突然、友人Hが芋焼酎を片手に我が家へやってきた。正しい夫婦生活の指導をするためと言っていたが、キャバクラへ行くまえにハズミをつけたかったのはミエミエだ。いつもながらの寂しい中年独身男。
b:「生活指導ったってフィリピン人妻だぞ、それにオマエ、バツイチじゃないか」
h:「ん?オマエ、彼女と付き合って何年?」
b:「デキチャッタ結婚で1年半、夫婦生活は1ヶ月半」
h:「バーカ、バツイチ後オレはバリ島の女と10年付き合ったんだぞ」
h:「バツイチというのはそれだけ女の辛苦を舐めたってことだ、若輩者」
b:「ハハァー、バツイチ閣下、おみそれ致しました」
そうだった、友人Hはバリ島渡航歴15年で50回以上を誇るバリフリークスだった。何度か一緒にバリ島へ行ったとき、Hは時々現地妻のアパートに泊まった。彼女はコーマン(次女の意)っていう神をも畏れぬ名だった。バリ島には神々の棲むアグン山を臨むキンタマーニ高原もある。それはそれとして家事をマメにする妻との夫婦生活にこれといって問題はない。強いて言うなら妻の野菜嫌い。
h:「アノネ、そんなもの放っておけ。コーマンなんて10年間一度も野菜を食ったことはない」
以後、芋焼酎でエンジンの掛ったHの独壇場と化し、衝撃の真実が次々を浮かび上がった。掻い摘んで言えばコーマンとフィリピン人妻はまったく同じライフスタイルだったのだ。田舎から出てきて繁華街で暮らし、掃除、洗濯、アイロン掛けをマメにやり、料理はダメ、一日2度の食事も同じだった。
h:「タベモノ アシタ ウンコ ナル」
h:「ソレヨリ クツ カッテ」
h:「クソになるものよりクソにならないクツだとさ」
b:「おお、それは偉大なる真実」
繁華街に住むバリ人の一般的な食生活は、屋台でライスと鶏のから揚げを一緒に油紙で包んで持ち帰るブンクスと呼ばれるスタイル。日本円で50円位、それを毎日2回食べ続けるワケだ。Hがコーマンを食事に誘っても受け付けないから、食事に人生の重きを置いてないのだろう。
それから、以前、Hとともにバリ島現地の友人宅へ行ったことがあった。そこは小さな漁村で現地の友人の親父は漁師。「メシを食っていけ」と言われ、出された食事は不気味な魚の丸揚げとライス。パーム油で揚げていたので臭くて食べられなかった。毎日同じ食事だと現地人は言っていた。
b:「あんな油っこいメシが毎日なら早死にするのでは」
h:「バリ人の平均寿命は60~65歳位」
h:「あと、野菜の代りに果物はよく食べる」
h:「時間だ、キャバクラへ行く」
b:「テレマカシー」(ありがとう)
h:「サマサマ」(どういたしまして)
Hによればバリ・ヒンドゥー教の教えからバリ人は人生50年と考えている。そして宗教儀式が人生で最も重要であり、儀式は特別な果物を供物にするそうだ。だから食生活も宗教的な慣習に支配され「日本人のグルメとは全然違う感覚だ」と意味深いことを言って、キャバクラ夢遊病者のHは旅立った。