当に最高の作品だった。

かっこいい綾野剛でも見て癒しの中で眠りにつこうと考えていたのにそれどころじゃなかった。

今の世に大切なことが詰まってる宝箱みたいな作品だ。

当たり前に享受している枠の前時代性を突きつけられる。



岩井俊二監督はインタビューで東京は一歩踏み外すと一瞬で生きるすべを失うような場所だと言っていた。

しかしブラジルの移民なんかは仲間が助けてくれるから案外そういうことにならないのだとか。

昔は平気で人の家に泊まり込んだりしていたが今はそういうことができなくなったとも言っていた。

関係性の希薄化に拍車がかかっている。

確かに常に崖の淵に立っているような感覚はある。



あとエンディング曲と映像がよかった!

個人的にはここ最近観たエンタメでベスト1のエンディングだった。

Coccoの『コスモロジー』をバックに猫の被り物をした黒木華が校庭をさまよう。

そのマッチングが物悲しくて美しい。

この映画超おすすめです。

映画の予告
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Aマッソきたね

2021年12月29日 | 日記
Aマッソついにきましたね。

昨年TheWの決勝に出場して話題かっさらったもんなぁ。

その時はファンが騒ぎすぎて少しざわざわしたけど、

Aマッソのネタ自体は斬新で面白くてゲラゲラ笑った。



その後すぐテレ朝系で加納レギュラーの「トゲアリトゲナシトゲトゲ」が始まって、

クリームシチューのクイズ番組とかまっちゃんのワイドなショーとかどメジャー番組にも出始めて、

MBSでラジオまで始まるんだからもう追いつかない。

さすがにゴールデンのバラエティ番組までは見なくなった。

今年のTheWは決勝からファイナルラウンドまで上がって知名度もさらにあがったかな。

本当嬉しいな。

Aマッソの頑張ってる姿を見ると元気が出るんだよな。



個人的には爆笑問題に噛みついてる加納を見るのがとても好き。

太田さんも嬉しそうだし田中もいるし、村上もニコニコしてるし、ほっとする。

いろいろ葛藤はあると思うけど踏ん張って欲しいな。

彼女たちがやりたいことをできる場所がちゃんとありますようにと願うばかり。


2016年の「明転」を引っ張り出してきた。少年ぽい二人がやけにかっこいい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寒いですな。

2021年12月21日 | 日記
体が動かない。

分厚く塗った皮がポロポロ剥がれていく。

私の世界は一旦一時停止。

しばらくするとプレーンに戻って一からやり直すことになる。

「また最初からかよ」と思うけど、

いつも進んでいるのかそうでないのかよくわからないからまあいいか。

とにかく立ち上がれば、また動き出せる。



朝起きると室内だというのに吐く息が白い。

ぬるっとした師走だと思っていたらさすがに寒くなってきた。

あれ、動けないのってもしかして寒いからなのでは?

いつも結果にちょうどいい原因を見つけて来るけど、

自分が思っているより自分は単純で、

自分の行動は思っているより環境に左右されやすい。



昨夜、延滞している漫画を返しに自転車でひとっ走りしてきた。

行き帰りで30分たらずの走行だったけど、滴るくらい汗をかいた。

体が動くってなんて気持ちがいいんだろう。

顔に当たる冷たい風が気持ちよくて、

この先に街があるって考えるだけで嬉しくなって、

柄にもなく全力疾走で夜の街を駆け抜けた。

本当バカみたいに単純です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エレクトリック・ステイトを読んで

2021年12月12日 | 
以前新宿の紀伊国屋書店で見かけてからずっと気になっていた本をやっと手に入れた。

スウェーデンの鬼才シモン・ストーレンハーグが描く『THE ELECTRIC STATE』だ。

バンドデシネをチェックしようと海外漫画コーナーに立ち寄った時のこと、

最初はタイトルの鋭利な響きに惹かれ棚から抜き取った。

パラパラページをめくって目に飛び込んできたのは洗練された絵で描かれたディストピア。

都会的なそれではなく荒野や砂漠が舞台で、荒地に打ち捨てられたらしきドローンに目を奪われた。

ちらっと値段をチェックすると3000円、絶妙。

少し考えて、突発的な欲求かもしれないからと一旦その場を離れた。

それから数ヶ月、結局忘れることができなかったので購入してみると、これが当たりだった。

以下ネタバレあり。





『THE ELECTRIC STATE』

シモン・ストーレンハーグ 作
山形浩生 訳
株式会社グラフィック社 2019年



アート界隈、SF界で旋風を巻き起こしている話題の人らしい。

説得力のある画力と詩的とすら思える一人称の儚げな語りで少女とロボットの旅を描いている。

小説でもないし絵本でもないしコミックでもないしバンドデシネっぽくもない。

綺麗な絵に添えられた短い文章はエッセイや日記を彷彿とさせる。



説明の少ない文章の中で見え隠れするドローン戦争の傷跡とニューロキャスターというキーワード。

1枚目のセンター社の「mode6」の広告が最後まで効いている。



この物語の本質はいったいどこにあるのだろうか。

過度な文明化への警告なのか、世界の終わりか不在か虚無か。

あくまでそれらは外側の景色で、そんな世界で淡々と進む一人の人間の物語なのか、あるいは愛か。

砂浜に置いて行かれたスキップの抜け殻がいったい何を意味していたのか、考えてみてもわからない。

懐かしさと寂しさが波にさらわれて、いずれ跡形もなく消えてしまうのだろう。

少女は人間の気配や痕跡が覆い尽くす人のいない世界で、生身の人として大海原へ旅立つ。

二人が漕ぎ出したカヤックをノアの箱舟という人もいるけれど、私にはそう思えない。

人工知能とも人間の集合意識とも違う畏怖すべき大いなる何かの誕生が強く心に残った。





実のところこの本のことをあまりわかっていない。

説明がなさすぎて、正確に把握するのがとても難しいのだ。

でも一人称視点で切り取られた世界は、ある意味でとてもリアルだとは思う。

世界の見せ方として成功している。

それにしても赤い車の男はいったい何だったんだ。

読者がこの答えを得る機会はあるのだろうか。

語りすぎよりは語らなさすぎの方が性には合っているから、まぁいいさ。



とにかく絵が素晴らしい。

線で描く絵が好きな私にとってあまり好みの画風ではないけれど、そうは言ってられない。

圧倒的な画力に加え、想像を膨らませる奥行きがある。

未来を想像し続けたインダストリアルデザイナーのシド・ミードがふと頭をよぎる。

世の中には絵の上手い人、想像力の豊かな人ってたくさんいるんだなあとしみじみ。

ファーストインプレッションってやっぱり大事だね。

いいものに出会いました。

映画化が決まっているらしく、楽しみが増えたのだった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする