小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

100年前の日本で開発されていた「インフルエンザ菌ワクチン」と「肺炎球菌ワクチン」

2021年01月31日 16時22分06秒 | 予防接種
現在、インフルエンザ菌に対するワクチンは“ヒブ”として(アクトヒブ®)、
肺炎球菌ワクチン「プレベナー®」と共に子どもを対象(※)に定期接種されています。
※ 高齢者に対する肺炎球菌ワクチンも別に存在します。

しかし今から約100年前の1918年、スペイン風邪大流行の際に、
同じ病原体に対してワクチンが開発されていたことを下記番組を見て知り、驚きました。

英雄たちの選択「100年前のパンデミック〜“スペイン風邪”の教訓〜」
大正時代の日本を襲った感染症、スペイン風邪。ワクチン開発をあおった国や世論。町医者の格闘。感染した少女が日記に綴った恐怖。100年前の経験から何がくみとれるか? 大正時代、世界的に流行し、日本でも50万人近くの命を奪った感染症、スペイン風邪。予防法も治療薬もない未知の病を相手に、当時の日本人はどう闘ったのか。政治や世論に押され、医学界を二分したワクチン開発競争。栃木県の町医者が残した壮絶な治療の記録。12歳で感染した少女の日記からは、地域と家族の平和が壊されていく恐怖が克明に記されていた。国、医師、そして患者。100年前の経験から今、何がくみとれるか?

今でこそインフルエンザの原因はウイルスであることは常識ですが、スペイン風邪流行時はまだ原因病原体が不明でした。
理科の授業で使う光学顕微鏡では、細菌の100分の1の大きさのウイルスを見ることはできなかったのです。
電子顕微鏡が開発された1930年代になりようやく、ウイルス感染症であることが判明したのでした。

当時はインフルエンザ患者の痰から検出された細菌を、
「インフルエンザ菌」と名付けて原因と誤解しており、
この名前は現在でも残っていて混乱の一因となっています。

そして日本では、細菌学で成果を上げていた北里研究所が「インフルエンザ菌ワクチン」を開発しました。
北里研究所はノーベル賞学者、北里柴三郎が設立した民間の研究施設です。

これに対抗して、東京大学教授である長与又郎が所長を務める「国立伝染病研究所」もワクチンを作ることを求められました。
しかし長与博士は「インフルエンザは細菌感染ではなく原因病原体はまだわかっていない」と主張していた人物。
その彼も国民や政府のプレッシャーに押されて、インフルエンザ菌と肺炎球菌に対する混合ワクチンを開発せざるを得ない立場に追い詰められました。

原因不明と主張していたにもかかわらず、周囲のプレッシャーに負けて“細菌”ワクチンを作ってしまったのですね。

当時、ワクチン製造ブームが沸き起こり、
民間製薬会社も次々名乗りを上げて、約20種類のワクチンが販売されたそうです。

番組の映像では、「流行性感冒(=インフルエンザ)の予防注射」として、
「インフルエンザ菌ワクチン」や「感冒用混合ワクチン」の新聞広告が登場しています。
その「感冒用混合ワクチン」の中身は・・・
「インフルエンザ菌+肺炎球菌+カタール性球菌+ジフテリア菌+ブドウ状球菌+連鎖状球菌」
と、豪華な顔ぶれで何にでも効きそうです。

賢明な皆さんならおわかりでしょうが、
これらのワクチンはインフルエンザに全く効きません、無効です。

さらに言えば、連鎖状球菌とはいわゆる溶連菌で咽頭炎の原因菌ですが、
いまだに有効なワクチンは存在しませんから、
当時の「連鎖状球菌」ワクチンも怪しいものです。

パンデミックの最中、国民からの圧力、政府からの圧力に負けた形で、
科学が道をそれてしまった悲しく残念なエピソードですね。

しかし、これらの失敗がいつしか歴史の闇に消え、
現在に伝えられていないことは大きな問題だと思います。
実際に、ワクチンのことは一通り調べてきた小児科医の私でさえ知りませんでしたから。

日本人って、間違いを反省・検証してそれを伝承していくことがホント、苦手です。

これと似たようなことは他にも心当たりがあります。

2014年に一世を風靡した小保方晴子女史が発表したSTAP細胞。
あれは、大阪大学や京都大学の学者がノーベル賞を獲得したことに焦った理化学研究所の研究者が、苦し紛れに捏造した事件でした。
悪いのは小保方女史ではなく、責められるべきは彼女の裏にいる上司でしょう。

