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小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

またもや“麻疹”騒動 2025

2025年04月11日 08時16分42秒 | 感染症
麻疹は半定期的に“小流行”を繰り返す感染症です。
ワクチンが極めて有効(1回接種で93%、2回接種で97%発症阻止)なのですが、
諸般の事情で接種率が低下し、
感受性者が一定の比率に達すると、
再度患者が発生して小流行することを反復しています。

諸般の事情とは、
・ワクチン副反応の不安・・・自閉症の原因になる?( → 科学的に否定済み)
・紛争や戦争で保健行政が行き届かなくなる
等々。

さて、なぜ麻疹が発生するとこれほど大騒ぎするのか、
疑問に思う方もいらっしゃるかと思われます。
それは単純に「重症化」するからです。
江戸時代までは、
疱瘡の器量定め、麻疹の命定め
と呼ばれ、天然痘になると顔があばただらけになるので嫌われ、
麻疹は命を落とす病気と恐れられてきました。

私も四半世紀前の勤務医時代に、麻疹流行を経験しました。
熱が下がらず肺炎を合併して入院する子どもが後を絶ちません。
入院病棟では一晩中子どもたちの咳き込む音があちこちから聞こえました。
「こんな感染症を流行らせてはいけない」
とつくづく思ったものです。

患者さんを見たことのない一般の方には、
「麻疹て恐いんですか?」
とピンとこないかもしれません。

ここ数ヶ月、日本でも発生していますが、
アメリカの方が深刻なようです。
それを扱った記事を紹介します。

<ポイント>
・米国は数十年がかりでワクチン接種による集団免疫を達成し、2000年に麻疹の排除(国内伝播がほぼなくなった、根絶に近い状態にすること)に成功した。
・近年、米国は再び麻疹の流行に脅かされている。医学的な理由のない、個人的な理由によるワクチンの接種免除が増えているためだ。
・問題は、ワクチン反対派による組織的なデマに十分対処してこなかった、過去10年間の政策の失敗にある。
・米国では麻疹(はしか)の感染者が増え続けているが、専門家はその原因として、個人的な理由により学校でのワクチン接種義務の免除を受ける子どもが増えていることを挙げている。
・麻疹の感染拡大を防ぐには地域社会の95%が免疫を持っている必要があるが、一部のコミュニティーで接種免除を受ける子どもが増えたことで、感染拡大のリスクが高まっている。
・現在のアメリカでは「接種免除」を拡げる反ワクチン派との戦いが始まっており、トランプ政権がそれに拍車をかけている。

その昔、たくさんの人が命を落とした麻疹ですが、
ワクチンのおかげでそれを一旦は“排除”するまでに至りました。
しかしその痛みも感謝も忘れた人類は、
愚かな行為を繰り返すのです。

・・・まるで“戦争”と同じですね。


▢ はしかの流行が復活中、反ワクチンの台頭と米国の危機
2000年に排除を達成した米国で何が起きているのか
2025.04.08:National Geograhpic)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 米国では近年にない規模の麻疹(はしか)の集団感染が起きている。テキサス州西部で始まった今回の流行による感染者数は、2025年4月3日時点で全米で607人、すでに2024年の合計である285人を上回っていて、2月と4月初旬にテキサス州で基礎疾患のない6歳と8歳の子どもが死亡するなど深刻な状況にある(編注:日本の国立感染症研究所によると、3月26日時点での2025年の報告数は合計44人で、すでに2024年の45人に迫っている)。
 米保健福祉省(厚生省)のロバート・F・ケネディ・ジュニア長官は、麻疹が健康な人を死なせるのは「難しい」と主張したが、米国小児科学会は、麻疹ワクチンが開発されるまでは、麻疹による死者の大半は健康な子どもだったと指摘していた。
 麻疹ウイルスが引き起こす麻疹は感染力が非常に強く、空気感染するため、感染者が呼吸をしたり、咳やくしゃみをしたり、誰かと会話をしたりするだけで周囲の人を感染させてしまう。麻疹には特効薬がなく、対症療法しかないため、ワクチン接種とが最も安全で効果的な対策となる。
 米国は数十年がかりでワクチン接種による集団免疫を達成し、2000年に麻疹の排除(国内伝播がほぼなくなった、根絶に近い状態にすること)に成功した(編注:厚生労働省によると、日本は2015年に世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局により排除状態が認定された)。しかし近年、米国は再び麻疹の流行に脅かされている。医学的な理由のない、個人的な理由によるワクチンの接種免除が増えているためだ
 テキサス州ではこうした免除が比較的容易に認められているため、歴史的に免除率が非常に高い地域がいくつかできている。今回の流行が始まったゲインズ郡も、そうした地域の1つだった。
 テキサス州保健当局は子どもたちにワクチン接種を受けさせるために最善を尽くしているが、「問題は、ワクチン反対派による組織的なデマに十分対処してこなかった、過去10年間の政策の失敗にあります」と指摘するのは、感染症専門の小児科医で、テキサス小児病院ワクチン開発センターの共同ディレクターであるピーター・ホーテズ氏だ。
「残念ながら、テキサス州は全米で起こっていることの先鋒になっています」(参考記事:「はしかの恐るべき「免疫の記憶喪失」とは、世界で流行が拡大」)
 米国では麻疹(はしか)の感染者が増え続けているが、専門家はその原因として、個人的な理由により学校でのワクチン接種義務の免除を受ける子どもが増えていることを挙げている麻疹の感染拡大を防ぐには地域社会の95%が免疫を持っている必要があるが、一部のコミュニティーで接種免除を受ける子どもが増えたことで、感染拡大のリスクが高まっているのだ。

▶ ワクチン接種が広まるまで
 子を持つ親たちの権利擁護団体Voices for Vaccinesのディレクターであるカレン・アーンスト氏は、個人的な理由による接種免除を申請する親が増えている理由について、「1つは、私たちの多くが麻疹の蔓延を目にしたことがなく、麻疹という病気を忘れていることです。もう1つは、麻疹がいかに急速に広がり、子どもたちをどれほど重篤な状態に陥らせるおそれがあるかを理解していないことです」と言う。
 実際、20世紀初頭には、米国では毎年数千人が麻疹で命を落としていた。医療の進歩により1950年代にはその数は大幅に減ったが、それでも毎年推定400〜500人が命を落とし、麻疹に関連した脳炎により数百人が生涯にわたる脳障害や難聴などを発症していた。
 1960年代に麻疹ワクチンが開発されると、数年以内に全米の麻疹の症例は約90%も減ったが、費用が高額だったため予防接種を受けさせない家庭もあり、麻疹の排除には至らなかった。
 そこで1970年代から、各州に対して、公立学校に通学する子どもに予防接種を義務付けることを求める運動が始まり、1981年までに全50州で小児への予防接種が義務付けられた。
 しかし、義務化後も課題は解消されなかったと、米ニューヨーク大学の感染症専門医であるアダム・ラトナー氏は言う。「政策が変わって予算がつくと予防接種率が上がって麻疹の発生率が低下し、また政策が変わって資金が途絶えると予防接種率が下がって麻疹が増えることの繰り返しでした」

▶ 麻疹の排除を達成
 最大の警告となった出来事は1989年から1991年にかけて発生した麻疹の大流行だった。5万5000人以上の米国人が感染し、123人が死亡したのだ。
 2つのことが明らかになった。麻疹ワクチンの1回接種では93%の効果があるが、これでは不十分なこと。そして、すべての家庭がワクチン接種の費用を賄えるわけではない状態では、何千人もの子どもが苦しみ、あまりに多くの子どもが亡くなるということだ。
 その後、米疾病対策センター(CDC)と米国小児科学会は、効果が97%に上がるワクチンの2回接種を推奨した。また1994年にはビル・クリントン大統領が、貧困家庭の子どもたちがCDCの推奨するすべての予防接種を無料で受けられるようにするプログラムを法制化した。
 こうして米国は集団免疫に必要な95%の予防接種率を達成し、以後は大規模な流行は起こらなくなり、2000年にはついに麻疹を排除した。
 その一方で、2つの新たな脅威が現れた。1つは、MMRワクチン(麻疹・おたふく風邪・風疹ワクチン)と小児の発達障害を関連付けようとする不正な論文が、後に撤回され、科学界から否定されたにもかかわらず、子をもつ親たちを不安にさせたこと。もう1つは、SNSの急速な普及により、誤った情報がかつてないほど速く、簡単に広まるようになったことだ。
 小児科医で元カリフォルニア州議会議員のリチャード・パン氏は、「SNSが火に油を注ぎ」、第1の不正な論文に触発された草の根の反ワクチン運動が、みるみるうちに広まってしまったと説明する。

▶ 個人的な理由による接種免除の問題
 米国のすべての州では、ワクチン成分に対するアレルギーなど、特定の必須ワクチンを安全に接種できない理由がある子どもに対しては、医学的な理由による接種免除が認められている。さらにほとんどの州では個人的な信条に基づく接種免除も認められており、免除の要件は州によって大きく異なっている。
 個人的な信条を理由とする接種免除率の調査によると、全米では2011年の1.75%から2016年の2.25%へと増加していて、個人的な信条と宗教上の理由による接種免除を認めている州では、宗教上の理由による免除しか認めていない州に比べて2倍以上高かった
 全米で0.5ポイントの増加ならたいした変化ではないように思われるかもしれない。だが、米エモリー大学エモリーワクチンセンターの元副所長のウォルター・オレステイン氏は、「全米としては高い割合の人が免疫をもっていても、ワクチン接種を受けていない人々の集団がどこかにあれば、そこで流行するおそれがあるのです」と言う。
 今回のテキサス州での集団感染はメノナイト派というキリスト教徒のコミュニティーが震源地となったが、米フィラデルフィア小児病院ワクチン教育センターの所長で感染症専門の小児科医であるポール・オフィット医師は、こうした「隔絶された宗教的な」コミュニティーでは、しばしば集団感染が発生していると言う。
 カリフォルニア州の多くのモンテッソーリ学校やシュタイナー学校を含む一部の私立学校も接種免除率が高い。こうした地理的な集中が、2015年にカリフォルニアのディズニーランドから麻疹が急速に広がって147人が感染する原因となった。

▶ 免除問題に新たな戦略
 そのため、集団感染の原因となるワクチン接種免除に対処することが、麻疹との闘いにおける新たな戦略となった。
 2016年、パン氏はカリフォルニア州で医学的な理由以外の接種免除を廃止する法案を提出した。法案が可決された後、全体的な免除率は低下したものの、一部で予想されたことが起こった。過去20年間、割合が安定していた医学的な理由による接種免除が増加しはじめたのだ。
 パン氏によると、一部の学校が「異常に高い」接種免除率を記録し、一握りの医師がほとんどの免除を認めていたという。そこで同州が2019年にさらなる法案を可決し、医学的な理由による接種免除について州が監督することを義務付けると、接種を免除された幼稚園児の割合は2019年の0.95%から2021年の0.27%まで減少した。
「カリフォルニア州の状況は、はるかに良くなったと思います」とパン氏は言う。「麻疹は依然として発生していますが、集団感染は起きていません」
 他の州もこれに続いた。メイン州では、ワクチン推進派の政治活動団体SAFE Communities Coalitionの事務局長ノース・ソーンダーズ氏が率いる運動が実って、個人的な信条を理由とする接種免除を全廃する州法が制定され、2020年3月の州の住民投票でも支持された。
 同様の運動により、コネチカット州とニューヨーク州では医学的な理由以外による接種免除が廃止され、ワシントン州ではMMRワクチンについて医学的な理由以外の接種免除が廃止された。

▶ 接種免除を復活させる動き
 こうした成功の一方で、最近、米国の多くの州で、医学的な理由以外によるワクチンの接種免除を復活させるための法案が提出されている。ソーンダーズ氏は、反ワクチン派が接種免除の拡大を求める運動を推進しているのだと警告する。
 米国の非営利・独立系の報道機関プロパブリカは3月28日に、CDCの上層部が、内部の予測センターが作成した麻疹の流行に関する評価の発表を差し止めていたと報道した。この評価では、一般市民が感染するリスクは依然として低いものの、流行地域周辺の予防接種率の低い地域ではリスクが高いと指摘されていた。
 CDCはプロパブリカに対して書面による声明を発表し、評価を公表しなかったのは、「すでに一般に知られていること以外には何も述べていなかったから」だと釈明した。
 そして、CDCがワクチンを「麻疹を予防する最善の方法」と考えていることに変わりはないとしながらも、「ワクチン接種は個人の判断に委ねられるべき」であり、「人々は医療従事者に相談し、ワクチン接種に関する選択肢を理解し、ワクチンに関連する潜在的なリスクと利益について知らされるべきだ」というロバート・F・ケネディ・ジュニア厚生長官の最近の発言内容を繰り返した。
 ソーンダーズ氏やアーンスト氏らは、ワクチン接種免除の拡大を求める州議会の法案が可決されてしまうことを懸念している。もしこれらの州法が成立すれば、「死者が出ることになるでしょう」とソーンダーズ氏は言う。「予防接種率が下がれば、人々は麻疹に感染し、命を落とすことになるのです」


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コンゴの“新感染症”は重症マラリアではなかった?

2025年02月26日 05時44分40秒 | 感染症
昨年(2024年)末、コンゴでエボラ陰性の重症感染症で死亡者が相次ぎ、調査の結果“重症のマラリアだった”と報道されました。

▢ 謎の病気は重度のマラリア コンゴ、保健当局が発表
 【ナイロビ共同】アフリカのコンゴ(旧ザイール)南西部で広がったインフルエンザに似た原因不明の病気について、コンゴ保健当局は17日、調査の結果、重度のマラリアと判明したと発表した。ロイター通信が報じた。世界保健機関(WHO)から提供された抗マラリア薬を配布し、拡大抑止を急いでいる。
 WHOなどによると、高熱やせきを特徴とする病気が広がったクワンゴ州パンジ一帯はマラリアの流行地域。約600人の患者が発生し、9日時点で疑い例を含む70人以上の死亡が確認された。地元保健当局は、住民の栄養状態が悪く、呼吸器疾患を伴う重度のマラリアに対して脆弱になっていたと分析した。

そして2025年になった今、再度「原因不明の感染症で死亡者が相次ぐ」というニュースが入ってきました。
重症マラリアでは説明つかない病態なのでしょうか?

▢ 原因不明の病気で53人死亡 コンゴ北西部、WHO調査
2025/2/25:共同通信
 【ヨハネスブルク共同】コンゴ(旧ザイール)北西部で1月から高熱や出血を伴う原因不明の病気が広がり、24日までに53人が死亡した。AP通信が報じた。地元保健当局によると、患者から採取した検体は高致死率で知られるエボラ出血熱について陰性だったといい、世界保健機関(WHO)が原因を調べている。
 APによると、1月下旬に北西部の町ボロコでコウモリを食べた子ども3人が出血熱の症状を示して死亡。これまでに419人の患者が確認され、死者の多くは症状が現れてから48時間以内に亡くなったという。

・・・今回もコウモリが関与しているようです。エンドレスですね。

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先天性風疹症候群を減らすラストチャンス!

