小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

「標準予防策」って何?

2020年11月29日 07時53分05秒 | 予防接種
新型コロナウイルス感染症が流行してから、
感染対策の話がテレビで毎日報道されるようになりました。

結局、有効なのは、
・マスク
・手洗い
・三密回避
に尽きる、というところに収まってきている印象があります。

以前から必須とされてきた「うがい」の効果は否定され、
ほぼ消滅してしまいました。

日本人はマスクをすることに抵抗が少ないですが、
欧米ではマスクをする習慣がなく、混乱をきたしています。
彼らにとってマスクをすることは、
・口元を隠すとコミュニケーションがとれない
・口元を隠すと顔がわからないので犯罪の温床となる
という理由で否定的なイメージらしいのです。

しかし新型コロナが、
「飛沫のみならずエアロゾル/マイクロ飛沫で感染するらしい」
「無症状の人からも感染するらしい」
と判明してから事態が一変し、
現在では義務化(ユニバーサルマスク)される国も出てきました。

でもTVに映し出される欧米人達は、
おしなべてマスクをしていませんね。
「マスク義務化反対デモ」というのも起きているようですし。
習慣を変えるのはなかなか難しいようです。

さて医療現場では、感染対策として「標準予防策」(スタンダード・プリコーション)という単語が有名です。
四半世紀前に小児科病棟内の院内感染に悩んでいた私は、感染対策についていろいろ調べたことがありました。
その頃は、アメリカのCDCが提案したユニバーサル・プレコーションからこのスタンダード・プリコーションに移行する時期でした。

標準予防策の定義は、
「全ての人は伝播する病原体を保有していると考え、患者および周囲の環境に接触する前後には手指衛生を行い、血液・体液・粘膜などに曝露する恐れのあるときは個人防護具を用いることである」
です。

わかりやすく言うと、
・咳の飛沫には結核菌がいると疑え!
・血液にはHIVがいると疑え!
・便にはコレラ菌がいると疑え!
として対策をとるべし、というモノ。

さて現在、この標準予防策をベースに、その病原体の感染経路を考慮した予防対策(感染経路別予防策)を足すことが一般化されています。

標準予防策+
接触感染なら接触感染予防策、
飛沫感染なら飛沫感染予防策、
空気感染なら空気感染予防策、

といったふうに。
よく耳にする「エアロゾル感染」は新型コロナ騒ぎの中で登場した単語であり、
当然、当時はありませんでした。
まあ、まだ学術的にも正式には認められていないようですが。

では標準予防策は、どの感染経路を想定しているのでしょう?
・咳/唾液は飛沫感染?
・血液は接触感染?
・便は接触感染?
となりますか。

う〜ん、どうも釈然としません。
その理由は、同じ「接触感染」でも侵入場所が異なるから、
一緒にしてしまうと違和感があるのかもしれません。

例えば、
・飛沫感染は鼻・口・目(顔面・気道粘膜)を介する
・血液による接触感染は傷口(血管・血液)を介する
・便による接触感染は口(消化管粘膜)を介する
・空気感染は気道(気道粘膜)を介する
と違うわけです。
この辺が混乱の原因かも。

モヤッとしたものが残るので、五十の手習いとして再確認してみることにしました。

<標準予防策>
・手指衛生
・サージカルマスク
この二つのみ必須で、あとの3つはオプションです;
・グローブ→ 体液に触れるときに装着
・ガウン/エプロン→ 体液に触れる可能性があるときに装着
・ゴーグル/シールド→ 飛沫が出るときに装着
(・患者隔離→ 不要)

なんだ、簡単じゃない。
とりあえず、手指衛生とサージカルマスクをしておけばいいんだ。

と思うなかれ。
この「オプション」が曲者です。
患者さんに相対するとき、処置をするとき、
・グローブが必要か?
・ガウン/エプロンが必要か?
・ゴーグル/シールドが必要か?
とその都度、判断を迫られることになるのです。
そのシチュエーションによりアレンジする能力が求められる高度なスキル。

