新・定年オジサンのつぶやき

残された日々をこの世の矛盾に対して勝手につぶやきます。
孫たちの将来に禍根を残さないよう、よき日本を「取り戻したい」。

国会議員は単なる公務員ではないし、選挙専門業者でもない

2021年12月04日 11時56分16秒 | 政治

国会において、国会議員の「議員数削減」とか「歳費の見直し」といった議員自身の「身を切る法案」なんかは成立したためしがない。
 
これは当然のことで、巷では「ドロボーに自分を裁く法律を作らせるようなもの」と揶揄されていた。
 
先の衆院選挙で10月31日に当選した日本維新の会の新人議員の「たった1日で100万円!?」というツイートが発端となり、維新の連中は、待ってましたとばかりにこの問題を大きく取り上げ「身を切る改革の党」のパフォーマンスを繰り広げたが、吉村洋文大阪府知事も、府知事になる前の国会議員時代に、議員辞職を1日遅らせたことにより、「たった1日で100万円」の文書通信交通滞在費を受け取っていた事実を暴露され、まさにかつての民主党のお得意の「ブーメラン」が話題になった。
 
さすがに、こんな法律自体の杜撰さに対する世論の声に押されて、与野党は文書通信交通滞在費(文通費)の日割り支給を可能にする歳費法改正案について、6日召集の臨時国会での成立を協議していたが、野党が、領収書の添付義務化による使途公開なども主張し、折り合わなかったため、自民党は見送る方針を固めたという。
 
自民、文通費日割りの臨時国会成立断念 野党『使途公開』主張、折り合わず
 
こんなまっとうなコメントがあふれていた。 
★維新は野党提案できる議員数確保したんだから、臨時国会だけでなく通常国会でも何度でも出せばよい
★どちらもわざと相手の飲めないオプションを入れる姑息なやり方。保身には保身でか。
★つまりは結局、税金を大切に使おうって気がまったくないのでしょうね。
 
さて、立憲民主党の盛り上がりに欠けた代表選が終わり、党内の大所の人事が確定してきた。
 
党代表・泉健太、両院議員総会長・阿部知子、代表代行・逢坂誠二、幹事長・西村智奈美、選対委員長・大西健介、政調会長・小川淳也、国対委員長・馬淵澄夫。
 
しかし当初の泉健太の「執行役員は男女半々」発言は掛け声だけに終わり、両院議員総会長、幹事長の2人だけで、今後「代理」「代行」「副」のつく役職に女性が登用されて「執行部の一員だ」と胸を張られてもお粗末感は否めない。
 
さらには、日刊ゲンダイの「立憲の新代表は? この国の野党には卑しい輩が多すぎる」という記事では図星をつく指摘があった。
 

今年2月から9月にかけて計8回のシステム障害が確認され、金融庁から11月下旬に業務改善命令を受けた「みずほ銀行」と「みずほFG」。国内有数のメガバンクで発生した前代未聞のトラブルが一向に改善されない背景には、合併した「富士銀行」「日本興業銀行」「第一勧業銀行」の旧3行による主導権争いがあるといわれる。
 コロナ禍とはいえ、大手百貨店「三越伊勢丹HD」の業績不振に対しても、業界から聞こえてくる低迷の理由は「伊勢丹」と「三越」という両老舗出身の違いによる社員間の不協和音。同業種であっても社風や社員の考え方は違うし、一緒になったからといって、いきなり二人三脚で「右向け右」とはならないのも無理はないが、それはあくまで企業の話だ。この国の未来を担う政治の世界ではそうはいかない。
「この代表選以降は旧何々党ではない。立憲民主党の下でみんなが一つになるよう頑張りたい」
 立憲民主党の代表選で新たなリーダーに選ばれた泉健太はこう言って「挙党一致」を訴えていたが、果たしてどうなのか。「あいつは嫌だ」「おれは〇〇党の出身」「早く安泰の身分になりたい」なんて、サラリーマン根性むき出しの卑しい連中ばかりでは、この国のかじ取りを任せられるはずもない。泉代表が単なる「サラリーマン政治家」を束ねるだけにとどまるのか、それとも「本物の政治家」集団をつくり上げられるのか。

 
 