2025年02月09日 15時55分59秒 | 感染症
妊婦さんが風疹に罹ると、お腹の赤ちゃんに感染して「先天性風疹症候群」という名前の多臓器に渡る障害を抱えた生まれてくる可能性があります。

妊婦さん世代のお母さん達は、風疹ワクチンあるいは麻疹・風疹ワクチンを接種しているため、守られています。
しかし、何科の理由でワクチン接種しなかった女性、あるいはワクチンを接種したけど1回だけ、という女性は感染する可能性があります。
そして感染源は「中年男性」(昭和37年4月~54年3月生まれの男性)です。

現在の子どもたちはMRワクチンを接種しているのでほぼ、罹りません。
中年男性に関しては、何年も前から「抗体価をチェックしましょう」「ワクチンを接種しましょう」と呼びかけていますが、世間では関心が乏しく、会社を休んで検査やワクチン接種する人は増えません。

そんな中、数年に一度、風疹流行が発生し、先天性風疹症候群の赤ちゃんが生まれることが繰り返されています。
そして前述の中年男性への検査・接種のクーポン券が締め切りを迎えます(昭和37年4月2日〜昭和54年4月1日生まれの男性を対象にした無料の追加接種クーポン)。
体験談の記事が目に留まりましたので紹介します。


▢ 妊娠7週で風疹に感染「80%の確率で、赤ちゃんの目・耳・心臓に大きな障害が出ます」、産むか産まないか選択を迫られて【前編】

▶ 先天性風疹症候群体験談
 2月4日は風疹の日です。妊娠初期に風疹にかかると、どんなリスクがあるか知っていますか?  12年前、第2子の妊娠7週目に風疹にかかり、赤ちゃんが「先天性風疹症候群」と診断された経験を持つ西村麻依子さんは、現在「風疹をなくそうの会『hand in hand』」で活動をしています。「『あの人みたいになりたくない』と思われてもいいから、自分の経験を知ってもらって、風疹をなくしたい」。そう語る西村さんに、風疹感染が判明したときのことや妊娠中の悩み、生まれた赤ちゃんの症状、活動のきっかけなどについて聞きました。

▶ 妊娠7週で風疹に感染。ことの重大さをよくわかっていなかった
 2007年、24歳で結婚した西村麻依子さんは、2009年、第1子となる男の子を出産しました。そして、この妊娠中にあることが判明したのです。 「妊婦健診で『風疹の抗体価が低い』と言われたんです。ただ、妊娠中は風疹の予防接種を打てないので『出産したら、予防接種を打ってね』と言われていました。 そのとき言われたことはずっと頭の片隅に残ってはいたのですが、産後入院中や退院時にも何も言われなかったし、『完全母乳のうちは、ワクチンはダメなのかな』と勝手に思い込んでしまっていて(※)。2歳ごろまで長男が母乳を飲んでいたこともあり、風疹の予防接種を受けないまま、第2子を妊娠したんです」(西村さん) 
※ 授乳中でも風疹の予防接種は可能です。 
 西村さんが第2子を妊娠したのは2012年。このとき、西村さんはまだ風疹の予防接種を受けていませんでした。このころ日本では、2003~2004年の風疹の小流行のあと、2010年まで落ち着きつつあった風疹患者数が、海外での集団感染をきっかけに2011年に再び増加して全国的な流行となり、2013年に流行のピークを迎える、その最中のことでした。 「ある日、首の後ろにしこりができていることに気づいたんです。そのあとに、顔に肌荒れしたようなブツブツが出てきて。かゆみはなかったんですが、顔から首、腕とどんどん広がっていって、これはおかしいと思ったんです。その時点で夕方遅くになっていたので、救急病院を受診しました。 ただ、救急には風疹を調べるキットがないとのことで、翌日に皮膚科や産婦人科がある総合病院に行ったほうがいいと言われ、そのまま帰宅することに。『本当に風疹だったら、起き上がれないくらいもっと熱が出るけどね』とも言われ、そのとき私は熱がなかったので、風疹ではないのかなと思いながら帰宅しました。でも、翌朝に発熱し、『ああ、やっぱり風疹かもしれない』と…。 私は第2子妊娠でかかっていた個人産院に電話をし、症状を伝えて受診しました。個人産院では、小さな隔離部屋で血液検査をしたのですが、検査が早すぎて1度目は陰性。その後、2回目の血液検査をして、風疹にかかっていると判明。確定診断まで少し時間がかかりましたが、感染したのは妊娠7週目のことでした」(西村さん) 
 妊娠12週までの妊娠初期に風疹ウィルスに感染すると、おなかの赤ちゃんは、胎内で風疹ウイルスに感染し、目、耳、心臓の障害や、体・心の発達に遅れが出る「先天性風疹症候群(せんてんせいふうしんしょうこうぐん)」という病気になる可能性が高くなります。西村さんの場合、風疹にかかったのは妊娠7週。赤ちゃんが「先天性風疹症候群」になる可能性が高い時期の感染でした。 「風疹に感染していることが確定したとき、産院では、医学書を見せられながら『妊娠7週目くらいで風疹にかかると、赤ちゃんの目と耳と心臓に約80%の確率で大きな障害が出る』と言われました。 そのとき、私はまだ先天性風疹症候群がどんなものかよくわかっていなくて、その産院はハイリスクになると転院しなければならなかったこともあり、『これって、ハイリスクになるんですか? 』と聞いたんです。 すると、先生はものすごく声を荒げて、『これはハイリスク以外の何者でもない!80%という確率はほぼ100%だ。目と耳と心臓にこれだけの確率で大きな障害が出るっていうのに!』って…。私はびっくりしつつも、産むか産まないかの選択は1度持ち帰ることになりました」(西村さん) 
 自宅に戻り、夫と両親、義理の両親に事情を伝えた西村さん。ただ、西村さんと夫には、最初から中絶をするという選択肢はありませんでした。保育士でもある義理の母は2人の気持ちを尊重してくれましたが、実の母は当初「今回は諦めたら…」と産むことに反対をしていたそうです。しかし、夫婦の決心はかたいものでした。 「実は私、長男を産む前、妊娠初期で流産をしたことがあるんです。産みたくても産んであげられなかった命。そのときに、十分、命の重みを感じたんです。 風疹のワクチンを打っていなくて、赤ちゃんを守ってあげられなかったのは私。それなのに、障害が出るかもしれないという可能性だけで、この命をなかったことにはできない、どうして諦めなくちゃいけないの? どんな障害があったとしても、私たちでこの子を絶対に幸せにしたい!と思いました。 だから、最初から中絶することは考えていませんでしたし、夫も同じ気持ちでいてくれました。話し合いでこの気持ちをしっかりと家族に伝え、母にはしぶしぶ了解をもらいました。 産院に産むことを決断したと伝える日には、夫も一緒について来てくれて、2人で先生と話しました。先生には『この産院では産ませることはできない。産むなら、別の病院へ行ってくれ』と言われたので、妊娠11週くらいから、長男を産んだ総合病院に転院することになったんです」(西村さん)

▶ どんな障害があっても産むと決めた命。でも、不安は尽きず…
 夫婦で「どんな障害があったとしても、この命を産む」と決め、お互いの両親にもそう伝えた西村さん夫婦。ですが、もちろん不安や葛藤もありました。 「最初の産院で、産む!と決め、その後もその気持ちはゆるぎませんでしたが、先天性風疹症候群について調べるうちに、改めて大変なことが起こっていることを実感したんです。 妊娠中には赤ちゃんがどの程度の障害を持っているか詳しいことはわからず、転院した病院の産科の先生にも『生まれてみないとわからない』と言われて…。産むことは強く決断してはいましたが、どんな状態で生まれてくるんだろうと考えると、すごく不安にもなりました。 自分でもあのときの気持ちがよくわからないのですが、私、娘の妊娠中はマタニティマークをつけられなかったんですよね。おなかの中に赤ちゃんはいるんだけど、普通の状態じゃないことで、ずっと自分を責めていました。自分は普通の妊婦さんとは違う、みたいな気持ちになってしまっていたんです。傍から見たら私も普通の妊婦さんでマタニティマークをつけてもよかったと思うのですけど、ほかの妊婦さんがマタニティマークをつけているのを見て、いいなぁって思っていました」(西村さん) 
 西村さんがひとまず転院したのは、長男を産んだ総合病院の産婦人科。ただ、この総合病院に小児科はありましたが、NICU(新生児集中治療室)がありませんでした。おそらく先天性風疹症候群で生まれてくる赤ちゃんにどんな処置が必要になるのかわからないため、転院してすぐに、西村さんはNICUのある病院での出産をすすめられました。そして、病院間の話し合いで、妊婦健診は総合病院で行い、出産はこども病院でするということになったそうです。 「総合病院には妊娠29週まで通院しました。その総合病院では、赤ちゃんは小さいけれど、小さいなりに成長しているから大丈夫と言われ、少しホッとしていたんですね。でも、こども病院に転院してエコーで詳しく診てもらったら、赤ちゃんがすごく小さくて、発育不良があるだけでも心配だから入院して様子を見ましょう、と言われ、即入院になりました。 とはいえ、経過観察なのでとくに何か治療や検査をするわけでもなかったため、妊娠33週ごろ、1度退院しますか? という話もあったんです。でも、どういう状態で生まれてくるかわからないとずっと言われていたので、私としては、退院してもし急に生まれてしまったら…と、怖いことしか考えられませんでした。なので、申し訳ないけれどもう少し入院させてくださいとお願いし、入院を継続することになったんですが…。 その約1週間後に、胎動がなくなってしまったんです。その日の午前中に、NST(ノンストレステスト)の機械で診ているときに動いている様子がない。赤ちゃんが寝ているだけかもしれないからとそのときは様子見になったのですが、午後にも胎動がなくて。大きな音を出しても、エコー検査で見ても動いている様子がなかったんです。 いくつか検査をしたあと、先生に『赤ちゃんは貧血などでしんどい状態になっている可能性があります。赤ちゃんの体は小さいけれど、臓器としては出来上がっているので、外に出しても生きていける。外に出てから治療してあげたほうがいいと思う』と言われ、緊急帝王切開で出産することになりました。それを聞いて、あのとき退院しないで本当によかったと思いました」(西村さん) 
 こうして2012年秋、西村さんは出産予定日よりも約1カ月半早く出産しました。体重1500gの小さな赤ちゃんは、葉七(はな)ちゃんと名づけられ、検査の結果「先天性風疹症候群」と診断されるのです。
 妊娠初期に風疹に感染し、不安な妊娠生活を送った西村さん。感染経路ははっきりとはわかっていないそうです。ただ、予防接種をしていた長男は風疹にかからなかったものの、夫婦がほぼ同時に感染し、お互いの職場にも周囲にも風疹に感染した人はいなかったため、外出したときにどこかで感染したと考えられるそうです。大切な命を宿している女性に、知らないうちに感染させてしまう恐れがあると考えると、とても怖いことです。 後編では、先天性風疹症候群と診断された葉七ちゃんのその後や、風疹をなくすために西村さんが行っている活動などについて聞きます。 ・・・


▢ 「元気に生まれてくるはずだったのに、私のせいで娘に障害が…」後悔は一生消えない【後編】
2025/02/02:たまひよONLINE)より一部抜粋(下線は私が引きました);
・・・
▶ 生まれた娘は1500g。「先天性風疹症候群」と診断されて…
 妊娠初期に風疹に感染し、妊娠34週に緊急帝王切開で出産した西村さん。妊娠12週までの妊娠初期に風疹ウイルスに感染すると、おなかの赤ちゃんは胎内で風疹ウイルスに感染し、目、耳、心臓の障害や、体・心の発達に遅れが出る「先天性風疹症候群(せんてんせいふうしんしょうこうぐん)」という病気になる可能性が高くなります。西村さんの場合、風疹にかかったのは妊娠7週。赤ちゃんが「先天性風疹症候群」になる可能性が高い時期の感染でした。
 「生まれた長女・葉七(はな)は出生体重が1500gと小さく、すぐにNICUへ。そして検査の結果、右目の角膜がにごっていて白内障の疑いがあり、さらに出生後は閉じるはずの動脈管が閉じない動脈管開存症(どうみゃくかんかいぞんしょう)があり、先天性風疹症候群と診断されました。医師からは、成長するにつれて、耳にも障害が出る可能性もあると言われました。
 本当だったら元気に生まれてくるはずだったのに、私が予防接種をしていなかったために、娘に障害を持たせてしまったと思うと娘に申し訳なかったですし、私自身もつらかったです。後悔は一生続くと思います」(西村さん)
 退院後は、定期的にこども病院で診察を受けてはいたものの、葉七ちゃんはすくすくと成長。みんなに見守られながら育ち、今はもう12歳。小学6年生になり、まもなく小学校卒業を迎えます。
 「心臓の動脈管開存症は、経過観察をしていましたが、赤ちゃんのうちにふさがりました。耳は6歳まで病院の診察でフォローしてもらっていましたが、おかげさまで難聴の可能性はなくなりました。
 白内障の疑いがあった右目ですが、経過観察の結果、白内障も緑内障もありませんでした。でも乱視がひどく、弱視で、斜視があり、小さいころはアイパッチをつけて過ごしていたこともあります。今でも眼鏡をかけていて、経過観察をしていましたが、今年病院での診察フォローも終了しました。
 ただ、出生後、脳室が拡大していて、一部石灰化をしていました。1歳までにそれもなくなったのですが、脳室拡大の影響はあって、軽度の発達障害・学習障害があり、小学校は支援学級に通っています。
 会話をする分には問題ないのですが、感情のコントロールがうまくできないことがあるので、人間関係が難しいですね。学習面については、小学校6年生ですが、今ようやくかけ算やわり算を頑張っているところ。時計を読むのはなかなか難しいようです。
 発達障害について大変なところはありますが、最近は普通の子育てになってきたなぁと感じることもありますね。理解のある人たちに囲まれて、とてもかわいがってもらえて、できないことがあってもフォローのための対策を考えてくれたりして、前向きないい環境で過ごさせてもらっています。
 葉七は現在、保育園と連携のあるデイサービスに通っているんですが、そこでの園児さんたちとの交流も刺激になっているようです。葉七は絵を描くのが大好きなので、今年度は全員の顔を描く!と張りきっていて、描いた絵は園児さんや保育士さんはもちろん、親御さんにも見てもらえているそうです。
 これからも大変なことや困難はあるかもしれないけれど、自分でやりたいことを、自分の手で見つけてほしいなと思いますね」(西村さん)

