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ありゃりゃサンポ

近現代の建築、町並みと橋が好き。
一日八千歩の散歩の忘備録。美味しいご飯と音楽と。
東京都全域をGPSで塗り潰し中。

つくばみらい市板橋地区の反り屋根

2019年01月31日 | 建築&土木見物
シリーズ「地域と屋根」その②

ワープステーション江戸を見て、板橋不動尊を見て、あとは駅まで歩くだけです。
この周辺は板橋城などたくさんの城跡があるようですが、私はそっちの人ではないのでスルーして最短距離で2.5km先にある駅に向かいました。
で、道沿いに点在する民家を眺めていて(経の巻は一応探す)ちょっと気になったのが屋根の反り。まずこれ一軒目。

そして2軒目。実は1軒目はスルーしたのですがその先の家も軒が反っていたので、これはひょっとするとたくさん続くかも、と思って戻って1軒目の写真も撮ったのでした。
立派な瓦屋根ですが、普通の民家です。玄関の入母屋、寄棟の大屋根、どちらも軒が反っているの分かりますね。
入母屋の屋根なんだから反っているのが当たり前、と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、昭和以降の建築だと実は意外とそうでもないんです。

軒の反りは古来大陸から伝わった屋根の様式で寺社建築では基本的に軒の両端は僅かに反り上がります。そのカーブの具合は建物の善し悪しの重要な部分で宮大工の腕の見せ所です。
中国では今でも両端が真上に跳ね上がるような極端なカーブが見られますが、日本の美意識ではそのカーブはかなり抑えられた伝統となりました。
いずれにしてもこのカーブを作るのはなかなかの手間なので、一般の住宅では入母屋であっても隅まで水平のものが多いです。もしくは隅の瓦だけ少し持ち上げでそれっぽくしたり。
そういうのを得意とする工務店の仕事でで今でも新築でやることもなくはないです。

3軒目。これまた立派な屋根です。

歩いているのはこんな道。不動尊近くの小さな集落で、ほとんどの家は普通のまっすぐな軒です。

でも100mに1軒くらいの割合で反りのある屋根が見られる。これなんか相当さりげないですけど沿ってます。

こんなのもあります。これは屋根としては反っていません。が先端の尖った瓦で反り感をイメージ。
見てきた反り屋根の隅に取り付けられるこの瓦は隅巴瓦といいます。左右から来た瓦の合わせ目をカバーして雨が入らないようにしつつ、反りのイメージを強調します。

明治のころは筑波郡板橋村、昭和30年ごろに伊奈村に編入、その後伊奈町に。つくばエクスプレス開通後に「つくばみらい市板橋」と再び板橋の名前を取り戻しました。
住民は住んでるところの住所がころころ変わって大変です。ちなみに私は東京都の板橋区に住んでいるので、ものすごく親近感を感じながら歩いていました。

4軒目。立派です。おそらくこの辺りのそこそこのクラスの農家が家を新築する時には、軒は反らせるものだったんじゃないかな。左隣の家は反ってない。

集落のはずれに一段と立派な屋根が現れました。もはや外から見てもどういう作りなのかよく分かりません。一番下のは裳階(もこし・装飾的意味合いの軒)かと思いますが。
本当にこのあたりの大工さん、なんかすごい。いつ頃建てられたものなんでしょうか。

同じ家をアップで。きれいですね。意外と新しかったりして。隅巴の使われ方がよく分かります。

同じ家を少し離れたところから。

このお宅の角から集落を離れて田んぼのあぜ道に入って行きます。GoogleMapが駅はそっちだと言っているので。この日はいいお天気でした。おーい雲よ~。

田んぼの奥の方にも反り屋根が見えます。6軒目。

この先はみらい平駅に近い当たりで造成されたニュータウンが広がり始めます。さすがにニュータウンの建売でで反っている屋根はありません。

歩いてきたのはこんなコース。右下の板橋不動尊から左上のみらい平駅。
写真の中央下あたりにも街道沿いに古い集落があって、やっぱり立派な瓦屋根の家がたくさんありました。
旧伊奈町界隈の集落で多く見られる沿った屋根、はたして地域的な特徴なのか、それとも茨城県の特徴なのか、それとも意外とどこでもそうなのか。
ざっくり言うと入母屋造の比率が高いところってことなんですが、入母屋だからと言って反ってる率はふつうこんなには高くない。と思う。どうかな。(寺社は除きます)
またちょっと屋根を見る楽しみが増えたようです。

駅の真ん前には大きなマンション。
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