今回の新型コロナ・パンデミックにおいても、
それを切り抜ける切り札としてワクチンが期待されています。
ワクチンに対して日本人は用心深く、接種を希望する国民は50%を割っています。
歴史の過ちを繰り返さぬよう、しっかりと冷静な目を持ち続け、
有用なワクチンと判断され認可されれば積極的に受けたいと思います。

同番組では、当時の平民宰相、原敬の感染対策も紹介していました。
明治時代に強行した“強制隔離”ではなく、市民1人1人にポスターで
「マスク着用」「咳エチケット」を呼びかけました。


マスクをかけぬ命知らず!」ですって。
日本人にマスクが定着したのは、この頃からだそうです。



お母さんの口から出た飛沫が、子供の食事の上に降りかかる!
病人はなるべく別の部屋に!」という家庭内隔離のポスターもありました(⇩)。
なんだか、今やっていることと同じですねえ。


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鉄と人体の不思議な関係

2021年01月31日 10時25分25秒 | 予防接種
私の本棚にはインテリア化している科学啓蒙書がたくさんあります。
ときどき斜め読みをはじめるのですが、すぐに飽きてしまうものが多く(特に日本語力のない文章には耐えられない性格なので)、期待をしないで下記の本を手に取って読み始めたところ、面白くて最後まで読み切りました。

<参考>
(吉田たかよし著)講談社現代新書、2013年

中でも最終章「鉄を巡る人体と生物の攻防」は、ふだんから抱いていた「感染症が長引くと貧血になるのはなぜだろう?」という素朴な疑問に対する回答であり、目からウロコが落ちました。
本文からの抜粋に、一部、私の感想・コメント交じりで記してみました。

<メモ>

・地球は「水の惑星」ではなく「鉄の惑星」である。地球に最も多い元素は鉄であり、地球の重量の1/3を占めている。

・豊富にある元素である鉄を人体に取り込むシステムをなぜ構築しなかったのか不思議であり、理由があるはずである。

人体は必要最小限の鉄しか持たないことによって感染症の予防に役立ている(シンガポール国立大学:デリック・セク・トング・オング博士)。
 人体に何か欠陥があって鉄が不足してしまうのではなく、病気を防ぐためにわざと鉄を不足させているというのが人体の実態である。
 細菌にとって鉄は生きていくために不可欠な元素であり、鉄が人体に豊富にあると細菌が繁殖しやすくなり、感染症に罹りやすくなる。そのため、苦しくても鉄を不足させ、病原菌を兵糧攻めにしているのである。特に女性は子宮から病原菌に感染しやすいため、たとえ貧血になってでも鉄を多少は不足気味にしておく方が有利と考えられる(鉄・差し控え戦略)。
 人体の中で、病原菌との鉄の奪い合い競争が常に繰り広げられている。

・鉄は元素の中で原子核が最も安定している。
鉄の原子番号は26であり、原子核には26個の陽子がある。この「陽子数26」より少なくても多くても原子核は不安定になる。
138億年前に宇宙が誕生した当初は、陽子が1個の水素と陽子が2個のヘリウムしかなかった。その後恒星内部で核融合が起こり、水素→ ヘリウム→ 炭素といった具合に徐々に重い元素が造られ、最も安定した鉄を目指して反応が進んできた。
鉄より重い元素は超新星爆発の時に、その巨大なエネルギーによって造らるようになったが、まだ存在する量は少ない。

・命を構成する元素は軽い元素中心
重い元素である鉄は地球内部に沈み込んでいったため、生命は地球表面に取り残された軽い元素(水素、酸素、炭素、窒素、イオウ、リンなど)を使って造られた。しかし複雑な形態・高度な機能を造るには重い元素も必要だった。原子核を回る電子軌道が複雑になると、複雑な性質を持つことができるためである。

・酸素の運搬役に必要な条件
 生体が酸素を取り入れるだけなら、ただくっつける酸化をすればいいが、酸化すると酸素を引きはがすのが難しくなり、酸素の運搬には不向きである。肺で酸素を取り込み、全身の細胞に酸素を運んで渡すためには、「結合」と「切り離し」がスムーズにできる性質が必要である。

