湖の底にはいろいろなものが沈んでいる。
時には「本当か?」と思うものもある。
これはどう見ても金塊に見える。
どこの話だかはあえて伏せておこう。
同じ場所で撮影した普通の石はこう見える。
違いがあるのだから、それぞれ別の物質なのだろう。
残念ながら、びわ湖ではない。
機会があればもう一度訪ねてみたいものだ。
こういう時の所有権はどうなるのだろうか。
時間はゆっくり過ぎていく。
そして確実に事実は積み重なっていく。
何かしても、しなくても、同じことのようだが、実は大きな違いがある。
私がその場所に行かなければ、この金塊(?)は発見されなかった。
そして、私が知ろうと知らなかろうと、この輝く石はここにあり続けただろう。
よくある話だ。
偶然が私たちを導く。
古代の遺跡の多くはそうやって見つけられてきた。
学問上の重大発見もそうだ。
知ろうとする行為があると、何か残るものだ。
たとえそれが気の遠くなるような時間を必要としたとしてもだ。
だからこそ、感性と知力を研ぎ澄まして、前向きに生きることが大切だ。
そのうちに棒にあたることもある。