▶ 「あの人みたいになりたくない」そう思われてもいいから風疹をなくしたい
 現在、西村さんは保育士として働きながら、「風疹をなくそうの会『hand in hand』」で共同代表を務めています。この会の主旨は、風疹になった女性や家族への情報提供や、お子さんの交流の場の提供、そして、風疹をなくすために国や自治体、企業などへ風疹対策の提言を行う活動。その活動のきっかけはどんなことだったのでしょうか。
 「2012年の風疹がはやり始めていたころに、NHKの記者の方がこども病院に取材の申し入れをしてくださいました。先天性風疹症候群の赤ちゃんが生まれたことについて話を聞きたいと。断ってもいいけどどうする?っていう話を主治医の先生からもらったんです。
 そのころ、私も先天性風疹症候群についてもっと知ってもらいたいと思って、妊娠中に風疹に感染した体験をブログに書いていたんですが、全然閲覧数が伸びなくて。どうすれば自分の経験をいろんな人に聞いてもらえるだろうと思っていたので、その取材を受けました。それを見た現共同代表の可児さんから連絡をもらったのが、この活動を始めたきっかけです」(西村さん)
 時期的に、風疹が流行していて、先天性風疹症候群の赤ちゃんもどんどん生まれていました。なんとか風疹の流行を止めたいと、当事者同士がつながって始まった活動は、医師も協力して緊急会議を開いたり、厚生労働省に要望書を出したりと、広まっていきました。
 「ワクチンを打っても抗体がつかない女性もいる中でどうやって女性を守っていけばいいんだろうと考えたとき、子どものころに風疹のワクチンを打っていない世代(昭和37年4月~54年3月生まれの男性)がかかることで、風疹が流行してしまうというところにたどり着きました。
 その世代にどうやって予防接種を受けてもらうかがカギだったので、厚生労働省に話をしに行ったり、対策会議にも参加させてもらったりしてできたのが、昭和37年4月2日〜昭和54年4月1日生まれの男性を対象にした、無料の追加接種クーポンです。
 ただ、わざわざそのために医療機関へ行くのは面倒ということもあってかクーポンの利用率は約3割(2024年5月時点)と低く、そのうえ並行してコロナがはやったり、ワクチンの不備があったりで、風疹ワクチンが品薄になってしまい、子どもの定期接種を優先させる関係で、打ちたくても打てない人も出てきたりしている状態で、接種率はなかなか上がっていません
 まもなく、このクーポン配布は終わり、無料で抗体検査などができる期間も終了してしまうのですが、このまま終わってしまったら、この日本から風疹をなくすことにはつながらないので、国にはぜひ次の策を考えてほしいと思っています。今後、万博などもあり、海外からたくさんの人が日本に来ますしね。
 私もそうでしたが、危険性はわかっていても、まさか自分が風疹にかかるとは思っていなくて、どこか他人事なんですよね。自分が妊娠するわけでもない独身の男性なら、なおさらだと思います。そんな他人事の人にとって、抗体価を調べるために病院を予約して、低かったらまた別の日に予約してワクチンを打ってという現在のクーポンのシステムは、私が考えても面倒くさいなって思うんですよね。
 だから、この手間をどうやって省くかが重要だと思うんです。以前、Jリーグの会場で、特設ブースを開設してもらって無料で風疹の抗体価を調べるイベントを行ったりしたこともありましたし、企業の健康診断の項目の中に入れてもらうとか、企業内接種を実施してもらうとかをお願いしたこともありました。ただ、大企業ではやってくださった会社もあるんですが、小さいところだとなかなかできないですよね。
 どうにか手間をなくして、クーポンがなくても抗体価を調べたり、予防接種を受けたりできるしくみがあったらなと思っています」(西村さん)
 風疹はワクチン接種で予防できる病気です。みんなが風疹の予防接種を打っていれば、風疹の流行を抑えられるし、悲しい思いをする女性や子どもも少なくなります。西村さんのように、せっかく宿った命に対して中絶をすすめられることもなくなるでしょう。
 「私がこの活動を始めたいちばんのきっかけは、私が失敗してしまった経験を知ってほしい、私みたいになってほしくないっていう思いからでした。私が予防接種をしてなかったから、子どもに迷惑をかけてしまったんです。ぜひ私の失敗を知ってもらって『あの人みたいになりたくないよね』と思ってほしい。そして、じゃあどうしたらいいかを考えてほしいんです。
 ただ、私が葉七を出産したことは『失敗』ではありませんし、後悔したことは1度もありません。でも、妊娠中に風疹にかかってしまったら、もしかしたら私のようにつらい選択を迫られることがあるかもしれません。だからと言って、すぐに赤ちゃんをあきらめることはないとも思って欲しいんです。おなかの赤ちゃんの様子をしっかり診てもらったり、先天性風疹症候群で生まれてきたけれど楽しく過ごせている子もいるということを知ってもらったりしたうえで、妊娠を継続するかどうかの選択をしてほしいと思っています。
 そのためにも私の経験をまずは知ってほしいし、この記事を読んでくださった方にも、ぜひまわりの人に話をしてほしいです。そして、自分が予防接種を打っていない世代に該当していたり、身近な人が該当していたりしたら、ぜひ抗体検査をしてみてほしいし、ワクチンを打ってほしいです。ワクチン1本で風疹から小さな命を守ることができるので、1歩踏み出して、行動してもらえたらなと思います」(西村さん)

★ 風疹のワクチンが含まれているMRワクチンは、2回接種すると効果的と言われます。定期接種の1回目は1歳代、2回目は5歳以上小学校入学前。公費で受けることのできるこの2回の接種は必ず打つこと、そして抗体を持っているかどうかがわからない場合は検査を受ける、妊娠中に抗体価が低いことが判明したら産後入院中に風疹の予防接種を受ける――。私たち1人1人が確実にこなすことが、未来の小さな命を守ることになるのだと強く感じました。

<参考>
■ 風疹をなくそうの会『hand in hand』のWEBサイト 
■ 風疹をなくそうの会『hand in hand』のInstagram  
■ 参考文献 先天性風疹症候群に関するQ&A (2013年9月)(国立感染研究所)


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お腹の赤ちゃんの健康に影響するリンゴ病(伝染性紅斑)

2025年02月09日 15時50分53秒 | 感染症
リンゴ病(伝染性紅斑)、小児科医は常にマークしている病気ですが、
ニュースになるほど話題になるのは珍しい。

子どもはほっぺがリンゴのように真っ赤になるで済む軽い感染症と考えられがちです。
問題はその周囲の妊婦さんが感染した場合。
お腹の赤ちゃんに影響が出るのです。

感染すると胎児に影響が出る感染症では風疹が有名ですね。
しかし他にもあり、リンゴ病も無視できません。

胎児に感染して赤血球が壊れる「溶血発作」が生じると重度の貧血になり、
身体全体がむくんでしまう「胎児水腫」という危険な状態に陥ることがあります。

なので小児科医はリンゴ病を診察すると必ず、
「周囲に妊婦さんはいますか?お母さんは大丈夫ですか?」
と確認するクセがついています。

もっとも、「流行」状態ではどこでもらうか分からないので、
常に注意しておく必要があるかもしれません。
やっかいなのは、実際に大人が罹っても半分は典型的な症状(ほっぺが紅くなる)が出ない、無症状のこともある、という事実です。

リンゴ病を扱った記事が目に留まりましたので紹介します。

<ポイント>
・ヒトパルボウイルスB19を原因とする感染症。リンゴ病の原因がパルボウイルスB19であることが提唱されたのは1983年、4~5年周期で流行することが観察されている。
・子どもも大人も基本的には自然に軽快し、胎児以外は重症になりづらいため、残念ながらワクチン開発やそれ以外の予防法、胎児が感染していた際の治療法の確立も進んでいない。
・感染経路は接触感染と飛沫感染(感染した人の唾液、痰、鼻水の中に出て、人から人へとうつる)。家庭内で感染者と接触した人の約50%が感染し、学校の流行では感染者と同じクラスの生徒の10~60%が感染する。
・子どもの症状:10~20日の潜伏期間の後、両頬に赤い発疹(紅斑)、体や手・足に網目状の発疹が見られ、1週間ほどで消える。発疹が現れる7~10日前に微熱や風邪のような症状がみられることがあり、この時期にウイルス排出がもっとも多くなる。頬部発赤が出る頃はすでにウイルス排泄は低下して感染力を失っており、厚生労働省の『保育所における感染症対策ガイドライン』では保育園の出席停止は求められていない。
・感染対策は、感染者の咳やくしゃみを吸い込まないようにマスクをすること、感染者と食器などを共有しないこと、子どもにキスをしないこと、よく手を洗うことやこまめにうがいをすることが感染予防になる。
・子どもがかかっても重症になることは少ないが、妊婦が感染すると胎児の流産・死産の原因になり得る。
・報告によると、妊娠中にリンゴ病にかかり、胎児に感染した女性のうち約7割が流産、死産していた。感染した妊婦のうち約半数には、リンゴ病の症状が出ていなかった。
・感染した妊婦のうち6%で胎児が亡くなったり、4%で胎児の胸や腹に水が溜まったり、全身にむくみが出たりする『胎児水腫』が起きたりする、という報告がある。
・妊娠初期の感染では、特に赤ちゃんへの影響のリスクが大きい。胎児死亡は20週以前の母体感染の10%に発生し、胎児水腫の多くは2~6週に出現するが、妊娠28週以降の母体パルボウイルスB19感染による胎児死亡や胎児水腫の発生率は低い。
・日本人の妊婦の抗体(免疫)保有率は20~50%のため、半分以上の妊婦に感染の危険性がある。
・妊婦の感染は症状だけでは診断が難しい。妊婦がリンゴ病の人と接触した、かかった可能性がある場合は、接触の有無や職業などの問診に加えて、血液中のIgG抗体、IgM抗体を測定すべきであっる。妊婦のIgM抗体が陽性であれば、週1回程度、エコーなどで胎児の状態を調べ、異常があればより専門的な医療機関で、胎児輸血などの高度な治療が考慮される。


▢ 本当は怖いリンゴ病 ワクチンないのに胎児に影響、流産・死産の原因
朽木誠一郎:朝日新聞デジタル企画報道部
2024/10/15:withnews)より一部抜粋(下線は私が引きました);

▶ 妊婦の感染で流産・死産が増加
 小さい子どもによく見られる、両頬の赤い発疹を特徴とする病気、リンゴ病。医学的には伝染性紅斑と呼ばれます。小さな子どもがかかっても重症になることは少ないとされますが、妊婦が感染すると流産・死産の原因になります。
 元神戸大学医学部産科婦人科学分野教授の医師の山田秀人さんに話を聞きました。山田さんは2013年に発表された厚生労働省のリンゴ病など母子感染の全国調査で主任研究長を務め、現在は手稲渓仁会病院・不育症センター長を務めています。
 リンゴ病は、ヒトパルボウイルスB19を原因とする感染症です。子どもがかかると、10~20日の潜伏期間の後、両頬に赤い発疹(紅斑)、体や手・足に網目状の発疹が見られ、1週間ほどで消えます。発疹が淡く、他の病気との区別が難しいこともあります。
 発疹が現れる7~10日前に微熱や風邪のような症状がみられることがあり、この時期にウイルス排出がもっとも多くなります
 大人がかかった場合、約半数は症状が出ませんが、子どもと同様の発疹や、手や腕、膝の関節の腫れ・痛みが出る場合もあります。
 重症になることの少ない病気ですが、妊娠中にパルボウイルスB19に感染した場合は注意が必要です。
 2013年に発表(2011、2012年に実施)された調査では、妊婦健診を実施する全国1990施設からの回答を分析し、妊娠中にリンゴ病にかかり、胎児に感染した女性が69人確認されました。そのうち約7割の49人が赤ちゃんを流産、死産していたことがわかりました。感染した妊婦のうち約半数には、リンゴ病の症状が出ていなかったこともわかりました。
 山田さんは、感染した妊婦のうち「6%で胎児が亡くなったり、4%で胎児の胸や腹に水が溜まったり、全身にむくみが出たりする『胎児水腫』が起きたりするという報告がある」と話します。
 妊娠初期の感染では、特に赤ちゃんへの影響のリスクが大きいことがわかっています。
 胎児死亡は20週以前の母体感染の10%に発生し、胎児水腫の多くは2~6週に出現すること、妊娠28週以降の母体パルボウイルスB19感染による胎児死亡や胎児水腫の発生率は低いことから、妊娠後の早い時期の母体の感染に注意が必要です。
 山田さんは「リンゴ病は他の病気と比べて、流産・死産の原因になることがあまり知られていない」と指摘します。 

▶ 予防は基本的な感染対策のみ
 子どもの頃にリンゴ病にかかっていて免疫があれば、妊婦も感染しづらいといいます。一方で、山田さんは「日本人の妊婦の抗体(免疫)保有率は20~50%」といいます。つまり、半数以上の妊婦がウイルスに感染する可能性があることになります。
 パルボウイルスB19の感染経路は、感染した人の唾液、痰、鼻水の中に出て、人から人へとうつる、接触感染と飛沫感染です。両頬に赤い発疹が出て、リンゴ病とわかる症状が見られる前から、ウイルスを排出していることがポイントです。
 家庭内で感染者と接触した人の約50%が感染し、学校の流行では感染者と同じクラスの生徒の10~60%が感染するとされます。家庭内にリンゴ病の子どもがいる場合だけでなく、地域でリンゴ病が流行している場合や、子どもと接することが多い職業では、特に注意が必要です。
 一方で、ワクチンは開発されておらず、母体から胎児への感染を防ぐ方法も確立されていません
 山田さんは「感染者の咳やくしゃみを吸い込まないようにマスクをすること、感染者と食器などを共有しないこと、子どもにキスをしないこと、よく手を洗うことやこまめにうがいをすることが感染予防になる」と説明します。
 妊婦がリンゴ病の人と接触した、かかった可能性がある場合は、症状だけでの診断が難しいため、接触の有無や職業などの問診に加えて、血液中のIgG抗体、IgM抗体を測定します。
 一般的に、 ウイルス接触後、数日から1週間でウイルス血症(他人に感染する時期)となり、約10日目よりIgM抗体が検出され始め、数日後にIgG抗体が上昇します。IgM抗体は感染直後には見られず、数週間で消失。IgG抗体はウイルスにもよりますが、長期間、体内に残ります。
 妊婦のパルボウイルスB19感染では、IgG抗体が高ければ母体に免疫がある状態、IgM抗体が陽性なら最近になって初めて感染した可能性があるため、胎児へのリスクがあります。妊婦はIgM抗体の検査は保険適用、IgG抗体の検査やウイルスを調べるPCR検査は自費の扱いになります。
 妊婦のIgM抗体が陽性であれば、週1回程度、エコーなどで胎児の状態を調べ、異常があればより専門的な医療機関で、胎児輸血などの高度な治療が施されることもあります。 

▶ 4~5年周期で、5年前に流行
 リンゴ病は4~5年周期で流行することがわかっています。近年は2007年、2011年、2015年、2019年に流行しました。季節としては春から夏にかけて流行する傾向がありますが、2015年、2019年の流行では、前年の秋頃から流行が始まり、翌年に全国的な流行につながったということでした。・・・
 リンゴ病の原因がパルボウイルスB19であることが提唱されたのは1983年と、比較的、最近のこと。さらに、子どもも大人も基本的には自然に軽快し、胎児以外は重症になりづらいことで、ワクチン開発やそれ以外の予防法、胎児が感染していた際の治療法の確立も進んでいない、と問題点を指摘します。・・・
 「本来であれば、妊娠がわかったときや妊娠を希望する時点で、パルボウイルスB19の免疫の有無をIgG抗体の測定で測定するべきですが、保険適用になっているのは感染のおそれがある場合のIgM抗体の測定のみです。・・・

次は、実際に流行した保育園の現場に関わった記者家族のリアルな経験談です。
ワクチンも治療法もない現在、共働き夫婦にとって「流行中は自宅保育を」というのが悩ましい。

<ポイント>
・リンゴ病が流行している保育園からは注意喚起とともに「妊婦さんが家にいる場合、流行中は上の子の自宅保育を」と勧められた。


▢ 終わり見えない「自宅保育」勧められ…妊娠中に保育園でリンゴ病流行
朽木誠一郎:朝日新聞デジタル企画報道部
2024/10/16:withnews)より一部抜粋(下線は私が引きました);