2009年に下野した自民党は当時、国会議員が全国に散らばり、あらためて有権者の思いを聞いて回りました。従来の支持団体以外も、です。それが政策立案に役立ったかどうかはともかく、そのひたむきな姿勢や思いは有権者に伝わったはず。そうした姿勢を立憲が見せられるかが重要だと思います
(政治アナリストの伊藤惇夫)
 
衆院選で立憲が負けた最大の理由は『野党慣れ』の姿が有権者に見透かされたことだ。いい悪いはともかく、自民党議員は地元にへばりつき、毎日、熱心に活動しているが、立憲議員の多くはその姿が見られない。歳費削減など自らの身を切ることもしない。与党議員と同じ歳費を得て、特権を与えられながらワーワーやっているだけ。これでは国民の支持が得られるはずがない。本気で国民生活を良くしたいと考えているのであれば、それこそ、選挙区を這いつくばり、命がけで票を掘り起こすぐらいでなければ有権者は信用しない。つまり、その覚悟が野党議員にあるかどうかだ
(福田赳夫元首相の秘書を務めた中原義正)
 
ところで、泉健太新代表に対しては面相に嫌悪感を抱き、枝野幸男は政治センスがないので、以前からは「具体的にこうせよと提案を進言していた」という御仁が立憲民主党に憤りながらもアドバイスを送っていた。
 
