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『リアル鬼ごっこ』山田悠介作品の素晴らしいところを分析する(1)

2007-10-24 18:54:43 | 本・コミック・かってに配役
「平成版日本三大奇書の1つ」
「読み終わった後床に叩きつけた」
「一番楽しむ方法はレビューを読むこと」

などなど,小説としてではなく,その拙劣さを笑うネタとして一部で話題になりながら
驚異的な売上げでベストセラー作家の仲間入りをしてしまった
山田悠介氏。
その20歳当時に彼が自費出版で世に出し
世間を震撼させたデビュー作『リアル鬼ごっこ』が
映画化されるわ,実は100万部に達していたわで
今また再び世間を騒然とさせています。



私もこの本を読んでいないのですが,
   日本語がおかしい   
設定が稚拙

要するに金を出して買うに値しないという評判らしく
よい子のBlog(季節のフルーツ添え)/読書感想文「リアル鬼ごっこ」
によれば,2005年2月24日時点でのAmazonに寄せられたレビュー262件のうち
「つまらない」が全体の64%,つまらないが光る部分はあったなど
温かい所を見せたり,これを校正もせず出版した版元を批判する意見を
合わせると全体の91.7%。残る8.3%(22件)の「絶賛派」のうち
8件が「縦読み」というすさまじい叩かれっぷり。

※縦読みの実例
れは初めて感動した。
から話題になっている小説だと聞いてか
、だいぶ時間があいてしまったが。
妙な間、セリフ。王様に
する主人公の怒り。おれはこの本を
って本当によかったと思う。
まれて初めて本で涙を流した。
くしていたものをおれは取り戻せたと思う。
し、もう一回読むぞ!


「買ってはいけない」本らしいので,ナチュラルボーンドケチの
私が買って読むわけはないのですが,ストーリーの要約や
具体的文体・描写の抜粋は痛いニュースや上記感想文で
紹介されており,その範囲で読んだだけでも,激烈な電波っぷりに
十分当てられました。そして,その感想文や寄せられた書き込みの
ツッコミの数々に2時間以上大笑いさせて頂きました。

で,ネット上に意見を残しておられるほとんどの方は
「なぜこれがこんなに売れているのか理解できない」
「今後の日本は大丈夫なのか」

と不可解さに頭を悩ませているようでしたので,
私がその謎に対する1つの答えをネット上に残しておきたいと思います。

『リアル鬼ごっこ』について,題名以外のこと,内容や著者などについて
昨日初めて知ったので,その翌日の今日だけに書けることなんか
たかが知れてますが,その程度のものだと思って気楽にお目通しください。

【はじめに】
(1)『リアル鬼ごっこ』をはじめとする山田悠介作品を
 作品として「面白い」と感じ,その作品世界に没頭し,
 主人公に感情移入できる読者層を,便宜上「山田ers(ヤマダラーズ)
 と呼ぶことにします。
(2)これに対して「ふつうの読者」などと表現しているのは,
 山田氏の文体や構成力に違和感を感じ批判的態度を取る
 旧世代のことです。
(3)山田悠介氏および彼の作品のファンの方々には,読んで
 不快になる記述が多々あるかと存じますので,
 予めご了承いただくか,事前にご退場下さいませ。


『リアル鬼ごっこ』のあらすじ
時は西暦3000年王様が治めている国の話。150代目の王様はワガママで,
自分と同じ「佐藤姓」の人間が国に500万人もいるのが気に食わず,
「佐藤姓」の人間を抹殺する計画を立てる。
しかしただ「佐藤姓」を虐殺したのでは国民の反感を買い,
国は滅亡してしまう。そこで「ゲーム感覚はどうだ?」と言い,
佐藤姓を捕まえる「鬼ごっこ」を企画する。
捕まった佐藤は殺されてしまうが、
もし7日間の期間が終了して生き残る事ができたら,
王様が1つだけ何でも願いを叶えてくれる。

