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小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

小児疾患の遺伝子検査・診断・治療の進歩2025

2025年03月28日 05時30分18秒 | 小児医療
私が医師になった30数年前は“不治の病”だった疾患が、
その後の医学の進歩で“治療可能な疾患”になった例がいくつもあります。

“隔世の感”という表現がありますが、
まあ、私自身、結構長く医者をやってきたんだなあ、と感慨深くなります。

ただ、そのような疾患は遺伝性の代謝異常が多く、
私のサブスペシャリティであるアレルギー疾患にはありません。
あまり詳しく知る機会がないため、
あえて自分で情報を取りに行かなければわからない分野です。

そんな中、解説記事が目に留まりましたので読んでみました。

<ポイント>
・がんゲノム医療の対象は成人が大半を占めるのに対し、遺伝性疾患に対するゲノム医療は、小児が対象になる。今後ますます疾患メカニズムの解明が進むにつれ、ゲノム医療の適用範囲は拡大していく。
・先天異常は、生まれてくる赤ちゃんのおよそ3~5%に見られ、乳児死亡の大きな原因の一つ。
・日本では、過去10年間で「次世代シークエンサー」「NIPT(非侵襲性出生前遺伝学的検査)」「PGT-M(着床前遺伝学的検査)」「PGT-M(着床前遺伝学的検査)」「エクソーム解析」等、小児遺伝性疾患に関する診断や治療が大きく進歩した。
・日本では196種類の疾患に対する遺伝学的検査が保険適用で実施されている。
・遺伝子やゲノムを詳しく調べる解析技術の進歩で、原因不明の病気の約半分が遺伝学的に診断できるようになり、病気の原因がわかることにより、その子どもに合った健康管理や治療方針を具体的に立てられるようになった。治療については大きな進展があり、一部の遺伝性疾患では、診断が早ければ早いほど効果的な治療が可能となった。
(例)軟骨無形成症(手足が短く、低身長になる特徴を持つ先天的な骨の病気):これまで生後数年してから治療が始まる選択肢に限定されてきたが、最近では、出生後数か月でも使える薬が登場し、診断後早期からの治療により、成長をより早期から助けることが可能になった。
(例)脊髄性筋萎縮症(筋力が弱くなり体の動きが制限される遺伝性疾患):以前は診断に時間がかかり、治療の開始が遅れることが課題だったが、現在は、拡大新生児スクリーニング検査の対象にこの疾患を含める自治体もあり、これにより、生後間もなく遺伝子検査による診断を目指せるようになった。その結果、筋力低下を防ぐ治療が早期から可能となり、子どもたちの生活の質を大きく向上させることが期待されている。
・現在、約7,000種類の遺伝性疾患が知られているが、そのうち根本的な治療が可能なものは今のところ約200種類。
・診断を受けることに対して、不安や戸惑いを感じる方もいる。たとえば、「病気の名前がつくことでレッテルを貼られるような気がする」「治らない病気なら、診断する意味がわからない」という気持ちを抱えることもある。
・遺伝情報にはいくつか特徴がある。これらは、家族が診断を受けることに慎重となる要因にもなっている;
✓ 「原因を知りたい」と思う人にとって大きな助けになる。
✓ 現時点では根本的な治療法が見つかる可能性が低い。
✓ 知らなくてもよいと思っていた遺伝情報を予期せず知らされることもある。
✓ 家族全体に影響を与える可能性がある。
✓ 病気が将来発症するリスクを知る可能性がある。
✓ 一生変わらない情報である。

予想通り、日進月歩の分野ですね。
ただ、気になったのは、新しい医療技術が登場するときの宿命ですが、
「光と影」が発生すること。

私は30年ほど前、小児医療センターNICUに勤務していました。
医療技術の発達によりそれまで救命できなかった小さな赤ちゃん達が助かるようになった時代です。
肺胞サーファクタントの効果には目を見張るものがありました。
しかし一方で、救命はできたものの障害が残り、
自宅に帰れない赤ちゃん達もいました。

遺伝情報は病気の診断・治療に役立つことはもちろんですが、
似た遺伝情報をもつ家族に病気の影を投げかけることもあり得ます。
よかれと思って行った検査の結果を報告する際、
「知りたくなかった」
「知らなければよかった」
という反応が返ってくる可能性もあるのです。

その人の遺伝情報をすぐに全解明する技術の登場も間近。
その価値を生かすも殺すも、使う人間次第・・・ということになりますか。


▢ 小児遺伝性疾患に対する医療の過去・現在・未来~専門医が考える「紡ぐゲノム医療」とは?
2025.01.20:遺伝性疾患プラス)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 ヒトゲノムが完全解読された今、遺伝子/ゲノム解析等を伴う「ゲノム医療」は遺伝性疾患の領域では欠かせない医療の一部となりつつあります。がんゲノム医療の対象は成人が大半を占めるのに対し、遺伝性疾患に対するゲノム医療は、お子さんが対象になる場合も少なくありません。また、今後ますます疾患メカニズムの解明が進むにつれ、ゲノム医療の適用範囲は拡大していくと予想されます。
 こうしたゲノム医療の進展に伴い、小児遺伝性疾患の診断や治療はどのように変わってきているのでしょうか?また、今後どのように発展していくと期待できるのでしょうか?小児遺伝性疾患と小児遺伝医療の「これまで」と「これから」について、東京都立小児総合医療センター遺伝診療部臨床遺伝科部長の吉橋博史先生に詳しくお話をうかがいました。・・・

ーー小児遺伝性疾患の診断や治療は、10年前と比べてどのように進歩してきていますか?

 10年前は、病気の原因がわからない子どもたちが多く、診断がつかないために、適切な健康管理や治療につながることが難しく、家族も不安を抱えながらの子育てが続いていたかもしれません。当時、一度にたくさんの遺伝子を調べることができる「次世代シーケンサー」という機器が、先駆的な大学病院やセンター病院の研究室で導入され、臨床の現場でも実装に向けて経験を積みはじめた頃でした。しかし、研究目的で次世代シーケンサーを利用できる施設は限られているうえに、研究目的にかなう条件を満たした方しか参加できないため、遺伝性疾患が疑われたとしても、遺伝学的に診断することは容易ではありませんでした。そのため、「いま検査するのは難しいのですが、5年後、10年後には環境が変わると思うので、そのとき、また考えましょう」と患者さんに説明し、将来の見通しをお伝えするにとどまることも少なくありませんでした。
 日本では、過去10年間で小児遺伝性疾患に関する診断や治療が大きく進歩しました。2013年には、国内で妊婦血液を用いて胎児に染色体疾患(21トリソミー、18トリソミー、13トリソミー)があるかどうかを調べる検査「NIPT(非侵襲性出生前遺伝学的検査)」の臨床研究が始まりました。当時、さまざまな議論が起こる中、こども病院でも家族からの相談を受ける機会が増えました。2022年には、出生前検査認証制度等運営委員会が認めた地域の医療機関等が窓口となっています。
 また、2015年には、「小児未診断疾患イニシアチブIRUD-P)」という取り組みがはじまりました。このプロジェクトでは、原因がわからない病気を持つ子どもの遺伝子を全て調べることで、原因の特定や、新しい病気の発見を目指しています。さらに、2019年には、「Priority-i」という新しい取り組みが開始されました。このプロジェクトでは、重い病気をもつ新生児について、ゲノム(体の中にあるすべての遺伝情報)を迅速かつ正確に調べることで、治療法につながる病気の早期発見を目的としています。遺伝子やゲノムを詳しく調べる解析技術の進歩で、原因不明の病気の約半分が遺伝学的に診断できるようになりました
 こうして病気の原因がわかることにより、その子どもに合った健康管理や治療方針を具体的に立てられるようになりました。その結果、その時点で利用可能な最善の医療の準備や、日常生活の質を向上させる支援が可能になりました。これらの取り組みは、形を変えて2025年現在も続いており、多くの家族にとって希望となっています。
 特に、治療については大きな進展があり、一部の遺伝性疾患では、診断が早ければ早いほど効果的な治療が可能となっています。たとえば、軟骨無形成症(手足が短く、低身長になる特徴を持つ先天的な骨の病気)では、これまで生後数年してから治療が始まる選択肢に限られていました。最近では、出生後数か月でも使える薬が登場し、診断後早期からの治療により、成長をより早期から助けることが可能になりました。また、脊髄性筋萎縮症」という、筋力が弱くなり体の動きが制限される遺伝性疾患では、以前は診断に時間がかかり、治療の開始が遅れることが課題でした。しかし現在は、拡大新生児スクリーニング検査の対象にこの疾患を含める自治体もあり、これにより、生後間もなく遺伝子検査による診断を目指せるようになりました。その結果、筋力低下を防ぐ治療が早期から可能となり、子どもたちの生活の質を大きく向上させることが期待されています
 現在、約7,000種類の遺伝性疾患が知られていますが、そのうち根本的な治療が可能なものは今のところ約200種類と言われています。しかし、新しい治療法が生まれた疾患では、診断が治療への大切なステップとなり、子どもの未来に希望をもたらすものとなっています。

ーーゲノム医療の進歩が、遺伝性疾患を持つお子さんとその家族の希望につながった具体的な事例があれば教えてください

 ゲノム医療の進歩によって、これまで診断が難しかった病気の原因がわかるようになり、診断率が向上しています。ある事例では、体のいくつかの部位に先天的な異常があり、知的な発達の遅れが見られる高校生が、長年にわたり原因不明という状況にありました。その家族は「どうしてこのような状況になっているのか」を知りたいと考え、未診断疾患の解明を目指す「IRUD」(アイラッド、未診断疾患イニシアチブ)に参加しました。数年後、この病気が「突然変異」で遺伝子の変化が生じ、発症した希少疾患であることが判明しました。
 この病気は報告の少ない希少疾患で、詳しい健康管理の在り方や日常生活の様子に関する情報が乏しく、有効な治療法もありませんでした。それでも、原因が判明したことに家族は安堵された様子でした。「診断がつかないまま17年間も迷い続けていました。やっと原因があることが分かり、本当に良かったです。これでこの子を説明しやすくなりました」と話してくださいました。
 また、病気の原因が突然変異のため親や家族の責任ではないことや、きょうだいの将来の家族に遺伝する可能性がないことを知り、根拠のない自責の念から解放された様子もみられました。その結果、家族全体が気持ちを前向きに切り替えることになりました。
 一方、診断を受けることに対して、不安や戸惑いを感じる方もいらっしゃいます。たとえば、「病気の名前がつくことでレッテルを貼られるような気がする」「治らない病気なら、診断する意味がわからない」という気持ちを抱えることもあります。こうした思いは、ごく自然なものです。
 遺伝情報には、いくつか特徴があります。たとえば、以下のような点が挙げられます:家族全体に影響を与える可能性があること。病気が将来発症するリスクを知る可能性があること。一生変わらない情報であること。これらは、家族が診断を受けることに慎重となる要因にもなっています
 確かに、遺伝子検査やゲノム医療の進歩は、「原因を知りたい」と思う人にとって大きな助けになります。ただし、現時点では根本的な治療法が見つかる可能性が低いことや、知らなくてもよいと思っていた遺伝情報を予期せず知らされることもあります。そのため、検査を受ける前に「家族が今、何を知りたいのか」をじっくり伺うことはとても大切です。これは、患者さんや家族が自分たちにとって何が必要なのかを考える良い機会にもなります。
 さらに、家族が「希望」を感じられるポイントは、子どもの病状や家族の状況によっても異なると思います。お子さんが小さいうちは、子どもの成長や治療後の様子が気になると思います。お子さんが成長されると、将来の生活設計や他の家族への遺伝的な影響が心配になると思います。診断により見通しがつく可能性はありますが、その意義が家族に染み入る時機の診断でないと、希望につながらないこともあるので注意が必要です。
 ゲノム医療の進歩によって得られる「希望のかたち」は本当にさまざまです。家族が語るその時々の気持ちや考えを、真摯に受けとめることが大切です。

ーーこうした小児遺伝医療の進歩の中で、認定遺伝カウンセラー(R)の役割もますます重要になってきているのでしょうか?

 はい、こうした小児遺伝医療の進歩により、医療現場では「認定遺伝カウンセラー(R)」(以下、遺伝カウンセラー)の役割がますます重要になっています。遺伝カウンセラーは、子どもだけでなく妊娠中の家族や成長後の大人も含め、家族全体を幅広く支援しています。たとえば、妊娠中や赤ちゃんが生まれた直後に、遺伝性疾患の可能性が疑われることがあります。このようなとき、遺伝カウンセラーは家族の不安に寄り添いながら、遺伝に関する情報をわかりやすく整理し、次のステップを考える支援をしています。また、「NIPT(非侵襲性出生前遺伝学的検査)」など出生前検査について相談を受けたり、最近は重い遺伝性疾患の原因となる遺伝子を受精卵の移植前に調べる「PGT-M(着床前遺伝学的検査)」に関する相談にも対応することがあります。こうした場面では、遺伝カウンセラーは家族の状況を理解し、倫理的な課題にも配慮しながら、中立的な立場でのサポートを心掛けています。
 さらに、原因がわからない病気を持つ子どもの診断を目指す家族には、全ての遺伝子を詳しく調べる「エクソーム解析」が検討されます。この検査は結果が出るまでに数か月以上かかることが多く、結果がわかるまでの家族の不安や悩みにも対応します。報告の少ない希少疾患であることが多いので、疾患情報を集めたり、家族が孤立感を深めることのないよう同じ境遇にある家族がいないか、探すお手伝いをすることもあります。また、遺伝性疾患をもつ子どもが成長すると、小児医療から成人医療に移るときのお手伝い「トランジッション」があります。このとき、疾患に対する子どもの理解度を確認したり、疾患の受け入れや遺伝に関する悩みを丁寧に聞き、心理的な支援を行っています。
 このように、遺伝カウンセラーは、診断を受けるまでの過程やその後の人生において、家族や本人を支える大切な存在です。小児遺伝医療の進歩に伴い、遺伝カウンセラーの役割は多様化し、医療と家族をつなぐ架け橋として活躍していくことでしょう。

ーー小児遺伝医療の分野で、日本が世界をリードしていることや、逆に遅れていることがあれば教えてください

 小児遺伝医療は、生まれつきの異常や病気(先天異常)の研究や治療において、特に注目されている分野です。先天異常は、生まれてくる赤ちゃんのおよそ3~5%に見られ、乳児死亡の大きな原因の一つとされています。そのため、小児医療における重点疾患のひとつと位置づけられています。日本の1歳未満の乳児死亡率は1.8(2022年:出生数千人あたり)であり、世界総計(27.9)と比べても非常に低いことで知られています。これは、新生児や小児向けの高度な集中治療技術、公的医療費助成制度の充実、さらに地域社会や医療従事者が協力して子どもと家族を支援してきた成果と考えられます。遺伝性疾患を持つ子どもにおいても同様の恩恵が受けられていると思います。
 一方で、いくつかの課題もあります。たとえば、小児期には医療費の助成等を受けられても、成人期以降にはその支援が引き継がれない疾患があります。遺伝性疾患を持つ患者さんが成長した後も、継続して支援が得られる仕組みを整える必要があります。また、日本でも「トランジッション」の活動は徐々に普及していますが、複数の症状を持つ遺伝性疾患の患者さんでは、先天異常に馴染みが少ない成人診療科との診療連携が難しいこともあります。
 このように、日本は小児医療の質が非常に高いため、遺伝性疾患を持つ患者さんを生涯にわたって支える体制をさらに強化することで、世界のモデルとなる可能性を秘めています。たとえば、医療と福祉が一体となった支援や、患者さんとその家族が安心して相談できる場所の整備などです。そして、遺伝医療に関する経験を有する医療者や遺伝カウンセラーの育成も、より質の高い小児遺伝医療を提供するうえで欠かせません。これらの取り組みを推進することで、遺伝性疾患を持つ子どもとその家族が、どのライフステージでも安心して医療を受けられる社会が築かれるものと、期待しています。
 また、全ゲノム解析技術が普及し、日本人の標準的な遺伝情報をまとめたデータベース「日本人全ゲノムリファレンスパネル60KJPN)」というものが研究者に向けて公開されています。このデータベースは、日本人約6万人分の遺伝情報を基に作られており、病気の原因解明や新しい薬、遺伝子治療の研究に広く役立つものです。特に、日本人特有の遺伝的特徴を考慮した診断が可能になり、より正確な診断や安全な治療薬の開発にもつながります。このデータベースは日本国内だけでなく、世界中の医療研究にも活用され得るもので、日本人のデータを通じて、病気や治療に関する新しい発見が、国際的な医療の発展につながるかもしれません。日本人全ゲノムリファレンスパネルは、私たちの健康を守り、未来の医療を大きく前進させる重要な鍵になると期待されています。
・・・
 令和6年度、日本では196種類の疾患に対する遺伝学的検査が保険適用で実施されています。一定の条件を満たせば、1回の採血で複数の遺伝子疾患を調べることも可能となりました。これにより、より多くの患者さんが遺伝学的な診断を目指すことができる時代となりました。しかし、遺伝学的検査の説明で伝えるべき情報量は増え、内容も複雑化しました。検査結果を説明するときも、高い専門性や臨床的な解釈が求められる場面が増えており、診療科や職種を超えた連携の必要性が高まっています。たとえば、2022年には「出生前コンサルト小児科医(日本小児科学会)」という称号がつくられました。NIPTをはじめとする出生前検査について、検査を受けるべきかどうか悩む妊婦さんや、検査を受けた後のさまざまな相談に、認定を受けた小児科医が対応しています。このような横断的な取り組みは、患者さんとその家族を多職種連携で支える一歩を示しています。・・・

ーーそうした同じ立場の専門家の方々の連携により、新たに始まっている取り組みなどあれば教えてください

 希少疾患の患者さんと家族を支援するウェブ上の新しいシステム「GENIE(ジーニー)」をご紹介します。GENIEは、希少疾患を持つ子どもと家族が抱える情報不足や孤立といった課題を解消するため、同じような経験を持つ家族が出会い、支え合う「きっかけづくりの場」としての取り組みです。
 このシステムは、2023年、有志の医療施設が協力して開設、現在では北海道から九州まで9施設が参加するネットワークに成長しました。オンライン会議ツールを活用し、地域の壁を越えた希少疾患の患者さんの仲間づくり「ピアカウンセリング」の実現を主な活動としています。これまでに医療スタッフも参加して2回のウェブ交流会が実施されましたが、笑顔で楽しそうに交流して下さる家族の様子に、手ごたえを感じています。
GENIEによる活動は、参加施設の医療スタッフが正確な診断の大切さを再認識する、貴重な機会となっています。小児遺伝医療に携わる医療スタッフの学びと経験を深め、さらに支援の質を高めていくことができたらと思います。この取り組みが、診療の枠組み、施設間や地域の壁を越えて、希少疾患を持つ患者さんと家族をつなぐ一つの「モデル」として、今後さらに発展していくことを期待しています。

ーー同学術集会テーマの下で「多様なこどもと家族のウェルビーイングを目指す」とありますが、ここで最も重要な要素は何であると先生はお考えですか?

 「ウェルビーイング(well-being)」とは、長く続く幸福感や満足感を意味します。この考え方を、小児遺伝医療の現場でどのように実現できるかを考えることが、大会テーマである「多様な子どもと家族のウェルビーイングを目指す」の大切なポイントです。
 遺伝医療を通じてウェルビーイングを実現するためには、いくつかの要素があると考えます。その中でも、患者さんや家族が「自分たちで決めた」と納得できることは、安心感や満足感が長く続くことを目指す意味で、特に大切だと思います。そのためには、医療者が、検査や治療についての選択肢をわかりやすく伝えること、家族の状況や考え方を深く理解すること、子どもや家族が「自分らしい選択」をできるよう意思決定の過程を支えること、などのサポートが重要と考えます。
 今回の大会では、「家族のウェルビーイングを支えるためのサポートとはどのようなものか」を、様々な講演を通じて、診断や治療の先にある、より良い支援の在り方をと一人ひとりの役割について考えてみます。

ーー小児遺伝医療では家族がお子さんの代わりに意思決定をすることが多いと思いますが、お子さんが成長した際にその決定をすんなり受け入れることができるのでしょうか?

 小児遺伝医療では、家族が子どもの代わりに意思決定を行うことが多々あります。そのため、将来子どもが成長したときに、その決定に納得できるよう、医療者側もサポートすることは大切です。
 たとえば、子どもがまだ小さく物事を理解できない時期に遺伝学的検査を受ける場面では、その検査でどのような情報が得られるのか、また、将来的にどのような課題が生じる可能性があるのかを、丁寧に説明しておく必要があります。
 子どもが成長し、自分自身の「いま」や「これから」について考えるようになったとき、家族が過去にした意思決定をどのように受け止めるかは、さまざまな要因に影響されると思います。たとえば、家族と医療者がどのように協力して子どもの成長を見守ってきたか、どのような雰囲気のもと疾患が語られてきたか、家庭内で疾患名、検査、治療について子どもに向けて説明されてきたか、などです。こうした要素が積み重なることで、成長した子どもが家族の決定に納得し、自分自身の選択肢として受け入れやすくなるかもしれません。
 また、子どもが成長したときに、その家族が胸を張って経緯を説明できる親子関係があることも大切です。医療者は、こうした親子の絆を支える役割を果たせるかもしれません。たとえば、子どもが成長し、物心がついたときに、医療者が「お母さんもお父さんも、あのとき一生懸命に考えてくれたんですよ」と伝えることで、家族の気持ちを代弁することができます。こうした言葉は、子どもが自分の病気や健康について理解を深め、「自分にとっての幸せや健康とは何か」を考えるきっかけになることがあります。
 医療者としては、こうしたサポートが子どもや家族にとって大きな励みや支えとなり、成長や将来の選択を後押しできることを願っています。

ーー遺伝性疾患を持つ子どもの多様性を尊重しつつ適切な医療を提供するためには今後どのような取り組みが必要でしょうか?
 
 「みんな違っていて、それでいい」という考え方は、遺伝医療で多様性を説明するとき、とても大切な考え方です。遺伝性疾患も、人の多様性の一部として認識しているからです。
 それに取り組む場面としては、成人医療への移行の期間を活用することが効果的と考えます。この移行支援では、子どもが自分の体や疾患について理解し、自分で健康を管理し社会で活躍するための支援をしています。当院では、中学生ごろから、その子自身に「自分の体質や病気はどのようなものか」を少しずつ説明します。そして、高校卒業までの間に、さまざまな専門職が関わりながら、外来診療を通じて理解を深めるサポートをしています。このような取り組みは、成人医療に移行した後も安心して治療を続け、健康を維持していくために欠かせないものだと考えています。
 また、遺伝性疾患を持つ子どもから、「自分の病気を広く知ってもらうために、自分で情報をSNSなどで発信したい」と、相談を受けることもあります。こうした想いは、遺伝性疾患や希少疾患への正しい理解が広がり社会啓発につながる可能性があります。小児遺伝医療では、こうしたデジタル世代の子どもたちを多面的に支えていく役割も、今後求められていくかもしれません。遺伝性疾患を持つ子どもたちが「自分らしさ」とともに、安心して生活できる環境がさらに広がっていくことを願っています。

ーー今後10年間で、小児遺伝医療はどのように発展していくと予想されますか?

 これからの10年間で、小児遺伝医療は多岐にわたり大きく発展していくと思われます。日本では、遺伝子やゲノム情報を医療に役立てるための技術や体制の整備が進むものと予想します。
 たとえば、ゲノム解析技術が進むことで、DNAの情報(設計図の文字)をより速く、安く調べられるようになるでしょう。また、日本人特有の遺伝情報を集めたデータをAI(人工知能)が活用することで、病気の原因をより早く特定できるようになるかもしれません。さらに、DNAの変化が体にどう影響するのかを調べる技術が進めば、これまで原因がわからなかった病気の解明や新しい治療法の開発が進むことが期待されています。
 生活習慣病など、複数の遺伝子や生活環境が関係する多因子遺伝病では、子どもの頃からリスクを予測して、予防に役立てることも可能になるかもしれません。もし突然お子さんが亡くなるような事態が起きたときも、遺伝情報を調べることでその原因がわかり、残された家族の健康管理や次のお子さんのリスク予測に役立つ可能性があります。さらに、遺伝子治療が進むと、これまで治療が難しかった病気でも効果的に治療できることが予想されます。
 そして、このようなゲノム医療の進歩を生かした小児遺伝医療を発展させるには、遺伝性疾患に詳しい専門家の育成も欠かせません。遺伝情報を扱う医療では、高い知識や技術だけでなく、倫理的・社会的な課題への対応も求められます。さらに、遠隔診療などでデジタル技術を活用すれば、地域を越えた専門家による医療支援が進み、医療全体の質の向上にもつながるはずです。現在、日本には臨床遺伝専門医が約2,000名、認定遺伝カウンセラーが400名以上います(2025年1月時点)。また、2022年からは難病のゲノム医療に特化した専門職を育成するプログラムも始まり、専門家の数や質がさらに充実することが期待されています。
 最後に、病気を診断・治療するだけでなく、患者さんや家族が健康で豊かな生活を送れるように支えることも遺伝医療の目標の一つです。そのため、病院だけでなく、行政、患者会、家族会、さらにはメディアとも協力し、患者さんや家族が暮らしやすい環境を整えていく必要があります。そして、技術が進歩し社会が変わっても、「心」を大切にした医療の必要性は変わりません。特に小児遺伝医療では、患者さん本人だけでなく家族全体を支える視点が求められます。遺伝医療が患者さんと家族、そして社会全体の幸福や健康(ウェルビーイング)につながるように、遺伝情報を正しく活用し、さまざまな診療科や職種と連携しながら、より良い未来を築くことに貢献できればと思います。

ーー最後に先生から遺伝性疾患プラスの読者に一言お願いします

 小児遺伝診療部門では、子どもと家族の「その人らしさを大切にする医療」を提供しています。遺伝に関する話を、病院で相談するのを少し不安に感じられることもあるかもしれません。患者さんと家族の抱える心配や不安に寄り添い、「その人らしい」生活をサポートしていくことが役割と考えています。ちょっとした疑問や心配事でも構いませんので、「こんなこと聞いてもいいのかな?」と思ったら、是非ご相談ください。一緒に考えていきましょう。・・・
 

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子どもの熱性けいれん重積とてんかん発症のリスク

2025年03月12日 06時07分58秒 | 小児医療
熱性けいれんは日本人の7人に1人が経験する、珍しくない病気です。
しかし中にはけいれんが長引く例(けいれん重積状態)も存在します。
私の知識では「けいれん重積が30分以上続くと脳にダメージが残る」ため、
「15分以上続く熱性けいれんを経験した子どもは予防措置を行う」
としてダイアップ坐剤を発熱時に使用するよう、ガイドライン(熱性発作診療ガイドライン2023)に記載されています。

今回、「熱性けいれん重積でてんかんの発症リスクは上昇する」という報告の記事が目に留まりました。
う〜ん、けいれん重積がてんかん発症リスクを上げるのか、逆にてんかん素質があるからけいれん重積になりやすいのか・・・いわゆる“鶏と卵”的問題がスッキリしません。

“鶏と卵”問題は小児喘息でも話題になります。
「RSウイルス感染で喘鳴が出現した子どもは将来喘息になりやすい」とされていますが、
いやいや「喘息体質の子どもがRSウイルスに感染すると喘鳴が出やすい」のではないか、
という意見もあるのです。

<要約&ポイント>
・けいれんが重積した場合としなかった場合で、その後のてんかんや発達障害の発症リスクが上昇するかを検証した結果、てんかんの発症リスクは約4倍に高まる一方、発達障害のリスクに有意な差はないことが判明。

・・・この記事でも、“ニワトリと卵”問題は解決されていませんね。


▢ 熱性けいれん重積で「てんかん発症リスク」上昇、ビッグデータ解析で判明-京大ほか
2025年03月10日:QLifePro)より一部抜粋(下線は私が引きました);

▶ けいれんが重積するか否かで、その後のてんかんや発達障害発症リスクは上昇するのか?
 京都大学は2月20日、過去最大規模となる3万8,465人の熱性けいれん患者のレセプトデータを用い、けいれんが重積した場合としなかった場合で、その後のてんかんや発達障害の発症リスクが上昇するかを検証した結果、てんかんの発症リスクは高まる一方、発達障害のリスクに有意な差はないことが明らかにしたと発表した。・・・
 熱性けいれんは、小児救急医療において頻繁に遭遇する救急疾患の一つであり、その有病率は欧米で2〜5%、日本では6〜9%とされている。その多くは強直発作が数分以内に収まる、予後の良い単純型であるが、約5%の患者ではけいれんが長時間続く重積発作が発生する。
 国際抗てんかん連盟(International League Against Epilepsy, ILAE)は、けいれん重積状態を「神経細胞死、損傷、および神経回路網の異常を伴う長期的な後遺症を引き起こすもの」と定義しており、小児においても死亡や神経学的後遺症との関連が報告されている。しかし、けいれん重積の予後を決定する主な要因はその原因であり、熱性けいれんが原因の場合や神経異常の既往がない患者ではリスクが低いとされてきた。
 つまり、健常児が熱性けいれんを起こし、それが重積発作に至ったとしても、神経学的予後は悪くならないと考えられてきた。しかし、同見解は臨床現場での実感とは異なる部分がある。そこで研究グループは今回、日本のビッグデータを用いた統計解析を行うことにより、このギャップの解明を試みた。

▶ 熱性けいれん重積群、その後のてんかんリスク「高」/神経発達障害リスク「差なし」
 研究では、日本の小児から成人までの1000万人規模のレセプトデータを利用し、その中で熱性けいれん重積を来した小児患者が、単純型熱性けいれんのみの経験の小児と比較して遠隔期にどのような病気にかかっているかを分析することで、小児期の熱性けいれん重積がその後の神経発達に及ぼす影響を検証した。
 熱性けいれんの病名を有する3万8,465人の小児において基礎疾患などで6,698人を除外した3万1,767人のうち、610人をけいれん重積群、3万1,157人を非重積群に分類。中央値2.70年の追跡期間中、熱性けいれん重積群では、その後のてんかんのリスクが有意に高いことが示された(最大約5%、ハザード比3.99、95%信頼区間2.40-6.64)。一方で、神経発達障害のリスクは両群間で大きな差は認められなかった(ハザード比1.39、95%信頼区間1.00-1.79)。

▶ 重積発作を起こした子どもに対する適切な対応が重要
 今回の研究により、熱性けいれん重積によって、てんかんを発症するリスクは重積がなかった子と比べて最大5%程度4倍程度高くなること、神経発達障害のリスクは変わらないことが示された。
 「本知見は、不安を抱える保護者に対して科学的な情報を提供し慎重なフォローアップを行う必要性を示唆するとともに、けいれん重積に対する迅速な治療介入の重要性も示しているものと考えられる」と、研究グループは述べている。

<参考>
プレスリリース(京都大学)

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鼻水止め(抗ヒスタミン薬)と子どもの熱性けいれんとの関連

2025年01月25日 18時58分28秒 | 小児医療
昔からこの話題が繰り返し議論されてきました。
このブログでも何回か取りあげた記憶があります。

近年、リスク回避のため小児科医は鼻水止めを処方しなくなってきています。
しかし厚労省が処方禁止にしているわけではありません。
小児科医が一番多く処方している「ペリアクチン(=シプロヘプタジン)」の添付文書には以下のように記載されています(下線は私が引きました);

9. 特定の背景を有する患者に関する注意
9.7.2 乳児又は幼児
年齢及び体重を十分考慮し、用量を調節するなど慎重に投与する こと。過量投与により副作用が強くあらわれるおそれがある。抗 ヒスタミン剤の過量投与により、特に乳・幼児において、幻覚、 中枢神経抑制、痙攣、呼吸停止、心停止を起こし、死に至ること がある

11. 副作用
11.1.2 痙攣(頻度不明)

13. 過量投与
中枢神経症状、アトロピン様症状、消化器症状があらわれるおそ れがある。特に乳・幼児では中枢神経症状があらわれるおそれが あるので注意すること。なお、処置として中枢興奮剤は使用しな いこと。

以上より読み取れることは、
ペリアクチンは過量投与で痙攣を含めた中枢神経症状が出る可能性がある
のみです。
ふつうに処方されたペリアクチンを飲んでも危険はないということ。

ではなぜ小児科医が処方を控える傾向があるのか?
答えは「なんとなく恐いから」「触らぬ神にたたりなし」というレベルなのでしょうか。
それを扱った記事を紹介します;


▢ 乳幼児への抗ヒスタミン薬使用と熱性痙攣
2015.1.3:日本医事新報社)より一部抜粋(下線は私が引きました);

Q.   熱性痙攣の閾値が下がるとの理由で,乳幼児への抗ヒスタミン薬(特に第一世代)の投与を控える傾向がある。乳幼児への抗ヒスタミン薬使用と熱性痙攣の関連について。また発熱性疾患以外(皮膚疾患やアレルギー疾患)でも控えたほうがいいのか。可能であれば推奨薬,非推奨薬についても。

A.   抗ヒスタミン薬は,局所のH1受容体と結合する作用により鼻汁や㿋痒を抑制させる目的で小児アレルギー疾患において汎用されるが・・・熱性痙攣誘発の可能性が高い。
 発熱で救急外来を受診した小児(平均年齢1.7~1.8歳)では,熱性痙攣が認められた群では抗ヒスタミン薬を45.5%が内服しており,熱性痙攣を認めなかった群の抗ヒスタミン薬の内服率22.7%の約2倍であった(文献1)。そのため,幼少児(特に2歳未満)の患児への投与には十分な注意が必要である。
 抗ヒスタミン薬が痙攣を誘発する機序は,脳内へ薬剤が移行することでヒスタミン神経系の機能を逆転させてしまうことによる。・・・ヒスタミンも痙攣抑制的に作用する神経伝達物質であるため,抗ヒスタミン薬が脳内へ移行し,拮抗することは望ましくない。
 これらの理由で,厚生労働省のPMDA重篤副作用疾患別対応マニュアル「小児の急性脳症」編(平成23年4月28日)において,患者・保護者に対しては,「お薬の副作用として急性脳症の症状が現れることがまれにあります。アスピリンなどの熱さまし,抗ヒスタミン薬を含むかぜ薬や,気管支を広げるためのぜんそくの薬などの他,てんかんを治す薬や免疫を抑える薬などの一部の薬が,小児の急性脳症の発症に関係のある場合があります」とある。
 医療関係者に対しては,「抗ヒスタミン薬が痙攣を発症する機序は,脳内へ薬剤が移行することでヒスタミン神経系の機能を逆転させてしまう機序による。ヒスタミンも痙攣抑制的に作用する神経伝達物質であるため,抗ヒスタミン薬が脳内へ移行し拮抗することは望ましくない」と注意喚起されている。
・・・ 発育途中の脆弱な脳を持つ小児期に抗ヒスタミン薬を長期に使用する場合は,悪影響を及ぼす可能性を危惧して(文献7) ,脳内へ移行しにくい新しいタイプの抗ヒスタミン薬(アレグラR,アレジオンR,ザイザルRなど)を選択することが望ましい(表1)(文献8)。


<参考文献>
1) Yokoyama H, et al:Eth Find Exp Clin Pharmacol. 1996;18(Suppl A):181-6.
2) Simons FE:N Engl J Med. 2004;351(2):2203-17.
3) Yanai K, et al:Clin Exp Allergy.1999;29(Suppl 3):29-36.
4) Leurs R, et al:Clin Exp Allergy. 2002;32(4): 489-98.
5) 片山一朗, 他:アレルギー免疫. 2010;17(3):456-68.
6) Gathercole SE:Trends Cogn Sci. 1999;3(11): 410-9.
7) 辻井岳雄, 他:Pharma Medi. 2007;25(5):102-7.
8) 新島新一:医療ルネサンス. 読売新聞, 2014年7月28日.


・・・この記事を読むと「2歳未満の乳幼児には抗ヒスタミン薬を処方しない方が無難」という気持ちになります。
ではなぜ厚労省は添付文書を書き換えないのでしょう?
その答えは「エビデンスが不十分だから」と推測することしかできません。

そして、抗ヒスタミン薬の代わりに抗アレルギー薬(アレグラR,アレジオンR,ザイザルRなど)を提案しています。
これ、変です。
抗アレルギー薬には「上気道炎」や「鼻炎」の適応はありません。
上記薬剤を処方する場合、すべて「アレルギー性鼻炎」と診断されることになります。
そして実感として抗アレルギー薬は風邪の鼻水にはほとんど効きません。

そしてよく処方される「ザイザル(=レボセチリジン)」の添付文書には以下の記載があります;

9. 特定の背景を有する患者に関する注意
9.1 合併症・既往歴等のある患者
9.1.1 てんかん等の痙攣性疾患又はこれらの既往歴のある患者
痙攣を発現するおそれがある。

11. 副作用
11.1.2 痙攣(頻度不明)[9.1.1参照]

これって、ペリアクチンとほぼ同じ内容ですよね。

現在、A型インフルエンザが席巻しています。
もともとインフルエンザは中枢神経への親和性が高い、つまりけいれんや意識混濁など精神神経症状を起こしやすいウイルス感染症として有名です。
当院では従来から熱性けいれん経験者には抗ヒスタミン薬を処方しない方針でしたが、
インフルエンザ検査陽性者にも処方を控える方針をとっています。

その理由は、けいれんを起こしやすいからではなく、
けいれんを起こした場合に濡れ衣を着せられる可能性があるからです。

心配な方には漢方薬を提案しています。
鼻水・鼻づまりに効く漢方薬は眠くならない(抗ヒスタミン作用がない)ため、
けいれんのリスクが増えることはありません。

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“睡眠障害”という視点から見た起立性調節障害

2024年12月12日 06時59分23秒 | 小児医療
欧米の起立性調節障害は循環器疾患として扱われていますが、
日本では循環器疾患+心身症という扱いです。

なぜそうなってしまったのか・・・
「イヤなことを見たり聞いたりすると気分が悪くなる」
という項目があるのです。
循環器疾患と関係ない内容ですよね。
それに、イヤなことを見たり聞いたりすれば、
気分爽快になる人なんているのでしょうか?

それはさておき、
心身症という疾患は心療内科・精神科にもまたがる概念で、
内科疾患中心に診療する小児科医には不得手です。
しかし小学生・中学生が意を決して心療内科・精神科を受診しても、
「使える薬がありません」と門前払いを食らうのが現実です。

何とかならないものか・・・と私は漢方薬に活路を見出すべく模索中です。

起立性調節障害の患者さんは「朝起きられない」症状が定番ですが、
夜更かし(眠れない)&朝起きられない、つまり“睡眠障害”という視点からの診療、
つまり睡眠医療からのアプローチという記事が目に留まりましたので紹介します。

<ポイント>
・日本には軽症例を含め約70万人の起立性調節障害患者がいると推定され、これは中高生の約10%に相当し、その86%で朝の起床困難が認められると報告されている。しかし朝適切な時刻に起きられない症状はこれまで治療が難しかった。
・起立性調節障害の主症状である起立時の血圧低下や血圧の維持困難については、血管にある交感神経を刺激して血圧を上げる作用がある「ミドドリン」が処方されるが、睡眠の問題には効果がない。これまで入眠を助ける薬はあったが「朝適切な時刻に起床できない」という症状は治療が非常に困難とされてきた。近年、睡眠医療からのアプローチで、治療薬による起床時刻の調節が期待できるようになってきたが、多くの患者が最初に受診する小児科では、こうした治療法がほとんど浸透していない。
・若年層に多くみられる、極端な夜更かしと遅起きは「睡眠・覚醒相後退障害DSPS)」という別の病気と定義される。睡眠医療の立場から見ると、起立性調節障害の患者の大部分は併存症としてのDSPSとも診断が可能と考えられる。これに対して、抗精神病薬の「アリピプラゾール」によって起床困難の改善が期待できるとする報告を、岡山大学大学院精神神経病態学教室の高木学教授が2014年に医学誌に公表した。
・アリピプラゾールは神経伝達物質の1つ「ドーパミン」の量を調節する作用がある。さらに近年、アリピプラゾールは直に脳の視交叉上核(外部からの刺激がなくとも、ほぼ24時間サイクルの「概日リズム」をつかさどる“最高位”の体内時計)に作用していることが明らかとなった。DSPSの場合には、同核からのシグナルが強く、かつ後ろにずれているため、日常の明暗サイクルに合わせるのが困難になっている。遅れてしまっていた視交叉上核のシグナルから離脱して普通の生活リズムに合わせやすくなるのが、アリピプラゾールの作用メカニズムと考えられている。
・アリピプラゾールは精神科領域の薬のため不安に思われるかもしれないが、早起きを促すために使う量は精神疾患の場合の10~20分の1という微量のため過剰な心配は無用である。一生服用を続けなければならないということもない。起立性調節障害やDSPSの原因となる発育の遅れていた脳内の部位が体の成長に追いつく20歳過ぎごろには、服薬をやめられる可能性が高い。
・DSPSと起立性調節障害は概念としては別の疾患である。一方は睡眠・覚醒、もう一方は血圧の問題が主ではあるものの、相互に併存しているケースは非常に多くみられる。血圧も睡眠も脳の視床下部という領域でコントロールされており、その領域の機能不全というか、体の発育の部位による“時差”が症状の背景にあるのではないか。


▢ 起立性調節障害に睡眠医療を―思春期の「朝起きられない」問題、薬で改善の可能性
2024年03月21日:メディカルノート)より一部抜粋(下線は私が引きました);

思春期に多くみられ、長期の不登校や引きこもりの引き金になることもある起立性調節障害。多くが睡眠の問題を同時に抱えているが、特に朝適切な時刻に起きられない症状はこれまで治療が難しかった。近年、睡眠医療からのアプローチで、治療薬による起床時刻の調節が期待できるようになってきた。ところが、多くの患者が最初に受診する小児科では、こうした治療法がほとんど浸透していないという。思春期の「朝起きられない」問題に対する薬を使った治療の方法や効果、治療薬によって覚醒が“正常化”するメカニズムなどについて、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の神林崇教授への取材を基にまとめた。

▶ 薬による睡眠治療が「よい循環」のきっかけに
13歳ころから頭痛と倦怠感、立ちくらみが出現して小児科を受診。約半年後に起立性調節障害と診断された14歳女性の症例である。
治療前は、22時ごろに布団に入ってもなかなか寝付けず、朝は9~10時まで起きることができないため学校に行けずにいた。入眠を助ける「メラトニン」と、起床を調節するために低用量の「アリピプラゾール」で治療を開始した。投与3日目から22時には入眠、朝は7時に起床できるようになり、1カ月後には休日を除いて睡眠習慣が固定され、頭痛がなければ朝から登校できるようになったという。
「治療を始めてから週に2、3回は朝から登校できるようになったとのことです。すぐに朝シャキッと起きて毎日学校に行けるわけではありませんが、朝起きるのが少し楽になり、よい循環のきっかけになるのではないかと思います」と神林教授は治療の効果を解説する。

▶ 中高生の約10%が起立性調節障害と推定
日本小児科学会は、軽症例を含め約70万人の起立性調節障害患者がいると推定している(「小児期発症慢性疾患を有する患者の成人期移行に関する調査報告書」<2016年5月>)。これは中高生の約10%に相当する。患者は立ちくらみ、失神、倦怠感、動悸、頭痛などの症状がみられるほか、朝の起床困難や夜の入眠困難など睡眠に関する問題を併発している場合も多く、起立性調節障害の86%で朝の起床困難が認められると報告されている。
若年層に多くみられる、極端な夜更かしと遅起きは「睡眠・覚醒相後退障害(DSPS)」という別の病気と定義される。神林教授は「睡眠医療の立場から見ると、起立性調節障害の患者の大部分は併存症としてのDSPSとも診断が可能と考えられる」という。
起立性調節障害の主症状である起立時の血圧低下や血圧の維持困難については、血管にある交感神経を刺激して血圧を上げる作用がある「ミドドリン」が処方されるが、睡眠の問題には効果がない。これまで入眠を助ける薬はあったが、「朝適切な時刻に起床できない」という症状は治療が非常に困難とされてきた。しかし、抗精神病薬の「アリピプラゾール」によって起床困難の改善が期待できるとする報告を、岡山大学大学院精神神経病態学教室の高木学教授が2014年に医学誌に公表した。同時期から神林教授もアリピプラゾールの有効性に気付き、治療を始めていたという。
神林教授らの研究グループはDSPS患者に対して2~4週間、アリピプラゾールを用いて治療したところ、12人の患者の平均で就寝時刻が1時42分から0時36分に、起床時刻が9時36分から7時24分にそれぞれ早まり、睡眠時間が8.2時間から6.9時間に短縮されたという研究結果を2018年に発表している。

▶ 思春期に遅起きになる理由
思春期ごろに就寝・起床時刻が遅くなることは多くの人が経験しているのではないだろうか。
研究によると、小学校から中学校にかけて成育に伴い睡眠時間が減少し、就寝時刻も遅くなっていく。第二次性徴とともに睡眠時間が長くなる場合があるものの、その伸び方は個人差が大きい。一方で就寝時刻は成長とともにさらに遅くなるため、結果的に起床時刻は遅くなる。加えて、就寝の2~3時間前には「睡眠禁止ゾーン」と呼ばれる覚醒度の高い時間帯があり仕事や勉強がはかどりやすいのだが、勢いに任せていると容易に夜更かしができてしまう。そして、その反動で起床時刻も遅くなってしまうことになる。
DSPSと起立性調節障害は概念としては別の疾患である。一方は睡眠・覚醒、もう一方は血圧の問題が主ではあるものの、相互に併存しているケースは非常に多くみられる。「両方合わせて『若年性起床困難症』という病名を考慮してもよいのではないかと考えています。血圧も睡眠も脳の視床下部という領域でコントロールされています。その領域の機能不全というか、体の発育の部位による“時差”が症状の背景にあるのではないかと思います」と、神林教授は言う。

<睡眠医療の観点から推奨される治療薬>
早寝対策:メラトニン(メラトベル)1~2mgを眠前に(15才以下)
     レンボレキサント(デエビゴ)2.5~5mgを眠前か不眠時頓用に
早起き対策:アリピプラゾール(エビリファイ)を0.5mg(体重60kg未満)、1mg(同60kg以上)朝か昼に

▶ 受診する医療機関の探し方
思春期の睡眠問題で生活や学業に支障が出ている場合、どのような医療機関を受診すればよいのだろうか。
起立性調節障害が疑われる場合、小児科を受診するケースが多いという。起立性調節障害を専門にしているクリニックなどもあるが、いずれも睡眠医療の観点からの治療はほとんどまだ浸透していないという。
「血圧の問題があっても、適切な時刻に起きて服薬できなければ治療に支障をきたします。受診先を探す場合、日本睡眠学会のウェブサイトに『認定専門医療機関』の一覧が掲載されています。そのうち『機関A』の施設を受診してください」と神林教授はアドバイスする。

▶ 新型コロナ後遺症による過眠にも効果
起立性調節障害やDSPSと直接関係はないが、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」)の後遺症としてまれに過眠になるケースがあり、そうした症状の起床時刻調節にもアリピプラゾールは効果が期待できると神林教授はいう。「新型コロナの後遺症は症状が多岐にわたり、こうしたケースはほとんど知られていないのではないかと思います。比較的若い人に多く、新型コロナ感染後に1日14~15時間寝てしまうようになった方が、アリピプラゾールで治療したところ朝起きて学校に行けるようになったというケースがありました。思い当たる症状がある方は、同じように睡眠学会の認定専門医療機関を探して受診してみるとよいでしょう」。

▶ アリピプラゾールが覚醒を促すメカニズム
アリピプラゾールがなぜ覚醒を促すのか、そのメカニズムについても解明が進んでいる。
アリピプラゾールは神経伝達物質の1つ「ドーパミン」の量を調節する作用がある。脳内でドーパミンが過剰に放出されているときにはそのはたらきを抑えることにより鎮静などの作用が現れる。逆に不足しているときにははたらきを補い、気分を向上させるなどの方向で作用するとされる。DSPSの治療に用いるような低用量ではドーパミンが活性化されることで長時間の睡眠を短縮する効果があると考えられるという。
ただ、これだけではなぜ朝の起床を早めるのかは説明できない。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の李若詩・日本学術振興会特別研究員らによって行われた実験で、アリピプラゾールは直に脳の視交叉上核に作用していることが明らかとなった。視交叉上核は、外部からの刺激がなくとも、ほぼ24時間サイクルの「概日リズム」をつかさどる“最高位”の体内時計である。しかし、DSPSの場合には、同核からのシグナルが強く、かつ後ろにずれているため、日常の明暗サイクルに合わせるのが困難になっている。
生物の体内時計は1つだけではなく、脳のほかの部位や体細胞にも存在する。普段は視交叉上核からのシグナルに同期しているが、それがアリピプラゾールの投与により弱くなれば光の明暗や食事、親に起こされるなどの刺激で正しいサイクルに同調しやすくなる。「遅れてしまっていた視交叉上核のシグナルから離脱して普通の生活リズムに合わせやすくなるのが、アリピプラゾールの作用メカニズムと考えられます」と神林教授は説明する。
アリピプラゾールは統合失調症や双極性障害(躁うつ病)など精神疾患の治療薬として承認されているため、使用に不安を感じることがあるかもしれない。神林教授は「早起きを促すために使う量は、精神疾患の場合の10~20分の1という微量です。もともと大量に長期間服用しても大きな弊害は認められていないので心配はないと思います。アリピプラゾールは精神疾患にも用いられる薬ですが、起立性調節障害は精神疾患ではありません」と話す。
また、一生服用を続けなければならないということもない起立性調節障害やDSPSの原因となる発育の遅れていた脳内の部位が体の成長に追いつく20歳過ぎごろには、服薬をやめられる可能性が高いという。神林教授は「医師と相談しながら薬の量を調節して様子を見て、状態がよくなっているようなら徐々に減らしていくことが大切です。加えて、これまで起立性調節障害で実践されてきた非薬物治療との組み合わせが非常に重要になると考えています」と指摘する。
・・・

このような記事を読むたびに、
という思いが頭をもたげてきます。

昔読んだ、栃木県足利市にある「ココファームワイナリー(※)」創設者である川田昇氏が書いた本に、
こんなエピソードが載っていました。

「体の大きな自閉症の青年が親に連れられて入所希望の面接に来た」
「入室して興奮気味の青年はいきなりズボンとパンツを下ろしてペニスを出し、
 親の方を向いた」
「母親がそれをしごき射精して落ちついた」
「いつもこうなんです、こうしないと暴れて大変なんです、と母親」
「ここで受け入れてもらえなかったら、帰りに一家心中します」

「その青年の入所を認め、彼はブドウ作りの農作業に従事した」
「1年後にはたくましい農夫になっていた」
「もちろん、人前で自慰行為をすることはなくなっていた」
「人間は太陽が昇ったら体を動かして労働し、
 腹が減ったら食事を取り、
 日が暮れたら疲れ果てた体を休めるために眠る、
 というリズムが基本であり、
 これが狂っていると体がおかしくなるのではないか」

※ ココファームワイナリー:障害者がブドウを作りワインをつくっている施設。
この高品質なワインが沖縄のサミットで使われて全国に名が知れ渡った。

つまり私の言いたいことは、
眠れなくて起きられなくて不登校状態になっている若者には、
肉体労働をして体のリズムを再構築するリハビリテーション・プログラムが必要なのではないか、
ということです。

私は小児科医なので、夜尿症児も診療しますが、
夜尿症治療の第一歩は「生活指導・生活改善」です。
それでもダメだったら初めて薬物治療を考慮します。

私の起立性調節障害に対するイメージは、
「自分の体の使い方を教えられていない、
 自分の体の使い方がわからない子どもたち」
です。

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小児夜尿症診療アップデート2024

2024年11月01日 07時36分35秒 | 小児医療
先日、小児夜尿症に関するWEBセミナーを視聴しました。
基本的な内容、アップデートされた内容をメモしておきます。

気になったこと。

…ガイドラインでは治療の第一選択が明示されていません。
 薬物療法(ミニリンメルト®)とアラーム療法が併記されています。
 以前は、尿を濃くして量を減らすホルモン剤(ミニリンメルト®)を使用する際は、
 尿の濃さ(比重、浸透圧)を調べて「薄い尿」を確認する必要がありました。
 そのような時代に育った小児科医である私には、
 現在の診療ガイドラインは頷けないところがあります。

▢ 夜尿症を治療すべき理由
・夜尿があると自尊心や自己評価に悪影響が生じる。
・宿泊行事(キャンプや修学旅行など)に対応する必要がある。
・治療した方が早く治る傾向がある。
・他の病気がないかどうか検査する必要がある。
・発達症(ADHDやASD)を発券する契機になる。

▢ 受診した際の診療・検査
・尿検査
・昼間の尿漏れ、再発例、診察で問題が発見された場合は病院で詳しい検査(血液・超音波・画像検査)

▢ 夜尿で注意すべき症状と疑われる病気
・昼間の尿漏れ → 糖尿病、尿崩症、脊髄疾患など
・体重減少、成長障害、嘔気 → 慢性腎臓病
・異常な喉の渇き、夜間多飲 → 糖尿病、尿崩症
・急に再発した夜尿症 → 糖尿病、心身症、他
・ひどいイビキ、睡眠時無呼吸 → 睡眠障害
・排尿困難 → 泌尿器科的疾患

▢ 夜尿患者さんの治療フローチャート夜尿症診療ガイドライン2021より)

▢ 夜尿症のみ(単一症候性夜尿症)の治療の進め方
▶ Aコース
・夜間多尿があり、膀胱容量正常 → デスモプレシン
・夜間尿量正常、低膀胱容量 → アラーム療法
・夜間多尿+低膀胱容量 → デスモプレシン+アラーム療法
▶ Bコース
・デスモプレシンとアラーム療法のメリット・デメリットを説明し、
 患者・家族に選択させる。

…Aコースが古典的な方針、
 Bコースは最近の潮流、でしょうか。

▢ 治療開始後、効果不十分な場合の対応
・患者・保護者の治療意欲の再確認
・生活指導遵守の再確認
・デスモプレシン服用方法の再確認
・アラーム療法使用方法の再確認

▢ 生活指導の工夫
・夕食後の水分摂取 → 喉が渇いたら氷を舐めるなどの工夫
・トイレに行かずに寝てしまう → 声がけを徹底する
・ふとんに入っても起きている時間が長い → もう一度、排尿してから入眠
・排尿が雑 → 寝る前は座って足代を設置して。30秒以上は排尿に時間をかける
・就寝前にはブルーライト(スマホ・タブレット)に暴露しない

▢ 定時排尿(昼間尿失禁がある場合)
・ある程度決まった時間間隔で排尿する
(タイマーの使用、学校の休み時間、家族の声がけ)
例)1日7回排尿、睡眠8時間 → 日中は約2時間毎

▢ 適切な排尿姿勢とは?
・足代の設置(空き段ボールで代用可)
・足の裏で踏ん張り、背筋を伸ばす
・最低でも排尿にかける時間は30〜60秒

▢ デスモプレシン(ミニリンメルト®)の効果が不十分なときの確認事項・工夫
・水分制限の徹底。夕食後はコップ1杯の水分まで(副作用対策)
・他疾患(アレルギーなど)に必要な薬剤もできるだけOD錠へ変更
・一度開封した薬剤は(湿気の吸着により)薬効が下がる恐れがあるため使用しない
・必ず「舌下」で溶かす(飲み込まない!)
・歯磨きを終えてから服用
・個々の患者さんに対し、効果的な服用のタイミングを探す
(就寝30分前〜就寝直前、と服用のタイミングにより多少の効果の差がある)
・夕食と就寝時間が近いと薬効が得られにくい
 → 2時間以上間隔を開ける
(帰宅が遅くなり夕食後にすぐに就寝してしまっている、など)
・薬の投与量が少ない可能性
 → 120μgで効果が乏しい場合は、早期(1〜2週間後)には240μgまで増量してみる。
 たとえ夜尿日数が減らなくても夜尿量(オムツの重さ)が軽くなっていれば、
 一定の効果はありと判断する
★ 保護者には240μgが本来の薬用量であることをあらかじめ伝えておくと、
 120μgから増量した際に余計な不安を与えずに済む。

▢ アラーム療法の効果が効果的な患者・不向きな患者
(効果的)
・治療意欲が高い、高学年(宿泊行事を控えている)
・家族の協力が得られる
・夜尿日数が多く、ほぼ連日アラームが鳴る(トレーニング効果が出やすい)
(不向き)
・治療意欲が低い
・家族の協力が得られない(小さい兄弟や病気療養者がいる)
・そもそも夜尿日数が少ない(トレーニング効果が得られにくい)
・屋内のペットが驚いてしまう
・費用負担がまかなえない(保険適用外)

▢ (小括)エキスパートが考える夜尿症診療の原則〜初期治療〜
・患者・保護者に治療意欲がある場合には積極的治療を提案
・初期治療では尿検査実施(必須)
・気になる全身症状や既往歴がある場合は精査を提案
・治療開始前に生活指導を実施、しかし生活指導だけで漫然と経過観察しない
・生活指導は夜尿治療が終了するまで継続
・治療法は患者の生活背景に配慮して選択する
・デスモプレシンの効果的な服用方法を細かく説明する
・アラーム療法の適切な使い方を細かく指導する

▢ 併存疾患の治療〜便秘
・夜尿症児は便秘の併存が比較的多い
・便秘は夜尿の病態に関与し治療効果にも影響する
・聞き取りは親だけではなく患者本人にも確認する

▢ 併存疾患の治療〜神経発達症(特にADHD)
・神経発達症児では排尿障害の頻度が高い
・ADHDの約20%に夜尿症を認める
(夜尿症のみ:17.6〜20.7%、夜尿症+下部尿路症状:23.1%)
・保護者には治療開始前に「難治性夜尿症児には発達面の問題も関連している場合がある」と事前に伝えておく

▢ ADHD児が治療困難な理由〜治療コンプライアンスの低下
1.不注意
・寝る前にトイレに行き忘れる
・トイレに行くよう声がけされても聞いていない
・薬を飲み忘れる
2.多動
・排尿の際に座っていられない、足をブラブラする
・30〜60秒間の排尿時間が待てない
・トイレに行っても雑な排尿で終わらせる
3.衝動性
・夕食後の飲水制限を守れない
・アラームが鳴ったら目覚めるというルールが守れない

▢ ADHD児への生活指導の工夫
・視覚へ訴える…張り紙、イラスト化、複数箇所に掲示
・言葉を極力けずる
例)座って、足台を使って、30秒間かけてていねいにオシッコしてね
 → 寝る前、排尿!
・ある程度の割り切り…たとえ1回だけでも寝る前にトイレを意識できればいい
 → 褒める!自身を持たせる!報酬を設定する!

▢ (小括)エキスパートが考える夜尿症診療の原則〜ADHD併存例
(保護者への対応)
・ADHDがあると治療期間が長引く可能性を最初の外来で伝える
・メッセージはシンプルにし、情報過多にならないよう心がける
・患者向け冊子を活用するなど、文字や言葉よりも絵やマンガで説明する
(小児神経専門医への紹介)
・高学年(小学5〜6年生以降)でADHDを併存
・生活指導が守れず、デスモプレシンやアラームがまったく無効
・保護者から小児神経専門医の受診希望がある

▢ 単一項目選択症候性夜尿症に対して、デスモプレシン+アラーム併用でも改善がない場合
(夜尿症診療ガイドライン2021より)
・抗コリン薬、三環系抗うつ薬の併用を考慮
★ 抗コリン薬は夜尿症に対する保険適用はない

▢ 夜尿症治療における抗コリン薬の位置づけ(ガイドラインより)
・非単一症候性夜尿症に伴う昼間尿失禁、尿意切迫間、頻尿に対して有効
・単一症候性夜尿症に対しては第一選択薬として推奨されないが、
 デスモプレシンとの併用療法としては検討してもよい

▢ 夜尿に対する抗コリン薬の副作用と問題点
・便秘によるデスモプレシンの効果の減弱・残尿量増加による尿路感染症の発症
・使用前に適切な排便・排尿週間の確率を優先させる

▢ 夜尿に対する三環系抗うつ薬の位置づけ(ガイドラインより)
・三環系抗うつ薬は50年以上前から夜尿症の治療に使用され保険収載もされているものもある
・現在の国内外のガイドラインでは、デスモプレシン、アラームに次ぐ第三選択の位置づけ
・心毒性などの重篤な副作用、思わぬ服用(オーバードーズ)などに注意
・使用に際しては夜尿症専門医に依頼可

▢ エキスパートが考える夜尿症診療の原則
〜デスモプレシンやアラーム療法でよくならない場合〜
・再度、治療意欲の確認、併存症の有無をルールアウト
・ガイドラインの診療アルゴリズムに従い、抗コリン薬や三環系抗うつ薬の併用を検討
・さらなる追加治療や精密検査に不安がある場合は夜尿症専門医師へ紹介を検討

▢ 夜尿症専門医・外来への紹介のタイミング
・併用療法にても治療効果が乏しい場合

▢ 泌尿器科へ紹介を考えるとき
・昼間の下部尿路症状(LUTS)が目立つ患者や泌尿器科的問題が疑われる患者
★ LUTS
1.覚醒時の尿失禁
2.尿意切迫感(急に起こる、ガマンすることが困難な強い尿意)
3.排尿困難(尿線微弱、遷延性排尿、腹圧をかけての排尿)
4.排尿回数の過少(1日3回以下)または過多(1日8回以上)
5.断続尿線
6.尿がまん姿勢
7.残尿感
8.排尿後のちびり
8.外性器や下部尿路の疼痛

▢ 幼児で下部尿路症状を疑うエピソード・しぐさ
・下着が湿っている、下着に尿のシミがある
・足をクロスさせてモジモジする
・モジモジ体をくねらせながら夢中でゲームやYoutubeをやっている
・陰茎をつまんで排尿をガマンしている
・しゃがみ込んでかかとで会陰部を圧迫する
・トイレに駆け込んで慌ててオシッコする
・さっきまで平気だったのに急に「まま。おしっこ!」と言うことが多い
・便座の周りや便器カバーに尿が飛び散っている(男児)




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起立性調節障害の講演内容で、初めて納得できる内容でした。

2024年09月15日 09時28分00秒 | 小児医療
起立性調節障害は現代日本の思春期に巣くう病気であり、なかなか一筋縄ではいかず、患者さんも医療側も悩んでいる病態です。

近年は田中英高Dr.一派の診療が主流となり、
診断には持続血圧測定器が必要なため開業医レベルでは扱えなくなり、
正確に診断するためには病院での診療が必要になりました。

また診断後も「1日に水分2リットル、塩分12g摂取が必要」など、
医師として「?」と感じる治療内容など、
臨床経験30年以上の私には今ひとつピンときません。

先日(2024年8月)開催された日本思春期学会でも起立性調節障害の講演がありました。
オンデマンド配信で聴講した兵庫こども病院の小川貞治Dr.の講演内容が腑に落ちましたので、紹介します。

彼の起立性調節障害外来が抱える患者数は1200名!、日本有数の症例数です。
そのうち6-7割が起立性調節障害で、他の3-4割はそれ以外。

起立性調節障害の中ではPOTS(体位性頻脈症候群)と呼ばれる病態が最多、
小川Dr.はPOTSをさらに3つに再分類し、
その病態に合う生活指導と薬物療法を行い、
高い有効率を実績として出しています。

多量の水分と塩分が必要な脱水タイプは約半分で、全員ではないと説明され、
ここが一番納得できました。


▢ 起立性調節障害(OD、orthostatic dysregulation)のサブタイプ
1.POTS:postural tachycardia syndrome、体位性頻脈症候群
2.OH:orthostatic hypotention、起立性低血圧
3.VVS:vasovagal syncope、血管迷走神経性失神
※ ODは欧米ではOI(orthostatic intolerance、起立不耐症)と呼ばれることが多い。
・・・POTSが圧倒的に多く、不登校の原因になるのは主にPOTS。

▢ POTSの診断基準
1.立位時に、有意な血圧低下を伴わずに、心拍数が過度に上昇する(120/分以上、または臥位時よりも30-40回/分 以上上昇)。
2.頻脈に由来すると思われる症状(動悸、呼吸困難感、ふらつき、無力感、brain fog、運動耐容能低下、易疲労、頭痛、胸部違和感、胸痛、腹部膨満感、腹痛など)が持続(2-6ヶ月以上など)。

▢ POTSのサブタイプ
① Neuropathic POTS・・・Partial autonomic neuropathy:足(やお腹)の血管のしまりが悪い
② Hypovolemic POTS・・・Hypovalemia:全身の血液量が少ない
③ Hyperadrenergic POTS・・・Hyperadrenergic state:全身でノルアドレナリンが出過ぎる
・・・3つはまったく無関係で、バラバラなもの。でもゴールは一つ、「頻脈とそれに由来する症状」

▢ POTSサブタイプの比率
① Neuropathic POTS → 37%(単独は15%)
② Hypovolemic POTS → 46%(単独は25%)
③ Hyperadrenergic POTS → 39%(単独は20%)

▢ POTSサブタイプの特徴
                           ー起立試験ー
           (BMI)(飲水量)(CTR)(心拍数・血圧・下肢の色)(血中NA)
① Neuropathic POTS: ー    ー   ー   高い・低め・強い発赤  低値傾向(バラツキあり)
② Hypovolemic POTS:低い  少ない  小さい  高い・低め・白     普通 or 高い
③ Hyperadrenergic POTS:ー   ー  普通  とても高い・低くない・白 高い
※ 例外もたくさんある。

▢ POTSサブタイプ別治療(非薬物療法)
            (水分摂取・塩分摂取・有酸素運動) (下肢腹部圧迫・下肢筋力強化)
① Neuropathic POTS:        〇                〇
② Hypovolemic POTS:        〇                ー
③ Hyperadrenergic POTS:      〇                ー

▢ POTSサブタイプ別治療(薬物療法)
㋐ 心拍数を下げる:ビソプロロール「メインテート®」、プロプラノロール「インデラル®」、イバブラジン「コララン®」
㋑ 血管の締まりをよくする:ミドドリン「メトリジン®」、アメジニウム「リズミック®」、(フルドロコルチゾン「フロリネフ®」)、(輸液)
㋒ 血漿(と赤血球)を増やす:輸液、フルドロコルチゾン「フロリネフ®」、デスモプレシン「ミニリンメルト®」
㋓ 心拍数をしっかり抑える:メインテート/インデラル/コラランを十分量かつ長めの期間使う、(輸液)

① Neuropathic POTS:  ㋐+㋑
② Hypovolemic POTS:    ㋐+㋒
③ Hyperadrenergic POTS:㋐+㋓

▢ 治療目標〜不登校の解消
・毎日、3時限目・4時限目登校ができているならOK(つまり1時限目・2時限目は放棄してもよい)。
・しんどいならば、昼食前に帰宅してもよい。もちろん、体調的に化膿なら6時限目や部活まで滞在可。
 ↓
・いろいろな効果あり:
 ① 昼夜逆転を防ぐ
 ② 家にこもらせない
 ③ 勉強時間確保
 ④ 人と接することでメンタル面への影響
・3・4時限目登校ができていれば、いざというとき(定期試験、入学試験、新学期、新学年、新入学などのリセット時)にあっさり1時限目登校ができることがとても多い。

・・・西洋医学では起立性調節障害の治療薬はメトリジンが定番ですが、小川先生の分析ではこの薬剤が必要な患者は37%と半分以下にとどまることがわかり、臨床現場の実感と一致します。

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風邪診療、日本の常識は世界の非常識?