鉄を有効利用したお手本のヘモグロビンとミオグロビン
 ヘモグロビンは、ヘムという分子とグロビンというタンパク質が結合してできている。ヘムには鉄が1原子だけ存在しており、この鉄の持つ複雑な電子軌道を利用することにより、肺で穏やかに酸素をくっつけ、体内の深部で酸素を切り離して細胞に酸素を届けることが可能になった。
 筋肉で同じような役割を担っているのがミオグロビンである。筋肉を動かすときは、大量に酸素が必要になり、赤血球のヘモグロビンから酸素を効率よく受け取らなければならず、ここでミオグロビンが働く。
 ミオグロビンの中心部には鉄が備えられており、この電子軌道によってヘモグロビンから酸素を奪い取る(ヘモグロビンより酸素と強く結合するため)。エネルギーが必要なときは、筋肉細胞内でミオグロビンから酸素を引きはがして使う。

・酸素の運搬には鉄が鉄板?
 生命全体で見ると、酸素の運搬に鉄が利用されるケースが圧倒的に多く、哺乳類は例外なく鉄を使用している。
 イカやタコなどの頭足類、カニやエビなどの甲殻類はヘモグロビンではなくヘモシアニンという物質を使って酸素の運搬をしているが、これは鉄の代わりに銅が使われている。

・生体における鉄の基本的な役割は酸化還元反応を起こすための触媒
 全身の細胞は無数の酸化還元反応により生命が維持されているが、その中には鉄を利用した酵素が少なくない。これらの酵素活性を担う最も大切な部分に鉄がはめ込まれている。やはり、鉄が持つ複雑な電子軌道を利用して酵素活性が生み出されている。

・病原菌が人体内で増殖するには、人体の中から鉄を奪い取ることが必要
 現在、地球上で見つかっている生命の中で、鉄が無い状態でいきられる生命はほぼ皆無。
 人間に寄生して生きる病原菌にも当てはまり、病原菌が体内で増殖するには、人体から鉄を奪い取ることが不可欠。一方人体は、病原菌に鉄を奪われたら病気になってしまうので、そうはさせじと鉄を奪われない仕組みを発達させた。その中心にあるのがトランスフェリンである。

・酸素を運ぶヘモグロビン、鉄を運ぶトランスフェリン
 トランスフェリンは鉄を輸送する役割を担う。トランスフェリンは強力に鉄と結合することで、病原菌に鉄を奪われないようにしてくれる。そして鉄を必要としている人体の細胞には鉄を与えることができる優れた性質を有する。
 酸素におけるヘモグロビンの役割を、そっくりそのまま鉄に置き換えたのがトランスフェリンといえる。トランスフェリンは鉄の供給を断つことで病原菌を兵糧攻めにして弱体化を図る戦法をとる。

トランスフェリンとシデロフォアによる鉄の争奪戦
 しかし病原菌も黙っていない。病原菌の一部はトランスフェリンに対抗する機能として、シデロフォアという物質を作り出した。シデロフォアはトランスフェリン同様、鉄と結合する物質で、病原菌が鉄を使えるように細胞内で鉄を輸送することができる。
 こうして人体はトランスフェリン、病原菌はシデロフォアと、それぞれ異なる武器を持って激しい鉄の争奪戦を繰り広げている。

・貧血は感染対策の武器である。
 病原菌との戦いを有利に進めるため、人体はトランスフェリンに加えて捨て身作戦も遂行する。それは「体内の鉄分をわざと減らす」ことであり、人体が死なない程度に鉄を減らす作戦である。
 月経による貧血も、実はある意味、人体が意図的に作り上げているという側面がある。

・感染対策に活躍するヘプシジン
 人体は必要以上に鉄を吸収しないように、吸収率を抑制するメカニズムをわざわざ発達させてきた。
 ヘプシジンは抗菌作用を持っており、人体が最近に感染すると、肝臓で合成される量が増加し、細菌が体内で増殖するのを抑える。さらにヘプシジンは腸に作用し、鉄の吸収にブレーキをかける作用も有する。
 細菌に感染したときは、貧血のダメージより感染症のダメージの方が大きいので、増加したヘプシジンにより鉄の吸収が大幅に抑えられ、これにより細菌を兵糧攻めにしている。

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HPVワクチン接種は親の判断で決めていいのか?