命がけの鬼ごっこが始まった…。


では,まず前述の2本柱のうち,
「日本語がおかしい」点について検証してみたいと思います。

【1】読者が持つ「イメージ」は視覚ではなく
雰囲気である


前述「よい子のblog」のコメント欄に寄せられた書き込みの中に,
・山田氏は小説を読まないが映画や漫画は好きだという。
 映画や漫画好きが小説を書いたらこうなると考えれば
 少しは納得がいくかも…。
・小説を映像化して読む世代ならこの小説を支持したとしても
 決しておかしくない


というものがありましたが,いやいやいやいや。
小説を映像化して読むにはそれなりの情報が
盛り込まれている必要がありますから。

↓これは,著者の国語力を如実に表す一節として引用されている箇所です。
宮殿では朝食の時間を迎えており、メイド達が次々と豪華な料理を運び出していた。
それは朝食とは思えないほどの豪華さで、一般市民がこの料理を見たらこれが本当に朝食か?と目を仰天させるに違いない。これだけで一般市民との差は歴然と離れており、王様が毎日どのようにして暮らしているかはこの朝食だけでも想像がついてしまう。
なおも料理は運び込まれていく。
王様の目の前に全ての料理が出そろった。豪華で目を見張るほどの大きなテーブル。目の前には全てが金で作られているナイフやフォーク。そして、背もたれが必要以上に天井へと伸びている豪華なイス。全てが”豪華”これ以上の単語が見当たらない程、豪華であった。

豪華という以外の単語が見当たらないのはお前の語彙が貧困なだけだろと
つっこみたくなる,単調で文章量のわりに内容の乏しい言葉の羅列,
特徴的なのが,朝食の場面なのに食べ物についての
具体的描写が全くない
ことだ-などと指摘されています。

ですが,こんな文章だからこそ,山田ersは読んで生き生きと豪華な
食事のイメージを膨らませられる(らしい)のです。
その理由を考えてみましょう。

具体的な記述が障害になる場合もある
川崎のぼる先生の名作ギャグ漫画『いなかっぺ大将』で,
主人公の風大左衛門がガールフレンドとレストランで食事をする場面で
メニューに書かれた料理名がさっぱり理解できず,
すごくボリュームのある料理だろうと想像してポテトチップス
注文するシーンがありますが,
どんなにゴージャスな料理を具体的に事細かく描写したところで
読み手がそれを知らなければ,そのイメージは伝わらないのです。

そもそも,批判する側の人にしたって,どうですか?
文章のうまい下手は関係なく,箇条書きでもいいので
手元に紙と書く物(キーボードでモニター上に書いてもいいけど)を用意して
料理名でも形容詞でも,文章でも箇条書きなんでもいいですから
「豪華な料理とはどういうものか」列挙してごらんなさい。
下手すりゃ「満漢全席」と一言書いて後が続かないなんて人もいるんじゃないですか?


「豪華な食事」のイメージは人それぞれ違う
この場面で肝心なのは,王様が贅沢な生活をしていたということ(たぶん)。
ここで。料理の内容を具体的に説明すると,イメージを固定してしまい,
読者の想像の幅を限定してしまうリスクがあるわけです。
読者の嫌いなものが含まれていたらいけないとか配慮したのかもしれませんね。
であれば,「豪華な朝食」とだけ書く,「豪華」という単語をくり返すことで,
読者それぞれに自由に自分好みの最大級に豪華な朝食を想像させたほうが,
イメージが無限にふくらむぶん,読者の満足度は高いと考えられます。
下手に「ブタの丸焼き」とか書いてしまって己の想像力の貧困さを
さらけ出してしまうよりよほど賢い選択をしたといえるでしょう。

んなこと言っても,私がちょっと考えただけでも
ウシ1頭丸焼きにして煮込んだ物を,一番いいところだけ1口食って
あとは捨てさせたとか(俺はやわらかいヒレしか食わんのDAとか
言ってな。牛や豚の部位の名前や特徴がわかんなかったら
本マグロの大トロって書いておけば大勝利)
給仕が100人いて25mプールなみにでかいテーブルが料理で
埋め尽くされるけどそれを食ってるのは王様1人だけだとか
贅沢さを描写するならいくらでも書き方はあると思いますけどね。

