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福知山線事故(10)…マスコミや自分を含む皆に望みたいこと

2005-06-13 07:26:25 | 尼崎福知山線脱線事故
なかなか終わらずについに10回目になってしまいました
福知山線の脱線衝突事故関連の記事,
かねてより書こうと宣言していながら他の話で延び延びになっていた
この話をもちまして,いちおうの締めくくりとさせていただきたいと思います。

第1回で,JR西日本およびその遺族対応担当の社員の方は,
家族を失うというこれ以上ない悲しみと損害を与えた以上,
何をいわれようと遺族・被害者の側に心を沿わせるべきだと書きましたが,
それ以降はずっとマスコミの報道姿勢に対して批判してきました。

JR西日本の日勤教育を批判しながら,J西社員の休暇中の
ボウリング大会や送別会を猛烈にバッシングするマスコミ。
本当に報道すべきことを見極められず
J西を叩けば紙面が埋まる・尺や数字が稼げると思考停止し
単なる感情論で国民の怒りをたきつけるのみで原因追及や再発防止,
あるいは他の重要なニュースをないがしろにしてきたマスコミ。

石原都知事の定例会見に見られるように公権力に対してはやけに
お行儀がよいくせに,自分が優位に立てる立場の個人や団体に対しては
遠慮無く襲いかかるマスコミ。紙面で叩くだけでは飽きたらず
記者会見の場でも吊し上げるマスコミ。

信用を失ってしまっているから誰も取材に応じてくれず
テレビに映ってインタビューを受けるのはいつも同じ人という
映像で醜態をさらけ出しているマスコミ。


こんなマスコミ,そしてその情報に日夜接して影響し影響されている
私たちは,何を心にとどめていくべきなのでしょうか。

■被害者の姿を世の中にさらすのは必要悪
災害や犯罪で凄惨な光景が繰り広げられる際,
かならず議論を呼ぶのが,血まみれの被害者,衣類が破れたりはだけたりして
顔も見られたくないであろう被害者の方々の悲惨な姿をテレビや写真によって
全国の読者・視聴者の目にさらす行為。
また,名前や顔写真が公になることもプライバシーの侵害にほかなりません。

しかし,そのこと自体は,公共の利益としてやむを得ないと思います。
北欧のように徹底した匿名主義の国もあれば東南アジアの某国のように
事故や犯罪被害者のむごたらしい遺体の写真がバンバン新聞に載る国もあり
基準をどこに置くかという問題はありますが,被害者・加害者ともに
実名報道を基本とすべきだと思います。
実名だと当事者に大なり小なり必ず報道被害が生じますが,
報道する側にも責任が生じ,また逮捕し裁く公権力に対してチェック機能を
働かせるためにも必要不可欠なことといえます。

この点についてはよみうりテレビの辛坊次郎氏が前々から
テレビなどで意見を提示しており,私はほぼ賛同します。
彼はマスコミの人ということもあって,
公権力から勝ち取ったマスコミの権利に対して絶対守るべきという
スタンスですが私は非常にバランスの取れた視点の持ち主と思っております。
『そこまでいって委員会』辛坊副委員長執筆によるWEBマガジン
(実名報道に関するコラムは04年11月22日付けをご覧ください)

つまり,被害者や加害者が匿名の「記号」になってしまうと,
事故や事件のリアリティが全く薄れてしまい,
その報道を受け取る側が問題意識を持つきっかけにならなくなってしまう
だろうと思われるのです。

阪神大震災や新潟中越地震,そして今回の福知山線尼崎脱線事故でも
問題になった報道ヘリの騒音問題も,被害の大きさを広く伝えることで
防災意識や被災者への支援を喚起する意味があったことは否定できません。
生存者探索の作業を騒音で妨げないよう,短時間・少台数(できれば1機のみ)に
限定するしくみの整備が早急に求められます。“次”が起こる前に。


■だからマスコミの追う責任と義務はとてつもなく重い
松本サリン事件における河野義行さんの例を引き合いに出すまでもなく
誤報によって傷つけられた名誉というものは決して元通りに埋め合わせの利く
ものではありません。
誤報でなくても犯罪被害者の顔写真が何度も何度もテレビの画面にアップで映され
不特定多数の好奇の目にさらされることで受ける被害は甚大なものがあると思います。

であれば,報じる側のマスコミは何を心しなければならないのか。

商売である以上,数字(視聴率や発行部数・返本率)は大事ですけれど,
少なくとも報道と名の付く仕事についている人は,
公共の利益のために働いているということを忘れないでほしいと思うのです。
公共の利益・知る権利といっても,一般大衆の好奇心を満たすといった
レベルの話ではなく,きれいごとかもしれませんが事件や事故・社会問題について
再発を防ぐために,国民皆が考える材料を提供するということを大前提にして
仕事をしてほしいと思います。