▶ 保育園でリンゴ病が発生し…
 両頬が赤くなるリンゴ病(伝染性紅斑)。ヒトパルボウイルスB19が原因で、4~5年周期で流行し、最後の全国的な流行は2019年。今年9月には、神奈川県川崎市が6年ぶりとなる流行発生警報を発令し、医師も「手洗い・うがい、感染者との接触をなくす」といった感染対策への注意を呼びかけています。
 そんなリンゴ病が、今夏、2歳の我が子の通う保育園でも局所的に流行していました。リンゴ病は子どもでは自然によくなることが多い病気であり、厚生労働省の『保育所における感染症対策ガイドライン』でも、保育園の出席停止は求められていません
 しかし、我が家にとって深刻な問題だったのは、「妊婦がリンゴ病に感染すると流産・死産の原因になる」ということでした。
 妻は妊娠中で、その頃は安定期(一般的に16週から)に入る前でした。妻が流行を知ったのは、上の子を迎えに保育園を訪れ、掲示板に「【妊婦さんは注意】リンゴ病が発生しています」と書かれているのを見かけたときのことだそうです。
 医療従事者である妻ですが、仕事で担当する分野は産婦人科ではないため、妊婦のリンゴ病感染のリスクは「学生時代に習ったような、習っていないような」というくらい。あらためて調べ直して、母体を経由して胎児が感染した場合のリスクに驚いたと言います。
 妊婦が子どもの頃にリンゴ病に感染して免疫(抗体)があれば、そもそも感染しないので、胎児への感染もありません。しかし、日本の成人の抗体保有率は20~50%といわれています。
 妻にはかかった記憶がなく、すぐに母に連絡。しかし、きょうだいの看病をしたエピソードは覚えていたものの、妻が感染したかどうかは覚えていなかったそう。
 ただでさえ精神的に不安定になりやすい妊娠中のこと。妻は「もしお腹の子に何かあったらどうしよう」「子どものころにかかっておけばよかった」と自分を責める気持ちになったと、後で打ち明けてくれました。
 妻から報告を聞き、まず専門家に話を聞こうと、妊婦検診を受けている、かかりつけの病院の産婦人科に電話。担当の看護師さんが親身に相談に乗ってくれて、妻の抗体を調べることになりました。
 IgM抗体では最近の感染の有無が、IgG抗体では過去の感染の有無(現在の免疫の有無)がわかります。
  
▶ 終わりの見えない自宅保育
 悩ましかったのは、抗体の検査をして、結果が出るまでの約1週間、リンゴ病が流行している保育園に子どもを通わせるかどうかでした。
 リンゴ病は、頬が赤くなる前がもっとも他の人への感染力が高く、頬が赤くなる=リンゴ病が疑われるころには、感染力を失っていることがわかっています。潜伏期間が10~20日と長いのも特徴的です。
 つまり、保育園でがっつり他の子と接触している上の子は、「すでにリンゴ病に感染していて発症する前の状態」「症状が出ないが感染している状態」「まだ感染していない状態」のいずれかの可能性がありました。
 リンゴ病に特別な予防法や治療法はないので、妻に抗体があるか判明するまで、できることは「感染者と妊婦(妻)の接触を減らすこと」「妻がよく手を洗う、うがいする、マスクをすること」しかありません。
 もちろん、上の子の体調が悪ければ保育園を休ませますが、その時点で大変に元気だったので、どこまで大事を取って休ませるか、というのは微妙な問題でした。上の子の健康が最優先ですが、自宅保育の場合、夫婦のどちらかが急に仕事を休むことになるのは、現実的には頭の痛いことです。
 医学的には、学校の流行では感染者と同じクラスの生徒の10~60%が感染するとされます。感染しても症状が出ない状態は、小さな子どもでは1~2割とされます。こうした数字だけみても、上の子はもうかかっているかもしれないし、かかっていないかもしれないとしか言えません。
 そうなると、「大事を取って……」という方針になりがちです。保育園からも、注意喚起とともに「妊婦さんが家にいる場合、流行中は上の子の自宅保育を」と勧められました
 しかし、その場合はいつまで自宅保育にすればいいのか「終わりが見えない」という問題もあります。もし、検査で妻に免疫がないことがわかれば、保育園で流行している間は、ずっと自宅保育が望ましい、ということになるからです。
 結局、ひとまず抗体検査の結果が出るまで自宅保育にし、結果と上の子がその時点で症状が出ているかどうかを踏まえて、あらためてその後の方針を決定することになりました。
 先行きが不透明なまま、夫婦交代で仕事を休み、いたって元気な上の子を自宅保育するというのは、親側の精神的負担も大きい期間でした。
  
▶ 感染妊婦の6%に胎児死亡
 検査結果は、幸いなことに、IgM陰性、IgG陽性。過去にパルボウイルスB19に感染しており、現在は感染していないであろうことがわかりました。症状が出なかった上の子の登園も再開させ、安心して仕事に復帰できました。妻とは「とにかくホッとしたね」と言い合いました。
 感染が疑われる妊婦に対しては、IgM抗体の検査のみ保険適用で、IgG抗体の検査は自費になります。かかった金額は3000~4000円でした。
 妻は「こういう思いをしないように、妊娠時の検査にリンゴ病の免疫の有無がわかるものを入れておいてほしかった」「片方が保険適用で、片方が自費というのもわかりにくい」とぼやいていました。
 妊婦のリンゴ病感染に詳しい元神戸大学医学部産科婦人科学分野教授で医師の山田秀人さんに話を聞きました。・・・
 大人になってからかかると重症化することが多い病気は、「小さいころにかかっておいた方がいい」と言われることがあります。リンゴ病について、山田さんは子どももまれに重症化することもあるため、「かかっておいた方がいい」とは言えないとします。・・・
 「感染者の咳やくしゃみを吸い込まないようにマスクをすること、感染者と食器などを共有しないこと、子どもにキスをしないこと、よく手を洗うことやこまめにうがいをすることが感染予防になります
 山田さんによると、リンゴ病は「初感染妊婦のうち6%が胎児死亡になり、4%に胎児水腫(胎児の胸や腹に水が溜まったり、全身に浮腫を来たす重い病気)が起きるという報告」があるとのこと。「リンゴ病は他の病気と比べて、流産・死産の原因になることがあまり知られていない」と警戒を呼びかけます。・・・
 リンゴ病という病名自体は、聞いたことがある人も多いであろう、ありふれたものです。しかし、立場が変わるとそのリスクも大きく変わるというのは、社会の中で違う立場の人を思いやる上でも、ハッとする経験でした。

同じ記事シリーズの最後は、リンゴ病に感染した妊婦・胎児の調査を担当した医師のインタビューです。
胎内感染で胎児に障害が発生する感染症はTORCH症候群として医療者には有名ですが、
そこにリンゴ病は入っていませんので、今後は変化する可能性が示唆されています。

<ポイント>
・お母さんから胎児が感染することで、奇形や重篤な障害などを引き起こす感染症の総称であるTORCH(トーチ)症候群(T:トキソプラズマ、O:その他、R:風疹、C:サイトメガロウイルス、H:単純ヘルペス)がある。
・TORCHの「O(その他)」としてはB型肝炎ウイルス、コクサッキーウイルス、EBウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、梅毒などが挙がるが、ヒトパルボウイルスB19が挙がることはまれ。
・日本で1年間に出生する先天性感染のうち、パルボウイルスB19は通常10、流行年なら100で、後者の場合はTのトキソプラズマ(100~200)、Hの単純ヘルペス(100)と同等で、Rの風疹(0~5)、梅毒(20~50)よりも多い。
・“リンゴ病”という名前のイメージとは裏腹に、初めて感染した妊婦のうち6%に胎児死亡が、4%に胎児水腫が起きるだから、甘く見てはいけない病気。日本人の妊婦の抗体(免疫)保有率は20~50%とされ、半数以上の妊婦がウイルスに感染する可能性がある。
・パルボウイルスB19は、予防のためのワクチンがなく、スクリーニング検査もできず、自然に症状が軽快するのを待つしかないため母体治療を施すことや帝王切開分娩などで感染経路を避けることもできず、胎児の治療も難しい。
・リンゴ病は、おなかの中の赤ちゃん以外は重症になりづらい、という特徴がある。これが予防対策が進まない一因でもある。
・妊娠前に女性が免疫(抗体)の有無を把握しておくことが大事。抗体があれば、流行したとしても、ある程度は安心してお母さん自身や、上の子がいる場合はそのお子さんが生活することができる。抗体がなければ、地域や上の子を通わせる保育施設でリンゴ病が発生したときに、自宅保育をするといった対策を自ら取ることもできる。中長期的な免疫の有無がわかるのはIgG抗体の検査ですが、これは保険適用外、自費の検査。

ここにこの感染症対策の肝が示されています。
「妊婦のパルボウイルスB19の抗体価(IgGとIgM)をスクリーニング検査し、その結果を以下のように評価;
 IgG陰性+IgM陰性 → 未感染であり、今後感染の危険あり
 IgG陰性+IgM陽性 → 今まさに感染中
 IgG陽性+IgM陰性 → 既感染あり、今後の危険なし
 IgG陽性+IgM陽性 → 最近感染あり、胎児感染の可能性あり
上記結果に応じて感染対策を練ることが必要。
なお、こちらによるとウイルス接触後数日から1週でウイルス血症(他人に感染する時期) となり、約10日目よりIgM抗体が検出され、数日遅れてIgGが上昇します。


▢ 胎児の命にかかわるリンゴ病 対策がこの10年〝停滞〟していた理由
朽木誠一郎:朝日新聞デジタル企画報道部
2024/10/17:withnews)より一部抜粋(下線は私が引きました);

▶ 感染数は多いのに知られていない
――厚生労働省研究班の主任研究長として、国内で初となる妊婦を対象にしたリンゴ病(ヒトパルボウイルスB19感染症・伝染性紅斑<こうはん>)など母子感染についての大規模調査を実施し、2013年に発表しました。どんな調査でしたか?

山田さん:リンゴ病の流行があった2011年を対象とした全国調査を、2011~12年にかけて実施しました。全国2714の妊婦健診施設をアンケート方式で調査し、1990施設より回答が得られました(回収率74%)。回答施設での分娩数は合計78万8673で、2011年の総分娩数の75%を占めました。
 先天性感染数(母体内で胎児に感染すること)は、パルボウイルスB19感染がもっとも多く、69人。サイトメガロウイルス34人、新生児ヘルペス8人、梅毒5人、風疹4人、トキソプラズマ1人でした。ただし、この結果では、風疹以外はそれぞれ予想される先天性感染数より診断症例が少なくなっています。
 理由として、予防のための対策や検査・診断法がまだ普及していないため出生時に見逃されている、それぞれの病気とカウントされていない流産・死産も多かったと推察しています。
 パルボウイルスB19については、69人のうち35人が流産、14人が死産、3人が中絶で、残り17人が出産(正常分娩)でした。そのため、約7割の49人が流産・死産を経験していることになります。
 34人(49%)が母体にリンゴ病の症状がない不顕性感染で、37人(54%)は家族(うち94%は子ども)に症状がありました。また、58人(84%)に上の子どもがいたこともわかりました。

――お母さんから胎児が感染することで、奇形や重篤な障害などを引き起こす感染症の総称であるTORCH(トーチ)症候群(T:トキソプラズマ、O:その他、R:風疹、C:サイトメガロウイルス、H:単純ヘルペス)がありますが、山田さんはここに、パルボウイルスB19を含めることを提唱されていますね。

 調査結果からもわかるように、他の病気と比較しても、パルボウイルスB19の先天性感染は少なくありません。ですが、TORCHの「O(その他)」としてはB型肝炎ウイルス、コクサッキーウイルス、EBウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、梅毒などが挙がることがほとんどで、ヒトパルボウイルスB19が挙がることはまれです。
 日本で1年間に出生する先天性感染のうち、パルボウイルスB19は通常10、流行年なら100で、後者の場合はTのトキソプラズマ(100~200)、Hの単純ヘルペス(100)と同等で、Rの風疹(0~5)、梅毒(20~50)よりも多くなっています。
 リンゴ病の原因ウイルスであるパルボウイルスB19が流産・死産の原因になることが妊婦に広く知られていないだけでなく、医療者でもそのリスクをしっかり認識していない場合があるため、私は必ずTORCHとしてヒトパルボウイルスB19を紹介することにしています。 

▶ リンゴ病の対策が後手になる理由
――山田さんがパルボウイルスB19感染症についての啓発・教育に長らく携わっているのは、どうしてですか?

 私はもともと、胎児のウイルス感染で引き起こされる胎児水腫(胎児の胸や腹に水が溜まったり、全身に浮腫を来たす重い病気)の治療を専門分野の一つにしていました。
 このうち、特にパルボウイルスB19は、予防のためのワクチンがなく、スクリーニング検査もできず、自然に症状が軽快するのを待つしかないため母体治療を施すことや帝王切開分娩などで感染経路を避けることもできず、胎児の治療も難しい、という特徴があります。
 2021年に発表された妊婦の先天性母子感染の知識調査※1では、パルボウイルスB19について「妊娠中の感染が胎児に影響を及ぼす感染症として知っていた」という割合は約3割。過半数を占めた風疹やトキソプラズマよりも大幅に低く、これは2014年の同様の調査※2から大きな変化がありませんでした。

※1. Changes in awareness and knowledge concerning mother-to-child infections among Japanese pregnant women between 2012 and 2018
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7787470/
※2. Awareness of and knowledge about mother-to-child infections in Japanese pregnant women
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24588778/

 手を洗う、うがいをする、感染者との接触を減らすなどの感染対策をするという教育と啓発でしか、パルボウイルスB19の先天性感染を防げないため、その前提とするための日本での調査を、2011、12年で実施した、という経緯です。

――2013年に結果が発表された大規模調査以降、アップデートはあるのでしょうか。

 あまりないのが実情です。妊婦のパルボウイルスB19感染については、今もこの調査のデータが引用されることがほとんどでしょう。

――実際に妊婦が感染すると、胎児に深刻な影響を与えうるウイルスです。それにも関わらず、アップデートされていないのは、なぜなのでしょうか。

 “リンゴ病”という名前のイメージとは裏腹に、初めて感染した妊婦のうち6%に胎児死亡が、4%に胎児水腫が起きるのですから、甘く見てはいけない病気です。日本人の妊婦の抗体(免疫)保有率は20~50%とされ、半数以上の妊婦がウイルスに感染する可能性があります
 リンゴ病の原因がパルボウイルスB19であることが提唱されたのは1983年と、比較的、最近のことです。例えば風疹のように、長年の医学研究の積み重ねがある他のTORCHよりも、わかっていないことが多いのは事実でしょう。
 リンゴ病は、おなかの中の赤ちゃん以外は重症になりづらい、という特徴があります。自然に軽快するため、特異的な治療法はありません。直接的に命にかかわる感染症と異なり、ワクチンのような予防法を開発するためのインセンティブも、働きづらいと言えます。
 流行が4~5年ごと、というのも、後手に回る対応に拍車をかけています。大流行が起きても、次が何年も後だと、喉元を過ぎて熱さを忘れてしまうということはあるでしょう。 

▶ 他の病気は保険適用、なぜ自費?
――今後、どのような点を改善していくべきだと考えますか。

 ワクチンが開発されておらず、母体から胎児への感染を防ぐ方法も確立されていない以上、妊娠前に女性が免疫(抗体)の有無を把握しておくことが大事になります。抗体があれば、流行したとしても、ある程度は安心してお母さん自身や、上の子がいる場合はそのお子さんが生活することができるからです。
 抗体がなければ、地域や上の子を通わせる保育施設でリンゴ病が発生したときに、自宅保育をするといった対策を自ら取ることもできます
 しかし現在、保険適用になる抗体検査は、妊婦に感染のおそれがある場合の、パルボウイルスB19のIgM抗体の検査だけです。IgMは直近の感染の有無がわかりますが、感染した直後や、感染して時間が経ったときには検出されません。
 中長期的な免疫の有無がわかるのはIgG抗体の検査ですが、これは保険適用外、自費の検査になります。他のTORCHの病気など、感染症は一般的にIgG抗体の保険適用があるのに、パルボウイルスB19は対象ではないのです。・・・

――「妊婦が感染すると流産・死産の原因になる」ということが未だに知られていない現場については、どう変えていきますか。

 2015年から神戸大学医学部産科婦人科学教室で、パルボウイルスB19についてのパンフレットを作成し、配布しています。


 身近に妊婦さんがいる方や、妊娠を希望する方やそのパートナーの方に、ぜひ読んでいただきたいものです。
 基本的にすべての妊婦さんが受ける妊婦健診の場で、パルボウイルスB19についての説明が不十分であることも、問題の一つです。他のTORCHの危険性が知られているのは、やはりこの妊婦健診で情報に接するから、という理由も大きいと思われます。
 妊婦健診で保健指導に当たる医療者には、ぜひ、パルボウイルスB19についても啓発・教育をしていただき、医療全体として一丸となり、パルボウイルスB19の先天性感染を減らしたい、と願っています。

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「小児消化管感染症診療ガイドライン2024」登場!

