小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

「性教育は幼児期から」(包括的性教育の試み)

2024年06月30日 13時36分16秒 | いのち
第30回日本保育保健学会(2024年)で「性教育は幼児期から」(北山ひとみ氏)という講演をWEB視聴しました。

世界と比較して日本の性教育が遅れていることは知っていましたが、
その現状を知ることができました。

ふだんの診療に役立ちそうなことがいくつも出てきました。

「ヨーロッパ性教育スタンダード」の「2〜3歳」の解説で、
自分自身の身体と性器を詳細に研究し、他の子どもと大人に見せる
自分の性器で気持ちよくなるので、わざと自分の性器に触れ始める
ということが“正常発達”として紹介されていることに驚きました。

日本では「困り事」として相談されることがあるエピソードですが、
これからは「そこまで発達したのですね、喜んでください」
とコメントすることにします。

その後、4〜6歳になると、
公共の場で性器などを見せたり触ったり、あるいは他の人の性器を触ると大人が避難することを学ぶ
ので大丈夫です、と。

それから、幼児期には下品な言葉を発して喜んでいる子どもをよく見かけますが、
これも“正常発達”と捉えています:
“汚い言葉の段階”:何か言葉でいうと周りの人々に反応が起こることに気づく。これはエキサイティングで楽しいので、同じ言葉を繰り返す
クレヨンシンチャン系のつぶやきがあっても心配ない?

それからそれから、オランダの性教育資材を発信・提供しているルトガーズ研究所が、
「お医者さんごっこ」のルール4つを解説しているという話がありました。

お医者さんごっこのルール
1.自分がイヤなときは参加しない。
2.相手がイヤがるときは無理に誘わない。
3.痛いことはしてはいけない。
4.からだのあらゆる穴には何も入れてはいけない。

…4が妙にウケました。
日本では“なかったことにする”とか“見て見ぬふりをする”、
性に関する子どもの行動・エピソードに真摯に向き合い、
それに対応する方法を提案しているのが素晴らしいと思いました。

やはり子どもが興味を持ったタイミングで正しい知識を授けるのがよいですね。
また、ジェンダー観は「両親のジェンダー観の影響を受ける」とされ、
当然とは思いながらもきびしい言葉だな、と思いました。

しかし「からだの権利」の解説では、
現実とのギャップに“机上の理想論”と聞こえざるを得ませんでした。

園児に対しての教育の実際も紹介され、
子どもたちの変化のみならず、
職員や家族の変化も生じたことを興味深く聴きました。


<備忘録>

■ 日本の性教育
・日本は「性教育後進国」「性産業先進国」
・最近の動き;
(2017年)刑法性犯罪の改正(110年振り!)
(2020年)「性犯罪・性暴力対策の強化の方針の決定について」
 → その一環として文科省が「生命(いのち)の安全教育」
 2023年から全国の公立小中高校で実施、幼児教育でも
(2023年)「強制性交罪」から「不同意性交罪」へ変更

■ 世界の性教育
(2009年)「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(対象:5歳以上)
(2010年)「ヨーロッパにおける性教育スタンダード」(対象:0歳から)
(2018年)「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」改訂版
(2020年)「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」の改訂版ガイダンス出版

★ 「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」の日本語版は2017年発行、日本語改訂版発行は2020年

■ 日本の性教育・ジェンダー理解のレベル
(2019年)国連子どもの権利委員会からの勧告;
「思春期の女子および男子を対象とした性と生殖に関する教育が学校の必修カリキュラムの一部として一貫して実施されることを確保すること」
 → 文科省:学習指導要領における性に関する学習内容はほとんど変わらず “歯止め規定
・2023年のジェンダーギャップ指数(世界経済フォーラム):125位/146か国

★ 参考図書0歳からはじまるオランダの性教育(リヒテルズ直子著、2018年発行)
・ボーダーラインの尊重…自分の望まないことに「ノー」と言うよう幼児期から教えられている。
・性教育の目的:自他の尊重、社会的責任、非差別・インクルージョン。
・性をタブー視せず、性についてオープンに話せる状況を早い時期に形成する。
・保育者・教員は指導者(教える)から支援者(支える)的存在へ慣れるよう研修。

