長らく100円~120円の間で安定していた「円/ドル」の為替レート。ここへ来て、一時129年台に入るなど、一貫して円安の方向へ動き続けています。
今の円安の原因は、アメリカと欧州の中央銀行が、金融引締めへ舵を切っているのに対して、日本の中央銀行、すなわち日銀が、金融緩和の方向性を変えていないこと。長らく足並みを揃えていた先進国中央銀行のスタンスの違いが際立っているため、そこを突いて、ゼロ金利通貨から、金利上昇通貨へ資金の流れが勢いづいているのです。
ところで、為替レートには、ベースとなる価格形成の理論はあるのでしょうか?
例えば、同じ相場ものとして、株式や債券には、当然のように価格形成の理論は確立しています。債券で言えば、将来発生する利払いと元本償還のキャッシュフローを、今の金利水準=イールドカーブで現在価値に割り引いたものが理論価格になります。信用力が劣る債券であれば、割り引くイールドカーブに、その分、信用スプレッドを足して割り引くことで理論価格が計算できます。また、株式も基本は同じ。将来生み出される配当金と株式の解散価値を、現在のイールドカーブで割り引いたものが理論価格になります。ただし、株式は日々の価格変動リスクが大きいため、そのリスクプレミアムを価格に換算する必要があり、これも現在のイールドカーブにリスク分を上乗せして現在価値を割り引くことで、理論価格を計算することができます。
もちろん、理論価格と実勢価格はズレます。それは、日々の価格には、売りと買いの需給バランスが大きく影響するからです。しかし、これが大きくずれた時には、投資家にはチャンスが到来する訳です。いずれかのタイミングで、実勢価格は理論価格に近づいていくはずだからです。
それでは、為替レートに、価格形成の理論はあるのでしょうか。古典的には「購買力平価」という理屈があります。各国で同じものを買ったらいくらか。例えば、ビックマックをNYで買うと3ドル、東京で買うと360円だとします。であれば1ドル=120円が適正レートだということになります。これはシンプルで分かりやすいのですが、あらゆる消費財や間接財を合算すると、各国でバラバラな税制や優遇制度があったりして、とんでもない「適正レート」になったりするのが、この購買力平価。まぁ、10年とか20年単位で見れば、相応に使える指標なのですが、短期的な為替レートの理論値としては、まず役に立ちません。
では、為替レートを見る上で、需給要因以外に、何が為替の「適正水準」を決めてきたのか。誤解を恐れずに申し上げれば、これは「政治」が決めてきたと言えると思います。特に、資本主義経済を支配してきたアメリカの政治です。
1986年のプラザ合意によって、円/ドルレートが240円から一気に120円まで突き進んだのは、当時のアメリカのレーガン政権の意志です。また2016年~2020年のトランプ政権時代も、120円を超えていた円/ドルレートを100円近辺まで押し下げたのも、当時のトランプ大統領の強い意志でした。
今回の円安局面では、黒田日銀総裁が「急激な円安は経済にマイナス」と抑制を図ったものの、市場はこの発言を無視。まぁ、こういう局面では日銀総裁くらいの意志は無視されるもので、市場はもっぱら、アメリカのバイデン政権の意志を推し量っています。
バイデン政権からすると、国内経済が過熱気味で、国民の第一の不満は「国内のインフレ」。ウクライナでの失態もあって、このままでは中間選挙は大敗を喫するリスクがあるため、せめてインフレだけでも早急に火消しをする必要に迫られています。すなわち、FRBの金利上昇スピードの加速と併せて、ドル高施策による輸入物価沈静化が急務ということ。という訳で、急激なドル高に対して、一切否定的なコメントが出てこない訳です。
投機筋は「バイデン政権の沈黙」を理由に、新たな水準へ円/ドルレートの切り上げを仕掛けています。ちなみに、この水準になると、プラザ合意で240円から120円へ急落したレンジに入りますので、チャート上の「節目」はほぼありません。敢えて言うと、150円周辺と180円周辺だけです(当時、私は日本株のファンドマネージャーだったので、よく覚えております)。
何もしないで、ボーと眺めていると、一気に150円、180円という水準も見えてきてしまいますよ。黒田さん‼