青バッジこそが泉健太の政治信条と政策立場 – 展望を失った立憲民主党組織」 
 
昨年の10月、辺見庸が菅義偉のことを特高顔だと言って物議を醸した一件があった。毎日の夕刊に載ったインタビューで、「菅さんっていうのはやっぱり公安顔、特高顔なんだよね。昔の映画に出てくる特高はああいう顔ですよ」と言っている。言い得て妙であり、正鵠を射ていて、傑作の政治的洞察だと思う。さすがに辺見庸の観察眼は鋭く、文学者らしい辛辣な表現で本質を捉えている。単に市民の批判的な嗅覚と表象を代弁して言語化しただけでなく、日本の政治の核心を衝き、この国の政治史の真相をよく教示している。政治学的に価値の高い寸言であり、長く参照されることだろう。その辺見庸だったら、泉健太の顔を見て何を直観してどう形容するだろうか。辺見庸を真似して遠慮なく言えば、私は率直に、泉健太の目つき顔つきに底知れぬ薄気味悪さを感じる。あの雰囲気と言葉つきが不吉で不快だ。本人や支持者には恐縮だが、これは多分に生理的で本能的で個人的なもので、私がここまで嫌悪感と警戒感を白状する政治家はあまりいない。それがなぜなのか、自分でも原因がよく分からず戸惑う部分がある。
政党の新代表に向かって、いきなり面相を問題にした批評から切り出すのは、無名異端のブログとしても不躾すぎて些か気が引ける。が、先日、NHKの歴史番組の『英雄たちの選択』を見ていたら、三浦按針(ウィリアム・アダムス)の特集を放送していて、家康が按針を接見・尋問した最初の出会いの幕が紹介され、磯田道史が興味深い解説を加えていた。家康は按針と対面すると、長い間じっと目を見つめていたというのである。何十秒か、ひょっとして1分以上、黙ったまま、按針の視線と表情を食い入るように凝視した。人物を観察して、何者か、どの程度の器量かを評価し鑑定したのである。そのくだりを説明した後、ある経営者から聞いた談話を引き、ビジネスで相手を信用できるかどうかは目を見て一瞬で決める、話の内容では判断しない、という挿話を被せて老獪な家康のスタイルを称賛した。説得力のある歴史の逸話であり、カリスマ家康の人間力を感じさせ、古今普遍的に通ずる法則性を考えさせられる。言葉以上に、目つき顔つきの情報から、その者の真相や真意や動機や思惑がキャッチされるのだ。
一つ明確に言えるのは、泉健太のルック・アンド・フィールと前原誠司のそれが重なる点だ。二人は人相が相似している。この指摘と考察は、多くの者に頷いてもらえるだろう。泉健太は立命館を卒業した後、秘書から始めてずっと政治家稼業で、社会人の職業に就いた経験が一度もない。若い頃から前原誠司の陣笠子分の人生一筋であり、前原誠司の影響を決定的に受けてきた。指南と薫陶を受けて政治家として育っている。師匠と弟子の長く深い関係だから、前原誠司の目つき顔つきが複製・転写されるのは当然で必然だろう。政治思想と政治人格は前原誠司とそっくり同じと考えていい。フル・コンパチブルだと想定できる。だが、何か、前原誠司よりも冷たく暗い闇が潜んでいるようであり、その正体が何なのか、不気味でよく掴めない。あれは確か16年4月の衆院京都3区補選のとき、前原誠司が、小池晃や穀田恵二と選挙カーの壇上に立ち、「共闘」を訴えて愛想を振りまく場面があった。例の希望の党の政変の1年半前の出来事である。「共闘」のアピールが欺瞞で偽装であることは、前原誠司の汚い目つき顔つきを見れば一目瞭然だった。
泉健太は代表選では素顔と本音を隠し、言質を取られないよう注意深く口舌を配慮して対処し、他の候補3人と大差ない政策発言で終始して、無難に代表に収まっている。極力波風を立てないように、左翼やマスコミに言葉尻を押さえられて騒動の渦を作らないように、慎重居士の安全運転に徹して他の3人と言葉を合わせていた。共産党と手を切るとは言わず、改憲に乗るとは言わなかった。だが、それが代表選を乗り切るための一時的方便であり、人を騙すフェイクであり、本心が別にあることは、胸に光らせた青バッジが明快かつ雄弁に物語っている。青バッジこそが本当の政見と政策を発信する実体だった。立憲民主党の中で右翼の青バッジを常時着用し、自己の政治的アイデンティティを示威している政治家が、果たして何人いるだろうか。そのきわめて少数の右翼グループの中に泉健太は入っていて、反共の信念の強さを衆目に印象づけている。立場をストレートに強調している。青バッジのシグナルが泉健太の基本政策の表明であり、したがって、共産党と絶縁するのは時間の問題だ。マスコミの論調や世論調査に背を押されて、少しずつ狡猾に前言撤回へ動くだろう。
選挙に勝っても負けても立憲民主党は混乱と分裂に直面するだろう。と、昨年の合流新党の時点で私は予想を述べている。そのとおりに進行しつつあり、確実に(何度目かの)左右分裂になるはずだ。立憲民主党の連中は、もうその遺伝体質的な循環と往復に慣れきっている。彼ら自身が、また分裂劇が始まるなあと内心察知していて、今度も巧く波乗りして議員生命を保持しないといけないなあと準備しているに違いない。私は、泉健太が新代表になるだろうと予感していた。その理由は、マスコミ(TBS報道1930を中心とする)が泉健太推しの強風を吹かせていたからであり、風見鶏の議員たちが、マスコミの意向どおりに日和見するだろうと予想したからだ。民主党というのはそういう集団だ。議員個々に骨がなく芯がなく、マスコミの言うとおり「世論」の言うとおりに右顧左眄する。今回、マスコミは全局全紙が枝野幸男の路線を非難し、「野党共闘」の清算を立憲民主党の議員たちに求めていた。泉健太への応援で一致していた。枝野幸男のカリスマが失墜して枝野路線が否定された後、風見鶏の議員たちが新代表を選ぶとなると、当然、マスコミにエンドースされた泉健太に票が集まる。