それに,ふつうは食事シーンを書くにしてもただ豪華だってだけでなく
登場人物の性格とか立場,状況,人間関係などが伝わるような
描写を入れるもんですわね。
国民50人を毎回招待するけれど見せるだけとか(見栄っ張り・ケチ・陰険),
毒味とか素材の調達方法とかで傲慢さとか猜疑心とか健康志向というような
王様の性格を浮き彫りにするような記述ができそうなもんですけど
それもしないんですね。すべては読者の想像におまかせ。

ここからわかることは,
【2】具体的な事柄を描写した文を読んでその内容を
理解するのが面倒くさい層が存在する。

それが山田ers
だということ。

具体的にいろんなこと書いてあったら,その意味を理解して
その通りのイメージを思い浮かべないといけない。
自分の知らない事や読みにくい単語・表現が含まれていたらわからないし。
王様の豪華な朝食については
文章の中に書かれた文章から朝食を思い描くのではなく,
「豪華」というキーワードを与えられて読者はそれぞれ
自分が持つ「豪華な朝食」のイメージを思い浮かべる

これは,一見読者にとっては自由に思えますけれど,与えられた情報が少ないだけに
具体的な映像ではなくぼんやりとしたイメージしか脳内に結ぶことができない。
しかし山田ersはそれで十分
楽しんだ
と感じられる層なのでしょう。

山田ersは,1頁,1行,1つの文章に多くの情報が詰め込まれていると
相応の処理能力を要求され,そのために生じる脳への負荷を不快に感じてしまう。
バカみたいに簡単な単語で,できるだけ
内容の薄い文章のほうがありがたい
層だと考えられます。


次に,『リアル鬼ごっこ』をはじめとする山田悠介作品の
文法的特徴として,
1つの文として成立していない文が多く見受けられます。
1つの文の中に述語が2つ以上入っていてそのうちの1つについてしか
対応する主語が入っていないなんてミスは年齢やステータスを問わず
誰でも書きがちなミスですが,
山田作品は以下のようなクオリティの文で埋め尽くされているといいます。
「二人が向かった先は地元で有名なスーパーに足を踏み入れた」
「愛を探すしかほかないのだ」
(愛は主人公・翼の妹の名前)
「佐藤さんを捕まえるべく鬼の数である」
「ランニング状態で足を止めた」
「三人は分かち合うように抱き合った」
「もう一度首を右に左に素早く後ろへと回し、ぐるりと体を反転させた」
「翼は辺りをキョロキョロさせながら」
「この話は人々の間とともに長く受け継がれていく」
「翼はリュックを片手に後ろを振り返り、それでも堂々とした歩き方で、
 振り返る事もせず皆に別れを告げた。」

中1の国語で習う「主語・述語・修飾語」のつながりがまるで見えねぇ!
前半と後半で矛盾してる!

1つの文ごとに何がいいたいのか理解しようとすると
頭痛が痛くなることうけあいの日本語たちです。

これを山田ersは苦もなく読みこなします。
ここからわかることは,
【3】山田作品読者は10字読むごとに前の内容を忘れる
こう書いてしまうと語弊がありますが,つまりは文をぶつ切りにして
その1つ1つについて内容を理解していくため
1つの文の中で前半と後半の内容が食い違ったり主語と述語がかみ合わなくても
おかしいと感じないということです。

「二人が向かった先は地元で有名なスーパーに足を踏み入れた」という文の場合,
「二人が向かった先は」「地元で有名なスーパー」「に足を踏み入れた」
という単位に分割され,前から順番に内容を把握していくわけですが,
「二人が向かった先は地元で有名なスーパー」で一旦納得,
そのまま読み進めていき,
「地元で有名なスーパーに足を踏み入れた」もすんなり受け入れます。
この時点で文の前半にある「二人が向かった先は」のことは
意識の範疇から消えていると思われます。

また,ふつうの読者は「ランニング状態で足を止めた」と書かれたら
「走りながら足を止めるってどういうことよ?!」と矛盾を感じてしまうわけですが
山田ersは文単位で内容の整合性を求めません。
「ランニング状態で」で1つの意味の単位です。
「足を止めた」で1つの動作です。