2025年01月01日 09時35分43秒 | 感染症
感染性胃腸炎と単語は硬い印象がありますが、
いわゆる「嘔吐下痢症」「お腹の風邪「胃腸炎」のことです。

“感染性”という単語がついているように、原因となる病原体が存在します。
夏を中心に発生する細菌性と冬を中心に発生するウイルス性に大きく分けられます。

細菌性の特徴は、発熱・腹痛・下痢が激しいことが多く、時に血便が見られます。
ウイルス性の特徴は嘔吐・腹痛・下痢ですが、発熱はそれほど目立たず、便の色が薄く白っぽくなることがあります。
ただし、症状だけでは細菌性かウイルス性か、判断が難しいのが現実です。

治療に関しては、細菌性には抗菌薬(抗生物質)と常識的にはなるところですが、
感染性胃腸炎の場合はちょっと事情が異なります。
もともと腸の中にいる腸内細菌叢も抗菌薬の影響を受けるので、
抗菌薬で病原菌が減ったけど、
防御機能もある腸内細菌叢が乱れると病原菌が生き残って悪さする可能性があるからです。
そして腸内細菌叢の乱れは、回復に3ヶ月ほどかかるとされています。

なので、細菌性を疑った場合でも、重症感がなければ抗菌薬に飛びつかない、
使う場合はFOM(ホスホマイシン)、
というのが従来の方針でした。

一方、ウイルス性の場合は特効薬はないので、
脱水症に気をつけながら対症療法で回復待ち、
ということになります。

以上が今までの常識でしたが、
さて、ガイドラインにはどんなことが書かれているのでしょう。

▢ 「小児消化管感染症診療ガイドライン」が初登場、注目のポイントは?
〜国内事情踏まえ、整腸薬投与やホスホマイシン使用などは海外と異なる推奨
2024/12/25:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 2024年11月、「小児消化管感染症診療ガイドライン2024」が日本小児感染症学会と、日本小児消化管感染症・免疫アレルギー研究会より発表された。日本の子どもに多い消化管感染症を紹介して、その治療法についてそれぞれ推奨度を提示。疫学や診断などについても解説した国内初の指針となる。同ガイドラインの作成委員会委員長を務めた札幌医科大学医学部小児科学講座教授の津川毅氏に、注目すべきポイントを聞いた。

──今回初めて、「小児の消化管感染症」に特化したガイドラインが登場しました。作成の経緯を教えてください。

津川 現在、日本の小児感染症の診療現場では「小児呼吸器感染症診療ガイドライン2022」(日本小児感染症学会、日本小児呼吸器学会)が広く活用されていますが、ここでは消化管感染症については紹介されていません。2017年に日本小児感染症学会と日本小児消化管感染症研究会(現:日本小児消化管感染症・免疫アレルギー研究会)が新体制になったタイミングで、比較的頻度の高い小児の消化管感染症に特化したガイドラインを求める声が関係者から上がり、作成へと動き出しました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行で一時は作成作業が中断していたものの、ようやく今年発行することができました。

──本ガイドラインにはどのような特徴がありますか。

津川 本ガイドラインは大きく分けて2章で構成されており、第1章では小児消化管感染症の治療法に関する9つのクリニカルクエスチョン(CQ)とその推奨などを、非抗菌薬治療と抗菌薬治療に分けて提示しました。第2章は教科書的な内容とし、診断や各疾患の症状、疫学など35項目について解説しています。
 また、第1章は「Minds診療ガイドライン作成マニュアル2020 ver.3」に準拠しており、国際標準で定められた、科学的な根拠に基づいた系統的な手法によってシステマティックレビューを行っているのが特徴です。
・・・
 本ガイドラインでは、「この1冊で診療が完結すること」を目指しました。消化管分野で先んじて国内で発行されている「JAID/JSC感染症治療ガイドライン―腸管感染症―」(日本感染症学会・日本化学療法学会)は、抗菌薬治療に焦点が当てられています。また、「小児急性胃腸炎診療ガイドライン」(日本小児救急医学会)の治療に関する記載は、経口補水療法や食事療法などの非抗菌薬治療が中心でした。そのため本ガイドラインでは、この1冊で包括的に小児消化管感染症に対応できるよう心がけました。また、JAID/JSC感染症治療ガイド2023や米国感染症学会ガイドライン、Red Bookなどを参考にしながら、各薬剤の小児用量を可能な限り記載し、実際の臨床現場で役立つことを目指しました。

──第1章では、非抗菌薬治療のCQが4つ、抗菌薬治療のCQが5つ提示されています。CQの作成に関して意識した点はありますか。

津川 このガイドラインでは、海外と日本との現状を考慮した上で「日本の小児患者」に使えることを意識しました。例えば、「CQ1-3:小児の感染性胃腸炎に対して整腸薬投与は推奨されるか?」については、海外と日本で推奨が異なります
 欧米のガイドラインでは、小児の感染性胃腸炎に対する整腸薬の投与は推奨されていませんが、その根拠となっている大規模研究では、使用された整腸薬に含まれる菌種が日本で使用できない菌種も含まれていること、また、胃腸炎の背景が異なる可能性がある低所得国での研究も多く含まれていることなどから、これらの結果を直接日本に当てはめることは難しいと考えました。そこで、低および低中所得国を除き、日本国内で使用可能な菌種を含んだ整腸薬に限定して解析を行ったところ、下痢を1日程度早く改善する効果が認められました。整腸薬は安価で副作用も少ないため、本ガイドラインでは下痢の期間を短縮させる目的で、整腸薬の投与を提案しています。

──抗菌薬治療に対しては、主に適正使用の観点から解説されており、カンピロバクター腸炎や非チフス性サルモネラ属感染症など、特定の疾患が取り上げられています。これらの疾患はどのような基準で選ばれたのでしょうか。

津川 細菌性胃腸炎の中で、比較的頻度の高い疾患を選びました。日本における小児科診療では、主にカンピロバクター腸炎と非チフス性サルモネラ属感染症に出会う場面が多くあります。また、エルシニア感染症もこの2疾患に次いで報告が多いことから、今回、CQで取り上げることにしました。一方、Clostridioides difficile感染症(CDI)や腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症は、上記の3疾患よりは頻度が少ないものの、現場の医師が診療方針に悩むことが多い疾患です。
 例えば、「CQ2-4:2歳以上の小児において,初発Clostridioides difficile感染症患者を治療する場合の治療薬としてバンコマイシンは推奨されるか?」については、これまで日本の小児におけるCDIの治療指針がなかったため、今回取り上げました。C. difficileには非毒素産生株と毒素産生株が存在し、2歳未満ではC. diffficileの保菌率が元々高いことから、本ガイドラインでは対象を2歳以上の小児に限定しています。ここでは日本国内で小児に使用可能な薬剤に限定した解析を行った結果、治癒率、再発率などの有効性の観点から、初期治療薬としてバンコマイシン(経口投与)を使用することを提案しています。
 「CQ2-5:小児の腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症に抗菌薬は推奨されるか?」については、EHECによって生じる重症な合併症である溶血性尿毒症症候群(HUS)を予防する観点から、EHEC感染症に対する抗菌薬使用の是非が日本でもたびたび議論されてきました。日本では、欧米でEHEC感染症に対して使用されていないホスホマイシンFOM)が主に使用されていますが、FOMはHUSの発症リスクの低下を認めたという国内の報告がありました。今回抗菌薬ごとに行ったメタ解析の結果、HUS発症リスクが高いと判断した場合には、予防目的で経口FOMを投与することを提案しています
 なお、今回は3つのCQを例に挙げて簡単に説明しましたが、CQごとに背景やエビデンスの質のレベルがそれぞれ異なっています。そのため、薬剤投与については、本ガイドラインの推奨の記載全体を読んだ上で判断していただきたいと考えています。

──本ガイドラインを現場でどのように活用すればよいでしょうか。

津川 臨床現場で広く使っていただきたいので、気になったときにすぐに手に取れるように外来や病棟など身近なところに置いていただきたいです。本ガイドラインは主に小児科医に使っていただくことを想定していますが、例えば内科小児科医院の先生や、救急外来において小児の患者を診るときにも、入門的な内容と詳細な解説が織り交ぜられているので使ってもらいやすいのではないかと思います。
 なお、本ガイドラインは5年前後で改訂を検討する予定です。今回は初版ということもありCQは治療に限定した内容となりましたが、今後は、治療以外の部分も必要に応じて盛り込みたいと考えています。

<参考>
「小児消化管感染症診療ガイドライン2024」におけるCQ
■非抗菌薬
CQ1-1:小児の感染性胃腸炎による脱水症の治療に経口補水療法は初期治療として推奨されるか?
CQ1-2:小児の感染性胃腸炎による脱水症に対して,推奨される是正輸液療法の輸液組成は何か?
CQ1-3:小児の感染性胃腸炎に対して整腸薬投与は推奨されるか?
CQ1-4:小児の感染性胃腸炎に対して制吐薬投与は推奨されるか?
■抗菌薬
CQ2-1:小児のカンピロバクター腸炎に抗菌薬は推奨されるか?
CQ2-2:小児の非チフス性サルモネラ属感染症の重症化予防および罹病期間短縮・神経学的合併症の予防を目的とした抗菌薬投与は推奨されるか?
CQ2-3:小児のエルシニア感染症に抗菌薬は推奨されるか?
CQ2-4:2歳以上の小児において,初発Clostridioides difficile感染症患者を治療する場合の治療薬としてバンコマイシンは推奨されるか?
CQ2-5:小児の腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症に抗菌薬は推奨されるか?

・・・ウ〜ン、私の知識の範囲とあまり変わりが無いかな・・・。諸外国では整腸剤やFOMは使われていないようですね。でも日本の事情で今後も使ってよいことになりそう。

紹介した記事では触れていませんが、嘔吐下痢の際に腸の動きを止める薬(例:ロペラミド)は使っていけないことになっています。
毒素産生タイプの細菌性腸炎では、毒素を体外に出すために下痢しているのですが、腸の動きを止めて下痢を止める薬はそれを邪魔してしまい、重症化につながると考えられているからです。

しかし整腸剤ではいつまで経っても下痢が治まらないことが度々あります。
私は西洋医学の薬では治まらない強い腹痛・下痢に対して漢方薬を提案しています。
飲めると効きます。

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2023年秋、中国で流行した“謎の肺炎”はマイコプラズマだった…

2024年08月24日 06時45分01秒 | 感染症
…ことを思い出しました。
初めてこのニュースを聞いたときに、
「コロナとは別のパンデミックか?」
と驚きましたが、記事を読んでみると、
「それまで抑制されてきた他の感染症が猛威を振るっている」
状況と分析されていました。

この辺を扱った堀向健太Dr.のコメント記事を紹介します。

<ポイント>
・マイコプラズマは一般的な肺炎の20%から30%を引き起こす原因として知られており、特に6歳以上の子どもの肺炎では、半数以上がマイコプラズマが原因。
・マイコプラズマ肺炎は発熱、咳、倦怠感などが主な症状で、頑固な咳がもっとも有名、しかし症状が比較的軽いケースも多く、社会活動を続けるため「歩く肺炎」とも呼ばれる。
・潜伏期間が一般的な呼吸器の感染症を起こすウイルスに比較すると長めで通常2~3週間(インフルエンザA型が1.4日、RSウイルスが4.4日、多い鼻風邪の原因であるライノウイルスが1.9日)。
・2023年の秋、中国で「原因不明の肺炎」が流行しているという報道があり、その主因はマイコプラズマだった。北京では、外来患者の25.4%、入院患者の48.4%、呼吸器疾患患者の61.1%がマイコプラズマ肺炎に感染していた。
・マイコプラズマは肺炎だけでなく、体のさまざまな部位で感染を引き起こす可能性があるため、のどや鼻の検査だけでは見逃してしまう可能性がある。
・マイコプラズマ肺炎の治療には抗生物質が用いられ、しかし一般的な肺炎に使用される「βラクタム系」抗菌薬は効果がない。代わりに、「マクロライド系」や「テトラサイクリン系」の抗菌薬が使用されるが、中国でマイコプラズマが流行した際、マクロライド系抗生物質に耐性を持つマイコプラズマが多数確認され、治療に支障をきたした。
・マイコプラズマに対するワクチンはありません。

現在、臨床現場で困っているのは「薬剤耐性」と「抗生物質供給不足」ですね。
具体的にいうと、治療の際に「薬が効かない」「薬が手に入らない」という状況です。


■ 久しぶりに始まったマイコプラズマ肺炎の流行。先に流行した世界各地の状況はどうだったのか?
堀向健太:大学講師。アレルギー学会・小児科学会指導医。
2024/8/13:Yahoo!ニュース)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 近年、コロナウイルス、インフルエンザ、溶連菌、アデノウイルスなど、さまざまな感染症が流行する中、新たに流行が始まったのが『マイコプラズマ肺炎』です。東京でも、マイコプラズマ肺炎が、大きく増えてきています。

マイコプラズマ肺炎の流行状況:東京都感染症情報センター 

 マイコプラズマは決して新しい感染症ではありません。
 一般的な肺炎の20%から30%を引き起こす原因として知られており、特に6歳以上の子どもの肺炎では、半数以上がマイコプラズマが原因だという報告もあります。

 ではなぜ、マイコプラズマ肺炎が注目されているのでしょうか?