2021年01月27日 06時29分09秒 | 予防接種
ワクチンの副作用が社会問題化して、定期接種ながらも接種率が激減した日本におけるHPVワクチン。
世界はすでに「子宮頸がん減少傾向」という段階まで進んでいる一方で、日本は世界から取り残された状態が続いています。

以前にも取り上げた、子供が自分で考えて接種をするかどうか決めるスタンスも並行して必要ではないかという投げかけの活動を紹介します。

HPVの真実を知った若い女性たちから、
「なぜ接種してくれなかったの?」
とやり場のない怒りが湧いてきています。

最大の原因は、ゆがんだ情報提供で不安をあおったマスコミ。
発行部数を増やすためのえげつない戦法に走ったツケは、
女性たちにのしかかっています。


■ 「なぜ打たせてくれなかったの?」子宮頸がんワクチン、接種できなかった悲痛な叫び〜大学生と署名をはじめた医師が伝えたいこと
及川 夕子(ライター)

□ 自費では約5万円、高額すぎて払えない
「つい最近も、女子高校生2人を診察したばかり。外来診療で、16歳、18歳の細胞診の異常(子宮頸がんの手前、異形成の状態)が出始めています。ワクチンを打っていたら防げたのにと悔やまれます」(産婦人科医・高橋幸子さん)

「HPVワクチン(子宮頸がん等予防)を打つ機会を奪われた若者たちが無料で接種するチャンスをください」

 6月1日、大学生と高橋さんら医療関係者有志の会「HPVワクチンfor Me」が、対象年齢を過ぎてもHPVワクチンを公費で打てるように求めるオンライン署名活動を始めた。2020年6月10日現在、署名数は1万7000件を超えた。

 この署名活動を受けて、SNSや署名欄には、ワクチンを打ち逃した大学生や保護者などからのメッセージが次々と投稿された。自費でこのワクチンを打つとなると、3回接種で約5万円ほどかかる(2価、4価ワクチンの場合)。「無料期間を過ぎてしまった」「ワクチンで命を守れるのに、なぜその権利を奪うのか?」「なぜ国はうやむやにしたままなのか」という切実な声が上がっている。いくつか紹介したい。

学生から
●打ちたかったのに、接種年齢が過ぎてしまった。自費では高額。なぜ打たせてくれなかったの? 親を責めたいという気持ちになった。

●ワクチンで子宮頸がんを予防できるなら今からでも打ちたいです。国からの補助を希望します。

●妹が今、高1なのですが、まだHPVワクチンを接種してません。まだ不安も多くあります。なので、接種を決めた理由などの経験談があれば聞きたい。

親世代からは
●男性からの要望として、友達のため、未来の子どものために同意します。できれば男性にも打てるようにして。

●私の子供が16歳になるころ、HPVワクチンを接種した直後に痙攣や全身麻痺があらわれた女子がいることが広まり、怖くて子供への接種を躊躇してしまいました。今なら本人の意思も聞けるので無料にしていただきたい。そもそも無料接種年齢の上限を、初めから20歳にするなど出来なかったのでしょうか?

●自分が(子宮頸がんの)高度異形成で手術したもので、娘にワクチンを受けさせたくて病院に行ったところ「今はこちらの市ではHPVワクチンは推奨していませんので取り扱っていません」と断られました。市の予防接種便りには接種可能と書かれている病院なのに……。いくつも問い合わせましたがどこも断られて、いつの間にか無料期間が過ぎてしまいました。希望者がいるのにそんなのって権利に反していますよね? 国は推奨できないなら、新たにワクチン開発するくらいのことをしてください。安全かわからないなどと、うやむやにしたまま放置しないでください。有効な年齢というのはあっという間に過ぎてしまうのですから。他人事と思わず、自分の娘や孫のことと思ってすすめてほしいです。日本は先進国なはずなのに、いろいろな面で後進国のようです。

●18歳の娘が、子宮頸がん検診を受けたところ子宮頸部異形成を指摘されました。再検査予定ですが、親としてはワクチンを一回させただけで、途中で終えてしまい、後悔しています。これから再接種をするつもりです。

□ ワクチンを打ってない人を救う取り組みが始まった!
 現在、HPVワクチンは、小学6年生~高校1年生の女子で希望者には、公費(無料)で打てる定期接種となっている。けれど、2000年度生まれ以降、つまり今の大学生世代を中心に、ワクチンの情報を得られないまま対象年齢を超えてしまった若者が多くいる。そこで、接種年齢を過ぎてもOKな『キャッチアップ接種』を可能にして、打ちそこなった若者を救済しようとしているのだ。