2023年10月02日 07時06分44秒 | 小児医療
2023年10月現在、
日本の診療所ではいわゆる“風邪薬”が品不足で入手困難な状況です。
その理由として、
はじまりは数年前のジェネリック医薬品を扱う製薬会社の不祥事でした。
しかし新型コロナ流行で、風邪薬がたくさん処方されたことも影響し、
現在は慢性的に不足している状態が続きます。

さてこの“風邪薬”について少し考えてみましょう。

まず“風邪”について。
いわゆる“風邪”は「ほとんどが軽症で済む一過性の感染症」のことを呼びます。
その原因の9割はウイルスとされ、残りの1割が細菌(バクテリア)その他です。

そして“風邪”の際に処方される薬が“風邪薬”ということになります。
その内容は…症状を和らげる薬たち。
咳がつらければ咳止め、
鼻水が止まらなければ鼻水止め、
高熱でだるければ解熱剤…

さて、これらの薬は風邪を治してくれるのでしょうか?

答えは「No!」です。
風邪薬は症状を和らげるだけ、
風邪を治しているのは「人間の免疫力」です。

例えば、発熱は風邪症状の最もたるものですが、
これは体温を上げることにより、
悪さしている病原体(主にウイルス)をやっつけている武器です。

なので、熱が下がるまで解熱剤を一日何回も使うのは間違った方法です。
つらいときだけ、体とウイルスの戦いに休憩を入れてあげる、
そんなイメージで頓服する薬です。

抗生物質はどうでしょうか?
抗生物質は最近、抗菌薬と呼ばれるようになりました。
そう、「菌をやっつける薬」です。
つまり、ウイルスには効かないため、
風邪の9割を占めるウイルス感染症には無効、
飲んでも下痢や薬疹などの副作用が問題になるだけです。

でも、日本では子どもが風邪をひくと診療所を受診し、
風邪薬をもらって養生することが一般的です。

では、外国ではどうなのでしょう。

日本のように「風邪を引いたからすぐ受診」という国は例外的で、
まず自宅療養・治療し、
治りが悪かったらそこで初めて医療機関を受診するスタンスが一般的なようです。
その点、日本は恵まれているのでしょう。

イギリスで働いた経験のある医師が、
日本の風邪診療を見て???と感じた記事を紹介します。

イギリスでは解熱剤のみの処方が一般的で、
咳止め・鼻水止めは処方されない、と書いてあります。
なぜかというとエビデンス(有効であるという科学的根拠)が乏しいからです。
代わりに咳止めとしてはハチミツを推奨…。

また、薬好きの日本人→他剤を処方する医療者、
という文化が日本にあることも指摘しています。

これは結構根深いですね。
この文化を変える啓蒙活動を続けて初めて、
薬漬けの風邪診療から脱却できるのかもしれません。


▢ 日本での風邪診療の「カルチャーショック」
~患者満足と医療経営、両立はできないのか?
 佐々江龍一郎:NTT東日本関東病院
2019年12月15日)より抜粋;
 「風邪の患者さんはしっかりお薬を出すと満足してくれるよ」
 日本での風邪の標準診療について、帰国したばかりの私に日本の医師である友人は親切に助言してくれたのだ。2017年のことだ。日本は医療がフリーアクセスということもあり、特に冬場の診療所や中小病院の外来診療は風邪で受診する患者が多い。一般的な風邪の患者の場合、抗生剤(クラリスロマイシンなど)や解熱剤(ロキソニン)、鎮咳薬(コデイン)、去痰薬(ムコダイン)やトラネキサム酸など多剤処方の「セット」で対応するのは合理的だ。
 しかし、患者・医療者の両方の立場で英国で24年間過ごした私にとって、この「風邪に対する多剤処方」はカルチャーショックであった。英国では、風邪の患者に対する処方は解熱薬(アセトアミノフェンやNSAIDs)が中心だ。積極的に鎮咳薬などを出すこともなく、例えば咳嗽に対して最近の英国のNICEガイドラインは、蜂蜜が咳に効く一定のエビデンスがあるとし、5~10mLの蜂蜜と紅茶を混ぜて服用することを推奨している。
 これまで、多様な症状それぞれに対して薬剤を処方し、合わせて5~6種類の薬を約1週間分、計100錠以上の錠剤を処方することも、されることも経験したことがなかった。処方された薬の内服だけで「お腹が一杯」と感じてしまう人もいるのではないか。仮に英国でそうした処方を頻回にすると、地域の処方マネージメントチームが処方データを監視し、指導を受けることになるだろう。

◆「多剤処方が標準」の日本の風邪診療
 ではなぜ日本の風邪診療は多剤処方が標準なのだろう。さまざまな同僚医師に尋ねたところ、「患者は風邪の症状を緩和したくて受診している。処方によって症状が改善すれば患者も満足し、また病気になったときに受診する。その結果、クリニックの売り上げにもつながる」とのことだった。
 確かにフリーアクセスの日本では、患者の十分な満足度が得られないと患者が離れてしまうリスクがある。薬をたくさん処方するのは日本の一つの「文化」であり、患者もそれを求めているという意見もある。少ない処方であれば「過小医療」と捉え、十分な医療を受けられなかったと感じる患者もいるだろう。そして経営的側面から、初・再診料に加えて処方箋料、院内処方なら薬剤料などを算定できることを考慮するのは、診療報酬が決して高くない保険診療では理解できる。
 では、日本の保険診療で患者満足度と医療経営を両立させるには、多剤処方に頼るしかないのだろうか。

◆多剤処方でなければ「過小医療」?
 風邪に多剤処方しないことは、医学的に「過小医療」なのだろうか。
 例えば、American Family Physician のウェブサイトには、風邪に対する薬物療法の最新のエビデンスが分かりやすくまとめられている。「コデインは効果がない」、「抗ヒスタミン単剤では症状の改善はない」、「ムコダイン(カルボシステイン)はプラセボと変わらない」、「ビタミンC、経鼻ステロイドは効かない」とどれも否定的で、これらの推奨度もA判定ばかりだ。解熱薬のみ症状緩和に効果があると唯一推奨されている(A判定)。
 つまり、風邪に対するほとんどの薬物療法には、効果的についての科学的なエビデンスがなく、「良くてもグレー」でしかない。もちろんエビデンスのみでは臨床診療はできない。しかし、風邪に対して解熱薬のみを処方しても、「医学的には決して過小医療ではない」はずである。

◆多剤処方による弊害も
 医療者が良かれと思い風邪に多剤処方をすると、時に「思いがけない副作用」に遭遇することもある。特に高齢患者では、抗ヒスタミン剤の抗コリン作用による急性尿閉や急性閉塞隅角緑内障に気をつけなければいけない。
 鎮咳薬として使われているコデインには呼吸抑制、過鎮静などの副作用があり、英米では12歳以下は禁忌となっている。コデインの大量の摂取は「薬物依存のリスク」にもなり得る。厚生労働省研究班が2018年に行った調査によると、日本の薬物依存の治療を受けている10代の患者のうち40%あまりは、依存のきっかけは違法薬物ではなく、コデインなどの市販薬の大量摂取であったとの報告もある。

◆多剤処方で本当に患者は満足するのか
 ほとんどの風邪に対する薬物療法の医学的エビデンスが「良くてグレー」なのであれば、どのようにすれば日本の風邪患者に多剤処方せずに満足してもらえるのだろうか。
 日本の病院で働いていると、「日本人は薬が好きだ」という医療者側の意見をよく耳にする。確かに欧米に比べ、日本の患者は風邪に対して薬を求める傾向はある。しかしどの国でも「薬が嫌い」な患者も一定数いる。一方で、情報過多の時代の中であれ、適切な医療情報にありつけず、「薬は絶対必要」という間違った固定観念を持った患者も一定数いる。
 つまり、同じ日本人患者でも多様な価値観と解釈モデルがあり、それに応じた説明と処方が適切なはずだ。どんなに医療者が優しい態度で質の良い医療を提供していても、「患者の解釈モデルを理解し、価値観に応じた治療」でなければ患者は満足できない。
◆「風邪の患者との対話は患者満足につながる」
 日本医師会の調査でも「医師の説明」は、受けた医療の満足度に最も大きく影響していることが分かっている。つまり患者の治療に対しての解釈モデルを理解する姿勢を見せ、話し合うことでも患者の満足度は各段に高くなる。
 例えば日常の風邪診療に対して、初診時に抗菌薬をどうしても欲しがる患者にも遭遇する。そのような患者に対して、私は英国家庭医療の後期研修医時代の指導医から「delayed prescription」という方法があることを教わった。抗菌薬を処方するものの、一定期間(数日〜1週間)服用を待ってもらい、症状が継続、増悪した場合に患者の判断で服用してもらう方法である。
 2017年のCochrane Reviewでは、咽頭痛や中耳炎の患者に対する「抗菌薬投与群」と「delayed prescription群」を比較したところ、患者満足度はどちらも同等(91% vs 86%)である一方で、抗菌薬使用率は「delayed prescription群」で有意に減少した(93% vs 31%)とまとめられている。

◆発想の転換が必要
 風邪の診療において対話することは診療時間が増えるので、合理的でないといった医師もいるだろう。しかし風邪の診療でも多少時間をかけて患者が納得できる治療の説明をするだけで、患者の満足度は上がる。それにより、経営面や診療面では医師にとっても満足できる結果になるはずだ。そして増え続ける医療費の観点からも、多剤処方においても数を減らすことや、セット処方でも少ないバリエーションを用意するなどの配慮も効果的だ。
・・・

さて日本の小児科医の中でも、
「薬漬けの風邪診療を脱却しよう」
という動きがあります。

その一つが「抗生物質の適正使用」です。
これは皆さん、耳にしたことがあると思います。
ウイルス感染症に無効である抗菌薬は、
必要な時だけ使いましょう、という動きです。

私の近隣の小児科開業医は、抗菌薬をめったに処方しない医師ばかりです。
しかし、耳鼻科医は当たり前のように「中耳炎予防」と説明して、
患者さんを抗菌薬漬けにしていますね。

耳鼻科学会が作成した「中耳炎診療ガイドライン」なるものがありますが、
それを読むと抗菌薬の使用方法がすごくストイックです。
裏話では「耳鼻科医の抗菌薬乱用を防ぐ目的で作られた」
とささやかれています。

小児科医である私も、
風邪薬脱却を目指しています。

それは、他の医師と少し異なり、
漢方薬を選択することです。

漢方薬は西洋薬と異なり、
「風邪を治す」効果が期待できます。

他院を通院しているけど治らなくて困るという患者さんが流れてきます。
漢方薬に切り替えると、
「効果が実感できた」
という患者さんが多いです。
ただし、「苦い漢方薬を飲む」というハードルが子どもに課せられますが。

例えば柴胡剤という漢方があります。
この柴胡という生薬は、
炎症を抑える作用があります。
つまり、病原体が暴れてダメージを受けた組織を修復してくれるのです。

一方の西洋医学では、
例えば細菌感染に対する抗菌薬投与では、
細菌をやっつけてくれるけど、
細菌が暴れてダメージを受けた組織修復はご自分でどうぞ、
というスタンスにとどまります。

現在、当院外来では約半分の患者さんに漢方薬を処方しています。

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クスリとしてのハチミツ

2019年10月29日 08時18分08秒 | 小児医療
 近年、一部の小児科医の間で密かにハチミツ・ブームが起こっています。
 かぜ薬(咳止め)としてハチミツを処方しているのです。

 「え? ハチミツって薬なの?」

 という反応がふつうですよね。
 当初、私もそうでした。
 でも、れっきとした医学論文もあるのです。

小児の夜間の咳に対するハチミツの有効性
2012年08月21日:Medical Tribune


 イスラエルの小児科医が1〜5歳の小児の風邪症状に対してハチミツと偽薬(=プラセボ:ハチミツに似たナツメヤシ・シロップ)を投与したところ、ハチミツ投与群の方が、対象者全員で咳と睡眠の改善が認められ、さらにハチミツ群の方が改善の程度が有意に高かった、という内容です。
 ただハチミツは、乳児ボツリヌス症のリスクがあるため、1歳未満の乳児には使用できないこと,さらには齲歯リスクの観点からハチミツの使用は必要最小限にとどめるべき、との注意点も示しています。
 気になることは、この研究が「イスラエルハチミツ連盟などによる資金提供を受けて実施」されていること、偽薬(プラセボ)でも効果があったことですね。関連団体からお金をもらっていると、その団体に有利な結果が出る傾向がありますから。

 一方、なんと「WHOは1歳未満の乳児以外への咳止めとして使用を推奨している」という文章もあり、ちょっと驚きました。
 同じ論文を扱った記事をもう一つ見つけました;

薬よりも効果が高い?かぜの代替療法
2014/12/24:日経メディカル



 「子どもの咳には蜂蜜が効果的かもしれない」─。にしむら小児科の西村龍夫氏はこう話す。実際、就寝30分前にスプーン半分から2杯の蜂蜜を与えた小児の群は、プラセボを投与した群に比べ夜間の咳嗽が緩和され、夜間の咳に伴う本人と親の睡眠状態を有意に改善したというランダム化比較試験(RCT)のデータがある(図A)。
 日本薬局方には「ハチミツ」が収載されている。「外来で親に説明し、初回は薬局で処方してもらうとよい」(西村氏)。ただし、蜂蜜にはボツリヌス中毒の恐れがあるため、1 歳未満には与えないよう注意が必要だ。
 蜂蜜入りコーヒーは、成人を対象にしたRCTでもステロイドやグアイフェネシンを含む去痰薬よりも咳嗽を軽減させている(Raeessi MA, et al.Prim Care Respir J. 2013;22:325-30.)。成人では蜂蜜単独よりも蜂蜜入りコーヒーの方が咳嗽を軽減させる効果が高いという(Raeessi MA, et al:Iranian Journal of Otorhinolaryngology.2011;23:1-8.)。



 フムフム・・・。
 ハチミツって咳止め効果があるんだ!
 と思いきや、実は、クスリでなくても何かを飲ませるだけで乳幼児の夜間咳嗽は改善するという報告もあります。

乳幼児の夜間咳嗽にはプラセボでも効果
2014/11/20:日経メディカル
 急性の非特異的咳嗽で受診した生後2~47カ月の乳幼児に対して、就寝前のアガベネクター(アガベシロップともいう。リュウゼツラン由来の天然甘味料で、主にフルクトースとグルコースからなる)またはプラセボの投与により、無治療に比べて有意に症状の軽減効果があることがランダム化比較試験(RCT)の結果として示された。米Pennsylvania州立大学のIan M. Paul氏らが、JAMA Pediatrics誌電子版に2014年10月27日に報告した。
 ・・・・・
 ペンシルバニア州内の大学に付属する小児科外来施設2カ所で、2013年1月28日から2014年2月28日に、生後2~47カ月の小児で急性の非特異的咳嗽が発生してから7日以内の患者を登録。発熱、鼻閉、鼻漏など咳嗽以外の症状を有する小児も登録可能とした。喘息や肺炎など、治療が可能な疾患が疑われる患者は除外した。
 ・・・・・
 介入前夜と介入日の夜の各症状のスコアの差を求めて3群間で比較したところ、治療なし群に比べて、アガベネクター群とプラセボ群では、咳嗽の煩わしさ(P=0.06)以外の項目に有意な改善が認められた(P<0.05)。しかし、アガベネクター群とプラセボ群には、差は認められなかった。



 ここでは1歳未満にも使えるアガペネクター(成分はフルクトースとグルコース、つまりハチミツと同じ)を採用し、アガペネクター投与群と偽薬群と何も投与しない群で比較したところ、投与2群は非投与群より咳嗽が改善したけど、アガペネクターと偽薬では差がなかった、という結果です。つまり、ハチミツ類似のアガペネクターが効いたわけではない、ということ。
 論文著者の結論は「急性の非特異的咳嗽を呈する乳幼児には・・・プラセボ効果のみが期待される治療の実施を検討してもよいのではないか」というオチ(?)でした。