▶ マイコプラズマ肺炎が数年ぶりに世界的に流行し、日本でも増加が予想されていました

 マイコプラズマ肺炎は通常、3~7年ごとに流行し、その流行は1~2年続くことが知られています。しかし、ここ数年はマイコプラズマ肺炎の流行がありませんでした。特に大きな流行としては8年ぶりです。

 他の感染症と同じように、コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により、感染症対策を徹底して、感染が収まっていたことも一因でしょう。長期間流行がなかったため、多くの人がマイコプラズマに対する免疫を十分に持っていない状態になっているのです。これは、インフルエンザでも同様の現象が起きています。

 2023年の秋、中国で「原因不明の肺炎」が流行しているという報道があったことを覚えている方もいらっしゃるでしょう。

 この感染症の原因は、マイコプラズマではないかと考えられ、そして中国の北京では、2023年9月に患者数が急増したことが報告されました。実に、外来患者の25.4%、入院患者の48.4%、呼吸器疾患患者の61.1%がマイコプラズマ肺炎に感染していたとされています。

 さらに、マイコプラズマ肺炎の流行は世界各地、デンマーク、フランス、オランダなどの国々でも症例が増加しました。日本でも増加することが十分予想されていたのです。

▶ マイコプラズマ肺炎は軽症でも感染を広げる可能性があり、「LAMP法」という高精度な検査が保険適用となっています

 マイコプラズマ肺炎の症状は、一般的な肺炎と似ています。発熱、咳、倦怠感などが主な症状です。その中でも、頑固な咳がもっとも有名です。しかし、マイコプラズマ肺炎は「歩く肺炎」とも呼ばれ、症状が比較的軽いケースも多いため、気づかないうちに感染を広げてしまう可能性があります。

 最近まで、小児科外来でマイコプラズマ肺炎の確定診断を行うことは、時間と手間がかかる作業でした。しかし、最近になって新しい検査方法「LAMP法」が普及してきています。LAMP法は、マイコプラズマを高い精度で検出できる方法で、最近になって保険適用も認められました。最大の利点は、高い感度(検出力)にあります。つまり、マイコプラズマを見逃す確率が低いのです。しかし、LAMP法にも課題があります。この検査は通常、専門の検査機関で行われるため、結果が出るまでに数日かかることがあるのです。

 また、マイコプラズマは肺炎だけでなく、体のさまざまな部位で感染を引き起こす可能性があるため、のどや鼻の検査だけでは見逃してしまう可能性もあります。・・・

▶ マイコプラズマ肺炎の治療に必要な抗菌薬が不足気味です。大規模な流行になった場合、適切な治療が困難になる可能性をはらんでいます

 マイコプラズマ肺炎の治療には、抗生物質が用いられますが、一般的な肺炎に使用される「βラクタム系」抗菌薬は効果がありません。代わりに、「マクロライド系」や「テトラサイクリン系」の抗菌薬が使用されます。

 しかし、ここにも問題があります。中国でマイコプラズマが流行した際、マクロライド系抗生物質に耐性を持つマイコプラズマが多数確認され、治療に支障をきたしました

 日本でも過去に同様にマイコプラズマ耐性化が問題視されました。最近は耐性率が低下してきていますが、注意は必要でしょう。さらに、テトラサイクリン系抗生物質はマイコプラズマに有効性が高いものの、妊婦や8歳未満の小児への使用が難しいという課題もあります。

 そして、抗菌薬や咳止めなど、基本的な薬剤が不足していることも大きな問題です。大きな流行になるほど、適切な治療を行うことが難しくなることが予想されます。

 薬剤データベースを確認すると、最もよく使われる『クラリスロマイシン』の多くが、出荷停止や限定出荷になっていることがわかります。

▶ マイコプラズマは予防接種がありません。基本的な感染対策を行いながら、症状が続く場合は医療機関に相談しましょう

 残念ながら、マイコプラズマに対する予防接種はありません。しかし、手洗いやマスク着用などの基本的な感染対策で感染のリスクを下げることができます。

 潜伏期間が、一般的な呼吸器の感染症を起こすウイルスに比較すると長めで、通常2~3週間です。例えば、インフルエンザA型が1.4日、RSウイルスが4.4日、多い鼻風邪の原因であるライノウイルスが1.9日であることを考えると、長く感じるでしょう。逆に、数日前に家族が発熱や咳があって他の家族が同じような症状が今日始まったのであれば、マイコプラズマらしくはないということも言えます。

・・・

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エムポックス(旧称:サル痘)の現在

2024年08月22日 06時30分43秒 | 感染症
ニュースで「エムポックス」という単語を頻繁に聞くようになりました。
日本では実感が湧きませんが、WHOは危機感を持って報道しています。

それを扱った記事を紹介します。
現在流行している株は致死率10%と従来の1%より高く、子どもの患者が多い、
なんと性感染する株も出現したとのこと。

既に撲滅された天然痘に対するワクチンが有効であり、日本でも認可されています。
日本人もこのワクチンを接種する日が来るのでしょうか。

<ポイント>
・エムポックスは人獣共通感染症であり、動物からヒトに感染する。1958年にデンマークの研究所にいたサルで初めて確認されたためサル痘と名づけられたが、実際の自然宿主はわかっておらず、アフリカの熱帯雨林に生息する小型哺乳類ではないかと考えられている。
・エムポックスウイルスは天然痘と同じオルソポックスウイルス属のDNAウイルスだが、エムポックスは天然痘よりはるかに重症度が低く、感染力も弱い。
・症状の特徴は、発疹(水疱や膿疱となって痛みやかゆみを伴う)、リンパ節の腫れ、発熱。
・コンゴ民主共和国では、2024年に入ってからの患者数が1万5600人以上にのぼり537人が死亡、ブルンジ、ケニア、ルワンダ、ウガンダなど、これまでエムポックスが確認されたことのない近隣諸国にも広がっている。
・アフリカの一部地域でのエムポックスの急増と、性感染しうるエムポックスウイルスの新しい株の広まりは、アフリカのみならず地球全体にとって緊急事態。
・エムポックスウイルスには「クレードI」と「クレードII」の2系統がある。現在の大流行を引き起こしているのはクレードIで、患者の10人に1人が死亡、クレードIIは2022年に流行したもので、致死率は1%未満。
・今回の大流行では「クレードIb」という新しいサブクレードが出現したことが緊急事態宣言の動機となった。また、コンゴ民主共和国での感染者と死亡者の多くが15歳未満であることから、特に子どもが影響を受けやすい。
・感染様式は接触感染(ウイルスに汚染されたモノを直接触る)、潜伏期間は3〜17日で、エムポックスの症状がある人は「発疹が完全に治癒し、新しい皮膚の層ができるまで」はほかの人に感染させてしまう可能性がある。
・2022年に流行した際は、男性と性交渉を行う男性の感染が圧倒的に多かった。
・WHOの予防接種に関する戦略的諮問委員会が推奨しているワクチンは3種類あり、いずれも本来は天然痘のワクチンで、現在、世界では「MVA-BN(ジンネオス)」と「LC16」の2種類が使われている。日本ではLC16が天然痘のワクチンとして承認されていたが、2022年にエムポックスの予防の効能が追加承認された。こちらは1回接種。


■ 「エムポックス」はどう広まる? WHOが「緊急事態」を宣言
旧称「サル痘」、2022年より致死率の高いウイルスが流行、子どもの感染や死亡が多い
2024.08.20:National Geographic)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 アフリカでのエムポックスの流行を受け、世界保健機関(WHO)は国際保健規則(IHR)に基づく緊急委員会を開催した。コンゴ民主共和国では、2024年に入ってからの患者数が1万5600人以上にのぼり、537人が死亡している。心配なのは、ブルンジ、ケニア、ルワンダ、ウガンダなど、これまでエムポックスが確認されたことのない近隣諸国にも広がっていることだ。この状況を重く見たWHOは「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を宣言した。
 緊急委員会のディミー・オゴイナ委員長は声明で、「アフリカの一部地域でのエムポックスの急増と、性感染しうるエムポックスウイルスの新しい株の広まりは、アフリカのみならず地球全体にとって緊急事態だ」と述べた。
・・・
▶ エムポックスとは何か?
 エムポックスは最近まで「サル痘」と呼ばれていた。この病気を引き起こすエムポックスウイルスは天然痘と同じオルソポックスウイルス属のDNAウイルスだが、エムポックスは天然痘よりはるかに重症度が低く、感染力も弱い
 WHOによれば、エムポックスの症状の特徴は、発疹(水疱や膿疱となって痛みやかゆみを伴う)、リンパ節の腫れ、発熱だ。
 エムポックスウイルスには「クレードI」と「クレードII」の2系統がある現在の大流行を引き起こしているのはクレードIで、患者の10人に1人が死亡する。クレードIIは2022年に流行したもので、現在流行しているものに比べて致死率ははるかに低く、1%未満だ。
 今回の大流行では、「クレードIb」という新しいサブクレードが出現したことが緊急事態宣言の動機となった。また、コンゴ民主共和国での感染者と死亡者の多くが15歳未満であることから、特に子どもが影響を受けやすいと考えられている。
 エムポックスは人獣共通感染症であり、動物からヒトに感染する。1958年にデンマークの研究所にいたサルで初めて確認されたためサル痘と名づけられたが、実際の自然宿主はわかっておらず、アフリカの熱帯雨林に生息する小型哺乳類ではないかと考えられている。エムポックスウイルスは多くの哺乳類に感染することができるが、野生動物から分離されたのは2回だけだ。(参考記事:「年270万人が死亡する動物由来感染症 動物から人へどううつる?」)
 ヒトへの感染が初めて確認されたのは1970年で、コンゴ民主共和国の男児が感染した。以来、ほとんどの感染はアフリカの西部と中央部で起きている。

▶ エムポックスはどのように広がるのか?
 どちらの系統のエムポックスも、ウイルスに感染した動物や、ウイルスに汚染されたもの(衣類、寝具、タオルなど)に直接触れることで感染する。
 ウイルスに感染した人との濃厚接触によっても感染する。キス、会話によって飛び散る飛沫に触れたり吸い込んだりする、感染者の皮膚や口、性器にできた病変に直接触れるなどだ。
 病変の部位は「小さなウイルス工場」だと、米疾病対策センター(CDC)の疫学者であるアンドレア・マッコラム氏は言う。CDCによれば、潜伏期間は3〜17日で、エムポックスの症状がある人は、「発疹が完全に治癒し、新しい皮膚の層ができるまで」はほかの人に感染させてしまう可能性があるという。(参考記事:「飼い犬がサル痘に感染、初の報告、ペットや野生動物に広まるのか」)

▶ エムポックスは性感染症?
 2022年に流行した際は、男性と性交渉を行う男性の感染が圧倒的に多かった。公衆衛生当局にとって、このコミュニティーに汚名を着せることなく人々に情報を伝えるのは難しい課題だった。
・・・しかし、エムポックスは性行為だけで広まる感染症ではないことを示す証拠があると、米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)のウイルス学者であるバーナード・モス氏は言う。症状が出ている人がいれば、皮膚どうしの接触(性行為を含む)や、ベッドシーツやタオルや衣服との接触によって広まるのだ。
 実際、アフリカでの過去の集団感染では、あらゆる年齢層の女性や子どもや男性が感染している。・・・

▶ 検査は受けられる? ワクチンはある?
 エムポックスの検査は受けられる。検体の採取は、病変の部位を綿棒でぬぐうだけだ。CDCは、エムポックスと思われる発疹がある場合のみ検査を受けるよう勧めている。
 現在、WHOの予防接種に関する戦略的諮問委員会が推奨しているワクチンは3種類あり、いずれも本来は天然痘のワクチンだ。このうち、現在、世界では「MVA-BN(ジンネオス)」と「LC16」の2種類が使われている
 米国で使われているのはジンネオスで、4週間間隔で2回の接種が必要だ。米国保健福祉省は(感染した人との濃厚接触が疑われるなど)リスクが高い人に対して接種を奨励しており、必ず2回とも接種を受けるよう呼びかけている。
 日本ではLC16が天然痘のワクチンとして承認されていたが、2022年にエムポックスの予防の効能が追加承認された。こちらは1回接種だ。
 良い知らせもある。米保健福祉省によれば、すでにワクチン接種を完了している人や、以前にクレードIIのエムポックスに感染した人は、「クレードIのエムポックスに感染しても重症化しにくいことが期待される」という。
 しかし、AP通信によれば、ワクチンはエムポックスの流行地域であるアフリカの国々で足りていないという。WHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言したことで、WHOは加盟国にエムポックスへの対処法を勧告することが可能になり、資金援助や政治的な支援も始まることになる。

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マイコプラズマの薬剤耐性事情(2024年)

2024年08月20日 07時22分12秒 | 感染症
マイコプラズマが流行しています。
そして小児科医の間では、
「薬が効かない」
と囁かれています。

第一選択のマクロライド系の手応えなし、
第二選択のTFLX(オゼックス)の切れも悪い…
残るはテトラサイクリン系のMINOの出番か?
しかし8歳未満にはMINOは処方できない…。

マイコプラズマの薬剤耐性状況を今一度確認しておきましょう。

<ポイント>
・肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae: M. pneumoniae)は, マクロライド系抗菌薬, テトラサイクリン系抗菌薬, ニューキノロン系抗菌薬に感受性を有していたが, 2000年以降にマクロライド耐性M. pneumoniae株が出現して増加した。
・マクロライド耐性株の検出率は小児において高率なため, 推奨される抗菌薬を含めて診療ガイドラインの内容も年齢により差異がある。
・2011~2012年の流行時には, 83%がマクロライド耐性であったとの報告がある。
・マクロライド耐性率は, 2012年をピークに低下傾向にある。
・M. pneumoniaeは, P1タンパク遺伝子の相違により, 1型, 2型系統に分類され、1型系統はマクロライド耐性遺伝子の保有率が高かったが, 2型系統の耐性遺伝子保有は低率である。
・わが国の診療ガイドライン等では, M. pneumoniae肺炎外来治療の第一選択薬はマクロライド系抗菌薬が推奨され, 48時間以上臨床的に改善がみられない場合は, テトラサイクリン系抗菌薬(小児では8歳以上)や, ニューキノロン系抗菌薬(小児ではトスフロキサシン)に変更することがおおむね共通して記載されている。
・小児呼吸器感染症診療ガイドライン202212)では, Qプローブ法でマクロライド耐性遺伝子が検出されている場合は, トスフロキサシンやテトラサイクリン系抗菌薬を選択肢に考慮すべきとの記載がある。
・マイコプラズマ肺炎に関して, わが国の感染症サーベイランスのデータでは, 2020年4月以降ほとんど報告されない状況が持続したが, 2023年秋以降にわが国でもM. pneumoniae肺炎の報告がみられるようになった。
・1型あるいは2型のいずれが立ち上がってくるのか, マクロライド感受性について感受性株・耐性株のいずれが多くを占めるのかは,臨床現場に多大な影響を及ぼす可能性がある。

…マクロライド系抗菌薬耐性は、抗菌薬の使いすぎというより、流行するマイコプラズマのサブグループの影響を大きく受けるということですね。

■ 診療ガイドライン等に基づくマイコプラズマ肺炎治療の現況
(IASR Vol. 45 p10-12: 2024年1月号)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 感染症診療ガイドラインの策定には, 地域における年齢による病原微生物の検出頻度等の疫学データならびに, 各微生物の抗菌薬感受性に関する情報が必要である。肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae: M. pneumoniae)は, マクロライド系抗菌薬, テトラサイクリン系抗菌薬, ニューキノロン系抗菌薬に感受性を有していたが, 2000年以降にマクロライド耐性M. pneumoniae株が出現1-3)して増加したマクロライド耐性株の検出率は, 世界的に地域差があり, さらに小児において高率なため, 推奨される抗菌薬を含めて診療ガイドラインの内容も, 国内外および年齢により差異がある。さらに, 2020年以降世界的に流行した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は, 多くの感染症罹患率に多大な影響をきたした。M. pneumoniaeに関しても, COVID-19パンデミック前に比較して, 検出率が激減した報告4,5)が多い。

1. マクロライド耐性状況の推移
 2000年以降に小児科領域を中心に出現したマクロライド耐性M. pneumoniaeは, その後増加がみられ, 成人では当初マクロライド耐性株は検出されなかったが, 小児科領域を追随するペースで耐性株が増加した。2011~2012年の流行時には, 83%がマクロライド耐性であったとの報告2)があり, 大流行に関してマクロライド耐性M. pneumoniae株の蔓延が要因の1つと認識されている。マクロライド耐性率は, 2012年をピークに低下傾向にある。一方, M. pneumoniaeは, P1タンパク遺伝子の相違により, 1型, 2型系統に分類され, 1型系統と2型系統の交代期に大流行が起こる可能性も指摘6,7)されている。2011~2012年にかけて流行の主であった1型系統の検出比率が2015年後半より減少し, 代わって2型系統の検出比率が増加している。1型系統はマクロライド耐性遺伝子の保有率が高かったが, 2型系統の耐性遺伝子保有は低率である7)。これが, マクロライド耐性株の低下の主因と考えられる。
 マクロライド耐性M. pneumoniaeの検出率には世界的に地域差があり, 東アジアでの検出率が高く, 2017年頃までの状況は, Waitesらの総説1)に詳しい。その後のメタアナリシス等の報告を表18,9)に示すが, アジアを含めて西太平洋地域からの検出率が高い。わが国を含めて, 2010年代後半以降のマクロライド耐性率は減少傾向7)にある。

