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スピリチュアルな体験談

自分で体験した事を書いていきます。不思議な出来事など。
軽口だけれど自然に対しては敬虔な気持ちでいます。

凄い面子

2009年05月21日 | インチョの酒
Mちゃんに声かけてもらって 先日 ある飲みに参加しました。

そこでは(もちろんMちゃんも凄いのですが)
コユーイ面子が勢ぞろいww
パワーが半端無い人たちばかりで、おそらくこれからの日本で
いろいろと活動されるひとたちなんだろうと 気持ちのよい混沌さでした。

ウィキに名前載ってるしw。

開いてる人たちばかりだったので、初対面ではあまり私は不思議な
話の中でもディープな部分は触れないのですが
皆さん @そうだよね  的に おそらく根本的に理解が進んでいるんだろうと
思う人たちで 凄く気楽でした。

前世なども見せてもらったのですが、ほとんどの人が
結構古い魂から持ち合わせている人たちで
そのときの性質というか、行動を見て お伝えすると
やはり今現在もそれにまつわるような行動をしている。

前世や、見えることを伝えると
「そうそう。そういう事してた」って自分の前世も知ってる人もいて
面白いメンバーでした。

こういう人たちがすこしづつ状況を変えていくんだろうと頼もしくなりました。

Mちゃん誘ってくれてありがとうね。




生活保護制度について

2009年05月21日 | 憂国
もうね、、以前から イライラする話です。

医療関係者の間では生保の人って本当に生保が必要な人ばかりなのか?
という事は昔からお題にのぼる話題だったのですが
最近 2ちゃんねるなんかでは 結構詳しくやってるので
本当のマスコミよりも 真実を言ってるんじゃない?って思うことも
多々あります。
医療費無料なので 結構言いたい放題だったり要求が普通以上なこともしばしば。
普通の患者さんの方がよほどしっかりしてる。

2ちゃんねるは玉石混合だけど、かなり的確な事も話題になる事も多いし。
ただ 人の批判とか悪口とか根も葉もないうわさなんかは
やりすぎ感はありますが。

さておき、 生活保護ってば、出所は私たちの税金であるのに
一旦 国庫に収まった金は 議員やら担当者が懐から配っているとでも勘違いしているのか、国民の総意からは離れて活用されているようにしか思えないですし
こういう事こそ フレキシブルに変更があってしかるべきだと思います。

お金に絡むことには必ず 必ず 裏をかいて利を得ようとするやからがいるわけで
そういう人たちに ダダ漏れなお金をつぎ込むという事は
国の将来のお金も減るし 彼らは何の生産もしないわけだから
国家の収入としても見込めない面倒みなきゃいけない人口なわけだし 
ひいては 将来の私たちの子どもたちなどへも ツケが回るという事なのに
こういう事に関して あまり 深く考えない(ようにしている)人たちが
多すぎると思う。

だから 考えてみた。
これは2ちゃんでもよく書かれている事だけれど

☆第三セクターの失敗した保養所などを収容所にして
生活保護(保護ですから)の人たちをまとめて そこで暮らしてもらう。

☆現金は渡さない
☆使用明細がわかるカードを渡す。

こういうとき 人権じんけんって騒ぐ団体がありますが、
保護を受けるという事は それだけハードルが高いのだという事を
キモに命じさせろと思う。

何もせずによそ様から保護を受けられるという事は
それなりの義務をおう責任があるという事。

おにぎり食べたいって亡くなった人がいるという事は大々的に取り上げて
もっと基準を下げろと声高に言うが その何万倍もいるであろう
裏で暗躍する ゴロツキに関しては スルー。

市役所や区役所に行くと 時々 大声で主張されてる 人が居たりしますが
面白くて聞いてると 内容も面白い。 ばっかじゃねーのと思う内容で
どうすれば そういう理論が思い浮かぶんだろうねと その方が面白いです。

さておき、 こういうゴロがいるわけだから 1役所に最低1人は警察官置いていいと思うんです。 民事不介入とはいえ、大声上げる人は尋常じゃないでしょ。
恫喝ですわ。

けど、これもご他聞にもれず 「そんな、可哀想」と同情する声もあるということで、

じゃさ、 募金制にすればいいじゃん。と思うのです。

どうせ国民の税金から一律頂いてるので それを役所通さずに自力で
よそ様からお金を頂戴するという事くらい できるでしょ。
募金箱もって。 

昔私の小さい頃には 右や左のだんな様。。っておわん置いた
いかにもな人って 道にいた。そんな時に おばあちゃんに
@可哀想だからお金あげようよ。。って言ったら
「ああいう人は 本当に困ってる人じゃない場合があるよ。そういうのも
見抜きなさい」って言われました。

