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小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

大谷翔平選手は「10時間睡眠」!

2025年05月16日 12時27分24秒 | 医療問題
それを聞いたとき、
「10時間も眠れない!」
というのがアラ還おじさんの私の印象です。

待てよ、以前にも「10時間睡眠」の話を聞いたことがあるような・・・
記憶を紐解くと、確かプロテニス選手のマルチナ・ナブラチロワがインタビューでそう話していましたね。
最近ではロジャー・フェデラーや錦織圭選手も10時間睡眠という噂です。

以下の記事を読むと、フムフムなるほど・・・と肯ける箇所がいくつもありました。

<ポイント>
・良い睡眠の条件」である。内村氏は「量(時間)」「質」「リズム」の3要素が確保されていること。
・若いほど体重当たりの消費カロリー量が多く、より多くの睡眠時間が必要になる。そしてヒトは加齢とともに体重当たりの消費カロリー量は減少するため、それと連動して睡眠時間も短くなる。
・科学的には18歳未満の中高生で8~10時間、非高齢者の成人では6~8時間、高齢者では6時間程度の睡眠時間が推奨される。ちなみに加齢とともに体内時計の機能劣化で眠りは浅くなりがちになり「若い時のようにぐっすり長く眠られない」という高齢者の愚痴は病気ではなく自然なこと。
・「ノンレム睡眠」は、睡眠の深さによってN1~N3の3段階に分かれ、最も深いN3は一般的に最初の2サイクルでしか出てこない。このため2サイクルの合計180分、すなわち3時間はきっちり眠ることが重要。
・ヒトが深く眠れると考えられるのが午後10時から午前3時にかけて。
・メラトニンの分泌量が増えだすのは、起床後に日光を浴びた時から14~16時間後、逆算するとヒトは起きてから14~16時間経過しないと眠れない。
・最適な睡眠時間の目安とは「朝にすっきりと目覚めたと自覚し、かつ午前中に眠気を感じない睡眠時間」。かなりの時間眠ったにもかかわらず、午前中に眠気を感じるのは「睡眠時無呼吸症候群」や「ナルコレプシー」のような病気にかかっていなければ、まずない。昼食後の午後2時前後、ヒトは誰でも眠気に襲われる。


▢ だから大谷翔平選手は「10時間睡眠」で成功できた…日本睡眠学会理事長が分析「頂点を極める人」の睡眠の特徴リズムと質の不利を量で補っている
村上 和巳:ジャーナリスト
2025/05/09:PRESIDENT Online)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 大谷翔平選手の成功の秘訣として「10時間睡眠」が取り上げられる。最適な睡眠時間とは何時間なのか。日本睡眠学会の内村直尚理事長は「大谷選手の10時間睡眠は『やや寝すぎ』。ただし“いい睡眠”を決めるのは時間の長さだけではない」という。医療ジャーナリストの村上和巳さんが話を聞いた――。

▶ 大谷選手が証明する「10時間睡眠」のすごさ
 2年連続3度目の満票シーズンMVP、1シーズン50本塁打50盗塁(50-50)と米メジャーリーグ史上初の記録を次々に打ち立てるロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手。その強さの秘訣としてよく話題にのぼる生活習慣が「10時間睡眠」である。
 一方で日本人については、従来、睡眠時間が短いと言われ、各種データからもこれは明らかである。令和元年の国民健康・栄養調査によると、1日の平均睡眠時間が6時間未満の人は男女とも4割前後。経済協力開発機構(OECD)の調査では、先進国も含む世界33カ国の中で日本人の平均睡眠時間462分(7.7時間)は最低値である。
 こうして見ると、眠い目をこすりながら仕事をしている日本人の多くにとって、10時間も睡眠時間を取りながら、億単位の年収を稼ぐ大谷はまさに驚異的存在である。
 むしろ逆説的に「長時間睡眠をとることが大金を稼ぐパフォーマンスを生み出すのではないか?」と思いたくもなるだろう。

▶ 大谷選手の睡眠時間を専門家はどのように評価するのか?
「10時間はやや寝すぎ、ただし…」
「最近は10時間も睡眠を取れば、大谷選手のようになれるのか」と問われることが増えたと苦笑いする日本睡眠学会理事長で久留米大学学長(同大学医学部神経精神医学講座前主任教授)の内村直尚氏は、「大谷選手は10時間睡眠に加え、時には昼寝も2時間程度すると言っていますが、30歳という年齢を考えると、医学的に適切な睡眠は1日7時間前後、昼寝も30分程度。その意味ではやや寝すぎです」と評価する。
 ただ、内村氏によると、大谷選手が置かれた“特殊事情”を考えれば、10時間睡眠もある程度説明がつくという。
 この特殊事情を考えるにあたって知っておかねばならないのが、そもそも「良い睡眠の条件」である。内村氏は「量(時間)」「質」「リズム」の3要素が確保されていることだとする。

【条件1】睡眠の“量”
 まず、量(睡眠時間)は、個人差はあるものの、医学的には体重当たりの消費カロリー量(いわゆる基礎代謝量)によって異なる。もっとも端的に相関するのは年齢で、一般的には若いほど体重当たりの消費カロリー量が多く、より多くの睡眠時間が必要になる。そしてヒトは成長すなわち加齢とともに体重当たりの消費カロリー量は減少するため、それと連動して睡眠時間も短くなる。ちなみに1~2歳児の基礎代謝は、75歳以上の高齢者と比べ、約3倍も高い。
 この結果、科学的には18歳未満の中高生で8~10時間、非高齢者の成人では6~8時間、高齢者では6時間程度の睡眠時間が推奨される。ちなみに加齢とともに体内時計の機能劣化で眠りは浅くなりがちになる。「若い時のようにぐっすり長く眠られない」という高齢者の愚痴は少なくないが、これは病気ではなく自然なことだ。

▶ 「最初の3時間」が質を決める
【条件2】睡眠の“質”
 一方、「質」について内村氏が指摘する主な指標は、
(1)入眠から3時間は中途覚醒しない
(2)午前0時までの入眠
の2つである。
(1)については、ヒトの睡眠のサイクルに由来する。ヒトの睡眠は体が休息しても脳は活動している「レム睡眠」とそこから移行した体も脳も休息する「ノンレム睡眠」の合計90分の1サイクルが睡眠中に繰り返される。
 このうちの「ノンレム睡眠」は、睡眠の深さによってN1~N3の3段階に分かれ、最も深いN3は一般的に最初の2サイクルでしか出てこないこのため2サイクルの合計180分、すなわち3時間はきっちり眠ることが重要になる。
 一方、(2)についてはヒトの体内時計の働きなどから、科学的にヒトが深く眠れると考えられるのが午後10時から午前3時にかけてとわかっているためだ。
 つまり深い睡眠が取れるタイムリミットの午前3時から、より深い睡眠がとれる最初の3時間確保を逆算すると、遅くとも午前0時までに入眠しなければならないのである。

▶ 睡眠ホルモン「メラトニン」の分泌サイクル
【条件3】睡眠の“リズム”
 3つ目の「リズム」を語る際に欠かせないのが、ヒトの体内時計の働きを調節するホルモン「メラトニン」である。
 メラトニンは起床後に日光を浴びると分泌が抑制され、それとともに人の体温は上昇し、日常活動に適した状態となる。メラトニンの分泌量が増えだすのは、起床後に日光を浴びた時から14~16時間後。これによりヒトの体温は低下し、睡眠に向けたリラックスモードに誘われる。裏を返せば、徹夜をしたなどの特殊事情がない限り、ヒトは起きてから14~16時間経過しないと眠れないことになる。
 具体例で示そう。まず、一般的な非高齢成人が深い睡眠が得られやすい時間帯で最も早い午後10時に眠りにつく場合。メラトニンの分泌サイクルを考慮すれば、遅くともその日の朝8時には起きていなければならない。この設定ならば当然6~8時間という量(睡眠時間)の確保も可能になる。
 内村氏は「リズムが確保できていなければ、必然的に睡眠の質は悪化する」と説明するが、量の確保の観点からもリズムが重要なことはこの点からも明らかだ。

▶ 結論「質・リズムの不利を量で補っている」
 さてそのうえで内村氏は、大谷選手の10時間睡眠を次のように分析する。
「まず、大谷選手の特徴は投手と打者の双方で好成績を出す『二刀流』。それだけに同年代と比較しても体重当たりの消費カロリーは多いと考えられます。しかも、米メジャーリーグの選手は、試合のために東海岸と西海岸の間で3時間も時差があるアメリカ国内を行き来します。ナイトゲームの翌日にデイゲームが行われることもあります。つまりもともと消費カロリーが多いために長い睡眠時間が必要な環境にあるにもかかわらず、時差ボケも含め睡眠リズムの確保が難しく、結果として睡眠の質も低下しやすい状況です。このためリズムと質の不利を量で補っていると解釈するのが妥当です」
・・・
▶ 午前中に眠気を感じたら要注意
 ここで再び「良い睡眠の3条件」を考えると、「質」と「リズム」はある種、万人に通じる法則があることはわかっただろう。ただ、「量」は年齢に応じた目安はあるものの、個々人の消費カロリーの違いに代表されるように個人差が大きい。
 たとえば、一般的な成人の睡眠は6~8時間と言われても、自分にとってそれが6時間なのか7時間なのか8時間なのか、はたまた大谷選手のように消費カロリーが多く、質とリズムが保てないがために9~10時間必要なのか。
 内村氏が語る個々人の最適な睡眠時間の目安とは「朝にすっきりと目覚めたと自覚し、かつ午前中に眠気を感じない睡眠時間」だという。
 一見すると、フワッとした感じだが、まず「午前中」という点が一つのポイント。それは昼食後の午後2時前後、ヒトは誰でも眠気に襲われるからだ。また、かなりの時間眠ったにもかかわらず、午前中に眠気を感じるのは「睡眠時無呼吸症候群」や「ナルコレプシー」のような病気にかかっていなければ、まずないという。

▶ 連休は「正しい睡眠時間」を知るチャンス
 より正確に自分に必要な睡眠時間を知りたい人に対して内村氏が推奨するのは、以下の4条件だ。

▽ 起床時間の制約がない
▽ 起きている時間はなるべく普段と同程度の活動量を確保する
▽ 現時点で明らかな睡眠不足や睡眠障害を疑うような症状(寝付きの悪さや中途・早朝覚醒)はない
▽ 夜に飲酒はしない、あるいは少量にとどめて飲酒後3時間以上経過してから布団に入る

 これらをすべて確保した状態で、部屋を完全に真っ暗にして目覚まし時計をかけない状態で眠ること。
この条件で布団に入ってから最初に目を覚ますまでの時間が自分に必要な概算の睡眠時間だという。連休中などにこれを試す場合は数日間続けてその平均値を算出すれば、より正確な必要睡眠時間を算出できる。あとはこれに合わせて「質」と「リズム」も整えれば良いことになる。
 ちなみに最近増えたという「10時間睡眠で大谷選手のようになれるのか」との取材に内村氏はこのように答えているという。
「十分に睡眠をとることは、どのような人にとっても十分な実力を発揮するために必要な最低限の条件。大谷選手のように頂点を極めるまでは行けなくとも、頂点に近づくことはできます」
 良い睡眠はあなた自身が活躍する領域で大谷選手のような飛びぬけた人間になるかどうかの第一歩というわけだ。


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「ベースアップ評価加算」の罠

2025年04月09日 07時32分46秒 | 医療問題
政治家の間では、
「膨張した医療費を削減せよ!」
と声高に叫ばれています。

しかし現実に目を向けてみると・・・
高齢者社会で医療費が嵩むのは当たり前。
さらに分子標的薬など、想定外の高価な薬剤が登場し、
それを使うガン患者も増えているので医療費が嵩むのは当たり前。

それを減らすことなんてできるのでしょうか?