■ 文科省「生命(いのち)の安全教育」の問題点
・性暴力に関する学びの際、「プライベートゾーン」を「水着でかくれるところ」と表現しているが不十分ではないか?
・「からだの権利」を認識できる内容にアップデートできないか、資材を作成中
※ からだの権利:自分のからだの事を決めることができるのは自分だけという意識。同意と境界、尊重ができる。

■ 包括的性教育とは?
・性(セクシュアリティ)を、からだとこころ、人間関係、社会とのつながりなど、
 いろいろな角度から幅広く学ぶ教育
・「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」8つのキーコンセプト;
 1.人間関係
 2.価値観、人権、文化、セクシュアリティ
 3.ジェンダーの理解
 4.暴力と安全確保
 5.健康と幸福のためのスキル
 6.人間のからだと発達
 7.セクシュアリティと性的行動
 8.性と生殖に関する健康
…日本の性教育のイメージは8だけ?

■ 幼児期の性的発達の特徴(by 「ヨーロッパ性教育スタンダード」)
(幼児前期)1〜3歳
・自らが母親とは別の存在であることを自覚する
・対象の分化(親以外の存在に関心を示す表現)
・3歳になれば、仲間関係や自分とは違った性との分化ができる
(幼児後期)3〜6歳
・自己意識の表明の時期…「ぼくがやる」「私のもの」
・自分の意志や考えを主張する“反抗”
・世界を感じる感受性が好奇心や自発性を生み出す土壌となる
 → 自己意識を形成し、一定の価値観を獲得していく時期

■ 「ヨーロッパにおける性教育スタンダード」(池谷氏)
・子どもの性心理的発達を0歳から始まる5つの発達段階として捉える
1.発見と探求の段階:0〜1歳と2〜3歳
2.規則の学習、遊びと友達関係の段階:4〜6歳
3.恥ずかしさと初恋の段階:7〜9歳
4.前思春期と思春期の段階:10〜11歳と12〜15歳
5.大人期への変わり目の段階:16〜18歳

■ 発見の段階:0〜1歳
・子どもの性的発達は誕生から始まる。
・乳児はすっかり自分の感覚に集中する。感覚を通して気持ちのいい、安全な感覚を経験できる。
・乳児を抱きしめ撫でることで、健康な社会的・情緒的な発達の基礎を据える。
・乳児は自分の周りの世界を発見するのにかかりきりになる。
・乳児はまた自分自身の身体を発見しつつある。

■ 好奇心/自分の体の探求:2〜3歳
・自分自身と自分の体に気づきつつある。
・自分や他の子どもと大人じゃ違うようだということを学ぶ(自分のアイデンティティを発達させる)。
・自分が男子か女子かを学ぶ(自分のジェンダーアイデンティティを発達させる)。
自分自身の身体と性器を詳細に研究し、他の子どもと大人に見せる
自分の性器で気持ちよくなるので、わざと自分の性器に触れ始める
・まだ身体的接触に対して大きなニーズがある。誰かの膝に乗るのが好きで撫でられることを楽しむ。
・“すべきこととしてはいけないこと”(社会的規範)について学びはじめる。

■ 規則の学習:4〜6歳
・集団生生活の中で人々の大きなグループと、より接触するようになり、ますますどう行動すべきか(社会のルール)を学ぶ。
公共の場で性器などを見せたり触ったり、あるいは他の人の性器を触ると大人が避難することを学ぶ
 → 公共の場で裸で歩き回ったり性器を触ったりしないようになる。
・自分自身と他の人々の体を探求することは、より遊びの文脈で表現される。
(性のゲーム)「お医者さんごっこ」などを、はじめはオープンに、後にはこっそりとする。
“汚い言葉の段階”:何か言葉でいうと周りの人々に反応が起こることに気づく。これはエキサイティングで楽しいので、同じ言葉を繰り返す
・生殖に非常に興味を持ち「赤ちゃんはどこから来るの?」といった質問を際限なくする。
・たいていの子どもは自分の体に関して恥ずかしさを経験し始めて、境界線を引き始める。
・自分が男子か女子であることを知り、いつもそうであろうとする。
・「男子がすること」「女子がすること」についてはっきりした考えを創り上げる(ジェンダーの段階)。
・他の子どもと、時には自分の性のメンバーである男子や女子と友だちになる。
・友達関係と誰かが好きなことを「愛してる」と結びつけて考える。これはたいていセクシャルの欲求と環状とは関係がない。単純に誰かが好きだという言い方である。
・2歳半〜3歳で、ほとんどの子どもが自分の性別を認識する。
 → (大人を見ながら)性別役割分業意識と行動をつくっていく。
 男女の性別に自らを自己分類することで、
 性別に応じた世界を創り上げていく。
  ↓
 相対する性への嫌悪と排除へ向かう可能性
 自らの性の言語化=ジェンダー用語(男ことば、女ことば)の意識化
 → 特に女性嫌悪の意識と排除の態度・行動へ