 産婦人科医の高橋幸子さんは、署名活動を立ち上げた理由を次のように話す。

「防げる病気で命を落とす人たちがいるのに、国はHPVワクチンの積極的勧奨を中止したまま動きません。各家庭に自治体からの“お知らせ”が届かなくなってから、接種率はほぼ0%のまま。国や予防接種の実施主体である自治体を動かすためにも、当事者やその親たちの声を届けなくてはと思いました。
まず知ってほしいのは、“子宮頸がんは、HPVワクチンでその多くが防げる”ということ。そのことから、打ちたいと希望する人もいるのに、適切な情報が届かない。無料で接種できる機会を奪われたのは国の責任です。国がいつまでも止めているのはおかしいと思いませんか」

 子宮頸がんに罹患する人は、想像以上に多い。毎年約1万人が診断され、年間約3000人が命を落としている。1日にするとおよそ8人が亡くなっている計算だ。この病気を予防するものとして、世界のスタンダードになっているのがHPVワクチンだ。子宮頸がんの原因となるHPV(ヒトパピローマウイルス)は、性行為や皮膚の接触によって感染する。性交経験のある女性の8割は知らない間にかかっているとされるほど、身近なウイルスだ。近年は、性行為開始が低年齢化していることから、若い女性での感染者数が急増しているのだ。

□ 打ちたかったのに、「え、あれを打つんですか?」の声に阻まれた
 私も友人から「子どもたちがHPVワクチンを打ちそびれた」と聞いたことがある。親たちがよくいうのは「大事なことだとわかっているけれど、気持ちが決まらなかった。モヤモヤしたまま時間ばかりが過ぎてしまった」ということ、また「自治体の窓口に問い合わせるのは、ハードルが高い」ということだ。ある人は自治体相談窓口に問い合わせたところ「え、あれを打つんですか?」という対応だったという。納得いくまで調べた上でワクチン接種を決めたとしても、そのような対応では多くの人が尻込みしてしまうだろう。
接種したいと考えていても、情報がなく時期を逃している人も多い。

 公費で受けられる予防接種には、ほかにも風疹や麻疹、B型肝炎ワクチンなどいくつかあって、自治体のWEBサイトで調べようと思えば情報は手に入る。接種可能なワクチンが一覧になっていて、接種できる年齢などの情報が記載されている。
 どんなワクチンにも何らかの副作用があるものだ。だから、そのワクチンを使うことでのメリット、デメリットをしっかり説明することは必要であり、実施主体である自治体や国の義務だと思う。問題はそれが、十分にかつ医学的根拠に基づいて説明がなされているかどうかだ。

 子宮頸がんワクチンについて自治体のサイトを見てみると、最初から「厚生労働省の勧告に基づき、現在、子宮頸がん予防ワクチンの接種を積極的にはお勧めしていません」と記載されているものもある。
 また、病気についての説明、ワクチン接種時の注意点や副反応のこと、接種後の痛みの診療についてなどの説明書きがあっても、「ワクチン接種後の様々な症状はHPVワクチン接種との明らかな関連性は認められなかった」という大規模調査については触れられていない(※)。
※子宮頸がんのHPVワクチンと有害事象に関する調査「名古屋スタディ」のこと。その後、国際ジャーナルで発表された

 現在、日本産科婦人科学会は、子宮頸がんワクチンに関する正しい理解を求め、接種推進の立場だ。WHO(世界保健機構)も「日本のHPVワクチンの接種率の低さ(1%未満)は、真に有害な結果となり得る」と警告しているが、そのことも伝えられていない。
 ワクチン接種をする際には、副作用や安全に十分に配慮して説明を行うことは重要だ。だが「本当に打つんですか?」「積極的に勧めていません」。こうした対応ばかりが目につき、結果的に、ワクチン接種を押しとどめてしまっている。

□ ワクチンの存在さえ知らない保護者も増えている
 高橋さんは、産婦人科診療のかたわら、小・中・高校、大学生に性教育の講演を行ってきた。

「集団で一斉に7割が打った年代の若者に、『どうやってHPVワクチン接種を決めたのか』を聞いたところ、打った人は親が決めた。打たなかった人も親が決めたと話していました。全部、医学生達の話です。中学生や高校生が自分で決めるのは難しいのでしょう」
 一方、「2019年の性教育講演に集まったある高校の保護者20名に、HPVワクチンについて尋ねたところ、知っていると答えたのはたった1名でした。自治体からのお知らせが届かなくなって7年が経過し、今では『ワクチンの存在さえ知らなかった』という保護者が増えているのです。そして、当事者の子が大学生になってHPVワクチンのことを学ぶと、『打ちたかった』という声が上がります。
 まずは大人が学んで、子どもと一緒にHPVワクチンのことを検討する機会を持って欲しい。不安に思うなら、かかりつけの産婦人科やワクチン接種を行っている医療機関で相談をしてみてもいいと思います。日本産婦人科学会が情報提供をしています。子どもたちに、正しい情報を与え、選択の機会を与えること、これは大人の責任です」