私には、どんどん背が伸びる子どもに対して、
「背が伸びるのは仕方ない、でも体重は減らせ!」
と言っているような印象があります。
・・・無理ですよねえ。

私は小児科医ですが、
少子化の影響で患者数は漸減しています。
それに加えて「医療費削減!」のあおりで保険点数は上がらず、
この先収入は先細り、ジリ貧状態が目に見えています。
小児科医は絶滅危惧種と言ってよいでしょう。

そこに世間では「賃金上昇」の風が吹き荒れています。
「収入減少」と「賃金上昇」の両立は可能か?
・・・こちらもムリな相談です。

ということで、無理なことを強制しているのが現在の日本の医療経済。
厚労省による医師への「パワハラ」と言えるかもしれません。

さて「賃金上昇」についてちょっと考えてみます。

先日、「2024年の日本の貿易黒字は史上最高を記録した」というニュースが流れました。
なるほど、輸出に関わる会社では増収している様子、
そこでは「賃金上昇」はあり、ですね。

もし「トランプ関税」「トランプショック」で貿易黒字が赤字に転落した場合、
そこで「賃金上昇」できるでしょうか?
むしろリストラの嵐が吹き荒れるのではないかと思われます。

医療界は上記の通り、物価高に対応した診療報酬増加はゼロなので、
構造的に「賃金上昇」は無理です。

それを知って、厚労省は「ベースアップ評価加算」という項目を設定しました。
これは、表立っては、
「職員の賃金を上げる費用に充ててください」
という項目ですが、その具体的内容は、
「上昇分は患者さんに負担してもらってください」
というもの。

つまり、
診療報酬アップ → 医療機関が増収 → 職員の給料上昇
ではなく、
患者さんから追加徴収 → 職員の給料上昇
というシステムです。

これは厚労省が、
「現状では医療機関の職員の給料を上げるのは無理」
と認めたことを証明する皮肉な事実ですね。

貿易会社が貿易黒字で社員給料上昇、とはワケが違います。

さらに巧妙な罠が仕掛けられています。

ベースアップ評価加算を算定するためには、
・1年目:2.5%
・2年目:2.1%
の給与アップ報告をしないといけません。
けれども、ベースアップ評価加算で得られるのは1.2%前後のみ・・・
不足分は医療機関からの持ち出しとなります。

そしていずれ、ベースアップ評価加算は廃止されます。
一旦上昇させて給料を下げることは法律違反になるそうです。

結局、医療機関の収入は増えないけど、職員の給料は増えて赤字体質が残る・・・
最終的には大企業が行っている「リストラ」につながることが目に見えています。

そしてこの加算の最大の特徴は、
「医師の給料を上げることに使ってはいけない」
というルールがあること。
職員の給料に回すことに限定されているのです。

「医者は高給取りだからむしろ減らして当たり前」
「職員は世間一般の給料上昇の流れに沿って昇給」
という考えです。

開業医のほとんどは職員10人前後の零細企業です。
その社長の給料を国が減らそうとしているということ。

勤務医は給料よりも労働環境の劣悪さが問題視されていますが、
「働き方改革」の一環として現在の状況を否定すると、
医療が立ちゆかなくなることが目に見えているため、
医師は「対象外」として例外扱いされています。

つまり、
「劣悪な労働環境はそのままで、給料抑制」
というブラックな労働環境。

こんなブラック労働環境を、
これから医師になる若者達はどう見ているのでしょうか。

最近「直美」という単語をよく耳にするようになりました。
「なおみ」ではなく「ちょくび」と読みます。
これは、医学部を卒業した医師の卵達が、
研修期間を終わると内科や外科ではなく、
接「容外科」へ進むことを意味します。

なぜそんな現象が起こるのかというと、
美容外科は自由診療なので収入がよいのです。
そして時間外(夜間や週末)の拘束もありません。
そう、「楽して儲ける」志向です。

「直美」が増えてきた背景には、
若い医師達が、現在の医師の労働環境・収入状況に「No!」を突きつけた行動に他なりません。

ここからも“医療崩壊”が始まっていることを、
厚労省は自覚すべきですね。

昨今、厚労省の作戦は姑息です。
診療報酬はそのまま(医療の評価は数十年前と変わらず)、
いろんな条件をつけた“加算”を設定して、
「〇〇をしてくれたらこの加算を算定できますよ」
と誘惑してくるのです。
その〇〇とは、
・時間外労働
・医療システムのデジタル化
等々。

逆に時間外労働やデジタル化に従わないと、
医療収入は漸減して閉院につながるしくみです。

厚労省の言う通りにする医療機関だけ残ればよい、
という影の方針が見え隠れします。

そしてこれらの加算を算定するために、
たくさんの書類を用意し届け出なくてはいけません。
診療に専念したいのに、
雑用がどんどん増えてきています。

さて、デジタル化をすると、
ハッカーなどの被害を被るリスクが発生します。
驚いたことに、
その対策費用も被害に遭ったときの補償も医療機関持ち、
という設定なんです。
厚労省は責任を持ちません。

ハッカー集団は国家レベルの巧妙な犯罪です。
それを個人で対応しろというのは、どだい無理な話。

なんだかなあ・・・

高齢の開業医は、
「この辺がそろそろ潮時かな」
と閉院を考える良いタイミングでしょう。

私も還暦を過ぎ、
厚労省による「パワハラ」の圧に“疲れ”を感じる今日この頃です。

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“ペイハラ”にイエローカードを?

2025年03月21日 08時53分16秒 | 医療問題
近年、“カスハラ”(カスタマー・ハラスメント)という言葉をよく耳にするようになりました。
周囲から「カスハラで退職した」という話も聞いたことがあります。

さて、医療機関におけるカスハラは“ペイハラ”(ペイシャント・ハラスメント)とも呼ばれます。
診療の支障になるような迷惑な言動がこれに当たります。

医療関係者なら誰でも、経験があります。
当院でも以下のような事例がありました;

・受付で気に入らないことがあると大声ですごみ、スタッフが萎縮。
・診療時間が終了後に来院し「診てくれるまで帰らない」と居すわる。
・希望の検査をしなかったため、悪い口コミを書き込む。

各医療機関で対策に悩まされています。
傷害事件に発展した事例もありますから、
患者さんの気持ちにより添う方針だけでは不十分で、
自分とスタッフの身を守るという視点も必要です。
病院レベルでは警察OBを雇用したり・・・

そんな中、「ペイハラにイエローカードを!」という記事が目に留まりましたので紹介します。
記事を読むと、相談支援室とか顧問弁護士とか出てきますが、
零細企業の開業医レベルでは縁がないですねえ。


▢ カスハラが収まらないときの「イエローカード」
2025/03/14:日経ヘルスケア)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 医療・介護業界では、患者・利用者やその家族による迷惑行為、いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)に悩むケースが少なくありません。医療機関ではペイシェントハラスメント(ペイハラ)と呼ばれることもあり、各施設での対策強化は急務です。カスハラ対策を講じる上で重要なのは、組織として対応できる体制を構築すること。病院であれば、院長直轄の部署で対応することで、組織としての判断や対応が行いやすくなります。
 日本赤十字社・長崎原爆病院(長崎市、315床)では、院長が状況をすぐに把握して対応できる体制にするため、院長直轄の「相談支援室」を設置。室長には、当時副院長で現在院長の谷口英樹氏が就きました。メンバーは、それまで兼任で患者・家族の窓口対応をしてきた事務職員を専従で再雇用したほか、警察OBを1人雇用しました。
 職員に対しては、トラブルに発展しそうな場合は早めに相談をするよう周知徹底。連絡を受けた担当者は直ちに当該患者の診療録を確認し、助言を行うほか、内容に応じて院長に状況を報告します。ペイハラ対応が必要になった場合は、主治医と担当看護師、師長が患者・家族の話を聞くようにして、主治医や担当看護師が対応困難と判断した場合は相談支援室が引き継ぐ形としています。
 注目されるのは、顧問弁護士の指導の下、「診療拒否に関する注意書」(図1)を用意し、ペイハラが収まらないときはイエローカードの位置付けで該当者に手渡している点です。「信頼関係の欠如」を根拠として、院長を含む幹部と顧問弁護士の合議で交付を決定するようにしています。相手に直接渡すのが難しい場合は内容証明付きで郵送。こうした毅然とした対応を取ることで多くは収まるとのことです。


図1 長崎原爆病院で患者に渡している「診療拒否に関する注意書」

 医師法19条1項では診療義務(応召義務)が課せられ、「正当な事由」がある場合を除き、診療拒否をしてはならないとされています。この点について、厚生労働省の通知「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(2019年12月25日)では、「診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化される」としており、その例として「診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等」が挙げられています。
 この通知では、緊急対応が必要なケースについては、診療を求められたのが診療時間内・勤務時間内の場合、「医療機関・医師・歯科医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)を総合的に勘案しつつ、事実上診療が不可能といえる場合にのみ、診療しないことが正当化される」としています。状況に応じた判断が求められますが、前述のような書面の運用も含め、患者との信頼関係が喪失した場合の対応をあらかじめ検討しておきたいところです。


上記を読むと、医師の応酬義務とされる、
正当な事由がある場合を除き、診療拒否をしてはならない
が存在する一方で、
診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化される
という法律があると知りました。
まあ、「信頼関係喪失」が「正当な事由」に相当する、ということですね。

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「女性へのAED」はセクハラ?