■ 子どもたちに伝えたいこと

1.からだを肯定的に受け止める
・自分の体は自分のもの
・外性器は日常的な存在(正確な名称を学ぶ)
 名前があるということはそのものの存在を認識すること
 とくに女性の性器はきちんと認識されてこなかった
  → 女性のものではなかった
・性器観:名称、入浴、トイレ
 “性器タッチ” “性器さわり” (“いじり”とは言わず)
・自分のいのちの成り立ち、どこからどうやって生まれてきたのか?
 その前に、性器の名前を学習する

2.女性と男性が対等であること
・保育者のジェンダー感覚が、子どもたちにも影響する。
・家庭の中ではどうでしょう?
 子どもたちにとって保護者はロールモデル
 お互いを尊敬し合い慈しみ合う関係を育てること
・本当の意味での対等・平等な関係が、人との豊かな関係をつくる

■ からだを肯定的に受け止めるために大切にしたいこと

1.プライベートパーツと“からだ観”
・自分だけが持つからだ、自分だけがわかる感覚、自分だけが触っていいところ
・断りなく見られたり触られたりしないこと=プライベート
・身体全体がプライベートパーツであるという“からだ観”

2.「境界」(バウンダリー)と「同意」「尊重」
・からだの周りにある境界 そこに同意なく侵入してくることはいけないこと
・「なんかへん」「あれ?」と感じるタッチはダメなタッチ。
・必要がないのに近づいてきてのタッチ。
・グルーミング(やさしく近づいてきて手名づける)の手口。

3.相手を尊敬・尊重する力を
・人間関係の形成、相手のパーソナルスペースやバウンダリー(境界)を尊重するために
 → 子ども自身が尊敬・尊重されること

4.「からだの権利」を学ぶ(↓)

■ からだの権利(浅井春夫「人間と性の絵本」より)
1.からだのそれぞれの器官・パーツの名称や機能について十分に学ぶ。
2.だれもが自分のからだのどこを、どのように触れるかを決めることができる。
3.親、大人による虐待や搾取、性的虐待や性的搾取から守られる。
4.からだが清潔に保たれて、ケガや病気になったときには治療を受けることができる。
5.こころとからだに不安や心配があるときには、相談できるところがあり、サポートを受けることができる。
6.ここまでの事ができていないときには、「やっってください!」と主張することができる。

■ 性暴力・性被害を防ぐ
・どんな人が性暴力を行うのか? …知っている人の場合もある
・いいタッチとダメなタッチ、さらに「何かヘン」 → 注意!
・イヤなタッチをされたとき  → 注意!
・安心できる大人:
 イヤなこと、イヤなタッチをされたとき話を聞いてくれる
 信頼できる大人 3〜5人
 そのうちひとりは家族以外の人を
・子どもが被害を伝えてきたら…
・“性的虐待順応症候群”にならないために
 訴えを聞いた大人の心得

■ 幼児への性教育を行うときの基本的な考え方
・分ける必要のないところで男女分別しない。
・からだっていいな、からだて不思議だな、という感覚を持つことができるような内容に。
・具体的な生活場面に即した話題から、見る・聞く・触るなど具体的にやってみるなど子どもたちが楽しく取り組める内容に。
・1人ひとりの捉え方を大切に。
・保護者とともに進める。

■ 幼児への性教育のテーマ4つ
1.からだをケアする
・肯定的な視点で自らのからだ観の基礎を築く。
・健康と命の大切さに迫る課題。
・排泄器、性器の違いによる洗い方、拭き方
2.性器の呼び方
・特に女子の排泄器、性器の呼び方  → (例)ヴァギナ、女の子の性器
3.性被害の防止
・プライベートパーツを理解する。
・「うれしいタッチ」と「イヤなタッチ」の違いがわかる。
4.女子と男子
・違いを強調するのではなく、両性のほとんどが同じであること。



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