<標準予防策+飛沫感染予防策>
・手指衛生
・サージカルマスク
の二つが必須であることは同じです。
さらに追加されることは、
・患者隔離(換気個室、患者にマスク)
だけで、ほかのオプションは同じです。

<標準予防策+接触感染予防策>
・手指衛生
・サージカルマスク
の二つが必須であることは同じ、
さらに追加されることは、
・患者隔離(個室)
だけで、ほかのオプションは同じです。

各感染経路予防策を足しても、入院設備のない開業医院では、
標準予防策と飛沫感染対策・接触感染対策はあまり違いがないということになります。

<標準予防策+空気感染予防策>
・手指衛生
・N95マスク(サージカルマスクでは不十分)
の二つが必須、かつ
・患者隔離(換気個室、患者にマスク)
が追加になります。
そして、ほかは同様にオプションです。

ここで初めて「N95マスク」が登場しました。
接触感染・飛沫感染予防策と明らかに一線を画する空気感染予防策。

さて、新型コロナウイルスの「エアロゾル感染」「マイクロ飛沫感染」は、
飛沫感染と空気感染の中間に近い感じで使われています。

なので、N95マスクの必要性が宙ぶらりんになっているのが現状です。
一般診療でN95マスクを常時装着すべしとする意見は耳にしません。
N95マスクとは息苦しさを感じるほど密閉感があり、
連続装着は1時間が限度、と聞いています。

以上、新型コロナ対策は、
「標準予防策+接触/飛沫感染予防策(〜空気感染予防策?)」
とうまくまとめられませんでした

現実には、カゼ症状を訴えて来院された患者さんは、新型コロナを否定できませんので、
「すべての患者さんが新型コロナかもしれない」
と想定して対応するのがベストです。

中山久仁子先生は新型コロナ感染対策について、以下のように述べています;

標準予防策+飛沫感染/接触感染予防策」を実行、
具体的には、
・手指衛生
・有症状患者の診察の際はグローブとガウン/エプロン
・サージカルマスク(+患者にもマスク)
・診察の際はゴーグル/シールド
(・患者隔離:有症状患者は換気個室/患者にマスク)

ここにN95マスクは入っていませんね。
現在、小児科開業医である当院で行っていることと比較すると、
「グローブ装着」をしておりません。

まずいかな?

どうしてこうなったかというと、
新型コロナ騒ぎの当初はグローブが手に入らなかったからです。
そしてグローブがないときは手指衛生で代用可能とされていました。

■ 医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド(第3版)

の15ページに「PPEが不足している状況下における感染管理の考え方」が記載されています。
その表を抜粋しますと・・・手袋の(注 1)に「手袋が使用できない状況では手指衛生で代用」とあります。


医療者が行うグローブ装着には二つの目的があります。
1,接触感染から自分を守る
2,接触感染から患者さん守る
もし2までカバーするなら、一人一人の患者さんの診察ごとにグローブを交換する必要があります。
最近、スーパーのレジ担当者がグローブ(手袋)をしている光景を見かけますが、
各お客さんで毎回交換しない限り、2は期待できません。

果たして医療用グローブを患者さん毎に交換して診療している開業医が現在どれだけいるのか疑問です。
市中感染が広がり、新型コロナの確率が高くなった段階で実施することになると思います。

少し脱線しますが、小児科開業医の感染対策で現在も困っていることは、
「エアロゾル発生の可能性のある処置」
です。
上の表には「N95マスク」が必要とされています。

どうもこの「エアロゾル」の定義が曖昧なので、
「N95マスク」の必要性がどっちつかず、ですねえ。

2020年の2月か3月頃、N95マスクが品不足のため、
日本医師会から医療関係者に「エアロゾル発生処置は控えるように」
という指示が出ました。
現在もN95マスクは潤沢に流通しておらず、
当院でも困っています。