 ウ〜ン・・・上記を読んでも、
 「本当にハチミツってクスリとして効果があるの?」
 という素朴な疑問が残ります。
 
 たくさんの信頼できる論文を集めて解析したコクラン・レビューにも蜂蜜の評価がありました。

蜂蜜は小児の急性咳嗽に効くのか?
2018/04/23:ケアネット
 小児の咳症状は、外来受診の理由となることが多い。蜂蜜は、小児の咳症状を和らげるために、家庭で一般的に用いられている。University of Calabar Teaching HospitalのOlabisi Oduwole氏らは、小児の急性咳嗽に対する蜂蜜の有効性を評価するためにシステマティックレビューを実施し、2018年4月10日、Cochrane Database of Systematic Reviewsに公開した。本レビューは、2010、2012、2014年に続く更新。本レビューの結果、蜂蜜は、無治療、ジフェンヒドラミン、プラセボと比較して、咳症状を多くの面で軽減するが、デキストロメトルファンとはほとんど差がない可能性が示唆された。また、咳の持続時間についてはサルブタモール、プラセボより短縮する可能性はあるが、蜂蜜使用の優劣を証明する強固なエビデンスは認められなかったと結論している。
 著者らは、MEDLINE、Embase、CENTRAL(Cochrane Acute Respiratory Infections Group's Specialised Registerを含む)などをソースとして、2014~18年2月のデータを検索した。また、2018年2月にはClinicalTrials.govとWHOのInternational Clinical Trial Registry Platformも同様に検索した。対象とした試験は、急性の咳症状で外来受診した12ヵ月~18歳の小児に対する治療(蜂蜜単独、蜂蜜と抗菌薬の併用、無治療、プラセボ、蜂蜜ベースの咳止めシロップ、その他の咳止め薬)における無作為化比較試験で、899例の小児を含む6試験。今回の更新で、3試験331例の小児が追加された。これらの試験では、蜂蜜をデキストロメトルファン、ジフェンヒドラミン、サルブタモール、ブロメライン(パイナップル科の酵素)、無治療、プラセボと比較していた。



 有効、無効の論文が混在する中で、結論は「急性咳嗽に対して蜂蜜使用の優劣を証明する強固なエビデンスは認められなかった」というもの。
 まあ、“微妙”ということです。
 
 では、最も有効な咳止め薬は?
 知りたいですよね。
 ・・・実は、存在しないんです。

「風邪による咳に効く薬はない」米学会が見解
2017/12/08:HealthDay News:ケアネット
 しつこい咳を抑える風邪薬を探し求めている人に、残念なニュースだ。市販されているさまざまな咳止めの薬から米国で「風邪に効く」とされているチキンスープといった民間療法まで、あらゆる治療法に関して米国胸部医学会(ACCP)の専門家委員会が文献のシステマティックレビューを行ったところ、効果を裏付ける質の高いエビデンスがある治療法は一つもなかったという。これに基づき同委員会は指針をまとめ、「風邪による咳を抑えるために市販の咳止めや風邪薬を飲むことは推奨されない」との見解を示した。
 このシステマティックレビューと指針はACCP専門家委員会の報告書として「Chest」11月号に掲載された。筆頭著者で米クレイトン大学教授のMark Malesker氏によると、数多くの米国人が風邪による咳に対して市販薬を使用しており、2015年の米国における市販の風邪薬や咳止め薬、抗アレルギー薬の販売額は95億ドル(約1兆700億円)を超えていたという。
 今回、同氏らはさまざまな咳に対する治療法の効果を検証したランダム化比較試験(RCT)のシステマティックレビューを実施した。その結果、抗ヒスタミン薬や鎮痛薬、鼻粘膜の充血を緩和する成分が含まれる風邪薬に効果があることを示す一貫したエビデンスはなかった。また、ナプロキセンやイブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)の試験データの分析からも、これらの効果を裏付けるエビデンスはないことが分かった。
 ACCPがこのトピックについてシステマティックレビューを実施したのは2006年に発表した咳ガイドライン以来だが、「残念ながら2006年以降、風邪が原因の咳に対する治療の選択肢にはほとんど変化がない」と同氏らは説明している。



 なんだか、力の抜けるオチになってしまいました。
 結局は、(薬を飲ませる行為を含めた)家族の優しい看護が最も有効な治療、というこでなのでしょう。

 実はハチミツ、クスリとしては人間と長い付き合いがあります。
 以下に、Wikipediaから一部抜粋しました:

薬用
・古代エジプトの医学書エーベルス・パピルスおよびエドウィン・スミス・パピルスには内用薬および外用薬(軟膏剤、湿布薬、坐薬)への蜂蜜の活用が描かれている。

・『旧約聖書』の「サムエル記・上」には疲労と空腹により目のかすみを覚えたヨナタンが蜂蜜を食べて回復する逸話が登場する。

・古代ギリシャでは医学者のヒポクラテスが炎症や潰瘍、吹き出物などに対する蜂蜜の治癒効果を称賛している。

・古代ローマの皇帝ネロの侍医アンドロマコスは、蜂蜜を使った膏薬テリアカを考案した。テリアカは狂犬病に罹った犬や毒蛇に噛まれた際の、さらにはペストの治療薬として用いられた。テリアカの存在は奈良時代に日本へ伝えられ、江戸時代になってオランダ人によって現物が持ち込まれた。

薬効とその科学的根拠
・蜂蜜は古来、外科的な治療に用いられてきた。古代ローマの軍隊では、蜂蜜に浸した包帯を使って傷の治療を行っていた。蜂蜜は無毒で非アレルギー性で、傷にくっつくことはなく、痛みを与えず、心を落ち着かせ、殺菌スペクトルは広域で、抗生物質の耐性菌にも有効であり、かつ耐性菌を生まない。元となる花の種類は効果に差を生じさせないようである。創傷(けが)に有効性を示した研究は少なくなく、火傷では流水後、火傷に直接つけるかガーゼに浸潤させたり、また閉塞性のドレッシング材にて覆ってもいい。交換頻度は、滲出液によってハチミツが薄まる速度に応じて行う。

・蜂蜜には強い殺菌力のあることが確認されており、チフス菌は48時間以内に、パラチフス菌は24時間、赤痢菌は10時間で死滅する。また、皮膚の移植片を清浄で希釈や加工のされていない蜂蜜の中に入れたところ、12週間保存することに成功したという報告がある。蜂蜜の殺菌力の根拠についてカナダのロックヘッドは、浸透圧が高いことと、水素イオン指数が3.2ないし4.9で弱酸性であることを挙げている。蜂蜜の持つ高い糖分は細菌から水分を奪って増殖を抑える効果をもたらし、3.2ないし4.9という水素イオン指数は細菌の繁殖に向いていない。しかしながらポーランドのイズデブスカによって、蜂蜜に水を混ぜて濃度を10分の1に薄めても殺菌力を発揮することが確認され、ロックヘッドの主張と両立しないことが明らかとなった。アメリカのベックは、皮膚のただれた箇所に蜂蜜を塗って包帯を巻くとリンパが分泌され、それにより殺菌消毒の効果が得られると主張している。前述のように蜂蜜に含まれる酵素グルコースオキシターゼは、グルコースから有機酸(グルコン酸)を作り出すが、その過程で生じる過酸化水素には殺菌作用がある。人類は古くから蜂蜜がもつ殺菌力に気付いていたと考えられ、防腐剤として活用した。

・蜂蜜は古来瀉下薬として用いられ、同時に下痢にも効くとされてきた。蜂蜜に含まれるグルコン酸には腸内のビフィズス菌を増やす効能があり、これが便秘に効く理由と考えられる。フランスの医学者ドマードは、悪性の下痢を発症し極度の栄養失調状態にある生後8か月の乳児に水と蜂蜜だけを8日間、続けてヤギの乳と水を1:2の割合で混ぜたものを与えたところ、健康状態を完全に回復させることに成功したと報告している。これは、蜂蜜のもつ殺菌作用によって腸内環境が改善されたためと考えられている。

・古代エジプトの医学書中には盲目の馬の目を塩を混ぜた蜂蜜で3日間洗ったところ目が見えるようになったという記述が登場する。また、マヤ文明ではハリナシバチが作った蜂蜜を眼病の治療に用いていた。その後、蜂蜜が白内障の治療に有効であることが科学的に明らかとなった。インドでは20世紀半ばにおいて、蜂蜜が眼病の特効薬といわれていた。

・欧米には「ハチミツがガンに効くという漠然とした"信仰"に近いもの」が根強く存在する。1952年に西ドイツのアントンらが19000人あまりを対象に職業別の悪性腫瘍発症率を調べたところ、ほとんどの職業において1000人中2人の割合であったところ、養蜂業の従事者については1000人中0.36人の割合であった。この結果からは養蜂業従事者の生活習慣の中に悪性腫瘍を抑制する要因があることが読み取れるが、それを蜂蜜の摂取に求める見解がある。フランスのアヴァスらは、動物実験によってハチミツに悪性腫瘍を抑制する作用があることを確認している。また、前述のように蜂蜜には生成の過程でローヤルゼリーに含まれる物質が混入すると考えられているが、カナダのタウンゼンドらはローヤルゼリーの中に悪性腫瘍を抑制する物質(10-ヒドロキシデセン酸)を発見している。

・二日酔いには蜂蜜入りの冷たい水が有効であるとされる。蜂蜜に含まれるフルクトースは肝臓がもつアルコール分解機能を強化する効果をもち、さらにコリンやパントテン酸にも肝臓の機能を高める作用がある。デンマークの医師ラーセンは、泥酔者に蜂蜜を飲ませたところ、短時間で酔いから覚めたと報告している。また、ルーマニアのスタンボリューは124人の肝臓病患者が蜂蜜を摂取することにより全快したと報告している。

・古代ローマの詩人オウィディウスは『恋愛術(恋の技法)』の中で、精力剤としてヒュメトス産の蜂蜜を挙げている。蜂蜜の精力増強作用について、19世紀の科学者は懐疑的であったが、20世紀に入りイタリアのセロナは0.9gの蜂蜜中に20国際単位の発情物質が含まれると発表した。

・蜂蜜には血圧を下げる効能があるといわれてきた。蜂蜜にはカリウムが多く含まれるが、食塩を過剰に摂取した際にカリウムを摂取すると血圧を下げることができる。また、蜂蜜に含まれるコリンには高血圧の原因となるコレステロールを除去する効果がある。

・古代エジプトや中国の文献には、蜂蜜の駆虫作用に関する記述がみられ、甘草と小麦粉、蜂蜜から作った漢方薬「甘草粉蜜糖」は駆虫薬として知られる。1952年(昭和27年)に日本の岐阜県岐阜市にある小学校で実験が行われ、蜂蜜を飲んだ小学生の便からは回虫の卵がなくなるという結果が得られた。蜂蜜に含まれるどの成分が駆虫作用をもたらすかについては明らかになっていない。

・その他に、鎮静作用が認められ、咳止め、鎮痛剤、神経痛およびリウマチ、消化性潰瘍、糖尿病に対する効能が謳われている。

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(その2)朝礼で倒れる思春期女子は「反射性失神」か、それとも「起立性調節障害」か?

2019年09月15日 14時15分22秒 | 小児医療
 前項は、「失神の診断・治療ガイドライン2012」を拾い読みしてみましたが、私の疑問は解決に至りませんでした。
 次に、医学系雑誌「日経メディカル」の2016年8月号で「どうする?その失神」という特集を組んでおり、読んでみると役に立ちそうなので、一部を抜粋します。

 まずは聖マリアンナ医大の失神外来を2012年4月から2015年12月に受診した約520人の患者のうち210人の原因疾患を分析した結果。



 心原性26%、反射性35%、起立性低血圧7%。
 次に年齢別原因別頻度の表(⇩)



 あれ?
 10歳代は「反射性失神」が最多で残りは原因不明・・・「起立性低血圧(≒起立性調節障害)」はない?
 ちょっと、というか大きく私の印象と異なります。
 ・・・この辺のことは、後ほどまた出てきます。

 次に失神に伴い、手足がガクガク震える“けいれん”が見られることがあります。
 すると、「てんかん」という病気を考えがち。
 しかし失神でもけいれんは、まれならず観察されます。

てんかんと失神との鑑別
・痙攣を起こした場合はてんかん発作を疑いがちだが、失神でも痙攣は生じ得る。発作時に痙攣を伴ったからといって、それだけでてんかんと診断すべきではない。
・てんかんと心原性失神の鑑別に有用なのは、発汗や前兆、顔面蒼白の有無などだ(⇩)。発作が起こる前に発汗を生じたり、眼前暗黒感という前兆を認めれば失神の可能性が高い。発作時に顔面蒼白を生じた場合は失神、顔面が赤くなった場合はてんかんが考えられる。顔面蒼白を確認したい場合は、顔から血の気が引いて白くなっていたかどうかを目撃者に聞いてみる。
 側頭葉てんかん発作(てんかん患者の半数弱を占める)に特徴的な前兆である「deja vu(デジャヴ)」も鑑別に有用だ。deja vuとは過去に経験したことが突然思い出されることを指す。発作のたびにdeja vuが起こるため、患者は何となく懐かしい感覚を覚える。




 「発作時に顔面蒼白を生じた場合は失神、顔面が赤くなった場合はてんかん」という鑑別点が示されました。
 経験からして、肯けます。
 意識障害の患者さんを見た際、徐脈なら失神、頻脈ならけいれん発作、と鑑別診断の本で読んだ記憶がありますし。

 成人では多い「側頭葉てんかん」は小児ではあまりいません。
「患者はなんとなく懐かしい感覚を覚える」のですか・・・不思議ですね。

 次に失神患者の重症度判定について。
 心原性>非心原性、が基本であり、これは心電図でトリアージ可能です。

失神患者の高リスク基準
 通常の診察では異常所見を認めない場合、病歴聴取や身体所見(血圧測定を含む)、心電図検査などで高リスク所見(⇩)の有無を確認し、患者のリスクを階層化する。高リスク所見がなければ、低リスクと判断できる。低リスク失神の原因としては、血管迷走神経性失神などの反射性失神がある。




 起立に伴う失神はそれだけで高リスク所見(心原性失神)から外れますね。心電図で異常がなければ、なお安心です。
 下記のように、前兆・前駆症状が目立つと反射性、前触れなく突然始まると心原性が疑われます。失神が発生した状況・環境でもある程度判断可能ですね。

心原性失神と反射性失神の鑑別(⇩)
 反射性失神では前駆症状として、熱感や口渇、胃部不快感や吐き気、あくび、めまい、頭痛などが生じる。前駆症状が10秒以上続く場合は反射性を強く疑う心原性失神では動悸や胸痛などの症状を伴う場合もあるが、一般に前駆症状は乏しく短時間で失神に至る
 失神時の状況や症状も鑑別に役立つ。
 反射性失神は起立時や座位、混雑した通勤電車内での強制立位、歯科治療中の緩やかな角度の座位といった状況で起きやすく、不快な光景や音、臭い、長時間の起立、臥床・座位後の急激な起立、脱水、入浴などが誘因になる。
 これに対し、心原性失神は体位に関係なく、就寝中や起床時、運動中・後によく起こる。




 さて次は、私の疑問の中核である“反射性失神”と“起立性低血圧性失神”の鑑別です。
 おおっ! なんと、私の疑問に対する答えが書いてあるではありませんか。

反射性失神と起立性低血圧による失神の鑑別
 反射性失神は失神患者の6割程度を占める頻度の高い失神であり、何からのストレスにより誘発される。
 また、失神患者の1~2割を占める起立性低血圧による失神と診断する上で有用なのが、起立時血圧の測定だ。起立3分以内に収縮期血圧が20mmHg以上低下するなどの基準を満たせば起立性低血圧と診断できる。また、起立時に心拍数の変動を見ることは、血管迷走神経性失神と起立性低血圧の鑑別に役立つ。起立性低血圧患者は脈が速くなって血圧が下がる傾向があり、反射性失神患者は脈が遅くなり血圧が下がる傾向がある。


 ここでも脈拍数・心拍数がポイントになります。
 血圧低下は共通ですが、
(起立性調節障害)頻脈傾向
(反射性失神)徐脈傾向

 なるほど、なるほど。

心因性失神を疑うポイント
 心因性失神患者は、周囲に誰かがいる時に発作を生じ、けがをすることはまずない。心因性の失神患者の9割は閉眼しており、失神やてんかん発作で閉眼している患者は3~4割ほどとのデータがある。そのため、発作時に閉眼していたからといって心因性と断言できないが、開眼していれば心因性は除外しやすい。