正確な報道というのは絶対条件。
政治家や警察などお上の下ろしてくる情報に頼って右から左に垂れ流すなど
ジャーナリストでもなんでもありません。
福知山線脱線事故でも,記者会見でJR西が発表する情報に大きく依存するから
情報が足りないと焦って感情的になるわけで,
責任逃れに徹する官僚的なJ西幹部の口を開かせるには,そりゃ恫喝はてっとり早い
手段だったかもしれませんが,「遺族が見とるんやぞ」「心の中ではベロ出してるんやろ」
などの発言はどう考えても勉強不足でろくな質問ができないバカさ加減の現れ。
報道の名刺で仕事をする以上,別ルートでの取材で裏を取るなり,
論理的に突っ込めるよう鉄道関係の知識を可能なかぎり勉強して臨むべきでしょう。

そして当然,報道各社・ジャーナリスト1人1人ごとに考え方は違いますから
どの事実を伝えどれをカットするか,その選別によって情報操作を行うことは
かなりの範囲で可能です。その際も,「国民が考える」ための材料提供に徹し,
変な先入観や価値観・感情は織り込まないように努めてほしいです。
J西の問題意識のなさを訴えたいのなら,幹部の旅行やゴルフコンペと
事故とは別管区の一般職員の送別会などとは区別すべきだったはず。
※まあ,そんな手間かけたって一般庶民には関係ない,
 総勢200人以上が酒を飲んでいたと伝えた方がいいだろうと,
 読者・視聴者のレベルに合わせた判断であったというのならそれもやむ無しですが,
 私はそんな報道機関を「頭悪い」と判断します。


そして取材対象に対する態度。
無礼な態度・強引な取材などアホな行動で世間を騒がせ,
マスコミの行動を規制せよということになったら,
自分の首を絞めるだけでなく国民の知る権利を損なうことだと自覚してほしいです。

河野義行オフィシャルホームページ
 河野さんの著作…『松本サリン事件―虚報、えん罪はいかに作られるか』(近代文芸社)
  『「疑惑」は晴れようとも―松本サリン事件の犯人とされた私』(文藝春秋)


■では,それを見るわれわれは?
新聞はおろかネットまで規制されている中国とか北の某国とかと違って,
私たちは,知る権利の保障された国に生まれ,暮らしているわけです。
「世界で唯一成功した社会主義の国」などと言われ,自由主義でないといわれながらも
イラク問題や広島・長崎から劣化ウラン兵器に至るまでの,真実としての核の
問題などについては,アメリカ合衆国国民よりフィルターのかけられていない報道に
接することができるのです。

新聞なんか読まない,テレビには頼らないと
直接ネットで情報を集める人もいるでしょう(福知山線事故でも
テレビ等より断然ネットのほうが情報が早かったと書かれていた
ブログもありました)し,
これからそういう人も増えてくるでしょうが,
やはりマスコミは大事です。

では,そこから情報を得る私たちは何を心するべきなのか。

それは,すべてにおいて,人の存在を意識することだと思います。

世の中には「新聞に書いてあることだから間違いない」
「テレビで言っていたから正しい」と言い張るようなわかりやすいバカ人もいますが,
私たちは大なり小なりマスコミを絶対視し,
伝えられる情報はかなりの確率で正しいものとして受け取っているはずです
(そうでなきゃ,マスコミも世の中も成り立ちません)。

ですが,それらはすべて人間が書いた文章,人が編集した写真やVTR
だということは常に意識しないといけないでしょう。
ミスもあれば先入観・思いこみ,思想的な背景によって恣意的な記事を書くことだって
あるわけです。
誰が書いた・誰が言ったというのも重要な判断材料ですね。
その場合でも,たとえ辛坊さんが言ったことでも小林よしのりセンセイが
描いたことでも「それは同意・それは違うな」とツッコミを入れて取捨・批判を
行うことが必要です。
※私が個人的にそういうことが好きな性格というのもありますが,
 そういうの,習慣にしておくべきだと思いますね。
 有名人のコラムでもなければ署名記事であってもいちいち名前なんて
 チェックしませんけど,橋下弁護士が書いてた週刊誌の連載は,
 本当にあまのじゃくな,世間の大勢が見落としている視点で毎回書かれていたので
 印象に残っていました。だから,たかじんの『そこまで言って委員会』で
 きっと彼がマスコミ批判をしてくれるだろうと見当がついたわけです。


そして,報道で流される事件や事故の被害者について。
(加害者についても同情すべき人はいるのでしょうがそれはケースバイケースで)
『たかじんのそこまで言って委員会』で勝谷誠彦氏が
「想像力の問題・しつけの問題」だと報道関係者の取材姿勢に
対してコメントしていましたが,私は読む側・見る方についても言えることだと思います。