現在、マスコミは泉健太に祝辞を送り、来夏の参院選に向けて地方組織の足固めをせよなどと浮薄に言っている。立憲民主党の地方組織というのは、一つの重要な論点だと思うので口を挟みたい。この党の地方組織が盛り上がった絶頂期は、言うまでもなく10年前の政権交代の瞬間である。このとき、政党として現場が最も活力があり、志に燃えた人材が集まり、政権政党として将来にわたって定着する構想と実感が地域でリアルになっていた。そこから10年。12年には小沢Gの追放と分裂があった。17年には希望の党の分裂と壊滅があった。地方組織は国民と立憲に分かれた。歯に衣着せぬ言い方をすれば、この党は最早、国会議員が議員職を続けるのに精一杯で、全国の党組織をどうするというようなエネルギーとエートスは存在しない。人材が疲弊し絶望して四散しているはずだ。有能な人間ほど去ったのではないか。中央ですらこれほどの人材の払底と枯渇なのに、高齢化と経済衰退の甚だしい地方においておや。おそらく残っているのは、昔からの連合の左右の組合だけだろう。自治労が強い県は左。ゼンセンが強い県は右。「政権交代」の夢で人を釣れなくなった党が、果たして荒廃した地方組織を再建・活性化できるだろうか。
枝野路線の「野党共闘」の4年間が、それなりにこの党が新しく地方組織を再生する基盤を作りかけた再出発の機会だったように思われるし、それを担う人材を探していた期間だったのではないか。今回、泉健太が新代表になり、枝野路線が白紙化されて、党組織はまだ振り出しに戻ってしまった感が否めない。左派勢力たるを徐々に明確化させ、地元の社民・共産と手を組む方向で始動していた末端からすれば、展望を失ったという事態になるだろう。政党が一つの路線を定着させるには10年はかかる。10年かけてその路線を担い引き継ぐリーダーを育てないといけない。ここで方向転換が起きると、また一からやり直しの積み木崩しで、とても組織のモラールを維持できない。積み木崩しばかり無駄に無意味にやってきたのがこの党で、根無し草のままマスコミの反共ネオリベの風(=保守改革二大政党制の扇動)に乗ってきたのがこの党の歴史だ。面子は同じで、昔からほとんど入れ替わりがなく、少しずつ減っている。煎じ詰めれば、この党の25年間というのは、「政治改革」が誤謬で、小選挙区制の導入が失敗だったという結論を証明してきた25年だった。それは、派閥を持つ自民党の存在意義ばかりが国民に納得される政治過程でもあった。
老婆心で泉健太と新執行部にアドバイスを送ろう。私はずっと枝野幸男に対して、マスコミの世論調査の政党支持率は学校での小テストと同じだよと言い、平常点がよくないと、期末試験だけで一発逆転を狙って通知表の成績を目標どおり仕上げるのは無理だよと言ってきた。何度も何度もブログでしつこく言い続けてきた。ところが、枝野幸男も、そこにくっついて左翼利権を飽食しているしばき隊連中も、一向に聞く耳持たず、この至当な忠告を無視してきた。その結果、4年前と同じ比例票しか獲得できず、合流で水膨れした不良債権たる議員数の議席を賄えなかった。立憲民主党の政党支持率は5%ほどで、全く増える気配がなかったのだ。枝野幸男も、この数字を上げようという意思と努力は微塵もなかった。不思議で仕方ない事実だが、政治のセンスがないという現実はこういうことだろう。これは別に、マスコミに媚び売りして右にスリ寄れという意味ではない。刻々の政治状況の中で、国民の救済に力を尽くして奮闘しろという意見であり、国会の中だけが仕事場ではないという叱咤だ。それは、逢坂誠二が言っているような抽象論ではなく、私は常に具体的にこうせよと提案を進言した。コロナ禍の対応で、野党専門家チームを立ち上げろと繰り返し主張した。
都庁に出向いて「野戦病院」を建てるよう小池百合子に直接談判せよと訴えた。この要求を真面目に聞いて動いていれば、国民の期待をそれなりに集め、平常点たる政党支持率を上げることに成功し、選挙で比例票となってリターンされていただろう。政治センスのない枝野幸男は、共産党と一緒に「国会開け」と吠えるだけで、しばき隊の小僧ふぜいとツイッターで戯れて時間潰しするだけだった。国会議員は国会公務員ではないし、選挙のときだけ目の色変えて人が変わる選挙専門業者ではないのだ。

      
確かに、「立民新執行部が本格始動 泉代表、4日初の地方出張」によれば、泉健太代表は西村智奈美幹事長とともに連会長の芳野友子を表敬訪問していたり、同党の馬淵澄夫国対委員長は、自民党が今まで憲法違反の「臨時国会開会拒否」を続けていたことから開始された「野党合同ヒアリングを、ナント、「野党ヒアリング、見直し検討 立民・馬淵氏」という体たらく。
 
国民の支持を集めるために「両翼」を広げることは必要だろうが、問題はそのバランスなのだが、どうやらその翼は「右」のほうに傾きすぎてしまったのでは、とオジサンは思う。

 
   

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