「エアロゾル発生処置」とは、具体的には、
・喘息発作のネブライザー吸入
・乳児の鼻吸引
・乳幼児の採血
などを指します。

口を開けて呼吸したり、咳き込んだり、
乳幼児が泣き叫んで唾液が飛んだりする処置ですね。

このうち、喘息発作の吸入は携帯用吸入器を駐車場の車内で行うことで解決しました。
残りの二つは、まだ見通しが立ちません。

ただ、小児科はふつうの診察でも泣き叫ぶ乳幼児が当たり前のようにいますし、
予防接種の際も乳幼児は大抵泣き叫びます。

この辺を見て見ぬ振りして、処置だけクローズアップして禁止するのは、
いかがなものか・・・というのが現場のつぶやきです。

岡Dr.のわかりやすい解説を見つけましたので、一部抜粋します;
※ 下線は私が引きました。

■ ウィズコロナ時代の適切な感染予防とは?
岡 秀昭(埼玉医科大学総合医療センター)
 ・・・無症状者も多い新型コロナウイルス(SARS- CoV-2)の感染対策の肝は、ズバリ、全員にPCR! ......ではなく、常にガードを固めて臨むということです。しかし過剰なガードは不自由を伴います。ではどの程度のガードが必要なのでしょうか。そのガ ードこそ標準予防策であり、それを常に徹底するこ とが必要なのです。これが非常に重要で、4本の矢の中でも最重要であり、最終の防衛ラインになる対 策だと考えてください。
 常に標準予防策を守っていれば、後で感染者が判明した時に感染拡大を最小限に抑える ことができます。これはみんなにPCR検査を行うことよりもはるかに重要です。PCRの感度に限界がある以上、いくらPCR検査を行っても感染しているかどうかを完全に把握することはできません。つまり完全な見える化は無理なのです。ですから、「見えてからガード」ではなく常に標準予防策を実施し、その上で疑いのある場合は速やかにオプションである接触・飛沫感染予防策も講じる必要があります。
 標準予防策はスタンダードであり、医療者ならば誰もができなければいけないですし、
行わなくてはならないことです。これを行わないのは、本来は今までであっても「医療者
失格」で、医療の現場に出る資格がないと強く言いたい必須スキルになります。COVID-
19などが疑われた際には、それに加えて、必要となる接触・飛沫対策を追加するのです。