2025年03月13日 06時24分59秒 | 医療問題
「救命目的で女性にAEDを使用するとセクハラで訴えられる?」
と昨今、話題になっています。
「そのような事実はない」と当局は火消しに躍起になっています。

このような問題が話題になるたびに、
私の頭には学校健診問題が浮かんできます。

そう、あの検診の際の“着衣・脱衣問題”です。

以前、注目を集めるためにメディアが“半裸健診”という単語を使っていて、
驚かされました。

これらの問題の根底にあるのは、
「デリケートゾーンと医療」
だと思います。

医療はご存知の通り、病気を扱います。
そしてときに、命に関わります。

患者さんの命を守るため、
医師はデリケートゾーンの診察も必要に応じて許可されています。
そのため、医師には高レベルの倫理観が求められます。

「医療」を提供、あるいは「命に関わる緊急事態」に対応するためには、
免責が必要なのです。

学校健診を担当する医師の中には、
「生徒・保護者からのクレームが恐いので着衣診察にしている」
方もいます。
まあ、「女性にAEDを使用しない」と同じ考えですね。

しかし一方で、着衣診察のため病気を見逃したことで訴訟に発展した事例もあります。

これを弊害と考えるなら、
日本国民全員が社会認識を変える必要があります。
そうなるまで、学校健診では病気が見逃され続け、
救命が必要な女性にAEDが使われない事態が続くことでしょう。

もちろん、医師の中にも“変な人”はいます。
それは警察官や学校教師の中にも“変な人”がいるのと同じで、
それらのほんの一部の人たちのために、
その職種の人すべてが“変な人”扱いをされると社会安全が成り立ちません。

AEDの使用に関して、医師が意見表明をしている記事が目に留まりましたので紹介します。


▢ 「女性へのAED使用を躊躇する気持ちは理解するが、それを助長させる必要はない」
薬師寺泰匡:薬師寺慈恵病院院長
2025-03-11:日本医事新報社)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 テレビ朝日制作の配信番組「ABEMA Prime」において、1月20日放送回で「AEDで助けた女性から強制わいせつの疑いで被害届が出された」とするSNS投稿が取り上げられた。これまでAEDを使用して何らかの罪に問われたことはないが、ただ、捜査対象になるということだけでも心理的ハードルが高まってしまうことが懸念される。
 結局、被害届が出された事実は確認できないということで、ABEMAは2月25日、公式サイトを通じて「10年ほど前の事案につき、事実関係の詳細の確認が十分とはいえないまま放送していました。なお、当局への取材を含め事実関係について再取材を進めており、今後、番組で適切に対応する方針です」とする声明を発表するに至った。
 倒れている人を目撃し、声をかけ、人を呼び、救急要請をして蘇生を試みる。この行為は一般市民レベルではハードルが高いのが実際であろう。さらにAEDを装着して使用するというところまでいくと、相応の勇気が必要になる。対象が女性の場合には、性的嫌がらせととらえられたら……という心配がよぎり、介入のハードルはさらに高まる。シミュレーショントレーニングにおいても、人形が女性であった場合に衣服を脱がすのを躊躇されてしまうという研究もあるのが実情である。
 躊躇なく救命処置がなされる社会と、皆が躊躇する社会、どちらが安全かと言えば、当然前者である。心原性の心停止に市民がAEDで除細動をした場合、1カ月後の社会復帰率は45%程度まで高くなる。しかし市民救助がなければ、1カ月後の社会復帰率は3.4%とされる目の前の人に救いの手を差し伸べることは、自らも蘇生される可能性を高めることにつながっていくのである。どうにか蘇生処置を行えるよう心理的ハードルを下げる試みはあって然るべきだが、あえてハードルを上げるような情報、しかも誤情報を拡散するのは何のためにもならない。
 我々にはテレビ局ほどの影響力はないので、粛々と一次救命処置を一般市民に広げていくしかない。人をたくさん呼ぶと、女性がいる可能性が高まり、救助に加わってもらえば男性としてはありがたいことになるだろう。また、人がたくさん集まれば、野次馬の目に晒されることがないように協力者で囲んで、通称「人の壁」をつくることもできる。野次馬の目から遠ざけることもやろうと思えばできるのである。より安全な社会に向けて、ABEMAから前向きな情報が出ることを願う。

<参考文献>
▶ Kramer CE, et al:Resuscitation. 2015;86:82-7.


なお、女性にAEDを使う際、服を脱がせなくても可能です。
これらの知識をより強力に啓蒙する必要があります。
東京都が「女性に配慮したAEDの使用方法について」(東京都多摩府中保健所)を公表していますのでご一読を。



単純に「心臓を挟んだ位置にパッド」を張ればOKです。
ただし、「金属は外す」というルールがあります(やけどします)。
それから濡れていると電気がショートして無効になりますので、
屋根のある場所に移動して水分をふき取る必要があります。


・・・このブログを書く際に検索したら、以下の記事が目に留まりました。
実際に悲劇が起きてしまったていたのですね。
救命が必要な女性に躊躇なくAEDが使用されるようになるまでに、
何人の犠牲者が必要なのでしょう・・・。


▢ ゴールまで1km、倒れた女性 使われなかったAED…「抵抗なくなる社会に」考え続ける家族
2025/3/7:朝日新聞)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 ゴールまで残り1km、ひとりの女性ランナーが急に倒れました。心臓が止まっていて、すぐにAED(自動体外式除細動器)が運ばれてきましたが、使われることはありませんでした。命は助かりましたが意識障害が残り、女性は寝たきりの生活を送ります。家族は「抵抗なくAEDが使える社会にしていくにはどうしたらいいのか」と考え続けています。

▶ AEDが使われなかった理由は・・・“性別〟を理由に使われず
 「決して速くはありませんが、夫婦でマラソンを楽しむ生活をしていました」 京都府に住む柘植(つげ)知彦さん(57)は、そう振り返ります。 2013年12月、地元のマラソン大会で8.8kmのコースを走っていた妻の彩さん(50)は、ゴールまで残り1kmの地点で突発的な心停止に見舞われました。当時39歳の彩さんに持病はなく、突然のことだったといいます。 沿道にいた女性が異変に気づいてすぐに胸骨圧迫(心臓マッサージ)を始め、数分後にはAEDを載せた大会の救護車も到着しました。 AEDは車から降ろされたものの、使われなかったといいます。 のちに柘植さんが大会の主催者に確認したところ、「駆けつけた救護員が男性で、倒れていたのが女性だったから使われなかった」と説明を受けました。 AEDは素肌に直接パッドを貼るため、女性への使用がためらわれることもあります。 しかし、もっとも大切なのは命です。心臓が止まってしまった場合、AEDによる電気ショックが1分遅れるごとに救命率は約10%ずつ低下するといわれています。 下着をずらすなどしてパッドを素肌に貼ることができれば、服をすべて脱がさなくても使うことができます。 服を脱がせた場合でも、パッドを素肌に貼った後なら上からタオルや服をかけて隠しても問題ありません。 ほかにも、救助者が何人もいる場合は人垣を作って周囲の目から隠したり、救助の様子をスマートフォンで撮影しようとする人に声をかけてやめるように促したりもできます。

▶ 「どうしたら…」考え続ける家族
 彩さんが倒れてから約20分後、救急車が到着しました。救急隊によってAEDが使われ、彩さんは病院へ搬送されました。沿道にいた女性は、救急隊が来るまでの間、1人で胸を押し続けてくれたそうです。 当日は夫の知彦さんもマラソン大会に参加予定でしたが、熱が出たため彩さんだけが参加していました。知彦さんが知らせを受けて現場に着いたとき、彩さんはすでに運ばれたあとでした。 彩さんの心拍が戻ったのは、心停止から約50分後。脳の広い範囲に酸素が届かず、意識障害が残りました。 現在、まばたきで意思疎通ができるまで回復しましたが、体はほとんど動かせず、在宅で治療を続けています。 
 「どうしたら性別や年齢の区別なく、手を差し伸べられる社会を実現できるのか」 夫の知彦さんはそう考え続けています。 事故当時、4歳だった一人娘の奏恵(かなえ)さん(15)は、小学校高学年のときに初めて救命講習会に参加し、AEDの使い方を学びました。 夏休みの作文には、次のように記しました。 「決して簡単ではない内容だったが、私は母のことを考えながら一生懸命に取り組んだ」 「子どもも含め、多くの人が心肺蘇生やAEDについてもっと知るべきだと思う。そうすれば、倒れている人が男性でも、女性でも関係なく、救われる命が増えると思う」 「人が持っている優しい心に、こうした知識が加われば、お互いがお互いを助け合うことができると思う」

▶ 母の出来事と重ね…葛藤する娘
 中学生になった奏恵さんは、葛藤を抱えていました。心肺蘇生法の授業で、心停止で倒れた人を助ける動画が流れたとき、母・彩さんの体験が重なって机に伏せて泣いてしまったといいます。 中学校は地元から離れていたため、入学当時は奏恵さんの境遇を知る人はいませんでした。しかし、仲の良い友達には彩さんの事故や後遺症について伝えてきたそうです。 「みんなそれぞれ何かしらつらいことを抱えているし、自分がかわいそうだというのは発信したくないと思っています。お母さんのことは隠しているわけではないけど、聞かれたら『ついに来たな』と思いながら話しています」 「女性だから使ってもらえなかった」と伝えると、「私だったら使ってほしい」と言う女子や、「女性だからってなんで使ってもらえないのか」と話す男子もいたそうです。 奏恵さんは、小学生のときからずっと「倒れた人にはAEDを使ってほしい」と考え、自らも使いたいと思っていました。 しかし、中学3年生になった今、自分にできる具体的な行動を考えるなかで「いざ救命現場に遭遇したときに自分が使えるかどうか」、悩むようになったといいます。 「お母さんのこともあるし、前までは絶対に私がAEDを使わないとと思っていたけど……倒れている人に触れて心肺蘇生をする前に自分のなかの色んなものがこみ上げてきて、できなくなるんじゃないかなって……」 目の前で人が倒れたら、母の出来事が頭をよぎってしまって行動に移せないのではないか。そんな複雑な思いを抱えるようになったそうです。 一方で、実際に自分が胸骨圧迫をしたりAEDを使ったりできるかは分からなくても、ほかにできることはあるとも話します。 「AEDを持ってきたり、救急車や応援を呼んできたり、無責任だけど誰かに『使ってほしい』と伝えたりすることはできる。AEDを使う覚悟は普段から持っていたいけど、まずは自分にできる行動をすることが大事かなと思い始めました」

▶ 男性より低い女性への使用率
 総務省消防庁によると、心臓が原因で倒れた人のうち、通行人らに目撃された例は2023年に2万8354人でした。そのうち、AEDの電気ショックを受けたのは1407人で約5%にとどまっています。 熊本大学などが2005~2020年に心停止をし、市民に目撃された約35万人(平均年齢78歳、女性38.5%)を対象に調査(※)した結果、AEDの電気ショックを受けた割合は、男性が3.2%で、女性が1.5%でした。15~49歳の男女では、男性7.0%に対し、女性は3.8%。心肺蘇生を受けた割合も、男性56.8%に対して、女性は53.5%でした。 女性への使用について、インターネット上では「セクハラで訴えられる」という誤った投稿がありますが、意図的に危害を加えるといった悪意がない限り、罪や責任を問われる可能性はありません善意で人を助ける救命処置は刑法37条の「緊急避難」と民法698条の「緊急事務管理」にあたります。 日本AED財団は、「一刻を争う事態では相手が女性であってもためらわずにパッドを装着してほしい」と呼びかけています。妊娠中と考えられるケースでも、心停止が疑われたら命を救うために積極的に使用してほしいそうです。

▶ 「手を差し伸べられる社会」になるために
 依然としてAEDが使われていない現状について、マラソン大会で倒れた柘植彩さんの夫の知彦さんは、「そもそもAEDの仕組みがあまり知られていないのでは」と疑問を呈します。 AEDは、心臓がブルブル震える「心室細動」の状態になってしまった際、電気ショックによってリズムを元に戻すための機器です。パッドを貼るとAEDが自動で心電図を解析し、電気ショックが必要かどうかを判断してくれます。
  生物科学を専門とし、京都大学化学研究所の准教授である知彦さんは、講師として高校で生徒たちに授業をする際、彩さんやAEDについても話すそうです。そこで、AEDを人間が作り出した「魔法の道具」と表現するのだといいます。 「AEDは、何もしなかったらまず生き返ることはない人に対して、こちら側の世界に戻してあげられる科学が生んだ『魔法の道具』です。『肌に触れていいのか?』『失敗してしまったら?』とためらってしまうと、その分『魔法』が効く時間を縮めてしまうように感じます」 AEDが使われる社会になるために、柘植さんは教育に期待しているそうです。
 現在、心肺蘇生法については中学・高校の学習指導要領に盛り込まれていて、日本AED財団などは小学校の学習指導要領にも採り入れるよう求めています。 「例えば、小学校高学年から高校生まで9年間、児童・生徒に心肺蘇生講習や、命の大切さを教える授業を毎年続けたら、蘇生が必要なときに、性別に関わらず『AEDを使って!』『AEDを使おう!』と叫べる世代が現れます」 「AEDを使うことに抵抗なく、誰もが一緒に助けの手を差し伸べられる社会になってほしいと思います」


