アメリカン・ブルーです。
お盆休みの連休が取れなかったので、
昨日、遅い墓参りと母の元を訪ねてきました。
父が眠る墓所から見る景色が、私の中の故郷の原風景です。
この景色がとても好きです。
昨年10月、父の一周忌法要でここへ来て以来でしたが、
大がかりな整備がそこここで始っていて、設備がとても良くなってはいましたが、
昔からのこの変わらない景色にはほっとさせられました。
8月1日にグループホームに入所した母・・・・
その後、時折、姉が様子を教えてくれておりました。
特に、盛岡さんさ踊りのお祭り後に、
参加団体さんが、その衣装で太鼓をたたいて、慰問をしてくださったそうす。
それを見た母は、いきなりボロボロ泣きだして、
「どうしたの?」と聞くと、
さんさ踊りが大好きで、
その掛け声の「さっこら~ちょいわやっせ~」といつも口ずさんでいた母の兄を思い出したのだそうです。
私が母のところを訪ねたときも、
「あなた、どうやって秋田から来たの~~」
そう言って、ボロボロ泣いてしまいました。
予定が立たないので、その日の朝に盛岡行きを決めて出かけて行ったので、
勿論連絡をせずに行きましたが、母がそこに居ることが確実なのでかえって安心なのです。
すると、7月末に会ったときは、寝たきりだった母が、
車いすに座って、パジャマではなく普通に普段着姿で、
髪もカットしてもらったようでスッキリとして、
少し痩せましたが、小ざっぱりと爽やかに見えました。
3時のおやつタイムだったようで、自分で食べられるようにもなっておりました。
その姿に、私も涙がこぼれそうでした。
「あら~~ 0ちゃんも来たの~♪」
夫の名前は今でもちゃんづけで呼びます。
リビングルームにみなさんと一緒に居りましたが、
そこから、自室へ行って、3人で話をしてきました。
すると、その「さっこら~ちょいわやっせ~♪」歌いだして、
さんさ踊りを見て、伯父(母の兄)の事を思い出した話をしました。
ただ・・・・
「ところで、M兄は今どこにいるの?」
「 伯父ちゃんは父と一緒にあちらの世界で楽しく暮らしているよ~」
どう言っていいやら解らなかったのでそう話すと、
「あら、そうなの。。。」
そこだけが、どうしちゃったのかなぁ~と、夫と苦笑しました。
そこから、スイッチが入ったように、母は、何曲かの歌をうたい始め、
私は、そんな母に少しだけ違和感を感じながらも、笑顔のまま帰ってきました。
若いころの母は、時々、何かを歌ってはいましたが、
ここ長い間、歌う母を見たことがありませんでした。
私自身も実は滅多に歌をうたうことがありません。
そう言う意味では、
わが息子も私が歌をうたい始めたら同じように違和感を感じるのでしょうか・・・
環境の変化で、この18日の間で、
元気になって行った母と、母らしからぬ母の姿に出会って、ほんの少し戸惑いました。
食事が高齢者向きのソフト食やミキサー食のようで、
「美味しくはない。普通の食事がしたい。うなぎが食べたい。」
そう言う母でしたが、食欲が出てきたようで、それは良かったと思いました。
今回、ルナももちろん一緒に行きましたが、
駐車場で車の中で待たせていましたが、
介護士さんに聞いてみたら、「小型犬であれば大丈夫ですよ!」
自分の部屋に犬を入れることは良いそうで、
それなら、次回はルナもちょっと会わせてやれるかなぁ~と思いました。
いつも一人で暮らす母と別れてくる瞬間が切ないのですが、
介護士さんに部屋に居ていただいて、
そこから帰ってくるようにしました。
気持ちが楽でした。
夫は、来週から残念ながらまた免許証がなくなります。
10月上旬までかかりそうです。
「雪が降る前にまた来るね。」
私がそう言ったら、
「雪が降っても来てね^^」
母はそう言いました(笑)
秋田ー盛岡間の冬は厳しいんですけど・・・・かな。。。
帰りに息子が持ってきてくれたお土産を持って姉のところへ寄りました。
この2か月余り、姉も相当、心身ともに疲れただろうと思います。
そんな帰りに、いったい何年ぶりなのでしょう?
盛岡へ帰っても、実際にはいつも用事を抱えて行くのみで、
繁華街を歩くこともほとんどなくて、
以前勤めていた学校周辺の変わりように驚いて、
思わず写真を撮ってしまいました。
時代の流れで、洋裁・和裁の学校は閉ざされて、
今は、別の専門学校になっておりました。
その発祥の地としてのプレートが埋め込まれて、向かい側は立派なビルに変わっておりました。
盛岡を離れて30年・・・・
今度、るるぶを買って改めて観光地巡りでもしてみようかぁ~
夫とそんな話をしながら帰ってきました。