「標準予防策を守ること」を理解できていますか?
 さて、この「標準予防策」がどのようなものか復習してみましょう。定義は、「全ての人は伝播する病原体を保有していると考え、患者および周囲の環境に接触する前後には手指衛生を行い、血液・体液・粘膜などに曝露する恐れのあるときは個人防護具を用いることである」です。
 これ、きちんと理解できていたでしょうか。実際、現場には誤解があるように感じます。標準予防策というと、「手洗いだけしてれば、あとは何もしない、いつも通り」と思われがちですが、これは大きな間違いです(もちろん、「いつも通り」がしっかり標準予防策となっているならば、いつも通りでOKですが)。
 本当は非常に頭を使わなくてはならず、状況に応じて感染を防ぐ対策をセレクトしなければならないのが標準予防策です。
 再度、復習しましょう。患者由来の湿性物質との接触が予想されるときには予防具を用います。湿性物質に触るときは、手袋、口・鼻の粘膜が汚染されそうなときはマスク、衣服が汚れそうなときはプラスチックエプロンやガウン、飛沫が目に入りそうなときはアイシールドやゴーグル、顔、目、口、鼻の粘膜が汚染されそうなときはフェイスシールドを着用します。
 すなわち、手袋を着けるのか、ガウンを着るのか、マスクをするのか、それぞれ頭を使って決める必要があり、接触・飛沫・空気感染予防策と比べても実は一番難しいのです。それでも全員ができなければいけません。全ての感染予防策は、標準予防策が土台にあり、必要に応じて、応用として付け足すものなのです。
 例を示しましょう。今、目の前に恐らく感染症を全く発症していないであろう患者がいるとします。その患者に触るとき、手袋は必要でしょうか? それはいりません。しかしながら、その患者は何かの病原体を持っている可能性があります。その患者に触れることで、何かの病原菌を自分の手につけてしまい、さらにはその病原体を他の患者に運んでしまうかもしれません。ですから、仮に手袋を着けなかったとしても、患者に触れる前後にはアルコールで手指消毒をしなければいけません。これが標準予防策の考え方です。
 では、患者にもしどこか傷口があり、血を流している場合、手袋やガウンは必要でしょうか? これは必要になります。血液など、人の体液は常に何らかの感染源になると考えるべきで、血液が付着する可能性がある際は事前に手袋やガウンを着用しなければいけません。また、血液が自分の顔に触れる可能性があればフェイスシールドも必要です。
 こんな場合はどうでしょうか。目の前の患者はCOVID-19の診断を受けてはいませんが咳をしています。この場合、マスクはやはり必要です。咳をするということは、飛沫感染を起こす微生物を持っているかもしれないからです。また、感染症の診断がないからといって、患者のおむつを替える際、まさか素手で触りませんね。便や尿がつくかもしれません。手指衛生をするだけでなく、手袋もガウンもします。
 このように、状況に応じて判断して適切に防護具を着けなければいけません。つまり、全て患者の体液・排せつ物に触れる可能性がある場合は感染性があるものと仮定して、状況に応じた適切な防護策を自分で選ぶのが標準予防策であり、医療従事者はこれを順守しなければいけないのです。
 標準予防でもガウンや手袋、マスクを着けることがあるとならば、接触予防策や飛沫予防策は標準予防策と何が違うのでしょうか。それは、接触飛沫予防策、空気感染予防策で は、既に対象となる微生物が判明していたり、あるいは強く疑われる状況にあるのが前提ということです。ですから、その患者のおむつ交換という場面でなくても、常に接するときは前もって、手袋やガウンを着けて診療をしなければならないというのが接触予防策です。同様に、前もって距離を開け、それが困難ならお互いにサージカルマスクを着ける。
 これが飛沫予防策です。患者が結核だと診断されている場合や強く疑われている状況では可能であれば、陰圧室に入れて、我々は診察室に入る際に空気感染予防用のN-95マスクを着けなければなりません。これが空気感染予防策です。
 医療従事者はこれらの予防策を習熟して、しっかりと対策しなければいけません。これが感染予防の最終防衛ラインです。感染予防策ができていれば、検査で見逃された患者からの感染の拡大も未然に防ぐことが可能になるのです。

COVID-19対策の“特別オプション”
 さらにCOVID-19に対する特別な対策オプションがあります。それがユニバーサルマスクです。先ほど私は、飛沫感染の恐れがある場合の対策として、互いにサージカルマスクを着けることを紹介しました。患者もしくは医療者が咳をしている場合、飛沫感染を起こすリスクがあるため標準予防策としてマスクの着用を選択しますが、COVID-19対策では頭を使わずに誰もが常にマスクを着用します。
 咳の有無、ソーシャルディスタンスの可否によらず、医療機関内にいる全員がマスクを着用することをユニバーサルマスクと呼びます。病院の外来や診療所に入る全ての職員・関係者(可能な患者さんも)はマスクを着けるのです。COVID-19対策では、標準予防策 に加えてユニバーサルマスク着用が標準仕様になります。これはエビデンスもある程度確 立してきており、ユニバーサルマスクを導入する前後で、研究を行った医療施設の医療従 事者のCOVID-19陽性者数が明らかに減ったとする報告があります。というのもCOVID-19は飛沫感染が主体ですが、症状が出る前から感染性があります。つまり、咳をしていなくても通常の会話で生じる飛沫で他人へ感染が起きる恐れがあるのです。サージ カルマスクはそのソースコントロールとして、口から飛沫が放出されるのを抑える効果があります。従ってCOVID-19流行下では、医療従事者はユニバーサルマスクも標準予防策 の一環として行う必要があるのです。

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