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過敏性腸症候群(IBS)は“気のせい”ではない

2025年03月12日 06時28分19秒 | 医療問題
過敏性腸症候群(IBS)はストレスやプレッシャーで胃腸症状が出る病気です。
電車に乗っていると急におなかが痛くなりトイレを探す「途中下車症候群」なんて別名もあります。

お腹の症状を繰り返すので病院を受診、
諸検査に問題がないと、
「検査に異常はありません、気のせいですね」
と言われてIBSの診断が下るわけですが・・・

私は以前から「検査に異常はありません」というコメントに疑問を持ってきました。
“検査”のレベルは日進月歩ですので、
「“現在の検査レベル”では異常ありません」
という方が正しいのではないか、と。

例えば、昔の百日咳ワクチンは接種後の発熱頻度が高く、
熱性けいれんを起こすことが珍しくありませんでした。
あ、現在は改良されて激減していますよ。
中にはけいれんが長い時間止まらない“けいれん重積”状態となり、
後遺症を残すことがありました。

当然、ワクチンの後遺症が疑われ、そう診断され、
患者さんには副反応給付金が支払われてきました。

その後、遺伝子診断が発達し、
それらの患者さんの多くは「ドラベ症候群」の遺伝子異常を持っていることが判明しました。
前述の「熱性けいれん(熱性発作)ガイドライン2023」にも「従来ワクチン後脳症といわれていた患者のほとんどが本症候群であると考えられている」と明記されています。

つまり、ワクチンを接種しなくても、
いずれその子どもたちは風邪を引いて高熱を出したタイミングで発症する運命だったのです。
ワクチンの副反応で発熱したことは確かですが、半分は濡れ衣ということになります。


▢ IBSが「気のせい」ではないことを科学的に証明、VRと脳波測定で-医福大ほか
2025年03月06日:QLifePro)より一部抜粋(下線は私が引きました);

▶ IBS患者に対し、より簡便で負担の少ない検査法が求められている
 川崎学園は3月3日、仮想現実(virtual reality:VR)空間での精神的ストレス場面において 過敏性腸症候群(IBS)患者の脳活動が健常者や機能性ディスペプシア(FD)患者と異なることを明らかにしたと発表した。
・・・
 IBSは日本人の約10人に1人が罹患する一般的な疾患。ストレスなどによって引き起こされる腹痛や下痢などの症状により患者のQOL(生活の質)を低下させ、不登校や休職等の社会的損失にもつながっている。しかし、通常の医療検査では異常が見つからないため、「気のせい」「仮病」などと誤解を受けやすく、患者は二重の苦しみを抱えている。また、専門家や研究者も少なく、病気のメカニズムには不明な点が多く残されている。
 これまでの研究で、バルーンを用いた大腸伸展刺激時のIBS患者の脳活動が健常者と異なることなどが、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)などを用いて脳を評価することで確認されてきた。しかし、日常的なストレス状況における脳活動の測定や、より簡便で負担の少ない検査方法の開発が求められていた。

▶ VRを用いて精神的ストレスを再現、その状態でIBS患者の脳活動測定に成功
 研究グループは今回、VR技術を用いて精神的ストレス場面を作り出し、その際の脳活動を機能的近赤外分光法(fNIRS)で測定するという手法を開発した。fNIRSは、簡便に脳の活動を測定できる赤外線を使用した非侵襲的な検査手法。比較的自由な姿勢で測定可能で、fMRIと比べて大がかりな設備は不要な上、約100分の1のコストで導入可能で、より多くの医療機関での実施が期待されている。同研究では、参加者にVRゴーグルを装着してもらい、教室での登壇場面を体験してもらった。具体的には、
(1)「誰もいない場面」「聴衆がいるが注目はされていない場面」「聴衆全員から注目されている場面」という3段階の緊張場面を設定
(2)各場面を30秒間、2回ずつ体験してもらい、その際の脳血流の変化を測定
(3)同時に、心拍変動による自律神経反応の測定と主観的なストレス評価
ーを実施した。
 その結果、VR空間での精神的ストレス場面において、IBS患者の脳では健常者やFD患者には見られない特徴的な活動パターンが観察された。具体的には、左腹外側前頭前野での活動亢進と、左背外側前頭前野での活動低下がみられた。
 また、VR空間での緊張場面において、全参加者で高い主観的ストレス評価値と自律神経反応の変化が確認され、VRを用いて心身ともに十分な精神的ストレスを再現しつつ、その状態で脳活動を測定することに成功した。

▶ fNIRSを用いた検査法の登場で、多くの医療機関での診断実現・新規治療法開発に期待
 研究の最大の成果は、IBS患者の精神的ストレスによる苦痛を、脳活動という客観的なデータで示せた点である。これにより、IBSは「気のせい」ではなく、実際に脳の反応が健常者と異なる病気であることが科学的に証明された。
 「本研究によって、患者の苦痛の見える化が実現し、社会的理解の促進が期待される。また、fMRIより手軽なfNIRSを用いた検査方法の確立により、より多くの医療機関での診断が可能になるとともに、新たな治療法開発にもつながると考えられる」と、研究グループは述べている。


・・・今後も検査技術が発達・発展して、
「気のせいでしょう」
「精神科を紹介しましょうか」
という医師のコメントが減っていくことを期待したいと思います。
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医師偏在対策としての「開業規制」〜ドイツと日本〜

2025年01月18日 09時21分53秒 | 医療問題
都市部と地方の医師偏在を政治力で強引に行おうとする厚生労働省と、
「自由開業」が補償されてきた歴史を重視する日本医師会の綱引きは、
昔から行われてきてきました。

日本の厚労省はイギリス型のかかりつけ医制度を目指してきましたが、
紹介する記事ではドイツと比較しています。
いろいろな問題に悩みながらも、日本よりは進んだ制度になっている様子。

海外の医療制度と比較検討することにより、
よりよい精度になることを期待したいですね。


▢ 開業規制を導入したドイツで起きたこと医師偏在対策、ドイツの取り組み(前編)
吉田 恵子(独日通訳・青森県立保健大学大学院非常勤講師)
2025/01/17:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 日本では2024年末に「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」(以下、総合的な対策パッケージ)が策定され、今後は、国を挙げて医師の地域偏在や診療科偏在の是正に乗り出すことになった。一方、先んじてドイツではかねてより都市部などで外来診療所の開業規制を行っており、日本のパッケージで示されたメニューと比べると、縛りはずっと厳しい。こうした規制はどれほどの効果を上げているのか。また見えてきた限界は。ドイツ在住の医療ジャーナリスト、吉田恵子氏がリポートする。
 ドイツでは、医師・患者の高齢化や、医師の都会・病院・専門医志向、パート勤務の増加により、過疎地を中心に外来医※1、特に地域医療の要である家庭医の不足が深刻だ。地域・診療科偏在に対し、ドイツでは医師配置計画や経済的インセンティブを用いた対策が行われてきた。

※1:ドイツの外来医療は伝統的に、開業家庭医と、それ以外の開業専門医により提供されてきた。近年増加している外来医療機関の勤務医も、後述の「需要計画」においては開業医同様にカウントされる。本稿では特に言及しない限りは、外来医とは開業医と外来医療機関の勤務医を意味する。

 過疎地での医師不足が深刻化する日本でも、2024年末に総合的な対策パッケージが策定され、今後は、外来医師過多区域での「規制的手法」や、重点医師偏在対策支援区域での「経済的インセンティブ等」による複合的な対策に乗り出した(関連記事)。本稿では前編として、日本の規制的手法に当たるドイツでの医師配置計画、いわゆる開業規制について紹介する。加えて、不足が深刻化する家庭医のイメージ・地位の格上げによる確保策も見ていく。後編では、家庭医不足地区における経済的、またそれ以外のインセンティブ、さらには働き方の変化についてまとめる。

 ちなみに、ドイツでは入院医療と外来医療が明確に区別され、前者は病院、後者は診療所が担当する。診療所が病床を持つことはなく、病院も原則外来を持たない※2。病院勤務医には配置計画はなく、各病院は不足すると外国から医師をリクルートするなどして補っている。家庭医診療所は病院よりアクセスの悪い場所にも配置されており、こうした所では医師の確保はことさら難しい。また、外来医療においてはこれまで1人医師の診療所が中心であった。開業資金を払い、へき地の小さな診療所を承継しようとする医師は外国はもちろん国内にもほとんどおらず、家庭医の地域偏在につながっている。本稿で扱う規制は、外来医療機関を対象とし、特にへき地での医療供給の最後のとりでとなる家庭医診療所にフォーカスを当てる。

※2:現在ドイツでは病院改革が行われている。病院も外来を提供することが可能になる見込みだ。

▶ 需要に応じて地域別に各診療科の医師数を設定
 ドイツには需要計画という外来医配置計画に基づき、全国に17ある公的医療保険適用外来医の団体「保険医協会(Kassenärztliche Vereinigung )」が開業の許可・規制を行っている。需要計画は1990年代前半から都市部などでの外来医数の抑制対策として用いられてきた。具体的には、計画地区内の診療科別医師供給度※3が110%を超えると過多とし、原則その診療科の新規開業を認めない。ただし、既存診療所の承継はできたので、偏在のさらなる悪化は防げたが、問題の解消にはならなかった。

※3:診療科別の医師1人に対する理想的な住民数と、医師1人に対する実際の住民数との比率(ただし年齢構造などで調整)を供給度と呼び、実際の医師数が目標医師数と同じであれば100%となる。110%は医師が過剰にいることを示す(公的医療保険中央連合会)。

 医師過多地区での診療所承継にもルールがある。承継は、既存開業医の開業権の返却、および地域の保険医協会と保険者からなる委員会において「承継が必要である」と判断されることで可能になる。後継者は同じ分野の専門医資格者から公募され、最終的には委員会が法定基準に基づき選ぶ。医師としての活動年数や、医師不足地で連続5年以上保険医(外来医)として働いた経験などが考慮される。家族であることも考慮されるが、継げる保証はないという。選ばれ開業権を得た者は前任者から診療所を買う。
 2012年には全国あまねく住居の近くで医療が受けられるようにと、需要計画改革を行い、配置ルールが主に以下のように改められた(連邦保険医協会Bedarfsplanung)。