 心因性失神は“周囲にアピール”することがポイントなので、1人でいるときは発症しません。
 昔は“ヒステリー発作”と呼ばれており、私も担当したことがあります。
 周囲がつれなくするとこれ見よがしに病棟で失神する中学生女子に悩まされました。

 次は、反射性失神の生活指導についての記述です。

反射性(血管迷走神経性)失神の生活指導
 血管迷走神経性失神は、発作時に前兆を伴うことが多い。そのため前兆出現時に失神を回避するような行動を取るよう指示する。「しゃがみ込めば、脳への循環血液量が増すので失神を回避できる。前兆が出現したら、しゃがんだり横になる」と説明する。反射性失神は脳の位置が心臓より高い場合に発生するが、心臓と脳の高さが同じになれば自然に回復する
 反射性失神では、再発が防げなくても、けがをしないよう導くことが最低限必要。
 仕事中などで、しゃがんだり横になることが難しい場合は、下に示す失神回避法を伝えたい。座位では両腕を組み引っ張り合う、足を交差させて組む、立位では足を動かすなどだ。足や腕に力を入れて筋肉を収縮させると、筋肉の収縮で静脈内の血液が上半身に戻りやすくなる。これらの回避法により、血管迷走神経性失神の再発は約8割減ることが明らかになっている。




 さらに前項で出てきた「チルト訓練」がイラスト解説されていました。

再発予防に効くチルト訓練:2012年に保険適用
 血管迷走神経性失神の治療として、ガイドラインではクラスIIa(有益であるという意見が多い)の推奨ながら、再発抑制効果が高いのが「起立調節訓練法(チルト訓練)」だ(下図)。チルト訓練による血管迷走神経性失神の再発予防効果は高い。チルト訓練とは、踵を壁から15cmほど離した状態で、壁に頭から背中、臀部までを密着させた状態で起立し、その状態を30分間保つというもの。
 血管迷走神経性失神の場合、チルト訓練開始後数日は、途中で気持ち悪さを訴え、30分間訓練を継続できない患者がほとんど(血管迷走神経性失神の診断に活用できる)。気分が悪くなったり、前兆が出現したら、その時点で訓練を中止し、翌日また同様の訓練を繰り返す。
 当初30分間起立できない患者でも、1日2回の訓練で、徐々に起立時間が長くなり、10日前後で30分間続けられるようになる。チルト訓練で30分立っていられるようになれば、血管迷走神経性失神を再発することはまずない
 再発抑制効果が高いものの、患者の継続率が低いのが同訓練の課題となっている。チルト訓練を中止すると、1週間もしないうちに再発する患者がいる。朝夕30分の訓練時間を確保するのは患者にとって難しいので、30分起立できるようになった段階で訓練回数を1日1回に減らして継続させるとよい。下半身さえ動かさなければ、テレビを見たり本を読みながらでも効果は得られる。




 これらの体操とチルト訓練は、NHK-Eテレの健康番組の中でも解説されていました。
 次は起立性低血圧による失神の生活指導です。

起立性低血圧】欠かせない服用薬チェック 適切な塩分・水分摂取を。
 起立性低血圧による失神も血管迷走神経性失神と同様に、自律神経を介して生じる。そのため、不眠や疲労などの精神的・肉体的ストレスが発症に関与するといわれている。脱水による循環血液量の低下も起立性低血圧を誘発する。
 起立性低血圧による失神の場合、患者指導として推奨されるのは、立位や座位への急激な体位変換を避けること。また、誘因となる薬剤の中止や減量も推奨される。


 ここで、反射性失神と起立性低血圧による失神の生活指導内容を比べてみましょう。
 左(表5)が反射性失神、右(表6)が起立性低血圧による失神の生活指導です;


 
 誘因、誘因となる薬物はほぼ同じですね。
 違うのは、具体的な対応法。
 反射性失神は、立位をとってしばらくしてから生じるので、気配(前徴)を感じたら対策(しゃがみこむ、横になる)をとる。
 起立性低血圧による失神は、急に立ち上がらない。
 まあ、当たり前と言えば当たり前ですが・・・。

 あ、小児の失神の項目もありました。主に前大阪医科大学准教授の田中英高Dr.による解説です。

小児の失神の約8割はOD(起立性調節障害)によるもので、その原因が心疾患である割合は成人に比べて圧倒的に低く、海外では2%程度と報告されている。

 あれ? 最初のグラフでは全然なかったのに・・・いきなり8割ですか?
 この矛盾はなんなのだろう・・・誰か教えてください。

小児の起立性調節障害
 失神を初発として受診する患者もいるが、よく聞いてみると、朝起きるのがつらい状況が続いていたなど、ODを疑う所見がある患者がほとんど
 ODは自律神経の機能低下で生じ、立ちくらみや全身倦怠感、朝の食欲不振などとともに、立っていると気分が悪くなったり、失神したりする。10歳代の罹患率が高く、軽症を入れると中学生の2~3割程度がOD疑いで、そのうち検査でODと確定診断できるのは約半数、重症は全体の1%程度。
 ODの診療の進め方としては、日本心身医学会による「小児起立性調節障害診療・治療ガイドライン」が参考になる。同ガイドラインは、失神の既往や失神疑いがある小児に対して、心電図や脳波検査を行い問題がないことを確認した後に、「新起立試験」によるODのサブタイプ判定を推奨する。

新起立試験
 安静臥位から起立させ、その後の血圧回復時間を測定するもの。健常者では起立後、一過性に血圧低下を生じるが、直ちに回復し、臥位よりやや高い血圧で安定する。
 一方OD患者では、
(1)起立直後に強い血圧低下を来して血圧回復が遅延
(2)血圧低下を伴わず心拍数が増加
(3)起立中に突然血圧低下と起立失調症状が出現
(4)起立直後の血圧は正常だが、起立3~10分後に収縮期血圧が臥位時より低下
──などの異常が認められる。


 確かに、「心拍数増加(頻脈)」とは書いてあるけど、「心拍数低下(徐脈)」という単語は見当たりませんね。
 問題点としてあえて挙げたいのは、「小児起立性調節障害診療・治療ガイドライン」はネットで閲覧できません(約5000円の書籍購入が必要)。さらに「新起立試験」もネットで閲覧できません。
 つまり、一般開業医の扱う疾患ではなく、確定診断と管理は専門医あるいは病院レベルで行うべし、という高飛車なスタンスが見え隠れします。
 以前、「熱性けいれんガイドラインがネットで閲覧できないのはおかしい!」とブログに書いたら、ほどなくして公開されたことがあります。今回も密かに期待しましょう。

起立性調節障害の生活指導
 OD治療の基本は、疾病教育と非薬物療法だ。
 疾病教育として田中氏は患児がわかりやすいよう、「ODは正常よりも血管収縮力が弱かったり循環血液量が少ないために起立時に脳への血流が低下する病気」と解説している。脳への血流が低下するため、立ちくらみや失神を生じるとし、循環血液量を増やすために水分をたくさん取るよう指導している。具体的な水分摂取量は毎日1.5~2L。筋力が付くと下肢や腹部への血液の貯留が改善するため、運動の重要性も伝えている。「患児は皆運動不足で、足の筋力が弱い。少しでも筋肉を使うよう、室内はつま先で歩くよう指導している」と田中氏は言う。さらに、食塩を1日3g(梅干し2個分)余分に取り、弾性ストッキングを起床後から夕方まで着用するよう指示する。
 立ちくらみや気分不良の予防法として、起立時は頭を下げたまま30歩移動するとよいという(図A)。OD患者は起立後30秒以内に倒れることが多いが、「動き始めれば、筋肉のポンプ機能で血液が頭に行きやすくなる」と田中氏は説明する。



 ガイドラインは中等症以上の患者に、ミドドリンなどを用いた薬物療法を推奨するが、田中氏は「薬だけでは効果は期待できない。水分を十分取り、筋力を強くし、保護者には子どもにストレスを掛け過ぎないよう指導することが一番大事」と強調する。
 重症の患児は治癒まで4~5年が必要だが、軽症は適切な生活指導により短時間で治癒しやすいとのこと。10歳代の失神の原因として一般的なODへの適切な対応を実践したい。


 
 以上、「朝礼で倒れた思春期女子は反射性失神なのか、それとも起立性調節障害なのか?」と題して、2回に渡り書いてきました。
 集めた情報では、時間経過と脈拍数で判断できそうです。

(反射性失神) 起立後30分以内、徐脈傾向
(起立性低血圧)起立後30秒以内、頻脈傾向


 まず、時間経過からは反射性失神の可能性大。
 さらに(新)起立試験で起立後の脈拍変化を見れば鑑別可能と思われます。
 起立試験で明らかな異常を検出できない場合、あるいは起立後の徐脈を認めた場合はチルト試験を行うと、診断が確実になりますね。
 治療に大きな違いを見いだせませんでしたが、反射性失神に対する“チルト訓練”は手応えがありそうです。
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(その1)朝礼で倒れる思春期女子は「反射性失神」か、それとも「起立性調節障害」か?

2019年09月14日 08時48分15秒 | 小児医療
 小学生高学年〜中学生女子が「朝礼で倒れて意識を失いました」という相談を時々受けます。
 従来、思春期特有の自律神経失調症である起立性調節障害を念頭に置いて診療してきました。

 しかし、2012年に発表された「失神の診断・治療ガイドライン」(合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本救急医学会,日本小児循環器学会,日本心臓病学会,日本心電学会,日本不整脈学会)を読むと、「反射性(神経調節性)失神」に当てはまるのではないか、と感じました。このガイドラインには起立性調節障害の記述が見当たらず、起立性調節障害の成人版とも言える起立性低血圧による失神が、反射性失神とは別項目で論じられています。つまり、「起立性低血圧」(≒起立性調節障害)と「反射性失神」を別のものとしているのです。



 一方、馴染みのある起立性調節障害の項目を読むと、起立性調節障害の中の一型として「血管迷走神経性失神」が位置づけられています。
 微妙な表現ですが“神経調節性”と“血管迷走神経性”は同じようなものと考えてよいのでしょう(学会間で用語の統一をしていただきたいものです)。
 
 これはどういうことでしょうか?
 起立性調節障害と反射性失神の関係を明らかにすべく、手元の資料とネット検索で探ってみました。

 まずは失神から鑑別診断を始める、「失神の診断・治療ガイドライン2012年改訂版」(JCS2012)から。
 失神(syncope、faint)の定義は、

失神とは「一過性の意識消失の結果、姿勢が保持できなくなり、かつ自然に、また完全に意識の回復が見られること」
「意識障害」を来たす病態のなかでも、速やかな発症、一過性、速やかかつ自然の回復という特徴を持つ 1 つの症候群であり、前駆症状(浮動感、悪心、発汗、視力障害等)を伴うこともあれば伴わないこともある。共通する病態は「脳全体の一過性低灌流」(脳循循環が6〜8秒間中断されれば完全な意識消失に至り、収縮期血圧が60mmHgまで低下すると失神に至る。また脳への酸素供給が20%減少しただけでも、意識消失を来たす)である。


 失神様の症状は多岐にわたりますが、このガイドラインでは「本ガイドラインは欧州心臓病学会(European Society of Cardiology: ESC)のガイドラインに倣い,脳全体の一過性低灌流 によるものを失神として扱うこととする」との前提。
 鑑別を要する病態を表にまとめています;



 つまり、脳卒中とかてんかんは失神に含まれないのですね。
 そして、失神の種類を大きく3つに分けています。

1.起立性低血圧による失神(9%)
2.反射性(神経調節性)失神(21%)
3.心原性失神(10%)


 前述のように、1と2が別項目になっていますね。
 頻度については以下の記述;

 米国Framingham 研究における失神の原因別頻度は,
・心原性が10%
・血管迷走神経性が21%
・起立性低血圧が9%
・原因不明が37%。

 欧米のhospital-based studyの報告は,主にED(emergency department)を受診した失神疑いの一過性意識障害患者を対象としており,原因別頻度は、
・心原性失神が 5〜37%
・反射性(神経調節性) 失神が 35〜65%
・起立性低血圧が 3〜24%
・原因不明が 5〜41%

 年齢別では、若年者では反射性(神経調節性)失神の頻度が高く、高齢者では心原性失神、起立性低血圧の頻度が高くなる傾向を認める。




 あれ、全体的に起立性低血圧(≒起立性調節障害)の頻度は低く、さらに若年者(ここでは40歳以下)では起立性調節障害ではなく反射性失神の頻度が高い、とあります。
 私のイメージと少々異なります。

 失神による外傷の頻度は、

 我が国の報告では,救急搬送された失神患者の 17%が外傷を合併していた。ED 受診者を対象とした欧米の報告では、外傷の合併率は 26〜31%、うち骨折等の重症外傷が 5〜10%、打撲や血腫等の軽症外傷が 21〜25 %であった。

 診断の項目では、

 反射性(神経調節性)失神や起立性失神では臥位・立位の血圧測定あるいはチルト試験を行う

 とあります。この“チルト試験”は起立性調節障害のガイドラインでも出てくる用語ですね。
 さて、各論です。

【起立性低血圧】

 これまでの本学会の失神ガイドラインでは、起立性低血圧については、主にいわゆる古典的起立性低血圧(classical orthostatic hypotension)の診断・原因疾患を述べてきた。しかし、臨床的には起立性低血圧による失神は、起立不耐症(II─ 3. 体位性起立頻脈症候群の項参照)を伴う反射性(神経調節性)失神とその症状・病態が共通することが多い。このことは表 9 のごとく、ESC 2009 のガイドラインで強調されている。古典的起立性低血圧は、仰臥位または坐位から立位への体位変換に伴い、起立 3 分以内に収縮期血圧が 20mmHg 以上低下する
か、または収縮期血圧の絶対値が 90mmHg 未満に低下、あるいは拡張期血圧の 10mmHg 以上の低下が認められた際に診断される。失神の原因疾患としての起立性低血圧には、初期起立性低血圧(Initialorthostatic hypotension)、遅延性(進行性)起立性低血圧[delayed
(progressive)orthostatic hypotension]、体位性起立頻脈症候群[postural(orthostatic)tachycardia syndrome:POTS]も含まれている(表 9)。




 「起立性低血圧による失神は、起立不耐症を伴う反射性(神経調節性)失神とその症状・病態が共通することが多い
 これです、これ!
 ここが混乱の元。
 まあ、似ていることをGL作成者も認めているのですね。
 表を眺めると、立位をとってからの発症時間が異なることに気づきます。
 そして診断には「起立試験」「チルト試験」が必要と書かれています。
 しかし、似たような病態の疾患概念をこう並べられても、理解しにくいこと甚だしい。正しく見分けられる人がいるんでしょうか?

