オーロラ特急    ノスタルジック旅日記 

旅好き、歴史好き、鉄道好き、クルマ好き、カメラ好きの団塊ボーイが社会科見学的な旅を続けます。

山陽道・古城の旅 岩国の城下町と日本三名橋・錦帯橋

2018年03月12日 | 中国
岩国駅です。岩国といえば錦帯橋です。吉川広家が築いた岩国城錦帯橋と錦川錦帯橋の北側の錦城橋「岩国鵜飼音頭」歌碑久能寅夫銅像。戦後の岩国市長、台風で流失した錦帯橋の再建に貢献した。重宗雄三像。戦後の参議院議長。池田勇人・佐藤栄作の時代の大物政治家です。実兄が明電舎の創業者で、雄三も同社の社長を務めたのちに政界入りしました。これは初耳でした。
佐々木小次郎像。吉川英治作の「宮本武蔵」では小次郎は秘剣・燕返しを岩国で開眼したとしています。吉川英治は吉川(読みは「きっかわ」)つながりで岩国を選定したのでしょうか?燕返しもう一つの開眼の地は福井県一乗滝です。福井県一乗滝にも佐々木小次郎像はあります。一乗滝の佐々木小次郎像はこちら
「岩国城」歌碑宇野千代は岩国の出身です。吉川重吉の立志の碑吉川岩国事務所・吉川林産興業。吉川家の管理会社のようです。吉川史料館は開館時間を過ぎていました。旧昌明館。岩国藩7代藩主吉川経綸の隠居所、廃藩置県後は岩国県庁となりました。現在は吉川史料館です。昌明館岩国徴古館。吉川家が設立した博物館、戦時中の1945年3月に完成。設計は地元出身の佐藤武夫。旧吉川邸厩門旧吉川家岩国事務所日本で2番目に古いソメイヨシノ旧吉川家厩2代目槍こかし松教育センター藩校養老館跡「お土居」の堀。岩国城の城山下に陣屋・屋敷をつくり防衛線としました。花菖蒲園国木田独歩記念碑。独歩は千葉県銚子の生まれですが、父親が山口県・広島県で勤務したため岩国にも住んでいました。元島桜桔香公園岩国三士誠忠碑エンジュの巨木褒忠社吉香神社の神門「美しき天然」の作曲者・田中穂積の銅像と歌碑錦雲閣砲術家・有坂致遠之碑白山比咩(しらやまひめ)神社錦川水神社ロープウェー山麓駅岩国美術館
藤岡市助像。「日本のエジソン」といわれ、電球を製造する会社(後の東芝)を設立した。
旧目加田家住宅シロヘビの館
錦雲閣
鵜飼育施設・鵜の里吉香公園香川家長屋門家老吉川氏屋敷跡吉川広嘉像。岩国3代領主で1674年に錦帯橋を完成させた。錦帯橋は完成以後1950年に台風で流失するまで約275年間持続し、現在の橋は2代目です。錦川右岸の商店街錦帯橋西詰3代目槍倒し(こかし)松佐々木巌流小次郎ゆかりの柳錦帯橋東詰
橋の駅。岩国城へは明朝登城します。
バスで岩国駅に戻りました。駅近くのホテルに宿泊します。
岩国は吉川広家が横山の山頂付近に岩国城を築いて発展した城下町ですが、関ヶ原の戦いで不戦負けをした毛利家の御家事情は複雑で吉川家への風当たりは強く、吉川家は毛利の分家であったため、岩国は藩ではなく岩国領として位置づけられたようです。岩国が幕府に正式に藩と認められたのは幕末のことでした。
槍こかし松も岩国が小藩であるためということもありますが、そもそも藩としても認められていなかったし、城がないので城下町でもない。宿場町か陣屋のある町と見なされていたようです。ここに槍倒し松の因縁があるようです。

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