おばあちゃんは女手ひとつで5人の子供を育て上げた人。
戦時中の一番日本が大変であったろう中で男手も借りず
がんばってがんばった人。だからこそ働く事、
よそ様からお金を頂くことの大変さや辛さも知ってる人。

私が保育園に居たとき、送り迎えをしてくれたおばあちゃんと公園で
遊んでいたとき、身なりの良くないおばあさんがいつもその公園にいました。
うちのおばあちゃんと話をすると、「ウチでご飯たべさせてもらえない」って
言っていたので、女同士、苦しい時代を知っているおばあちゃんは
「タイヤキでも買って食べてね」ってお金を渡しました。 
すると、次の日からもずっと「食べさせてもらえない」って
訴えてくるのです。 いい加減おばあちゃんも

「あなたも大変だろうけど、もう少しなんとかなさい」と言うと

「うるさい。おおきなお世話だよ」と。。。。

そのやりとりを小さいながらに横で見ていて 人の心ってどうしてこうなのだろうと心に残ったエピソードです。

外国でも いかにも貧乏な格好して、道端に子供を抱っこして座って
泣きながら お金を乞う女の人かなんかがいるけど、
周囲は冷ややかだし、地元の人が言うには そういうグループで
彼らは働かないでお金をもらおうとしてる。子供をだしにつかって
嫌な奴らだという意見が大半だった。

ただ、小頭症の人がコップもってウロウロしていたときだけは
結構皆さんお金あげてた。 私も小銭を出した。

今の日本は平和ボケやら 豊かな生活ボケによって
助けなくていい人を 手厚く助けすぎたり
本当は声も上げられなくて 遠慮する人ほど行き渡らない現実が多すぎ。

募金で賄えば 可哀想といってる人の一瞬の安息にもなるんじゃないでしょうか。
そして 自分の懐から現金を出せば いかにゆたかボケしている国民でも
その行き先が気になるでしょうし、どう使われているかを考えたりする
いい機会にもなるでしょうし、彼らも自分たちの立ち位置がどういう立場なのかを
きちっと体得するでしょう。

最近では 「コーヒーも喫茶店で飲めない」とか
生活保護受けて感謝こそなく、相手にくってかかるような行動をする
なんとも情け無い要求をする人たちが生保を受けてるのが多い。
そういうのを後ろで援護しているのも、怪しい。

他人を楽させるために税金を納めてるわけじゃないんですけど!!!!

人権無視だという声が上がるなら、勝手に税金をだだ漏れされている日本国民の
権利はどうなのでしょうかと思います。

裁判員制度について

2009年05月21日 | 憂国
裁判員制度がスタートしますね。
賛否両論あるんだろうけど、私は賛成です。

人を裁く事がオモシロそうなのではなくて
裁判員制度って、他人を裁くとかの意味以前に
こうこうこういう事件があります。被害者と加害者の立場はこうです
あなたはどう思いますか?って 国民ほぼ全員が当事者の立場に立って
真剣に考えたり、自分の周囲でどういう事が起きているのかを真剣に
見聞きする事の機会のある場だとおもうから。

やりたいやりたくないの議論しかない不毛なものではないし
ワイドショー感覚で対岸の火事的に事件を見ることより
もっと身近に、自分の身を置き換えて考えることが主目的だとおもってる。

こういう事しなければ 日本国民は事なかれ主義だからくさいものに
ふたをしろだし
元中学教師が記者会見ひらいて 人を裁くなんてやりたくありません。
みたいなことをいったとかどうだとかあるけど、

嫌だからしません。って。ガキの使いじゃないでしょ。

そういう重大な責任をとりたくありません。って。

私も前に ふらっと東京高裁に傍聴に行ったことがあるのだけれど
あれは 経験としていくべきだとおもう。
入り口で 刑事と民事のその日の裁判の予定があるノートがあって、
時間に法廷に行くのだけれど、
大きな事件は傍聴に人気があるから抽選になる。
私のときには 織原ジョージのルーシーさん事件の公判があったときだった。
織田ム●ーの土地に絡む公判もしてたので それは観れた。
本人を間近でみて TVと同じだなとおもった。
舞台が法廷w。

今のマスコミでは情報操作ばかりが目につくし
報道されたくない部分はかなりカットされているので
実際国民が カットされない部分を知れば もっと日本の治安や
人間の性質について 知る事と 考える事をするようになるだろう。

精神的なトラウマになるとかいうのも、
もちろん重要な問題なのだけれど 

誰かがやるだろう っていう 他人任せな感情が多すぎると思う。