▶ ドイツにおける需要計画(外来医配置計画)の概要
・全診療科を医療ニーズに応じ4レベルに分類。ニーズに応じて計画地区を細分化し、地区ごとの目標医師数を定めた。
・最も医療ニーズが高いと位置付けられるのが家庭医。それまでは郡・市単位で計画配置されていたが、結果として広い郡の中心部に医師が集中してしまった。そこで郡を2、3に分け(市の場合は分割されず1地区とされたままが多い)、計画地区を全国372から883へ増やした(図1)。
・次にニーズが高い一般的専門医(小児科、婦人科、眼科、外科など)は全国を郡・市レベルで372地区に、その次の特別専門医(放射線科医、専門内科医など)は96地区、最も特殊な専門医(核医学医、病理医など)は州レベルの17地区に分けて計画地区とした。
家庭医1人当たりの住民数の目安を、全国一律1671人とした。これは他のどの診療科よりも少なく、結果的に家庭医の目標配置数は他専門医より大幅に多い。例えば、一般的専門医の外科1人当たりの住民数は2万6230〜4万7479人、特別専門医の放射線科医は4万9095人、特殊な専門医の核医学医は11万8468人とした。これらの値に基づき計画地区ごとの目標医師数を定める。目標医師数と実際の医師数を基に、計画地区内の「診療科別医師供給度」を算出する。なお、医師1人当たりの住民数や区割りは、その後も、地域の実情に応じて都度修正されている。
・・・
 2015年には、開業規制を強化し、供給度140%を超えた地区では原則、承継も不可とした。ただ、医師数は基本的に退職者に応じて減るしかないため、即効性はない。例えば家庭医の供給度が140%以上だったのは、2014年に8地区あった(Klose/ Rehbein)が、2023年もまだ4地区残っていた。婦人科では計画地区の2割が140%を上回っていた(連邦保険医協会の統計に基づき著者計算)。
 保険医協会によると、需要計画には人気地区で開業できない医師を定員に余裕のある地区に分散する効果はあるという。また、診療科間の数の均衡を専門医教育中に調整する効果もあるようだ。例えばある医師から、「当初は消化器内科を専門にしていたが、専門教育中に需要が高い家庭医に転向した」という話を聞いたことがある。
 需要計画を中心とした医師偏在対策によって、国民の89%が自家用車で5分以内で家庭医を受診できる状態を実現している(連邦政府)。だが、保険医協会によれば、この分散効果も過疎地には及びにくい。医師にとっては、病院勤務や都市部周辺での開業といった選択肢が残されているからだ。過疎地へは、これらの選択肢に劣らないインセンティブを用意して医師を誘致するしかないという。こうした話は後編で紹介する。
 日本における規制的手法(総合的な対策パッケージでは「地域の医療機関の支え合いの仕組み」と表現)では、外来医師過多区域において「新規開業を希望する医療機関に『地域で必要な医療機能』を提供するよう要請を行い、応じなかった場合に勧告および公表を行う」こととなっている。開業を禁じているわけではなく、承継には制限がないため、ドイツと比べると緩い規制である。中長期的に見ても、このままでは都市部の医師はほとんど減らないのではないだろうか。総合的な対策パッケージでは施行後5年をめどに効果検証し、十分な効果が得られなければ、さらなる対策を講じる方針が示されており、ドイツのようなより厳しい開業規制、承継規制、診療科偏在対策が議論される可能性はある。
 過疎地への医師分散については、ドイツ同様、規制的手法だけでは効果を示さないだろう。日本でも大学病院(医局)からの派遣などで不足地を補う従来の手法に加えて、不足地への医師誘導には強力なインセンティブが必要になりそうである。
 ただ、日本も医師偏在対策を行うために、各区域における医師数の過不足の実態把握に本腰を入れ始めたということは注目すべきである。日本とドイツとでは医療の機能分化の形が異なるため、全く同じ形式にはならなそうだが、不足・過多を早期に発見し策を打つために、ドイツのように診療科ごとや、狭い地区単位で医師の所在地が詳細に把握され、「目標医師数」と比較されるような未来も近いと見られる。

▶ 診療科偏在解消─家庭医の格上げとその効果
 地域偏在の解消のため、特に過疎地へ医師を分散させるためには、ドイツにおいても強力なインセンティブが欠かせないというのは、先ほど触れた通りだ(詳細は後編で述べる)。
 では、診療科偏在ではどうか。日本の総合的な対策パッケージでは、病院の外科医不足について触れられているが、それほど踏み込んだ記載はない。一方、ドイツでは家庭医の絶対数が不足していたため、イメージ・地位の格上げによる確保策を講じてきた。
 ドイツは開業医と外来医療機関の勤務医が外来医療を、その中で家庭医がプライマリ・ケアを担う。現役医師42万8500人のうち15万3700人が公的保険適用外来医であり、そのうち5万5300人が家庭医である(連邦保険医協会2023)。
 家庭医とは、総合医療の専門医だ。総合医療の範囲内であれば最初の窓口として自ら患者を診療し、範囲外の診療が必要と判断すれば適切な外来専門医への受診、または入院・リハビリテーションを指示する。英国のような登録制ではないが、国民の9割以上は自らかかりつけ家庭医を決めている(Frankfurter Institut der Allgemeinmedizin)。
 ドイツでは現在、専門医の資格保有者しか公的医療保険適用医として開業できないが、以前は専門医教育を終えていない医師も開業し、家庭医役を果たしていた※4。しかし、医療の専門化が進むとともに、低い地位・報酬に甘んじざるを得ず、家庭医の成り手は減っていった※5。その上、若い医師は、開業資金がかかり時間的拘束も多い開業医を避ける傾向がある。こうして過疎地を中心とした家庭医不足は10年以上前から予測され、需要計画による適正配置や各種インセンティブのほか、家庭医の地位やイメージ向上、労働条件などの改善が行われてきた。

※4:ドイツでは国民の約9割が公的医療保険、1割が民間医療保険に加入している。本稿は公的医療保険制度のみを対象として書かれている。
※5:家庭医数は1999年は5万9000人だったが、その後5万4000人まで減少した。現在は5万5000人程度である(AOK)。頭数はそれほど減っていないが、高齢化とパート勤務医師の増加により、不足度は増している。


 その一方で近年、慢性疾患や健康管理ができる総合医療の専門医が国内外で重要視されるようになった。こうして2003年、総合医療専門医資格が家庭医の開業要件となり、家庭医が専門医に格上げされた(独家庭医協会 2020)。
 アカデミック化も進み、総合医療講座を新設する医学部が増えた。病院だけでなく家庭医診療所での実習も必修科目になり、医学生が家庭医療を体験する機会がつくられた。
 処遇も改善されつつあり、他の専門医の平均に比べ低かった公的保険からの報酬合計額は、今では平均を若干上回っている(連邦保険医協会 Praxisnachrichten)※6。

※6:公的保険適用の診療行為および診療報酬体系は診療科ごとに異なり、外来医診療報酬合計額の平均値は診療科間で差がある。開業医の報酬は通常、公的医療保険からの診療報酬を主体に、民間医療保険や自由診療などからの報酬が加わる。

 教育体制の充実や処遇改善など格上げ努力の結果、まだ十分ではないが総合医療専門医の認定数は再び増え出し、減っていた家庭医数は横ばい・微増傾向にある(連邦医師会)。
 日本では過疎地で1次・2次救急、かかりつけ医を担えるような総合診療医の不足が深刻化している。専門医の育成も徐々に進んでいるようだが、ドイツの例のように地位やイメージ向上、処遇改善などを思い切って行わないと、不足を埋め合わせることはできないのではないか。また、外科医についても、日本が示す施策のように機能集約をした上で、診療報酬改定などによって病院に収益をもたらせる存在にしていくといった検討が必要だろう。

【引用・参考文献】
・吉田恵子 ドイツ過疎地での家庭医確保策. 社会保険旬報 2024;2943:16-22.
・厚生労働省「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」
・Bundesärztekammer 連邦医師会. 医師統計(2023)
・KBV 連邦保険医協会. Bedarfsplanung(需要計画)
・Klose J , Rehbein I. Ärzteatlas: Daten zur Versorgungsdichte von Vertragsärzten. Berlin: Wissenschaftliches Institut der AOK.(2016)
・Bundesregierung 連邦政府. Deutschlandatlas. Erreichbarkeit von Hausärzten: 99 Prozent brauchen mit dem Pkw längstens 10 Minuten.
・Goethe-Universität Frankfurt Frankfurter Institut der Allgemeinmedizin.
・Deutscher Hausärzteverband独家庭医協会 (2020)60 Jahre Deutscher Hausärzteverband e.V.
・KBV 連邦保険医協会. Praxisnachrichten.
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鉄欠乏性貧血 アップデート2025

2025年01月16日 20時14分49秒 | 医療問題
世間でも医療界でも鉄欠乏性貧血でザワついています。
テレビでは多くの体調不良の原因として取りあげられることが増え、
医療界ではまだ貧血になっていない鉄欠乏状態でも治療対象にしようという動きがあります。

それらの情報を、私は一理あるとは思いつつ、すべて信じ込んでいいのかどうか、躊躇しています。

漢方医学では「身体に合う、体が必要とする食べ物は美味しく感じる」という口訣(クリニックパール)があります。
しかし鉄欠乏の患者さんに鉄剤を処方しても「胃がもたれて飲めません」という方が多いのが現実。

これはどういうことなのでしょう?

という意見もあります。

鉄を巡る医療の変遷を、注意深く見守り続けたいと思います。


▢ 鉄剤処方や検査・問診のポイント~「鉄欠乏性貧血の診療指針」発刊
2024/12/25:ケアネット)より一部抜粋(下線は私が引きました);
 
 貧血の7割を占めるといわれる鉄欠乏性貧血。これに関し『鉄欠乏性貧血の診療指針』が2024年7月に発刊された。これまでに「鉄剤の適正使用による貧血治療指針」が2004年から2015年にわたり3回発刊されてきたが、近年では高用量の静注鉄剤をはじめとした新たな鉄剤が普及しつつあることから、鉄欠乏性貧血の診療の改訂が必要と判断され、このたび、タイトルを刷新して発刊に至った。そこで今回、診療指針作成のためのワーキンググループのメンバーである生田 克哉氏(北海道赤十字血液センター)に鉄欠乏性貧血を診断、治療するうえで知っておくべきポイントなどを聞いた。・・・
 本書は以下のように、3つの章と補遺で構成されている。

第I章  鉄代謝に関する総論
第II章  鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の診断指針
第III章 鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の治療指針
補遺  1. 貯血式自己血輸血における自己血貯血
    2. 鉄代謝異常症の遺伝的素因について

▶ 鉄欠乏が進む患者層、現代ならではの問題
 まず、第I章では、鉄の生理作用、人体内での鉄イオンの存在様式、鉄代謝制御の概要などが最新の研究結果を基に見直されており、生田氏によると「鉄代謝全般に関して基礎知識を学びたい先生にも有用となる仕上がりとなっている」という。
 続いて第II章では、貧血に関する疫学が示されており(p.18表II-1-1、p.19図II-1-1)、女性の場合は高齢者に続き30~40代の貧血の割合が高いことが示されている。これについては、「晩婚化によって生涯の月経回数が増えていることが一因と考えられる。患者には時代に応じた薬物治療や栄養学的実践の指導を行う必要があるため、30~40代の貧血を診断した際には、上記の説明を加えて、鉄の重要性について意識を持っていただけるようにしてほしい」と述べた。
 鉄欠乏性貧血の原因の項目(p.24)では、トピックスとして「悪性貧血と鉄欠乏性貧血」が記されているが、一言で貧血と言っても鉄欠乏・鉄欠乏性なのか否かの判断がその後の治療にも大きく左右するため、非常に重要である。
 たとえば、慢性炎症に伴う貧血と鉄欠乏性貧血を判別するうえでは、検査値としてヘモグロビン(Hb)値:低、平均赤血球容積(MCV)値:低、血清鉄を確認されるだろう。ところが、血液中の鉄量はどちらも減少している状態のため、いずれの検査値も両者とも同じ動向を示してしまう。鉄欠乏性貧血を鑑別する際には、鉄の体内蓄積の指標である血清フェリチンが低いかどうかをしっかり確認してもらいたい」と同氏は強調し、「不飽和鉄結合能(UIBC)を測定することで総鉄結合能(TIBC)にも違いが見られ、さらなる鑑別になる」とも説明した。
 ただし問題点として、血清フェリチンが炎症の影響で上昇してしまい、本当に鉄が不足しているのかわからないことがある。病態生理的に慢性炎症に伴う貧血はヘプシジンの測定が鑑別に有用であるが、現時点では保険適用はないため、現状はさまざまな病態や検査マーカーを組み合わせて判断してほしい。
 なお、微量元素の銅や亜鉛も臨床症状によって過不足の判断が難しい項目であるが、貧血の原因となっている場合があるため、貧血の原因が特定できない時には微量元素の測定も推奨していきたい(p.33)」と話した。