2. COVID-19パンデミック前後におけるM. pneumoniae検出状況
 2017~2021年の調査期間についてM. pneumoniae検出状況を比較したデータ4)によると, 2020年4月~2021年3月の期間では, 2017年~2020年3月までの期間と比較して, ヨーロッパ, アジア, アメリカ, オセアニアともにM. pneumoniaeの検出が激減していた。中国北京の小児病院において, 2016~2021年の期間にM. pneumoniae検出率を比較したデータ5)でも, 2019年は17.6%, 2020年は8.9%, 2021年は5.0%と激減している。

3. M. pneumoniae肺炎診療ガイドライン等
 現在, わが国で公表されている診療ガイドライン等で, M. pneumoniae肺炎の項を含むものは, JAID/JSC感染症ガイド2023(日本感染症学会・日本化学療法学会)10), 成人肺炎診療ガイドライン2017(日本呼吸器学会, 改訂中)11), 小児呼吸器感染症診療ガイドライン2022(日本小児呼吸器学会・日本小児感染症学会)12), M. pneumoniae肺炎に対する治療指針(日本マイコプラズマ学会)13)がある。海外では, American Thoracic Society(ATS)およびInfectious Diseases Society of America(IDSA)14)やAmerican Academy of Pediatrics(AAP)15)より, 市中肺炎やM. pneumoniae肺炎に対する抗菌薬療法が推奨されている。
 わが国の診療ガイドライン等では, M. pneumoniae肺炎外来治療の第一選択薬はマクロライド系抗菌薬が推奨され, 48時間以上臨床的に改善がみられない場合は, テトラサイクリン系抗菌薬(小児では8歳以上)や, ニューキノロン系抗菌薬(小児ではトスフロキサシン)に変更することがおおむね共通して記載されている。一方で, ATSとIDSAによるガイドライン14)には, マクロライド耐性M. pneumoniaeに関する記述や耐性菌感染症を考慮した治療についての言及はみられない。AAPによるRed Book 2021-202415)でも, マクロライド耐性M. pneumoniae株についての記載はあるものの, ニューキノロン系抗菌薬を使用することは推奨されていない。
 さらに小児呼吸器感染症診療ガイドライン202212)では, Qプローブ法でマクロライド耐性遺伝子が検出されている場合は, トスフロキサシンやテトラサイクリン系抗菌薬を選択肢に考慮すべきとの記載がある。当院で施行したQプローブ法(Smart Gene)に関する検討では, 細胞培養法(国立感染症研究所細菌第二部で実施)に対するSmart Geneの感度, 特異度は, 各々98.0%, 100%であった。さらに, 培養で得られた菌株を用いた23S rRNA遺伝子塩基配列分析によるマクロライド耐性遺伝子同定とSmart Geneによる耐性遺伝子変異検出とを比較すると, 感度, 特異度は, 各々100%, 97.4%であった。新型コロナウイルス病原体検出の過程で, Qプローブ法検査機器が以前より普及しており, 今後耐性遺伝子の有無を確認したうえで, より適切な抗菌薬療法に寄与することが期待される。
 マイコプラズマ肺炎に関して, わが国の感染症サーベイランス(本号特集および本号8ページ参照)のデータでは, 2020年4月以降ほとんど報告されない状況が持続したが, 2023年秋以降にわが国でもM. pneumoniae肺炎の報告がみられるようになり, 今後の流行が予測される。2020年春に, こつぜんと検出されなくなったM. pneumoniae感染症であるが, 再流行する場合に, 前述した1型あるいは2型のいずれが立ち上がってくるのか, マクロライド感受性について感受性株・耐性株のいずれが多くを占めるのかは, 感染症疫学的にも興味深いが, 臨床現場に多大な影響を及ぼす可能性がある。現在のわが国の医薬品流通状況に関して, 鎮咳薬, 去痰薬のみならず, 抗菌薬に関しても出荷制限が反復されている16-21)。このような状況下で, 2011~2012年や2016年のような規模でM. pneumoniae肺炎の流行が生じると, 処方薬不足など, 現場がさらに混乱する事態になることが危惧される。
(若葉こどもクリニック 山崎 勉)

もう一つ、ダイレクトにマクロライド耐性の記述がある記事も紹介します。

<ポイント>
・日本では, 1型と2型菌が10年程度の間隔で交互に優位になる現象が観察されている。1990年代は2型菌の分離が多かったが, 2000年代になると1型菌が優位になった。その後, 2010年代後半からは再び2型が多く分離されている。
・M. pneumoniaeの2つの系統の出現の割合は, マクロライド耐性の動向にも関連している。東アジア地域では, 2000年以降にM. pneumoniaeのマクロライド耐性化が問題となったが, 耐性菌の大部分は1型菌であった。
・これは1型の方が2型の菌よりも耐性化しやすいということではなく, 1型菌が2000年代に多く出現していたためであると考えられる。2000年代は分離株の耐性率が増加した時期で, 臨床でのマクロライド系抗菌薬の使用量が多かったと推測される。この時期に多く出現していた1型菌は, 2型菌よりマクロライド系抗菌薬による選択圧を受ける機会が多かったため, 2型菌より1型菌の耐性化が進んだのであろう。
・国内で分離される2型菌はマクロライド耐性化があまり進んでおらず, 2010年代後半からは2型菌の出現が増えたため, 分離株全体としてマクロライド耐性率が低下している。
・現在も抗菌薬の使用量が多いとみられる中国では, 2型菌もマクロライド耐性化が進んでいることが報告されている。

この記事の中では2010年代後半からは薬剤耐性率の低い2型菌が多いとされています。
では現在の耐性状況は?という疑問が残ります。

■ 肺炎マイコプラズマの遺伝子型別法と薬剤耐性の動向
(IASR Vol. 45 p6-8: 2024年1月号)より一部抜粋(下線は私が引きました);
・・・
これらの方法で分析するとM. pneumoniaeは2つの系統に分かれ, 遺伝子型は図1中の表のような関係になる。例えば, 実験室標準株として普及しているM129株とFH株は, ゲノム解析でT1-1とT2-Bクレードに属し, p1遺伝子型はそれぞれ1型と2型, MLVA型は4572と3662, MLST型はST1とST2である。M129株とFH株は1950~1960年代に分離された古い菌株であり, 最近分離される菌株の型は, これらとは少し異なっている。・・・
 ・・・本では, 1型と2型菌が10年程度の間隔で交互に優位になる現象が観察されている(図2)。1990年代は2型菌の分離が多かったが, 2000年代になると1型菌が優位になった。その後, 2010年代後半からは再び2型が多く分離されている。1990年代に分離されていた2型菌のp1遺伝子はFH株と同じ古い2型だが, 2010年代後半から出現している2型菌のp1遺伝子は, ほとんどが2c型か2j型で, P1とP40/P90のアミノ酸配列が少し変化している。したがって, 現在出現している2型菌は1990年代に出現していた2型菌と同じものが再出現しているのではない6)。
 M. pneumoniaeの2つの系統の出現の割合は, マクロライド耐性の動向にも関連している。東アジア地域では, 2000年以降にM. pneumoniaeのマクロライド耐性化が問題となったが, 耐性菌の大部分は1型菌であった。これは1型の方が2型の菌よりも耐性化しやすいということではなく, 1型菌が2000年代に多く出現していたためであると考えられる(図2)。2000年代は分離株の耐性率が増加した時期で, 臨床でのマクロライド系抗菌薬の使用量が多かったと推測される。この時期に多く出現していた1型菌は, 2型菌よりマクロライド系抗菌薬による選択圧を受ける機会が多かったため, 2型菌より1型菌の耐性化が進んだのであろう。国内で分離されるマクロライド耐性の1型菌は, T1-3またはT1-3Rクレードに属する株が多い。一方, 国内で分離される2型菌はマクロライド耐性化があまり進んでおらず, 2010年代後半からは2型菌の出現が増えたため, 分離株全体としてマクロライド耐性率が低下している。2型菌の出現が増加した正確な要因は不明だが, 2016年からの薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン等によって抗菌薬の使用が抑制され, 感受性菌による発症例が増えたことや, 1型菌に対して集団免疫が形成され, 流行菌が2型菌にシフトしたことなどが考えられる。一方, 現在も抗菌薬の使用量が多いとみられる中国では, 2型菌もマクロライド耐性化が進んでいることが報告されている7)。今後, 国内でも2型菌のマクロライド耐性の動向を監視するとともに, ゲノム解析によって分離株の系統関係を調べ, 伝播経路を追跡するべきであろう。
 (国立感染症研究所細菌第二部 見理 剛)
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その青っぱな、抗生物質が必要な副鼻腔炎ですか?

2023年08月13日 18時36分32秒 | 感染症
副鼻腔炎は一般的に「ちくのう症」と呼ばれています。

風邪症状に続く青っぱな、鼻づまり…
耳鼻科を受診すると例外なく「副鼻腔炎」として抗生物質を処方されます。
症状が長引くと、別の抗生物質に変更され、
それでも治らないと、また別の抗生物質へ変更、
それでも治らないと、気がつく元の抗生物質が処方されています。

抗生物質を乱用する開業医は高齢医師に多いとされていますが、
当地域では圧倒的に耳鼻科医が多い印象があります。

さて、青っぱな=ちくのう症、なのでしょうか。
実は「3割は細菌感染ではなく抗生物質無効」という報告があります。

▢ 急性副鼻腔炎の抗菌薬、3割の児で無効なわけ
 米・University of Pittsburgh School of MedicineのNader Shaikh氏らは、小児の急性副鼻腔炎に対する抗菌薬治療において、上咽頭からの細菌検出の有無や鼻汁の色によって有効性が異なるか否かを検討するランダム化比較試験(RCT)を実施。その結果、3割の患児で抗菌薬の有効性が低かったとし、その理由が明らかになったとJAMA(2023; 330: 349-358)に報告した。
◆ 層別ランダム割付で、抗菌薬群とプラセボ群を比較
 急性副鼻腔炎とウイルス性上気道炎は、症状の大部分が重複する。また、急性副鼻腔炎と診断された患児の中には、抗菌薬による治療効果がほとんど認められないケースがある。
 Shaikh氏らは、上咽頭からの細菌検出の有無や鼻汁の色によって、抗菌薬治療を行うか否かを判断できるかについて検討する目的でRCTを実施した。
 対象は、米国小児科学会の臨床診療ガイドラインに従い2016年2月~22年4月に米国のプライマリケア6施設で急性副鼻腔炎と診断された患児のうち、急性副鼻腔炎が持続または増悪した515例(2~11歳)。小児鼻副鼻腔炎症状評価尺度(Pediatric Rhinosinusitis Symptom Scale;PRSS、0~40点)の初回スコアが9点以上の者を組み入れた。症状の持続は11~30日間症状(鼻、咳、または両方)が改善しない例、増悪はウイルス性上気道炎から回復したとみられる患児で、症状改善から6〜10日の間に鼻や咳の症状が再燃した例、または新たに発熱が出現した例と定義した。
 対象を、抗菌薬群〔アモキシシリン(90mg/kg/日)+クラブラネート(6.4mg/kg/日)〕とプラセボ群に1:1でランダムに割り付け、10日間経口投与した。色付き(黄色または緑色)の鼻水の有無および咽頭拭い液の細胞培養による細菌(肺炎球菌、インフルエンザ菌、モラクセラ菌)の有無で層別化した。
 主要評価項目は、診断後10日間のPRSSスコアに基づく症状の程度とした。
◆ モラクセラ菌検出の有無は抗菌薬の有効性に関連せず
 515例のうち選別基準を満たした510例(2~5歳64%、男性54%)を解析したところ、平均PRSSスコアはプラセボ群(250例)の10.60点(95%CI 10.27~10.93点)に対し、抗菌薬群(240例)では9.04点(同8.71~9.37点)と有意に低かった(群間差-1.69点、95%CI -2.07~-1.31点)。
 症状消失までの期間は、プラセボ群の9.0日に対し、抗菌薬群では7.0日と有意に短かった(P=0.003)。
 上咽頭で細菌が検出された患児は355例(72%)、検出されなかった患児は138例(28%)だった。抗菌薬群とプラセボ群の平均PRSSスコアの群間差は、細菌検出児の-1.95点(95%CI -2.40~-1.51点)に対し、非検出児では-0.88点(95%CI -1.63~-0.12点)と、抗菌薬による治療効果が低いことが示された(交互作用のP=0.02)。
 色付きの鼻汁が出た患児は333例(67%)、透明な鼻汁が出た患児は163例(33%)。抗菌薬群とプラセボ群の平均PRSSスコアの群間差は、それぞれ-1.62点(95%CI -2.09~-1.16点)、-1.70点(同-2.38~-1.03点)で、鼻汁の色の有無で治療効果に有意差はなかった(交互作用のP=0.52)。
 さらに探索的解析の結果、治療効果の大部分はインフルエンザ菌と肺炎球菌の存在によるもので、モラクセラ菌検出の有無と抗菌薬の有効性に関連はなかった
 以上を踏まえ、Shaikh氏らは「上咽頭に細菌を保有していなかった28%の患児では、抗菌薬治療の効果が低かった。急性副鼻腔炎患児における抗菌薬の不適切使用を減らす合理的な方法は、処方を診断時に上咽頭に細菌を保有している患児に限定することである」と結論している。

つまり、副鼻腔炎(ちくのう症)かどうかは鼻水の色ではわからない、
青っぱなの場合でも、3割は細菌感染ではなく、
そのような例に抗生物質を投与しても経過は変わらない(自然に治るので効いた感じはあります)、
ということです。
抗生物質を多用するなら、細菌培養検査を併用すべきでしょうね。

同じ報告を紹介した記事が他にもありましたので引用します。
「抗生物質適正使用」という視点から、注目される内容なのでしょう。

▢ 鼻水の「色」によって抗生物質を使うのは誤り? 米国医師会雑誌が報告
 石原藤樹/「北品川藤クリニック」院長
2023/8/13:日刊ゲンダイ
 風邪症状が長引く原因のひとつが副鼻腔炎、いわゆる「蓄膿症」です。鼻の奥の副鼻腔と呼ばれる空洞に細菌などが増殖して炎症を起こし、膿がたまるのです。 
 蓄膿は鼻詰まりや頭痛の原因になりますし、喉の奥に流れ込んだ鼻汁が、咳や痰がらみなどを起こす場合もあります。長引く蓄膿はぜんそくを悪化させたりすることも知られています。
  通常、細菌感染に伴う蓄膿に対しては抗菌剤(抗生物質など)が使用されます。一番多く使われるのは抗生物質のペニシリンです。 
 ただ、“どういう患者さんに抗菌剤を使用するべきか”という点については、まだ専門家でも見解が分かれています。透明な鼻水に色が付き、黄色や緑色の粘稠(ねんちゅう)な状態になることは蓄膿の特徴のひとつとして考えられています。 
 それでは、そうした症状があれば抗菌剤を使用してよいのでしょうか?
 今年の米国医師会の医学誌に、小児の蓄膿症に対して、鼻水の色で抗菌剤を使用した場合と、鼻汁の細菌培養検査を行って原因となる菌が検出されたときに限って抗菌剤を使用した場合とを比較した、臨床試験の結果が報告されています。 
 それによると、培養で菌が検出された場合に限って抗菌剤を使用すると症状が早く改善しましたが、鼻水の色が変わった場合に抗菌剤を使用しても、そうした改善効果は見られませんでした鼻水の色での診断は、実際にはあまり当てにはならないようです。 