 高橋さん自身は、自費で中学生の息子に「HPVワクチン(9価ワクチン)」を接種した。

 ちなみにHPVワクチンは、子宮頸がんだけでなく、中咽頭がん、陰茎がん、肛門がん、膣がん、外陰がんなどの6つのがんを防ぐことが明らかになっており、世界では77か国以上で男子にも接種されている。
 「産婦人科医だから、そんなことができたのだろうと思われるかもしれません。確かに、自分にはHPVワクチンが日本で発売された日に打ちました。子宮頸がんで亡くなる方を大勢看取ってきたからです。でも子どもについては、そうではありませんでした。私の背中を押してくれたのは、実はママ友なのです。
 あるとき、たまたま雑談でHPVワクチンのことを話していたら『うちの息子にも打ちたいと思う。お願いできる?』と頼まれたのです。過去に、副反応のことがメディアでセンセーショナルに取り上げられたこともあります。だから正直、この話題は引かれてしまうのでは?とちょっと怖かったのですが、そんなことはありませんでした。

 男子は公的費用での接種がありませんが、それでもママ友は打ちたいと。熱意に動かされ『うちの息子にも話してみる。同意すれば一緒に接種しよう』と話が進んだのです。息子にHPVワクチンのことを説明する際には『6つのがんを防げるよ』と話しました。すると『それなら、打ちたい』と即答。打つと決めたのは息子自身でした」
 今回の署名活動では、対象年齢を外れた女子のキャッチアップ接種を求めているが、今後は、「HPVワクチンを男子にも公費で接種できるように、求めていきたい」という。

□ 少なくとも200万人の女子の人生に関わる問題
 ネットには「ワクチン反対」の声も少なくない。だからどちらを選んでいいか「まだよくわからない、モヤモヤする」と感じている人は多いだろう。
 一方で、子どもの乳幼児期の予防接種は疑問も持たずに受けてきたという人も多いのではないだろうか。それはなぜだろうか。HPVワクチンについては、公的接種が始まりお知らせも届いていたころ(※)のように「みんなが打つ」ような状況だったら、迷うこともないのかもしれない。

※ HPVワクチンは、2013年4月に定期予防接種になった。1994年度〜1999年度生まれの女子では55.5%から最高で78.8%の接種率だったのが、その後厚生労働省が「積極的勧奨を一時的に差し控える」として以降の2004年度生まれの女子では0.1%以下に激減した[(Nakagawa S et al.(submitted)]。

 今回の署名活動が目指しているのは、誰もがきちんとした情報を与えられ、理解し納得して自分の人生を自分で守る環境が確保されることだ。

 「子宮頸がんをしっかり防ぎたい場合、初めての性行為を迎える前に打ってほしいワクチンです。今、打ち逃した高校2年生から大学2年生の女子だけでも、ざっと200万人。これだけの数の女性のこれからの人生に関わる問題なのです」(高橋さん)
 HPVワクチンを打たねばならない、と強要しているのではない。選択の自由はあっていい。しかし家庭に“お知らせ”が届かなければ、選択すらできない。
「打ちたくない人には打たない権利が認められています。しかし、打ちたい人たちに対して、子宮頸がんを防ぐための有益な情報が届いていません。ワクチンの存在について、厚労省が広く周知し、積極的接種勧奨を再開することを要望します。国民が求めていると国に知ってもらうことが大切です。署名にご協力をお願いします」と高橋さん。
 今回集まった署名は、厚生労働大臣のほか、予防接種の実施主体である自治体に声を届けるべく全国市長会・全国町村会にも提出する予定だ。
 署名欄には、同じような悩みを持つ人のメッセージも届けられている。なぜキャッチアップ接種が必要なのかという説明もされている。だから、多くの人に、自分の目で見て、何かを感じてほしい。自分ならどうしたいか、自分の娘だったら、大切な友人の問題だったら?と、考えてみてほしいのだ。
 仕事、結婚、出産…、どんな人生の選択も自由だが、健康によって選択肢が狭まれてはいけない。予防できる対策があることをもう一度考えてほしい。