▶ 鉄剤の処方時にうっかりしやすいこと
 鉄剤を処方する前に確認しておくべき第III章は、治療方針、鉄剤による治療開始前に患者へ説明しておくべき事項、治療薬の種類、治療効果や鉄剤が効かなかった場合の対応方法について網羅されており、新薬である経口剤のクエン酸第二鉄水和物錠(商品名:リオナ)、注射剤のカルボキシマルトース第二鉄(同:フェインジェクト)やデルイソマルトース第二鉄(同:モノヴァー)の製品特徴に触れている。「新薬については、発売の経緯や特徴がわかりやすくなるよう意識して構成し、本邦における各薬剤の臨床試験については、コラムで紹介する形にして読みやすさを考慮した」と説明した。
 さらに、鉄剤の処方時の注意点については、「たとえば循環器領域において、『静注鉄剤の入院率や入院期間への有用性に関する論文』が海外で報告されているが、この研究対象は鉄欠乏ではあるが貧血患者ではない。日本での鉄剤の保険適用はあくまで“貧血がある場合”に限るため、鉄剤を処方する際には鉄欠乏性貧血の診断基準を満たすかどうかを確認する必要がある」と指摘した。なお、実際の投与量や切り替えタイミング、どのような場面での処方が適切なのかは、今後、実臨床からの声をくみ上げて検証・反映させていく予定だという。
 このほか、領域別(腎臓内科、消化器内科、産婦人科、小児科)の鉄剤使用法を示している点が本章の特徴である。

▶ 鉄欠乏性貧血を問診で疑う際、注意したい症状
 問診時の注意点として、同氏は「軽い貧血でもおざなりな対応をせず、鉄剤服用後のモニタリング(たとえば、3ヵ月に1回の通院時で血算以外に血清フェリチンを確認)を行い、鉄剤を漫然投与せず、必要に応じて中断し経過観察することも重要」とし、「鉄欠乏性貧血患者が問診時に訴える症状として、氷をガリガリ食べる異食症が散見される。また、脚のつりむずむず脚症候群に関しても患者本人からの訴えはないものの、問診してみると症状を有している場合があるため、治療モニタリングのためにもこれらの症状がカギとなることを理解しておいてほしい」と症状を探るポイントを説明した。
 さらに、鉄欠乏性貧血患者の特徴として「自覚症状や特異的症状がないことも多いため、だるさ(倦怠感)があったり、自律神経失調症と診断されたりした方はHb値に問題なくても実は…という場合がある。気象病月経前不快気分障害などを自覚する方には鉄欠乏性貧血を疑い、実際に鉄欠乏性貧血を認めた場合には、軽度の貧血であっても鉄剤を処方すると患者さんが見違えるくらい元気になることがある」とコメントした。

▶ 改訂に至った経緯
 最後に、生田氏は改訂の背景について「鉄代謝に関しての新たな知見は集積しているが、鉄欠乏性貧血に関する目立った研究的視点が加わっていなかったため、なかなか改訂に至らなかった。しかし、近年に新たな経口鉄剤や静注鉄剤が登場したことで、今後の鉄欠乏性貧血の診療もそれらを見据えたうえで方針を決定する必要があることから、第3版では対応しきれなくなった」とし、「今回の改訂ではMinds方式を取ることができなかったが、項目立てからしっかり見直し、各領域の専門家が独立して執筆を担当していた第3版に対して、本書はワーキンググループ全体で見解を統一させた。ありふれた疾患であるゆえ、新たな知見が出そろわない、海外でも高いエビデンスを持って適切な治療の推奨ができない、各国で使用する鉄剤が異なるなどの要因がありMinds方式が取りづらく従来の方式を踏襲した」とガイドラインではなく指針に留まった旨についても説明し、「ぜひ、日常診療で本書を役立ててもらいたい」と締めくくった。

<参考文献・参考サイト>
・日本鉄バイオサイエンス学会編. 鉄欠乏性貧血の診療指針. フジメディカル出版;2024.
・日本鉄バイオサイエンス学会:「鉄欠乏性貧血の診療指針 第1版」の刊行について

・・・ちなみに漢方では貧血を「血虚」という概念で捉えます。
血虚の症状は以下の通り(寺澤の“血虚”スコア)です。
一部共通する症状がありますね。

・集中力低下
・不眠/睡眠障害
・眼精疲労
・めまい感
・こむらがえり
・過少月経、月経不順
・顔色不良
・頭髪が抜けやすい
・皮膚の乾燥と荒れ、あかぎれ
・爪の異常:爪がもろい、爪がひび割れる、爪床部の皮膚が荒れてサ サクレるなどの症状
・知覚異常:ピリピリ、ズーズーなどのしびれ感、ひと皮被った感じ、知覚低下など
・腹直筋急痙

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カスハラ患者は診療拒否できる?

2024年12月08日 13時40分30秒 | 医療問題
医療現場では年々、“カスハラ”が増えて話題になっています。

当院でも経験があります。
・時間外に来て「診てくれるまで帰らない」と座り込む。
・受付で大声で怒鳴り、周囲が萎縮。
等々。

また、ネット上の口コミは匿名であることを利用して、
悪口を書き込む方もいらっしゃいます。

まあ、こちらの言葉が足らないとか、
説明しても理解してもらえなかったとかの要素も無きにしも非ずですが・・・。
大抵、「自分の希望通りの診療が受けられなければ逆上する」タイプと感じています。

例えば、「食物アレルギーの検査をしてください」という患者さんはやっかいです。
なぜかというと、「検査だけでは食物アレルギーかどうか判断しにくい」という事情があり、
それを説明して理解してもらうのが大変だから。

「ある特定の食物を食べると毎回、同じ症状が同じ経過で発症する」
これが食物アレルギーです。
症状が出たり出なかったりは違います。

そして現行のアレルギー検査は感度・精度が不十分なため、
陽性に出ても食べて無症状のこともあり、
陰性に出ても食べると症状が出ることもあります。

近年はアレルゲンコンポーネントを利用することにより、
一部の食物では検査の精度が上がってきましたが、
まだすべての食物に対してできるわけではありません。

・・・以上のようなことを説明するのですが、
複雑なので理解不十分な患者さんが、
「どうしてやってくれないんですか!」
と怒ったり、泣いたりするのです。
この“泣いたり”の場合は大抵、
保育園から検査の指示が出て板挟みになっている例が多いですね。
保育園側の知識レベルも問題で、啓蒙が必要です。

さて、カスハラ患者を診療拒否できるか?
と言う記事が目に留まりましたので読んでみました。

う〜ん、微妙ですねえ。
迷惑行為で困る患者も「緊急性あり」「他院で診療不能」であれば拒否できないとのこと。
その二つを満たしていない場合、正当な理由(診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合)があれば、その時点で初めて診療拒否ができるとのこと。
信頼関係ですか・・・
ネット上に悪い口コミを書いて当院を信頼していないのに、
また来院した場合は、拒否していいってこと?

以前、こどもの喉を観察する際に、
私の顔につばを吐かれたことがありました。
コロナ以前のことです。
そうとう、イヤだったんでしょうねえ。
お母さんもばつが悪かったのかしばらく来院しなかったのですが、
ほとぼりが冷めたらまた通院しています。
迷惑行為ではあるけど、信頼関係はなくなっていない・・・かな。

<ポイント>
・医師法19条1項は診療義務(応招義務)について定めており、「正当な事由」がある場合に限り、診療拒否ができる、としている。
・患者の迷惑行為が「正当な事由」に該当するかについては、厚生労働省が通知を出している(「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」、令和元年12月25日医政発1225第4号)。
・前項によると、迷惑行為の態様に照らし、「診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(※)には、新たな診療を行わないことが正当化される」とされている。
※ 例)「診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等」が挙げられている。ただし、緊急対応が必要な場合は除かれており、緊急対応が必要な例として「病状の深刻な救急患者等」が挙げられている。
・診療拒否をした場合に損害賠償責任が認められるかどうかについても同様の判断基準が用いられている。具体的には、
(1)信頼関係が喪失しているかどうかという正当性があること、
(2)緊急で診療を行う必要性がないこと、
(3)他の医療機関による診療可能性があること。
──が判断基準となっている。
・問題はやはり(1)の証明。どんな迷惑行為があったのかも具体的に医療記録に記載しておく。その際「暴言」と記載するだけではなく、何を言われたのかを具体的に記録する。また「大声」とだけ記載するのではなく、例えば「廊下に響きわたるほどの大声」など、声の程度が分かるよう詳細な記載も証明に役立つ。


▢ 医療現場のカスハラ、診療拒否できるのはどんなケース?
桑原 博道 福田 梨沙(仁邦法律事務所)
2024/12/03:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 東京都で2024年10月、全国初のカスタマーハラスメント防止条例が成立しました(2025年4月に施行)。もっとも同条例には迷惑行為を行ったカスタマー(顧客)に対する罰則はなく、実効性の確保が課題となりそうです。
 カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)には、医療現場も苦しんできました。特に医療現場では診療義務(応招義務)が課せられており(医師法19条1項)、カスハラ対策として「迷惑患者の診療拒否はできるのか」が問題となっています。そこで迷惑患者に対する診療拒否が問題となった最近の裁判例を挙げ、どういう場合に診療拒否ができるのかを考えてみたいと思います。

【事例1】救急搬送されてきた患者からカスハラを受けたケース
 女性患者が病院に救急搬送されてきました。担当した医師は問診を行い、心エコー検査を行うと説明。すると患者は突然、「なぜ男性医師がやる必要があるのですか。信じられない。看護師さんの業務範囲じゃないんですか」と激高しました。医師が心エコー検査は看護師の業務ではないと説明しても、「そんなの信じられない」と大声を出し、医師による心エコー検査を激しく拒絶しました。そのため、患者の同意を得て、女性看護師が心電図検査を実施しました。心電図検査では異常はありませんでした。
 医師は患者の夫に対し、今回のような症状の場合、基本的には精神疾患も診られる病院に搬送依頼したほうがよいと思うことや、今後、同様の症状でこちらの病院を受診しても、検査を拒否する以上、責任ある診断ができないことなどを説明しました。しかし患者は大声を上げ、「納得できない」「ここを動かない」「帰らない」「今すぐ点滴をしてください」などと主張しました。さらに帰宅を促す夫の髪を引っ張ったり、顔をたたいたりしました。
 医師は状況が変わらない場合には警察の介入もやむを得ないと判断し、その旨を看護師に伝えました。看護師は患者と夫に対し、「患者が帰らない場合には警察に相談させてもらうことになる」と告げました。そうしたところ、患者と夫は病院を立ち去りました。
 その後、患者は病院を開設する医療法人に対し、医師が患者の治療を拒否したことが不法行為に当たるとして、患者の精神的苦痛に対する慰謝料150万円等の支払いを求める訴訟を提起しました。
 この事例について、裁判所は「医師は違法に患者の診療を拒否したとはいえず、不法行為が成立するとは認められない」と判断し、患者の請求を棄却しました(札幌地裁令和5年4月26日判決)。このように判断した理由として、心電図検査に異常は認められず、緊急に医学的処置を行う必要性があったとは認められないため、患者が求めていた点滴治療を行う必要性も認められないことを挙げています。さらに、患者の言動は、著しい迷惑行為となっていたことからすると、医師が治療を行うために必要な医師と患者との信頼関係を築くことができないと判断。それ以上の診療を拒絶したことは、医師法19条1項の趣旨を踏まえても社会通念上相当であったといえるとしています。

