迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

アラカン天狗同体。

2024-09-21 18:47:00 | 浮世見聞記
橫濱市開港記念會館へ、橫濱キネマ倶楽部主催の映画會に出かける。



上映作品は嵐寬壽郎(アラカン)主演の「鞍馬天狗 大江戸異變」(昭和二十五年 新東寶)、“御一新”も目前の慶應四年の江戸を舞薹に、“ニセ鞍馬天狗”の暗躍、杉作少年をはじめとする浮浪児たちの更生、そしてほろ苦き戀──



この時はすでに“鞍馬天狗”としての第一線を退き、靜かに繪筆をとる浪人と云ふ設定のアラカン天狗が、特徴である「です・ます」調の落ち着いた臺詞(ことば)で端正な男振りを魅せる快篇。

上映後の講演會での指摘で、さう云はれてみればさうだったと感じたのが、鞍馬天狗が本氣で白刃を抜くのは物語の最後のみ、中盤まではせいぜい素手か峰打ちで相手をあしらひ、あとは“話し合ひ”で物事に應じてゐる。


(※土門拳が冩した“鞍馬天狗ごっこ”に興じる子どもたち 昭和三十年)

その話し合ひにアラカンの落ち着いた話術が光るのだが、この映画の公開は昭和二十五年(1950年)、米國侵駐軍の「封建的だ」とのご意向により禁止されてゐたチャンバラ映画が解禁されて初の鞍馬天狗映画であり、アラカン自身もやたら刀剣を振り回すこれまでのチャンバラ物演出に疑問を抱いてゐたフシもあり、それが作品に反映の可能性云々。



旧時代を描いた旧態的に見える映画であっても、そこに實はその當時の世相が裏付けられてゐることを知ったのが、今回の映画會いちばんの収穫だった。










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