仮に1人の山田erに「ランニング状態で足を止めた」という一節を見せた場合,
おそらく彼(彼女)の頭の中には,
藤崎マーケットの2人が「ラララライ♪ラララライ♪」と
かけ声を発しながらステップを踏んでいるような場面がまず頭の中に浮かび,
その後「ララララ~~~~~~~~~~イ,ライ,ライ」と足を止める情景が
何の矛盾もなく展開されるのだろうと思われます。

言い換えるならばパケット式に日本語を理解する
と言ってもいいでしょう(略してパケ脳)。

ちょっと長い例を挙げると,このような一節。
翼はたまらず少女に聞いた。
「お父さんや、お母さんは?」
翼は反応を待った。しかし少女は質問に対して少しも表情を変える事なく、ただ首を小さく振るだけであった。翼と洋は顔を見合わせ、今度は洋が聞いた。
「まさか、二人とも…」
そこから先を言おうとする洋を翼は素早く制した。そして、小さく首を振った。翼は少女の目の高さまでかがみ込み、
「お父さんとお母さんはどうしたの?」

翼が洋を制したのは,少女に辛い記憶を思い出させないようにするためだと思われるのですが
そこまでの流れを翼(そして作者)は次の瞬間に完全に忘れてしまっています。
少女に追い打ちのクエスチョンを投げかける翼に対して
吉本新喜劇だったら全員ズッコケた後,ハリセンビンタの嵐が襲いかかりそうなものですが
この作品世界ではシリアスでかっこいい場面として位置づけられているようです。
頭脳をFD並みの容量にして瞬間瞬間を味わうのが,正気を保ちながらこの作品を楽しむためのコツといえそうです。


超初歩的な誤字脱字のほか,
『リアル鬼ごっこ』をはじめとする山田悠介作品の特徴として,
「読んだ内容多少を忘れてしまったり読み飛ばしても同じ内容の文が繰り返し出てくるので安心です」と評される
別名「山田リピート」が挙げられます。
同じ単語や記述が何度もくり返されても山田ersはうざいと思わない

【1】のところで挙げた王様の「豪華」な朝食の記述もそうですが,
騒々しく騒いでいる
「最後の大きな大会では見事全国大会に優勝」
十四年間
「いざ、着地してみるとそこは森の様な草むらに二人は降り立っていた
「愛を探すしかほかないのだ」
居間の部屋
「この日の午後十一時の間には」
「最強の道具アイテム

などなどなど。

幻冬舎から出された文庫版では校正が入って
大幅に修正されているようですが,その電波っぷりを惜しむ声も見受けられ
元の文芸社自費出版本でも作品世界に入っていけた数々の猛者(山田ers)がいるわけです。

短い範囲に同じ言葉や言い回しが何度も繰り返されるのは下手な文章の見本,
文章を書くときにはなるべく避けましょう というのは
小学校の国語でも教わる基本中の基本
ですが,
【3】で触れたように,山田ersは読んだ内容を片っ端から忘れていくので
リピートされればされるほど印象が強まって良いと感じるようです。

さらに気がつくのは,


※早くも字数制限に達しましたので
 続きはエントリーを分けて書きたいと思います。

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『リアル鬼ごっこ』文芸社
 著者インタビューなど。
> 『リアル鬼ごっこ』の完成度の高さからは、書けなかった時があったなんて思えませんね。
> 文芸社とのやり取りの中で一番印象に残っているのは、
> 原稿のやり取りをしている時のことですね。主に言葉の使い方や、
> 物語の組み立てについて教えていただいて。
> いろいろなところを指摘されたことが、とても勉強になりました。


映画『リアル鬼ごっこ』

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3 コメント

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Unknown (Unknown)
2011-01-29 21:26:44
山田悠介も何書いてんのか分からんがあんたも何書いてんのか分からん
a (a)
2011-03-28 01:37:03
まあ、管理人はバカをバカにするのが生き甲斐のネトウヨですからね。
どっちもどっちってとこでしょ。
Unknown (Unknown)
2018-12-09 21:46:22
読んですらいないのに批判記事を投稿しようと言うガイジっぷり
山田悠介も大概だが君はそれ以上のゴミクズですかなぁ❔

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