★ 今回の署名とHPVワクチンを選択する際に有益な情報を得られるサイト

◆ change.org「HPVワクチン(子宮頸がん等予防)を打つ機会を奪われた若者たちが無料で接種するチャンスをください」

◆ 6つのがんを防ぐHPVワクチンってなに?〜産婦人科医の性教育〜
年間100件以上の講演を行う、産婦人科医師・高橋幸子さんによる中学3年生~高校生向け性教育講演の動画

◆ 高橋幸子医師のツイッター(@sakko_t0607)
sachiko☆dr.comのライフスキル講座

◆ YOKOHAMA HPV PROJEC T
英文で発表されている学術情報をわかりやすい日本語に要約し発信している。WHOの子宮頸がんの排除に向けた世界的戦略についての和訳なども、ここで見ることができる。

◆ 子宮頸がんとHPVワクチンについて(神奈川県医師会編)
HPVワクチンの有効性、安全性、副反応のその後、接種の実際などについてまとめたパンフレット

この記事は産婦人科医が書いています。
私は、HPVワクチン啓蒙の中心になるべきは子宮頚がんの実態を説明できる産婦人科医であり、産婦人科医による事前の性教育が必須だと考えています。

接種を担当する小児科医は性交渉による感染症が原因である子宮頚がんをうまく説明できませんし、ましてや法律で、学校では性行為やそれによる感染症の知識を授業で取りあげてはいけないことになっている状況下では、どうしてよいかわかりません。

小学校高学年から中学校に産婦人科医が乗り込んで性教育をすることが当たり前になれば、現状は打破できるはずです。
確か、福井県ではその活動が進んでいると耳にしました。

そして子どもたちには、自ら子宮頚がんとワクチン接種について知り、親と共に接種すべきか考えて欲しいと思います。

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喘息治療の4つの未解決問題

2021年01月03日 10時03分14秒 | 予防接種
興味を惹く記事が目にとまりました。

■ 喘息診療の4つの未解決課題

石塚Dr.は以下の4つを問題点としてあげています;

1.慢性咳嗽患者の鑑別・治療
2.軽症喘息患者の治療に対する指針
3.吸入療法の簡便化や指導
4.抗体製剤にかかる医療費

これらを順を追って要約してみます;

1.慢性咳嗽患者の鑑別・治療
・呼気一酸化窒素(FeNO)は喘息診断の指標となるとされているが、診断指標をFeNO≧38ppbとした場合、大学生を対象にしたアンケート結果からカットオフ値未満でありながら夜間の咳発作を自覚している女性が7割存在したという報告がある。

→ FeNOでは喘息を拾いきれないという趣旨。しかしFeNOはアレルギー性鼻炎などでも上昇するため、それだけでは喘息の診断はできませんが。

・呼吸器専門医が喘息と診断し治療している患者において、昼間や夜間・早朝の咳症状を訴える患者が3割存在する。

→ これは「治療不足」という視点と、「他の疾患の可能性」という視点を含んでいると思います。

2.軽症喘息患者の治療に対する指針
・日本と世界のガイドラインで発作時の治療が異なる。国際的なガイドラインであるGINA(Globgal Initiative for Asthma)では「吸入ステロイド+長時間作用性気管支拡張薬(ホルモテロール)の併用」を推奨しているが、日本のガイドライン『喘息予防・管理ガイドライン2018』では、ふだんからこの吸入薬を定期使用している場合のみ臨時使用を認めている。日本でも欧米に習うべきではないか。

→ 現在の日本で喘息患者に使用されている吸入剤のうち、ステロイド単独とステロイド+気管支拡張薬の合剤の比率は知りませんが、今後増えていきそうですね。私の外来では半分以上合剤を処方しています。

3.吸入療法の簡便化や指導
・患者の半数以上が正しく吸入できていない。良好な症状コントロールを維持し、嗄声や発生障害といった副作用を軽減するには、吸入指導を導入する必要がある。

→ これはずっと以前から指摘されてきたことです。当院では5年ほど前からマニュアルを作って看護師スタッフが吸入指導を担当しています。指導後、吸入手技チェックをして、満点になるまで繰り返してもらいます。看護師の中にPAE(小児アレルギーエデュケーター)有資格者がいますので、信頼して任せられます。

4.抗体製剤にかかる医療費
・近年、難治性喘息に対し抗体医薬や気管支熱形成術(サーモプラスティ)という選択肢が登場したが、高コストであり、費用対効果を検証しなければならない。

→ 患者さんの経済的負担に留まらず、高額医療となれば補助金を申請できますが、補助金は税金から捻出されますので、際限なく行うには社会的認知・容認が必要ですね。

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病院内クラスターはなぜ発生するのか?

