オーロラ特急    ノスタルジック旅日記 

旅好き、歴史好き、鉄道好き、クルマ好き、カメラ好きの団塊ボーイが社会科見学的な旅を続けます。

2020桜の旅 護国寺、満開の安行桜、石灯籠、続・有名人の墓

2020年03月03日 | 東京
護国寺仁王門脇の天風会館護国寺仁王門、今日も護国寺です。阿形像吽形像。阿と吽の2体で阿吽です。広目天増長天不老門前の安行桜不老門本堂力士像音羽大仏本堂前の枝垂れ桜本堂左手の安行桜囲われた石灯籠八幡形太秦形飛鳥形蓮華寺形。最初は上の字は「道」かと思ったんですが、正解は「蓮」でした。パラソルチョコのような形です。雪国に多く、雪が積もらないように工夫がされました。
当麻形
柚之木形栄山寺形道明寺形元興寺形奥之院形般若寺形雲卜形三月堂形法華寺形蝉丸形祓戸形多武峯形西之屋形燈明寺形平等院形。石灯籠にこんなに種類があるとは知りませんでした。除闇裏側に「模造石鐙名称」と書かれて20の石灯籠の名称一覧があります。蓮華寺形の文字
鐘楼公爵山縣家の墓明治の政治家・田中光顕の墓。小田原の別荘は現在は小田原文学館となっています。動物カメラマン・田中光常は光顕の孫。カムチャッカで熊に襲われて死亡した星野道夫は光常の弟子です。明治の元勲、早稲田大学の創始者・大隈重信の墓松江藩主松平不昧(治郷)の墓公家出身、明治の元勲・三条実美記念碑三条実美の墓明治の官僚・清岡公張の墓浦部武夫の墓。1960年代の東京都議会黒い霧事件のときの副議長です。贈賄罪で有罪判決、執行猶予付きでした。浦部武夫像清岡正明の墓明治の政治家、日本大学の創設者・山田顕義の墓西国三十三所写秩父三十四所総開帳供養塔「空手バカ一代」大山倍達の墓中村天風の墓。頭山満の玄洋社に所属、陸軍諜報員として満州で活躍、戦後は思想家、実業家として活動。天風会館は護国寺仁王門のすぐそばにあります。大修館書店の創業者・鈴木一平の墓。鈴木一平は諸橋轍次の「大漢和辞典」監修・編集を支援し、大修館書店から出版されました。政治家・鳩山邦夫の墓墓誌気象学者・野中到の墓。富士山頂に気象観測所を設置しました。盛岡藩南部家の墓南部利剛の墓。利剛は盛岡藩14代藩主。南部利祥の墓。利祥は利恭の長男。陸軍中尉、日露戦争で戦死。戦前盛岡城跡に利祥の銅像がありましたが、金属供出でなくなり、現在は台座だけが残っています。南部利恭の墓。利恭は盛岡藩15代藩主で、のちの白石藩主南部利功・利道・季子の墓財界人、政治家・池田成彬の墓。日本銀行総裁、三井財閥の総帥明治の官僚、政治家・平田東助の墓島津家の墓島津久誠・達久の名前があります。護国寺歴代大僧正の墓元帥山県有朋の墓大倉財閥の創始者・大倉喜八郎の墓。ホテルオークラ、大成建設は大倉財閥の流れを汲む会社です。大倉彦一郎の墓。喜八郎の外孫です。鳥尾家の墓。明治の陸軍軍人、政治家・鳥尾小弥太の子・孫の墓です。宇都宮徳蔵の墓。横浜の港湾運輸会社・宇徳の創設者です。護国寺の墓探索第2回でした。大修館の鈴木一平、三井物産の池田成彬、政治家・鳩山邦夫の墓の発見は成果でした。自由民権運動の河野広中、陸軍の土肥原賢三、海軍の野村吉三郎、銀座コージーコーナーの小川啓三、作家の團伊玖磨、三井財閥の団琢磨、作家の梶原一騎、政治家・松村謙三、同・水田三喜男は未発見です。

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