【事例2】慢性疾患の患者が高圧的な態度で抗議してきたケース
 患者はA医院で糖尿病の治療を受けていましたが、A医院への定期的な通院が仕事の都合上、困難であったため、B病院に対する診療情報提供書が作成されました。しかし患者はその後速やかにB病院を受診せず、糖尿病の治療を中断しました。患者がB病院を受診したのは、診療情報提供書が作成されてから3年以上が経過した後でした。患者はその後もインスリンなどが不足した際や、血糖値が高くなった際などに処方を受けるためにB病院に来院はするものの、糖尿病・内分泌内科への通院は不定期でした。また通院しても、血液検査などの必要な検査を金銭的な理由から拒否したりすることがありました(その一方で患者は頻繁に飲酒をしていました)。さらに処方されたインスリンを指示通りに注射しないようなことや、血糖値の自己測定を指示通りに行わないようなこともありました。
 ある日、患者は友人と飲酒していましたが、インスリンが切れていることを思い出し、B病院へ足を運び医師の診察を受けました。医師は患者に血液検査が必要であると説明。しかし患者は手持ちが十分でないことを理由に血液検査を断り、次回の診察の際に血液検査を受けると言いました。これに対し医師は、それではインスリンを処方することはできないので、血液検査を改めて受けるよう告げました。これに対して患者は医師に対し、高圧的な態度で「金がないんだよ」「こっちが言うようにインスリン処方すればいいんだよ」「うるさい、採血はできない」などと大声で主張しました。
 そのため医師は、翌月に血液検査を実施することを条件に、血液検査を実施することなく、インスリンなどを処方しました(これに対して患者は、裁判で声を荒げたり、大きな声を出したり、高圧的な態度を取ったりしていないと供述しています。しかし裁判所は、こうした供述はカルテの記載と整合していないので認められないと判断しています)。
 B病院は、これ以上患者の診療を継続することは困難であると判断しました。そこで医療相談室長が患者に電話して、B病院への出入りを禁止すると伝えました。しかし患者は出入り禁止を告げられた当日中にB病院に来院し、酩酊状態のまま医療相談室長を呼び出し、呼び捨てにしつつ大声で抗議をするとともに、院長を出せなどと訴えました。また自ら警察に連絡し、警察官に臨場を要請しました。結局、患者は自ら臨場を要請した警察官に連れられてB病院を離れました。
 患者はその翌日、B病院に電話をかけ、応対した医療相談室長に対し「診療を拒否することはできない」「暴言を吐いたり脅したりはしていない」と抗議しました。また患者は同日、再度B病院に電話をかけ、応対した職員に対し「本件は裁判になるから事実確認が必要であり、可能であれば院長からも話を聞きたい」などと言いました。その後も患者は繰り返しB病院に電話をかけ、自らの言い分を述べたり、治療の継続を求めたりしました。しかしB病院はその後も患者の診療を拒否しました。
 その後、患者は医療相談室長に対し、治療を受けることを妨害された精神的苦痛に対する慰謝料として150万円の支払いを求めるとともに、B病院を開設する医療法人に対して、糖尿病インスリン注射等の治療行為の実施を求める訴訟を提起しました。
 この事例について、裁判所はB病院が患者との間の診療契約を解除し、患者に対する今後の治療を拒否すると判断したことは、「医師法19条1項の趣旨を十分に参酌したとしてもなお、社会通念上是認することができない不当な行為であると認めることはできないというべきである」と判断し、患者の請求を棄却しました(東京地裁令和4年8月8日判決)。
 このように判断した理由として、患者が受けていた治療は糖尿病という慢性疾患に関するものであり、直ちに患者の生命・身体に危険が生じるものではなく、その治療に当たって緊急性があるとはいえないこと。また、糖尿病の治療が行える医療機関はB病院以外にも多数あり、B病院が診療を拒否したとしても、他院で糖尿病の治療を受けることが十分に期待できる状況にあったこと。そして患者は、自らの糖尿病の治療に協力的ではなく、そのような状況下において、血液検査を求める医師に対して高圧的な態度で、医師の診療方針に大声で反発したことなどを挙げています。
 これらを踏まえ、裁判所は「この時点において、B病院と患者との間で信頼関係を維持することは困難な状況にあったといえ、B病院が患者に対する今後の糖尿病の治療を拒否すると判断したとしても、やむを得ない。そしてその後における患者の態度からすると、その後も患者の治療を拒否したこともまた、やむを得ない」としました。

【事例3】患者がプレゼントを持参したケース
 ある夏の日、女性患者がX病院に救急搬送されてきました。通勤中に転倒し、上口唇挫創、下口唇挫創、四肢擦過傷の傷害を負っていました。男性医師(形成外科医)は上口唇の縫合処置等を実施。またその後2回、上口唇のレーザー治療を行いました。そして2回目の治療を行い約1カ月経過した2月のとある日に、患者から「義理チョコではありません」などと記載されたメッセージとともに、手作りのお菓子などを渡されました。それまでも高級チョコレート、高級紅茶ティーバッグ、クリスマスカード、クリスマスプレゼントなどを渡されていました。
 さらに患者は3月に自転車事故により右手切創の傷害を負い、Yクリニックを受診しました。患者はYクリニックの医師に、「X病院の医師から上口唇の縫合処置を受けた」と伝えました。それに伴いYクリニックの医師は、X病院の医師宛てに縫合を目的とする紹介状を作成しました。患者は4月、この紹介状を持参してX病院を訪れ、上口唇の縫合処置等を施した医師による診療を希望しました。しかし当該医師から診療を受けられませんでした。患者は5月に、再びX病院を訪れ、当該医師による診療を希望しましたが診療を受けることはできませんでした。
 その後、患者は当該男性医師に対し、診療行為を拒否したことが不法行為に当たるなどとして、300万円の支払いを求める訴訟を提起しました。
 この事例について、裁判所は診療拒否が不法行為に当たるとは言えないと判断し、患者の請求を棄却しました(東京地裁令和4年3月10日判決)。裁判所はまず、前提として、医師による診療拒否が不法行為に当たるか否かは、医師法19条1項の趣旨を踏まえて社会通念に照らして判断されるべきであり、具体的には、(1)緊急の診療の必要性の有無、(2)他の医療機関による診療可能性の有無、(3)診療拒否の理由の正当性の有無──などの事情を総合考慮して判断するのが相当としました。
 この前提に立った上で、本件を見ると(1)~(3)のいずれも認められないと判断しました。
(1)の緊急の診療の必要性の有無については、患者の傷害である右手切創についてはYクリニックの医師からX病院の医師宛てに縫合を紹介目的とする紹介状が作成されたものの、Yクリニックにおいて直ちに縫合処置が実施されなかったことから、緊急の診療の必要性があったとは認められないことを理由に挙げています。
(2)他の医療機関による診療可能性の有無については、患者の右手切創に対する縫合処置は当該医師しか行えないものではなく、他の医療機関によっても行えることから、他の医療機関による診療可能性がなかったとも認められないとしました。
(3)診療拒否の理由の正当性の有無については、当該医師が患者の診療を行わなかった理由は他の患者を診療する予定があっただけでなく、患者から高級チョコレート、高級紅茶ティーバッグ、クリスマスカード、クリスマスプレゼントなどをもらい、さらには『義理チョコではありません』などと記載されたメッセージとともに手作りのお菓子等をもらったことから、患者から交際を申し込まれたと思い、患者とは距離を置いたほうがよいと考えたことにあったと認められ、このような理由からすれば、当該医師による診療拒否の理由には正当性があったといえると判断しました。

【事例4】診療拒否が違法とされたケース
 ある女性患者が不妊治療のため、クリニックでの受診を開始しました。しかし看護師がクリニック外で患者と個人的に接触し、さらに治療方針に影響を与える発言をしてしまいました。このことがクリニックで問題視され、診察を担当していた医師は患者とその夫に対し、正式に謝罪しました。
 ところがその後、看護師の身の回りで次のような出来事がありました。クリニックから帰宅途中のこと。看護師は見知らぬ女性から「●さんですか」「患者さんに悪いことをしたと思っていないのですか」などと声をかけられました。これに対し、クリニックで話をしたいと提案しましたが断られました。また看護師はこの女性を撮影しましたが、携帯電話を奪われ、写真データを消去されました。このことを看護師はクリニックに報告し、警察署にも相談しました。
 医師は患者に電話し、「患者の知り合いと名乗る女性がクリニックから帰宅途中の看護師に声をかけ、看護師が当該女性を携帯電話で撮影したところ、この女性が携帯電話を奪い、もみ合いになりながら、この女性により同写真のデータが削除されるという事件が発生した。看護師が警察に被害届を出したため、今後、診療はできない」と伝えました。以降、患者は、クリニックでの診療を受けなくなりました。
 その後、患者と夫はクリニックを開設する医療法人に対し、診療を不当に拒否されたとして慰謝料600万円等を求める訴訟を提起しました。
 この事例について、裁判所は次のように判断しました(東京地裁令和3年3月30日判決)。まず看護師と見知らぬ女性とのクリニック外でのトラブルがあったことは、事実であると考えられると指摘。しかし「この事件について、患者が関与したことを裏付ける的確かつ客観的な証拠はない。それにもかかわらず、患者から適切に事情聴取をしないままに、直ちに患者の診療を拒否したことについては、その手続において不適切な点があったといえる。またこの事件が発生したことをもって患者と夫に帰責することはできない」としました。
 そのため、この事件の発生を理由に患者とクリニックの間の信頼関係が損なわれたものとは認められないと判断。患者の診療内容が不妊治療であって、その緊急性は高くなく、他の病院においても同程度の水準の治療を受けることが可能であったからといって、診療拒否に正当な事由があったものと認めることはできないとしています。
 一方でクリニックのスタッフからすれば、この事件への患者の関与を疑うことについて、無理もない面もあると言及。またクリニック内部において、患者の診療の続行について一定の抵抗感が生じたこともうかがわれ、診療拒否に至ったことについて、全く理由のないものであったともいい難いと認定。さらに診療拒否後もクリニックは、患者との間で不妊治療を継続することができる方途を模索しており、患者に対し一定の条件の下で診療を再開する内容の提案を行っていたことを指摘しています。
 これらを踏まえ、「この診療拒否の違法性は一定程度に留まるというべきである。その上、不妊治療自体はクリニック以外においても受診することが可能である。そこで患者の被った精神的苦痛に対する慰謝料としては20万円が相当である」と判断し、この限度で患者の請求を認めました。