もうひとつ。

▢ 鼻腔ぬぐい液の細菌検査で小児での抗菌薬使用の削減へ
2023年08月07日:Medical Tribune)(HealthDay News 2023年7月26日)
 副鼻腔炎が疑われる小児には、その原因菌であることが多い3種類の細菌の検査をすることで、不要な抗菌薬の処方を回避できる可能性を示したランダム化比較試験(RCT)の結果が報告された。このRCTは米ピッツバーグ大学小児科学およびクリニカル・トランスレーショナル・サイエンス教授のNader Shaikh氏らが実施したもので、詳細は、「Journal of the American Medical Association(JAMA)」7月25日号に掲載された。
 副鼻腔炎は小児に頻発する疾患で、鼻づまりや鼻水、不快感、呼吸困難などの症状が現れるが、治療しなくても治る場合が多い。しかし、現状では、抗菌薬が有効な患児を予測する良い方法はなく、必要のない患児にも抗菌薬が処方されることがある。Shaikh氏は、「抗菌薬の効かない耐性菌は重大な公衆衛生上の問題だ。不必要な抗菌薬の処方を減らすべきだ」と話す。また、「抗菌薬には下痢などの副作用を伴うことがあるが、腸内細菌叢に対する抗菌薬の長期的な影響についてもよく分かっていない。したがって、小児の症状の原因が細菌感染ではない場合、抗菌薬で治療することのメリットよりもデメリットの方が大きくなる可能性もある」と指摘する。
 今回のRCTでは、2016年2月から2022年4月の間に副鼻腔炎に罹患した2〜11歳の小児510人(2〜5歳が64%、男児54%)を対象に、副鼻腔炎の主な原因菌とされる3種類の細菌〔肺炎レンサ球菌、インフルエンザ菌、モラクセラ・カタラーリス(Moraxella catarrhalis)〕への感染や、色(黄、緑)の付いた鼻汁の有無で抗菌薬の使用によりもたらされるベネフィットが異なるのかが検討された。対象者は、10日にわたって抗菌薬(アモキシシリン90mg/kg/日・クラブラン酸6.4mg/kg/日)を投与する群(254人)とプラセボを投与する群(256人)のいずれかにランダムに割り付けられた。また、試験開始時と終了時に対象小児から鼻腔ぬぐい液を採取し、3種類の細菌の検査を行った。
 その結果、小児鼻副鼻腔炎症状評価尺度(Pediatric Rhinosinusitis Symptom Scale;PRSS)で評価した症状スコアの平均点は、抗菌薬群の方がプラセボ群よりも有意に低く〔9.04点対10.60点、群間差−1.69、95%信頼区間(CI)−2.07〜−1.31〕、また、症状が寛解するまでの時間も抗菌薬群の方が有意に短いことが示された(7.0日対9.0日、P=0.003)。鼻腔ぬぐい液から対象とした細菌が検出されなかった小児(抗菌薬群73人、プラセボ群65人)では、プラセボ群と比較した症状スコアの差が−0.88点(95%CI −1.63〜−0.12)であったのに対し、細菌が検出された小児(抗菌薬群173人、プラセボ群182人)でのスコアの差は−1.95点(同−2.40〜−1.51)であり、細菌が検出されなかった小児に抗菌薬を投与しても、細菌が検出された小児と同程度のベネフィットは得られないことが示された。こうした結果から、鼻腔ぬぐい液を用いた細菌検査は、抗菌薬投与の効果が期待できる小児を特定し、効果が期待できない小児に対する抗菌薬の処方を回避できる、シンプルかつ効果的な方法であることが示唆された。
 さらにShaikh氏によると、医師たちの間では一般的に黄色あるいは緑色の鼻汁は細菌感染のサインと考えられているが、今回の研究では、鼻汁の色の有無により、抗菌薬の効果に有意な差は認められないことが示された。このことは、鼻汁の色を基に抗菌薬の処方を決めるべきではないことを意味する
 Shaikh氏らは、鼻腔ぬぐい液を使って副鼻腔炎の原因菌の有無を迅速に検査できる検査法の開発に興味を示しており、「われわれの研究結果は、診断の向上や抗菌薬処方の削減のために、副鼻腔炎の症状が認められる小児の治療に細菌検査を導入することを支持するものだ」と述べている。
 一方、付随論評の著者の一人で米ジョンズ・ホプキンス大学小児科学教授のAaron Milstone氏は、「現状では、抗菌薬の有効性を判断する上で役立つ、安価で広範に導入できる検査法は存在しない」と話す。また、鼻の中に存在する細菌が、必ずしも重症の感染症の兆候を示すわけではないことを指摘し、「もし、小児の鼻腔ぬぐい液の迅速検査が利用できるのであれば、必要以上に頻繁に検査が行われるようになり、抗菌薬の使用頻度が減るどころか増える可能性がある」との見方を示す。さらに、そのような検査法は、メリットが小さいにもかかわらず医療コストの増大につながる可能性もあるとしている。
 Milstone氏によると、ほとんどの副鼻腔炎は自然に治癒する。また、下痢などの抗菌薬の副作用は、親や子どもにとっては副鼻腔炎の症状よりもつらい場合もある。同氏は、「副鼻腔炎は極めて高頻度に生じる疾患だ。また、抗菌薬の効果が得られたとしても、その効果はさほど大きなものではない。したがって、子どもが副鼻腔炎を発症した場合、親は子どもの回復を辛抱強く待つ必要があり、それには時間がかかることを理解しておくべきだ」と話している。

<原著>

さて、小児科医である私はどの様に治療しているのかを公開します。
私は青っぱなの患者でも抗生物質は基本的に使いません。
その代わりに漢方薬を処方します。
風邪の初期の水っぱな(透明鼻汁)には小青竜湯、
何日か経過し、白く濁った鼻水になったら葛根湯加川芎辛夷へ変更、
それでもよくならなくて、青っぱなになったら小柴胡湯を併用、
小柴胡湯+葛根湯加川芎辛夷を2週間投与しても治りきらない場合は、
辛夷清肺湯を2週間投与。
…全例とは言いませんが、だいたいこれで治ります。
とくに、小柴胡湯+葛根湯加川芎辛夷の組み合わせは著効例が多い印象があります。

あ、漢方薬を飲ませるコツもアドバイスしていますが、
どうやっても飲めない患者さんは、たぶん耳鼻科へ流れていると思われます。


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with コロナ時代の“かぜ”の自然歴

2023年06月04日 12時26分06秒 | 感染症
一過性の軽症ウイルス感染症で気道がターゲットになるタイプを、
私たちは「急性上気道炎」と呼んでいます。
一般的には“かぜ”ですね。

毎年春になると、新たに集団生活(入園)を始めた乳幼児が“かぜ”をもらい、
小児科外来はにぎわいます。

集団生活の中では誰かしら風邪をひいていて、
それが一種類ではなく複数ありますので、
何回も風邪をもらってしまい、
登園する日数より休んでいる日数の多い子どもも出てきます。
治りきる前に次の風邪をもらうと症状が切れずにつながってしまうのですね。

心配した保護者が、
「ずっと風邪をひいています」
「この子はどこかおかしいのでしょうか」
と聞いてきます。

私の答えは、
「元気であれば心配いりません」
「いくつかの風邪を繰り返しているだけでしょう」
「鼻水をよく観察すると、それがわかります」
「風邪の初期は水っぱなで透明、数日すると白く濁ってきます」
「それとともに痰が絡んで咳も出ます」
「咳鼻痰がダラダラ続きながら治っていきます」
「もし、鼻水が透明になったら、それは次の風邪の始まりです」
といった感じです。
すると保護者はうんうん頷いて納得してくれます。
「私はこの状態を“入園症候群”と呼んでいます」
と付け加えることもあります。

さて、学生時代の講義では“かぜ”について教えてもらった記憶がありません。
珍しくて重症化する病気は試験のヤマなので覚えましたが、
実際に働き始めるとめったに出会いません。
日々診療する風邪に関してはスルーでした。
だから、風邪に関する知識は医師になってから勉強したり、経験したりしたものです。

先日、WEBセミナーを聞いていたら、
「風邪の自然歴」に始まり、乳幼児のウイルス性気道感染症、covid-19 前後の変化、漢方治療の応用などの解説がありました。

■ 「covid-19 新興後の子どもの呼吸器ウイルス感染症と漢方薬への期待」
(松江赤十字病院感染症科 成相昭吉Dr)

わかりやすかったので、ここにメモを残しておきます。

鼻水+湿性咳嗽±発熱=“かぜ”の始まり
・“かぜ”は呼吸器ウイルス感染症、急性上気道炎と同じ意味。
・ここで大切なのはか「鼻水」ではじまること。
・急性上気道炎が細菌感染により生じたという報告はこれまでにない(※1)。

乳幼児による続発症のない上気道炎の自然歴(※2)
・2-4日の潜伏期の後発熱・鼻漏・咳嗽で発症する。
・発熱は3日以内に解熱する。
・解熱すると鼻漏・鼻閉・咳嗽は増強する。
・諸症状は9日以内に消退し、10日を超えない(10 day mark)。

乳幼児の“かぜ”に続発する合併症
・肺炎球菌とインフルエンザ菌が原因
1.急性中耳炎
・発症1‐2日後に、不機嫌、耳痛、鼓膜膨隆で発症する。
2.市中肺炎
・4日以上発熱持続、または1日解熱後に再発熱する。
・夜間の睡眠に影響する湿性咳嗽。
3.細菌性副鼻腔炎
・“かぜ”のあと、1や2の続発がなく、10 day mark を超えて、夜間も湿性咳嗽を認める。
・“鼻水の色”は病的意味を持たない。

 アデノウイルスは感染後長期(半年?)に咽頭に潜在することから、咳嗽を認める症例から複数検出されたうちのアデノウイルスは、そこにいるだけの可能性がある(※3)

 ライノウイルスについて
・エンベロープを持たないRNAウイルスで A, B, C の3種に分かれる。
・C種は2006年に確認された。
・A種は70以上、B種は20以上、C種は50以上、併せて160を超える遺伝子型が確認されている。
・対応する気道上皮細胞受容体は、A種・B種が糖たんぱく質 ICAM-1(intercellular adhesion molechle 1)、C種は膜貫通型タンパク質 CDHR3(cadherin related family member 3)。
・下気道炎(喘鳴を認めた症例)ではC種が3/4、A種が1/4というフィンランドからの報告がある。
・全年齢層の“かぜ”の1/3を占める。小児の呼吸器疾患の原因ウイルスとしても最多。
・飛沫感染・接触感染・エアロゾル感染で伝播し、潜伏期は1~3日。
・軽度の上気道炎から重い喘鳴疾患と多様な病像を形成する。
・気道の炎症病変は免疫応答による間接的気道上皮損傷と考えられている。
・自然免疫から逃れるすべを持つ(免疫逃避)ため、ワクチンも抗ウイルス薬も創薬困難。
・母子免疫は無効(生後間もなくから感染する)。
・ライノウイルスには「生後1年で9回感染する」(※4)、「生後1年に4回顕性感染する」(※5)というデータあり。
★ RSVの母子免疫有効期間は生後2週間程度。

 “易感冒児”とは?
・年間6回以上風邪をひく子ども
・インターフェロンγ産生が弱い可能性がある(※6)。
・乳児早期の無症候性ライノウイルス感染症が、乳児期後半以降に“易感冒児”になる端緒となる可能性あり。

▢ RSウイルスについて
・1956年にチンパンジーから検出、1957年に小児から検出された。ウイルス分離で培養細胞を融合させた合胞体(syncytium, シンシチウム)を作ることから命名された。
・エンベロープを持つRNAウイルス。
・エンベロープにあるG蛋白の抗原性の相違からA株とB株のサブグループに分類され、さらにそれぞれに10を超える遺伝子型がある。
・A株とB株の毒力に差はない。
・飛沫・接触感染で広がる。潜伏期は3-6日。1歳までに60%、2歳までに100%が感染する。
・不顕性感染・潜伏感染はないとされている。
・中和抗体による感染阻止効果は完全でないため、幼児期までに2-3回は再感染する。

RSウイルス細気管支炎
・1歳未満の気道感染症による初発喘鳴を細気管支炎とすると、その原因ウイルスの筆頭がRSVで約80%を占める。
・下気道炎を形成するのは“自然免疫反応によるサイトカインストーム”と考えられている。
・細気管支上皮の壊死、線毛上皮の脱落、細気管支周囲への炎症細胞浸潤、粘膜下組織の浮腫、粘液分泌亢進などにより、細気管支が狭窄・閉塞し呼吸障害を惹起する。
・臨床経過;感染乳幼児の20-40%が下気道炎に至り、1‐2%が入院となる。
(潜伏期)4-5日
  ↓
(上気道炎)2-3日:発熱、鼻汁
  ↓
(下気道炎)4-5日:咳、喘鳴、呼吸困難
  ↓ 
(回復期)

喘息発作出現日と感染ウイルスの種類(※7)
・ライノウイルス/エンテロウイルスD68:風邪を発症してすぐに増悪(1.4日後)
・RSV/ヒトメタニューモウイルス:風邪を発症後3-4日後に増悪(4.1日後)

 呼気性喘鳴を認めた乳幼児におけるウイルス検出
・生後6か月まではRSVが圧倒的に多い。
・生後6か月以降ははRVCが優勢になる。
・RSVは4歳までの急性喘鳴に関与する。

RSV下気道炎の病型
・境界線があるが一連のスペクトラムをなす:
 ✓1歳までは細気管支炎
 ✓1歳を超えると喘息発作
・異なる病態が形成される理由は?
→ 初回感染の自然免疫応答が強力なためか…。

 covid-19 と喘息発作
・covid-19 は喘息増悪をほとんど起こさない。
・他のウイルス同時検出例では下気道狭窄をきたす例が多く、酸素投与・呼吸補助を必要とする例が多く、ICU入室例も多かった。

オミクロン株と熱性けいれん
・デルタ株以前:デルタ株:オミクロン株以降の熱性けいれん発生率は1.3:3.1:13.4%。

突発性発疹だけ、コロナ前後で変化がなかった
・突発性発疹の原因ウイルスはHHV-6とHHV-7。
・HHV-6 は1986年に発見され、1988年に突発性発疹の原因ウイルスであることが判明した。
・HHV-6 は現在は塩基配列・抗原性の違いによりHHV-6AとHHV-6Bに分けられ、HHV-6Bが突発性発疹の原因ウイルス。
・HHV-7 は1990年に発見された。HHV-7の初感染はHHV-6Bより遅く、幼児にピークを認める、2度目の突発性発疹として経験することが多い。
・既感染健康成人唾液からHHV-7は検出されるが、HHV-6Bは検出されない。
→ HHV-6Bの感染源は集団保育乳幼児・同胞の唾液(突発疹回復期・3-5歳幼児)、HHV-7の感染源は既感染者(両親)唾液。

熱性けいれんとIL-1β
・熱性けいれん例ではIL-1βによる痙攣閾値低下が関与している(※8)。
・麻黄湯は炎症サイトカイン(TNFα、IL-6、IL-1β、IFN-β)を抑制する。
・上気道炎に対する初期治療として、38℃以上の発熱を認める子どもに麻黄湯を投与すると熱性けいれん発症を減らせるのではないか?


<参考>
※1)Kronman MP, et al. Pediatrics 134: e956-e965, 2014
※2)Wald ER, et al. Pediatrics 2013; 132: e262-280
※3)J Virol 83: 2417-2328, 2009
※4)Pediatr Infec Dis J. 2015; 34; 907-909
※5)Pediatrics. 2016; 138: e20161309
※6)Thomas M, et al. Amburatory Pediatrics 2002; 2: 261
※7)成相昭吉. 日小呼誌 2021; 32: 47-54
※8)福田光成. 脳と発達 2018; 50: 327-335
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