9・11で貿易センタービルから飛び降りて画面の外へ落下していった人々,
スマトラ沖地震の大津波で押し流されたがれきと共に波の中へ消えていった人たち。
そして人工の画像であっても,たとえば『タイタニック』で巨大客船が沈む直前に
大きく傾き,無数の人々が振り落とされたり飛び降りていったシーン。
まるでオモチャか虫けら,ゴミのように見える“物体”ですが,
それぞれにそれまで生きてきた人生・家族や友人・そして生きていれば体験することのできる
未来があるわけです。
そこに「人」の存在を感じなければならない,
決してその被写体となった人々は大衆の好奇心を満たすために
そこに映っているのではない・それまで生きていたのではない,
そうしてはならないと知るべきだと思うのです。

そのためには,知識ではない,親のしつけ,それも特別にしつけだ教育だと
構えるのではなく,日頃の生活の中で自然に子どもに示していくことで
培っていく感覚だと思います。

僕は小学生のころ,ある晩の夕食どきに家のテレビで
ある村のお祭りで小学生がおみこしの下敷きになり亡くなったというニュースを見て,
「事故とかで子どもが死ぬのってどうしてもあるよね,しかたないよね」
という感想を言ったことがありました。
リオのカーニバルなどでは毎年かならず死者が出ますし,
祖父母や親の世代になると水の事故で同級生が死んだという体験が
珍しくないことを見聞きして感じていたこともあって,
そのお祭りで亡くなった子に対しても,当時年に交通事故で1万人以上亡くなっていた
のをただの数字にしか考えないような,単なる1人の死亡の“事実”ととらえていたのです。

当然,即,母親にとがめられました。
「なんて恐ろしいことをいうの!
 その子が亡くなって,親や友達がどれだけ悲しむと思ってるの!」


子どもって,アリを見れば反射的に踏みつぶしたり,虫の足や羽を平気でちぎったり
(虫に対しては大人でも殺せない人のほうが少数かもしれませんが)
逆襲されなければ犬をいくらでもいじめられる,そんな残酷な動物に生まれているわけで,
ことの善し悪しを親が教えてやらなければどんな悪魔にでもなると思うんです。

だから,子どもに身につけさせるメディアリテラシー(見極め能力)の基本として
「テレビが言っていることは正しくないことも含まれている」ことは
まず第一に教えるべきですが,それと同様に,
ニュースやドラマ・映画の中で傷ついたり死んでしまう人々に対して,
血の通った人間だという認識をもつことが必要ではないかなと思います。

そりゃ,ドラマで人が死ぬたびに涙を流していたら変人ですが,
子どもに「なに考えてるの。作り話じゃないの」とつっこませるような
感情を見せるくらいのほうが,人間として正しいんじゃないかと思うのです。

テレビのニュースで不慮の事故や事件に巻き込まれての人の死亡を見たら
「かわいそうに」とつぶやく,
テレビでレース上の事故などの“衝撃映像”や,CMなどで簡単に
人間が吹っ飛ぶCGを見たら,生身の人間の命はゲームみたいにリセットできない
ということを念押しする,
人が傷ついたり不幸な目に遭っているのを面白がったり茶化したりしたら
不快感を示す・その場でたしなめる。

あまり徹底しすぎて完全ピュアな子どもが育ってしまったら
世の中でうまくやっていけないかもしれませんが,
最低限の“正常な感覚”は身につけさせないと,
テレビやゲームを見せっぱなし,させっぱなしではいけないと思います。

このシリーズの第1回で,大事なのは共感だと書きました。
これはマスコミにも,そして私たち1人1人にも
必要な感覚だと思います。
※安易な同情=あくまで自分は安全圏にいるのだという優越感や
 安心感の裏返し ではなく,そこから一歩当事者の側へ
 踏み込んで心を沿わせる想像力を伴う感覚をもちたいものです。
 

人前で簡単に涙を見せるとおかしい人と思われかねない
今の御時世でありますが,
簡単にキレる人間が恐れられてある意味一目置かれたり
幅を利かせるくらいなら,人のために涙を流せる世の中のほうが
幸せな世の中じゃないかなと思います。


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●福知山線脱線事故に関するエントリー
「JR福知山線事故(1)・遺族の憤懣に思う」
「JR福知山線事故(2)…マスコミ,おかしくないか?」
  (↑100を超えるTBいただきました。皆さんありがとうございます)
「福知山線事故(3)…マスコミにもの申した?番組」
福知山線事故(4)…勘違い連中を茶化し斬りさせていただく
  (↑コメント数40突破!私自身が炎上させかけてしまい反省)
福知山線事故(5)…「茶化し斬り」で何がしたかったのか
福知山線事故(6)…この場でお笑い論(何様?!)
福知山線事故(7)…暴言問題/取材側の言い分
福知山線事故(8)…暴言問題/山陰中央日報のコラム
福知山線事故(9)…マスコミ問題/たかじん番組続編

学校で拓くメディアリテラシー
福井県教育工学研究会
日本文教出版
メディアとのつきあい方学習―「情報」と共に生きる子どもたちのために
堀田 龍也
ジャストシステム
涙と笑いのハッピークラス―4年1組命の授業

汐文社

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