 起立性低血圧をきたす病態の表は、



 見ているだけでうんざりしますが・・・成人では薬剤性や基礎疾患の有無を確認する必要があるのですね。
 思春期小児では、主に(1)特発性自律神経障害、の①純粋自律神経失((Bradbury-Eggleston 症候群)がほとんどと思われます。
 
 一般に、起立性低血圧の診断には能動的立位 5 分間が推奨されているが、約 3 分間の起立で起立性低血圧の 約 90%が診断可能である。起立性低血圧に伴う失神の症状は、朝起床時、食後、運動後にしばしば悪化する。食後に惹起される失神は殊に高齢者に多く、食後の腸管への血流再分布が原因とされる。

 起立性低血圧の治療について;

クラスI
1. 急激な起立の回避
2. 誘因の回避: 脱水,過食,飲酒等
3. 誘因となる薬剤の中止・減量: 降圧薬、前立腺疾患治療薬としてのα遮断薬、硝酸薬、利尿薬等
4. 適切な水分・塩分摂取(高血圧症がなければ,水分 2〜3L/ 日および塩分 10g/ 日)

クラスIIa 2
1. 循環血漿量の増加: 食塩補給、鉱質コルチコイド(フルドロコルチゾン 0.02〜0.1mg/ 日分 2〜3),エリスロポエチン
2. 腹帯・弾性ストッキング
3. 上半身を高くした睡眠(10度の頭部挙上)
4. α刺激薬: 塩酸ミドドリン 4mg/ 日 分2、塩酸エチレフリン 15 ~ 30mg/ 日分3


 ああ、表になっていました;



 基本的には生活上の注意で、薬物療法は起立性調節障害に使われるものと同じですね。
 治療が同じだったら、疾患名を区別する必要がどこまであるんだろう?
 さて次は、反射性失神の項目を読んでみましょう。

【反射性失神】
 
 まず、用語の確認。

 本改訂版では、失神の発生に自律神経反射が密接に関係している
1.血管迷走神経性失神(vasovagal syncope)
2.頸動脈洞症候群(省略)
3.状況失神(situational syncope)(省略)
 を反射性失神(神経調節性失神)と総称する。


1.血管迷走神経性失神
 血管迷走神経性失神は、様々な要因により
・交感神経抑制による血管拡張(血圧低下)と
・迷走神経緊張による徐脈が、
 様々なバランスをもって生じる結果、失神に至る。
 さらに細かく、
(1) 一過性徐脈により失神発作に至る心抑制型(cardioinhibitory type)
(2) 徐脈を伴わず、一過性の血圧低下のみにより失神発作に至る血管制型(vasodepressor type),
(3) 徐脈と血圧低下の両者を伴う混合型(mixed type)
 に分類される。


 ハイハイ。分類好きですねえ。ますますわかりにくくなります。

 患者の多くは、程度の差はあれ発作直前に前駆症状として頭重感や頭痛・複視、嘔気・嘔吐、腹痛、眼前暗黒感等の何らかの前兆を自覚している。失神の原因となる徐脈には洞徐脈洞停止が多いが、房室ブロックもまれではない。 我が国では血管抑制型や混合型による発作頻度が比較的高いが、欧米ではむしろ心抑制型の発生頻度が高い。

 “前駆症状”や“前徴”は鑑別の際に大切です。
 それよりもここで気になったのは“徐脈”の実体で、「洞徐脈」はわかるけど、「洞停止」「房室ブロック」などの明らかな不整脈も入っていることです。

 血管迷走神経性失神は、長時間の立位あるいは坐位姿勢、痛み刺激、不眠・疲労・恐怖等の精神的・肉体的ストレス、さらには人混みの中や閉鎖空間等の環境要因が誘因となって発症し、自律神経調節の関与が発症に関わっている。血管迷走神経性失神は体動時に発生することは少なく、立位あるいは坐位で同一姿勢を維持しているときに発生しやすい。失神発作は、日中、特に午前中に発生することが多く、失神の持続時間は比較的短く(1 分以内)、転倒による外傷以外には特に後遺症を残さず、生命予後は良好である。

 血管迷走神経性失神を疑う臨床的に有用な所見には、
(1) 前兆としての腹部不快感
(2) 失神の初発から最後の発作の期間が 4 年以上
(3) 意識回復後の悪心や発汗
(4) 顔面蒼白
(5) 前失神状態の既往がある
このような失神発作時の状況から血管迷走神経性失神を疑うことができる(この失神の診断と治療効果の判定にはチルト試験が有力である)。


 まるで起立性調節障害の解説を読んでいるようです。
 病態生理の項目を読んでいても、用語がたくさん羅列されてわかりにくく、さらに「この病態だけでは説明しきれないことがある」とも書いてあるので、理解することをあきらめました。
 シェーマの方がまだわかりやすい;



 このチルト試験は、X線の造影検査をするような大がかりな器械が必要なので、開業医院ではできず、病院レベルの検査です。

 必要な場合(⇩)は紹介することになります。

チルト試験(head-up tilt test)の適応
クラスI
1. ハイリスク例(例えば外傷の危険性が高い、職業上問題がある場合)の単回の失神と,器質的心疾患を有しないかもしくは器質的心疾患を有していても、諸検査で他の失神の原因が除外された場合の再発性失神に対するチルト試験
2.血管迷走神経性失神の起こしやすさを明らかにすることが臨床的に有用である場合のチルト試験
クラスII a
1. 血管迷走神経性失神と起立性低血圧の鑑別
2. 明らかな原因(心停止、房室ブロック)等が同定されているが、血管迷走神経性失神も起こしやすく治療方針への影響が考えられる例
3. 運動誘発性あるいは運動に関係する失神の評価
クラスII b
1. てんかん発作と痙攣を伴う失神の鑑別
2. 再発性の原因不明の意識消失の評価
3. 精神疾患を有する頻回の失神発作例の評価


 ここにもマイ・キーワードが出てきました。
 降らすIIa-1 に「血管迷走神経性失神と起立性低血圧の鑑別」とあります。
 やはり、似ているけど区別する必要がある病態ということですね。

 さらにこのような記述もありました;

 血管迷走神経性失神のみならず、様々な原因による起立性低血圧、体位性起立頻脈症候群等起立不耐症(orthostatic intolerance) を伴う自律神経機能異常にチルト試験の適応がある。一方、外傷を伴わず、その他のリスクが高くない単回の失神発作で、血管迷走神経性失神の特徴が明らかなもの、他の特別な失神の原因が明らかで血管迷走神経性失神の起こしやすさが治療方針に影響しないものには適応となり難い。

 チルト試験の実際は、結構大がかりな検査です。
 検索したら動画を見つけました;

ヘッドアップティルト試験

1) チルト試験(head-up tilt test)
1 方法と感度・特異度
 チルト試験の方法は施設により相違がみられ、統一されたプロトコールはない。検査結果を左右する因子として、
(1) 傾斜角度
(2) 負荷時間
(3) 薬物負荷の有無と薬物の種類
(4) 判定基準の差
 が挙げられる。
 チルト試験は傾斜角度が急峻なほど、負荷時間が長いほど静脈還流量が減少し失神の誘発率(感度)が高くなるが、特異度は低下する。原因不明の失神例に施行されたチルト試験の陽性率は、60〜80 度の傾斜でチルト単独負荷では時間が 10〜20 分間で 6〜42 %と低く、負荷時間を 30〜60 分と延長しても 24〜75%にとどまる。
 イソプロテレノールは、心収縮力の増強(β1 刺激)との血管拡張(β 2 刺激)による静脈還流量の減少が反射性失神を誘発しやすくする。イソプロテレノール負荷を併用した場合に陽性率が 60〜87%と高くなるが、偽陽性率も高くなり特異度は 45〜100%とばらつきが大きい。
 ニトログリセリン負荷チルト試験の感度は 49〜70%〜特異度は 90〜96%である。
 その他には硫酸イソソルビド、エドロフォニウム、アデノシンが用いられる。具体的方法は表 12を参考にする。




2 評価(チルト試験に対する反応様式)
 チルト試験の判定は、血管迷走神経神経反射による悪心、嘔吐、眼前暗黒感、めまい等の失神の前駆症状や失神を伴う血圧低下と徐脈を認めた場合に陽性とする。陽性基準としては収縮期血圧 60〜80mmHg 未満や収縮期血圧あるいは平均血圧の低下が 20〜30mmHg 以上としているが,一定の基準はない。
 ESC ガイドライン 2009では、器質的心疾患を有しない例において、
・反射性の低血圧・徐脈が誘発され失神が再現される場合に血管迷走神経性失神と診断し(クラス I)
・器質的心疾患を有する例においても反射性の低血圧・徐脈が誘発され失神が再現される場合は血管迷走神経性失神と診断する(クラスII a)。
 ただし器質的心疾患を有する例においては、チルト試験の陽性所見により診断する前に不整脈や他の心血管系失神の原因の除外が必要である(クラスII a)。
 低血圧や徐脈を伴わない意識消失が誘発された場合は,精神疾患による“偽失神” の診断を考慮する(クラスII a)ことが推奨されている。
 チルト試験で誘発される血管迷走神経性失神は心拍数と血圧の反応から 3 つの病型に分類される(表 13)。



 さて、血管迷走神経性失神の治療です。

クラスI
1. 病態の説明
2. 誘因を避ける: 脱水、長時間の立位、飲酒、塩分制限等
3. 誘因となる薬剤の中止・減量: α遮断薬、硝酸薬、利尿薬等
4. 前駆症状出現時の失神回避法

クラスII a
1. 循環血漿量の増加: 食塩補給,鉱質コルチコイド(フルドロコルチゾン 0.02〜0.1mg/日分2〜3)
2. 弾性ストッキング
3. 起立調節訓練法(チルト訓練)
4. 上半身を高くしたセミファウラー位での睡眠
5. α刺激薬(ミドドリン 4mg/ 日分2)
6. 心抑制型の自然発作が心電図で確認された、治療抵抗性の再発性失神患者(40 歳以上)に対するペースメーカ(DDD、DDI)

クラスII b
1. β遮断薬: プロプラノロール 30〜60mg/日分3、メトプロロール 60〜120mg/日分3 等
2. ジソピラミド 200〜300mg/ 日分2=〜3
3. チルト試験で心抑制型が誘発された、治療抵抗性の再発性失神患者(40歳以上)に対するペースメーカ(DDD、、DDI)


 治療薬では、交感神経作動薬でも、α-刺激薬とβ-遮断薬というベクトルが異なる薬剤が併記されているのが不思議です。この辺は、循環器専門医に管理をお願いした方が安全ですね。
 非薬物療法の失神回避方法は参考になります;

2)非薬物治療
1 失神回避方法
 反射性(神経調節性)失神の前兆を自覚した場合には、その場でしゃがみ込んだり横になったりすることが最も効果的である。それ以外に、
(1) 立ったまま足を動かす
(2) 足を交差させて組ませる
(3) お腹を曲げてしゃがみ込ませる
(4) 両腕を組み引っぱり合う,
等の体位あるいは等尺性運動によって数秒から 1 分以内に血圧を上昇させ、失神発作を回避あるいは遅らせ、転倒による事故や外傷を予防することができる


(日経メディカルより)

2 失神の予防治療
i) ペースメーカ治療(省略)
ii) 起立調節訓練法(チルト訓練)
 Ector が初めて本治療法の有効性を報告し、チルト訓練と命名した。チルト台を使用せず自宅等の壁を利用して自分で起立訓練を行う起立調節訓練法としても報告されている。本治療法は薬物治療の必要性がなく、また自宅や職場でも自分で安全にいつでも行うことができる。
 起立調節訓練法は,
・両足を壁の前方 15〜20cm に出し
・臀部、背中、頭部で後ろの壁に寄りかかる姿勢を 30 分 継続する

ものである。これを 1 日に 1〜2 回、毎日繰り返す。多くの失神患者は,トレーニング開始直後は壁に寄りかかる姿勢で 30 分間起立することはできないが、毎日これを繰り返すことにより起立持続時間は徐々に延長し、トレーニング開始後 2〜3 週間で 30 分間立てるようになる。起立調節訓練中は下半身を決して動かしてはいけないことを患者に伝えておく(筋肉収縮が働き静脈還流が増加するから)。いったん30分間の立位維持姿勢が可能となると、その後は 1 日 1 回 30 分間の 起立調節訓練を毎日継続させることで失神発作の再発は長期にわたって予防される。1 日 1 回のトレーニングが有効性と継続性の面から血管迷走神経性失神の治療手段としてふさわしい。この治療法が有効であるのは、立位負荷直後の交感神経機能の亢進がトレーニングによ って有意に抑制されるためと考えられる 。



(日経メディカルより)

 起立調節訓練法はNHK-Eテレの今日の健康「起立性調節障害」でも紹介されていました。1日30分、壁に背中を付けて寄りかかるだけの訓練で数週間後には明らかな改善が得られるとすれば、試す価値が大いにありますね。

 ここで気づいたのですが、チルト試験の目的の中にあった「血管迷走神経性失神と起立性低血圧の鑑別」の解説が見当たりません!
 その後、読み進めると項目12に「小児の失神」という項目がありました。その最初に、

1.反射性失神、自律神経失調症、起立性低血圧
 小児、特に思春期の失神の原因として最も多い。反射性失神の項を参照のこと。


 これだけ?
 それに反射性失神と起立性低血圧が一緒にされているし・・・ガッカリです。
 結局私の疑問は解決せず、モヤモヤしたものが残りました。

 心原性は小児ではまれで、検査で鑑別可能と思われますので省略します。

 次に「体位性起立頻脈症候群」という項目。徐脈ではなく、頻脈になるのですね。立ったときに動悸を訴える、けど血圧は保たれるのが特徴のようです。

体位性起立頻脈症候群】(POTS:postural orthostatic tachycardia syndrome)
 本症候群は失神を来たすことは一般的にはないが、病態生理は血管迷走神経性失神に類似している。
 チルト試験で異常な心拍数の増加を示し、多くの場合起立 2 分以内に心拍数が 120〜170/ 分まで増加 する。
 POTSとほぼ同義語とされる特発性起立不耐症 (idiopathic orthostatic intolerance)の有病率は少なくと も 1/500 以上にのぼり,全米で 50 万人以上の患者がいる とされる。患者の大半は 15〜50 歳、平均年齢は 30 代前半であり、男女比は 1:4〜5 で若年女性に好発する。成人の慢
性疲労症候群例の 25〜50%に POTS が認められる。
 症状:立位に伴う動悸、ふらつき、疲労感、全身倦怠感が主体であるが、多彩な症状を認める。これらの症状は脳血流低下に基づくものであり、正確な機序は不明である。静脈還流量の減少、過換気やそれに伴う低 CO2 血症による脳循環調節の異常、脳動脈収縮が、めまいや眼前暗黒感、頭痛等の症状の原因となる。発汗や顔面紅潮等の交感神経刺激症状、悪心等の迷走神経刺激症状もみられ、さらに振戦やパニック障害のような不安神経症状を呈する。皮膚への血流低下により、四肢特に下肢のチアノーゼがみられることが多く、下肢に広汎に広がりまだら模様を呈する。



 診断:表 15(⇩)に診断基準を示す。起立もしくはチルト 5 分以内に臥位に比べ心拍数が30/ 分以上増加するが、起立性低血圧を認めない。この際に臨床経過と同様なめまい、立ちくらみ、視野異常、動悸、振戦、脱力感等多彩な起 立不耐症の症状がみられる。




 “動悸”という訴えで、起立性低血圧や反射性失神とは鑑別可能ですね。
 さて、14 番目に「採血と失神」という項目を見つけました。思春期女子の懸念事項の一つなので取りあげます。

14 採血と失神
 採血時(献血を含む)の合併症の中で失神発作は最も頻度の高い合併症であり、血管迷走神経反応(vasovagal reaction:VVR)によって発生すると考えられている。
 VVRは軽症と重症に分けられるが(表18⇩)、一般献血者を対象とした日本赤十字社の統計によると、献血時に発生した軽症VVRの発生頻度は0.76%(男性 0.605%、女性 1.012%)、重症 VVR の発生頻度は 0.027 %(男性 0.021%、女性 0.036%)である。VVRの発生は採血開始5分以内に発生することが最も多いが、採血中または採血前にも発生する。心理的不安、緊張もしくは採血に伴う神経生理学的反応によって発生する場合が多い。症状には個人差があるが、軽症から放置により重症に進行し、気分不良、顔面蒼白、痙攣、尿・便失禁に至る。




危険因子:
 VVR におけるハイリスクと考えられる献血者には下記のような特徴がある。ハイリスクに該当する場合にはあらかじめ十分な注意が必要である。反射性(神経調節性)失神患者には、病歴で採血時失神の既往のある患者が比較的多い
(1) 初回輸血
(2) 前回献血から間隔のあいた場合
(3) 若年
(4) 失神の既往(強い立ちくらみや反射性(神経調節性)失神の既往、過換気症候群を含む)
(5) 献血に対する強い不安感や緊張感(採血時の合併症経験))
(6) 強い空腹、食べ過ぎ、強い疲労感、睡眠不足
(7) 体重・血圧(※)等が採血基準の最低値・最高値(特に女性)
(8) 献血後、身体に負荷のかかる予定(急ぎの移動、重労働、激しいスポーツ等)
(9) 衣類等により体を強く締め付けた状態
(10) 水分摂取不足


※ 献血の血圧基準は収縮期血圧が90mmHg以上

予防と処置・対応;
 採血の方法、採血室の温度、環境、献血者の緊張度や体調が影響する。定期的に採血施行者の教育訓練を実施し、専門的知識を備え、応急処置について熟知し、迅速な対応を計ることが重要である。合併症を起こした献血者に対しては、その場で症状が回復しても注意を怠らず、電話等によりその後の状況を把握する。処置および対応は,以下のように行う。

(1) 医師の診察を受けさせる
(2) 献血者に安心させるように声をかけると同時に仰臥位にして頭部低位にする
(3) 症状の改善がなければ採血を中止する
(4) 衣服を緩め、足元を保温する
(5) 脈拍を測定し、適宜血圧を測定する
(6) 悪心がある場合はゆっくりと深呼吸させ、嘔吐に備えて顔を横に向け容器等の準備を行う
(7) 失神した場合は、名前を呼ぶ等声をかける
(8) 舌根沈下の恐れがある場合は、気道の確保を計る
(9) 血圧低下が続く場合、医師の指示により適宜補液等を行う
(10) 回復後は水分補給を行い、十分休養させる
(11) 医師の判断により帰宅させる。状況に応じてタクシーを利用するか、付き添って送り届ける
(12) 症状によっては医療機関を受診させる


 なるほど。
 思春期女子に予防接種をする際は、あらかじめ危険因子をチェックし、当てはまるならベッドに寝かせて接種し、しばらく様子観察してから帰宅してもらう、という方法がよさそうです。

 以上、「失神の診断・治療ガイドライン2012」の拾い読みでした。
 結局、「反射性失神」と「起立性低血圧による失神」の鑑別は迷宮入りです。
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