2021年01月03日 07時25分20秒 | 予防接種
一般の方は「感染対策を十分しているはずの病院で、なぜクラスターが発生するのか?」疑問に感じることでしょう。
確かに、完全防備(N95マスク・フェイスシールド・キャップ、ガウン、手袋)をして、一人の患者さんの診療・看護・介護が終わる度にそれを着替えて別の患者さんに相対すれば、まず発生しないでしょう。

でも、それができないから発生してしまうのです。そこにはどんな事情があるのでしょう。
扱った記事(「旭川の教訓、大規模院内クラスターはなぜ起こるのか」JBPress, 2020.12.30)を参考に、リスク因子を挙げてみます;

▢ 入院患者の医療・看護自体がそもそも接触感染・飛沫感染のハイリスク行為である。
・一般の生活では直接他人と接触することは大部分避けられます。握手をしないとか、ハイタッチをしないとか・・・そしてマスクと手洗いで感染対策を行えば、まず感染しません。クラスターが発生するのはマスクを外して会話する状況+三密状態です。実際、満員電車は三密に近いものの、会話をしないのでクラスター発生のリスクは低いですね。
・入院患者の医療・看護はそうはいきません。患者さんと接触することが必至です。かつ、ハイリスク処置があります。とくに介護が必要な患者さんの食事介助・気道吸引(痰吸引)・抱きかかえての移動やリハビリは避けることのできないハイリスク行為ですし、さらにマスクをつけても外してしまう認知症の方もいます。

▢ 油断
・医療機関といえども、人間誰しも身近に患者発生が無ければ“対岸の火事”的発想で気が緩むことは否めません。もちろん、基本的な感染対策はしているものの、少しの気の緩みで開いた隙間から新型コロナは進入してきます。
・現在、病院内に入るにはPCR検査で陰性を確認してから、という条件付けをする病院が多くなりました。しかしPCR検査は偽陰性率が30%、つまり陽性患者であっても30%は見逃してしまう検査ですから、陰性といっても油断できません。
・スタッフの休憩室や更衣室では、その“オフ感覚”からついつい気が緩んでマスクをせずに会話しがち。

▢ 初動の遅れ
・院内でPCR陽性者が出ると、濃厚接触者をトレースして検査が行われてきましたが、これでは追いつかない事例が発生しています。PCR検査対象者はより拡大して徹底的に行われるべきでしょう。

▢ 準備不足
・ふだんから「スタッフの健康観察・体調管理」「体調不良の時は申告・休みやすい雰囲気」「PCR検査の拡充」など、いざというときの準備を怠らないこと。体調不良を言いにくい雰囲気は大きなマイナス点ですが、ギリギリの人数で回している病棟などでは言いにくい&休みにくい傾向があります。その頑張りが逆にハイリスクになるという悲しい現実。

▢ 入院患者との面会・入院患者の外出/外泊制限の緩和
・夏の第二波後、上記を緩めた施設があり、それらの関与も疑われます。

▢ 冬の“換気”問題
・寒くなると“暖房をつけながら窓を開けて換気しましょう”と指導されるものの、北海道など寒い地方では窓を開ければ凍えてしまい、それだけで健康を害するリスクがあります。

記事の締めくくりは以下の文章です;
感染を疑う患者やスタッフ、濃厚接触者が出た場合には、すぐに隔離や自宅待機にし、対象を十分に広くしたPCR検査を即座に、かつ潜伏期間を十分に考慮し複数回行う、また、厳密な健康観察を継続してもらうことが極めて重要です。

以上、院内クラスターの発生リスクを挙げてみました。
年が変わって2021年、当院でも気持ちを引き締めて新型コロナに対峙していきたいと思います。

みなさんも基本の感染対策(マスク、三密回避、換気、手洗い、体調が悪かったら外に出ない)の徹底をお願いします。

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