▶ 診療拒否をした場合の損害賠償責任、「3つの判断基準」を留意
 医師法19条1項は診療義務(応招義務)について定めており、「正当な事由」がある場合に限り、診療拒否ができる、としています。患者の迷惑行為が「正当な事由」に該当するかについては、厚生労働省が通知を出しています(「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」、令和元年12月25日医政発1225第4号)。これによると、迷惑行為の態様に照らし、「診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(※)には、新たな診療を行わないことが正当化される」とされています。そして、「※」の例として、「診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等」が挙げられています。ただし、緊急対応が必要な場合は除かれており、緊急対応が必要な例として「病状の深刻な救急患者等」が挙げられています。
 この解釈は行政上の解釈ということになりますが、事例1~4の通り、裁判上、診療拒否をした場合に損害賠償責任が認められるかどうかについても同様の判断基準が用いられています。具体的には、(1)信頼関係が喪失しているかどうかという正当性があること、(2)緊急で診療を行う必要性がないこと、(3)他の医療機関による診療可能性があること──が判断基準となっています。そのため、事例4のように、(2)や(3)が認められても、(1)がないことを理由として損害賠償責任が認められることがあります。
 したがって診療拒否をする場合には、3つの判断基準を一つひとつ検討する必要があります。最も判断に迷うのは、(1)と思われますが、厚生労働省からの通知で挙げられている例のほか、事例1や事例2のような暴言や身勝手な治療・検査の求め、事例3のような好意をうかがわせる行動も(1)に含まれると考えてください。
 また3つの判断基準は、いざというときに証明もできるように準備しておく必要があります。このうち(2)は医療記録の記載で証明できますし、(3)もインターネット検索などで証明できます。問題はやはり(1)の証明です。そこで事例2のように、どんな迷惑行為があったのかも具体的に医療記録に記載しておきましょう。その際「暴言」と記載するだけではなく、何を言われたのかを具体的に記録しましょう。また「大声」とだけ記載するのではなく、例えば「廊下に響きわたるほどの大声」など、声の程度が分かるよう詳細な記載も証明に役立ちます。その一方で裁判例4のように、患者自身の関与が証明できないにもかかわらず診療拒否をすることは要注意です。
 さらに診療拒否の方法ですが、ここで挙げた事例ではすべて口頭(電話を含む)で行われています。しかしより慎重を期すならば、3つの判断基準、特に(1)の証明(医療記録にある具体的な記載内容)を念頭に置いた文案を作成し、弁護士にもチェックしてもらい、文書で通知する方がよいものと考えます。
 なお事例4のように、医療者が医療機関外で患者と個人的に付き合うことに端を発するトラブルも頻繁にありますので、患者との個人的付き合いは控えましょう。過剰なプレゼントや贈答についても、関係性が壊れた後にはプレゼントや贈答の受領を持ち出されてトラブル化しやすいので、受領は控えましょう。受領を断ることで関係性が壊れることを心配する医療者もいますが、そのことのみで患者と医療者としての関係性が壊れるとは思えません。



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あなたに合う食物線維は?

2024年08月13日 06時47分03秒 | 医療問題
「便秘対策には食物線維をたくさん摂りましょう」
と繰り返し言われてきました。近年は、
「不溶性食物線維だけでなく水溶性食物線維も大切です」
という論調になってきました。

そして最近ようやく、食物線維の種類について言及されるようになりました。
以下の記事を紹介します。

結論は、
「腸内細菌叢は人それぞれなので、その人に合った食物線維も人それぞれ」
(食物繊維の摂取によって短鎖脂肪酸の産生が増えるか否かは、その人の腸内細菌叢によって左右される)
という、収拾のつかないものでした。

■ 最適な食物繊維は人それぞれ
HealthDay News:2024/07/31:ケアネット)より一部抜粋(下線は私が引きました);
 これまで長い間、食物繊維の摂取量を増やすべきとするアドバイスがなされてきているが、食物繊維摂取による健康上のメリットは人それぞれ異なることが報告された。単に多く摂取しても、あまり恩恵を受けられない人もいるという。・・・
 食物繊維は消化・吸収されないため、かつては食品中の不要な成分と位置付けられていた。しかし、整腸作用があること、および腸内細菌による発酵・利用の過程で、健康の維持・増進につながる有用菌(善玉菌)や短鎖脂肪酸の増加につながることなどが明らかになり、現在では「第六の栄養素」と呼ばれることもある。また糖尿病との関連では、食物繊維が糖質の吸収速度を抑え、食後の急激な血糖上昇を抑制するように働くと考えられている。そのほかにも、満腹感の維持に役立つことや、血圧・血清脂質に対する有益な作用があることも知られている。
 本研究では、食物繊維の一種である難消化性でんぷん(resistant starch;RS)を摂取した場合に、腸内細菌叢の組成や糞便中の短鎖脂肪酸の量などに、どのような変化が現れるかを検討した。59人の被験者に対するクロスオーバーデザインで行われ、試行条件として、バナナなどに含まれている難消化性でんぷん(RS2と呼ばれるタイプ)と化学的に合成された難消化性でんぷん(RS4と呼ばれるタイプ)、および易消化性でんぷんという3条件を設定。5日間のウォッシュアウト期間を挟んで、それぞれ10日間摂取してもらった。
 解析の結果、難消化性でんぷんの摂取によって腸内細菌叢や短鎖脂肪酸などに大きな変化が生じた人もいれば、あまり変化がない人、または全く変化がない人もいた。それらの違いは、腸内細菌叢の組成や多様性と関連があることが示唆された。研究者らは、「結局のところ、ある人の健康状態を腸内細菌叢へのアプローチを介して改善しようとする場合、どのような種類の食物繊維の摂取を推奨すべきか個別にアドバイスしなければならない」と述べている。
 論文の上席著者であるPoole氏は、「過去何十年もの間、全ての人々に対して一律に食物繊維の摂取を推奨するというメッセージが送られてきた。しかし今日では、個人個人にどのような食物繊維の摂取を推奨すべきかを決定する上で役立つであろう、精密栄養学という新しい学問領域が発展してきている」と述べている。今回の研究でも、食物繊維の摂取によって短鎖脂肪酸の産生が増えるか否かは、その人の腸内細菌叢によって左右される可能性が浮かび上がった。また意外なことに、難消化性でんぷんではなく易消化性でんぷんの摂取によって、短鎖脂肪酸が最も増加していた。短鎖脂肪酸は、血糖値やコレステロールの改善に寄与することが明らかになりつつある。
 研究者らは、個人の腸内細菌叢の組成を把握することで、その人がどのようなタイプの食物繊維に反応するのかを事前に予測でき、その結果を栄養指導に生かせるようになるのではないかと考えている。「食物繊維や炭水化物にはさまざまなタイプがある。一人一人のデータに基づき最適なアドバイスを伝えられるようになればよい」とPoole氏は語っている。

<原著論文>
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ナノプラスチックはすでにあなたの体に侵入している。

2024年08月06日 07時58分48秒 | 医療問題
プラスチック…もはや人類に欠かせないマテリアルです。
でも自然界で分解されないことから、
巡りめぐって人類に悪影響を及ぼすことが判明してきました。

こちらの記事を紹介します。

<ポイント>
・ペットボトル入り飲料水には、1リットル当たり平均で約24万個のナノプラスチック粒子(※)が含まれている。
・米国で人気のある3種類のペットボトル飲料水(ブランド名は非開示)を調べたところ、1リットル当たり11万~37万個のプラスチック粒子が検出された。検出された粒子の90%はナノプラスチックで、残りはマイクロプラスチックだった。
・ナノプラスチックは非常に小さいため、体内を移動し、血液や肺、心臓、脳などに入り込む可能性がある。
・ナノプラスチックは腸内で炎症反応を引き起こし、細胞や組織のバランスを崩す酸化ストレスの原因になる可能性がある。
・ナノプラスチックは代謝障害を引き起こす可能性がある。
・ポリスチレンナノプラスチックは、死亡率の増加や成長障害、生殖異常、胃腸機能障害の原因になる可能性がある。

※ ナノプラスチック:プラスチック廃棄物の処理によって生じる、長さ1マイクロメートル未満の微粒子で、マイクロプラスチックより小さい。

■ ペットボトルの水は危険? 米研究で多数のプラスチック粒子を検出
Arianna Johnson | Forbes Staff 
 ペットボトル入り飲料水には、1リットル当たり平均で約24万個のナノプラスチック粒子が含まれていることが明らかになった。米コロンビア大学の研究チームが8日、米科学アカデミー紀要(PNAS)に発表した。
 ナノプラスチックとは、プラスチック廃棄物の処理によって生じる、長さ1マイクロメートル未満の微粒子で、マイクロプラスチックより小さい
 研究チームが米国で人気のある3種類のペットボトル飲料水(ブランド名は非開示)を調べたところ、1リットル当たり11万~37万個のプラスチック粒子が検出された。検出された粒子の90%はナノプラスチックで、残りはマイクロプラスチックだった
 ボトル内からは、ペットボトルの素材であるポリエチレン(PE)やポリエチレンテレフタレート(PET)のほか、発泡スチロール容器の素材であるポリスチレン(PS)など、最も一般的な7種類のプラスチックが検出されたが、最も多かったのはナイロンの一種であるポリアミド(PA)だった。だが、この7種類のプラスチックは、飲料水の中で見つかったナノプラスチックの10%に過ぎない。今回の研究では、残り90%のナノプラスチックの種類を特定できなかったが、種類によっては、1リットル中に数千万個含まれている可能性もある。
 PETとPEはペットボトルの包装材に含まれているため、保管や輸送中に包装材から放出されると考えられているが、他の5種類のプラスチックは飲料水の製造前または製造中に混入するとされた。
・・・
 ペットボトル飲料水に含まれるプラスチックの量については、これまで複数の研究が行われてきたが、その推定値には1マイクロメートル以下のプラスチックは含まれていなかった。つまり、ナノプラスチックは研究の対象外だったということだ。例えば2018年の研究では、ペットボトル飲料水1リットル当たり平均325個のマイクロプラスチック粒子が検出されたが、ナノプラスチックは含まれなかった。
 環境保護団体アースデイによると、米国人は年間約500億本のペットボトル飲料水を購入している。学術誌「環境科学と技術」に昨年掲載された論文では、1日に2リットルのペットボトル入り飲料水を飲む人は、年間約4兆個のナノプラスチックを摂取することになるとされた。
 ナノプラスチックは非常に小さいため、体内を移動し、血液や肺、心臓、脳などに入り込む可能性がある。ナノプラスチックについてはまだ完全に解明されていないが、反応性が高く、大量に存在し、体内の多くの場所に浸透することができるため、マイクロプラスチックより危険性が高いとする専門家もいる。ナノプラスチックは腸内で炎症反応を引き起こし、細胞や組織のバランスを崩す酸化ストレスの原因になる可能性がある。2021年の研究では、ナノプラスチックは代謝障害を引き起こすとされた。ポリスチレンナノプラスチックは、死亡率の増加や成長障害、生殖異常、胃腸機能障害の原因になるとも考えられている。

<関連記事>
▢ 「BPAフリー」の哺乳瓶から大量のマイクロプラスチックが赤ちゃんに 不当表示で米2社提訴
Arianna Johnson | Forbes Staff
▢ 動脈中のマイクロプラスチック、心臓発作と脳卒中のリスクを高める可能性
Leslie Katz | Contributor

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