ハワイ旅行記ブログ 行燈徒然日記

雑多に色々と・・・ 読んでもつまらんよ!

古いハワイ土産からの昔話し。

2021-03-13 16:31:37 | hawaii

突然ですがコノ奇妙な物体は、何だか判りますか?
この画像だけで判る方は少ないと思いますので、このままネタばらしと行きます。

使い方は、この様にサングラスやメガネを掛けて使います。


そして車のサンバイザーへ、これでお判りですね。これは車用のメガネ掛け
でした。(ドックタイプの他にバードタイプ等もありました。)実はコレ大
昔にハワイで買った自分へのお土産なんです。
さてこのお土産ですが、いつ頃のモノか推定しますと1988年頃のワイキキ界
隈のABCストアで買った記憶があります。
だから約33年前のものであります。そして現在も我が愛車の車内にて活躍
中の、おもしろグッツなのであります。初めて乗せた人はだいたい面白がって
下さいますし、話題づくりの切っ掛けにもなって助かっております。

そうそう1988年頃のカラカウア通りは、車輪付きの洒落た客席を自転車で引
っ張る乗り物(人力車を自転車で引く感じ)が流行ってました。(危なそう
後に様々なトラブルが起きて早々に消えた乗り物です。でも今思い出すと懐かし
く、同時に良い時代だったとの思いも致します。この乗り物を覚えている方いらっ
しゃいますかね!我が家のアルバムをひっくり返したのですが、残念ながら写真は
ありませんでした。それからこの時泊まったホテルも今はもうありません(
そのホテルとは当時海側のルワーズ通りにあった、リーフタワーズ・ホテルと言う
名の安宿でした。↓


地上12階建てのツインビルでしたが、当時のワイキキでは既に小ぶりなホテル
と言うイメージでした。こんなホテルなのでもう皆さんの記憶からは消えておる事
でしょうね。ホテルが有った当時のマップがこちら↓


細かくて判りませんよね。拡大するとこんな感じです↓


現在のマップに置き換えるとコノ辺り↓


ワイキキビーチウォークのショッピングセンターあたりです。
今ではお洒落な通りとなりました。しかしあの頃は裏路地と言うイメージでした。
そうそう近くに食べ放題のペリーズ・スモーギー・レストランがあって、
美味しい朝食をたらふく食べた事を思い出します。

あの頃のハワイは食べ物も安く、パンケーキやロコモコそしてステーキ等々。
日本よりリーズナブルに戴けました。今回は昔のハワイ土産から古い想い出話と
なってしまい申し訳あません

次回は何時になるか判りませんが、ハワイで食べた美味しいモノの話でも致し
たく存じます。


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JALさんから手紙、運休&どうなるeJALポイント

2021-02-28 14:46:47 | hawaii


先日 JALさんからメールが届きました。表題は【JAL国際線】ご予約便運休のお知らせ と記載されておりました。
続けて「この度はJALグループをお選びくださいまして、ありがとうございます。以下の便が運休となりましたので、お知らせいたします。うんぬん 」と始まり。
要約すると「あんたの予約した4月27日のハワイ便は飛ばへんので、別の便に替えてくれんかのぉ?。」と言う内容でした。
まさか約1年前に予約入れた時には、こんなにもコロナ禍が長引くとは全く思って無かった私でした。
!
しかし現実は、未だ緊急事態宣言下にあり、数日おきに在宅勤務が続く日々であります。こんな状況では、まだまだ渡ハにはリスクを伴います。だから飛ばんなら、もっけの幸いキャンセルして、とっとと次回12月の便を予約したろと思い勇んで電話したんです。
その時対応してくれた、JALのおねえさん(以下JAL ネエ)は心良くキャンセルに応じてくれました。

これで万事めでたしめでたしと思ったんですが、しかし急にJAL ネエが「お客様のeJALポイントの有効期限の関係から、3月にキャンセルされた方がお得ですので、是非3月にキャンセルされる事をお勧めします。」とのたまうではありませんか!私はなんだか良く判らんまま、JAL ネエののたまう通りに「では3月にキャンセルします」と電話を切ってしまいました。「まぁ新手の引き留め策でも無さそうやし、JAL担当者の言う事やから間違えナイヤロ」と思う反面「eJALポイントの有効期限ってなんなんやろ?」と疑問に思い「くっそぉ-もっと根掘り葉掘り聴いておけば良かった」と酷く後悔致しました。
しょうがないので、自分で調べてみる事にしたんです。


まずe JALポイントは、マイレージバンク会員専用JAL Webサイトでの航空券・ツアー購入代金の一部または全額の支払いに利用できるポイントなんです。ここまでは、私も判ってました。 
ポイント交換率は
5,000マイル=5,000ポイント(5,000円相当)、10,000マイル=15,000ポイント(15,000円相当)から、5,000マイル単位で交換出来るんです。しか10,000マイル 単位での方がメッチャお得、ここもまぁ理解出来ました。
さて問題のe JALポイントの有効期限ですが、特典交換を行った日の1年後の同月末とあります。私の場合、有効期限は今年の5月末日 もうあまり余裕がありません。つまり私が今回の航空券購入に使ったe JALポイントは90000ポイント、それが直ぐに戻ったとしても残り僅か3ヶ月・・
これだけ見れば一刻も早く戻した方が良いと思いませんか?しかしJALネエは、それとは逆の事をのたまってました。何故やろうと思っていたら、今回の様にJALさんの都合で運休となった様な場合は、特別措置としてポイントが戻るさい、そのポイントの有効期限が6ヶ月を下回っている場合に限り、返却された月から6ヶ月の有効期限が付与される事になるそうです。自己都合のキャンセルの場合は、同じ措置が有るかは不明です。しかし私の場合これに則って確認すると、2月にキャンセルするとポイント有効期限は8月末日3月キャンセルならば有効期限9月末日となるのです。これであの時のJALネエののたまっていた意味が理解出来ました。スッキリ


そしてこのe JALポイントは追加での特典交換によって有効期限の更新が可能なんです。つまり2月に戻っても3月に戻っても、その後新たにe JALポイントをマイルから交換すれば、それに準じて期限は延びるんです。勿論事前に所有していたポイント期限が、6ヶ月以上有していれば、戻ったポイントもそれに準じます。なんかドラマでよく見る、強い奴に靡く鼻もちならぬ軟弱キャラの様です。そして今回の私の場合、ブログ冒頭でも記した様に今年12月に渡ハ予定ですので、とっとと戻して12月のチケット購入に使った方が、お得となります。親切に気を使ってくれたJALネエには申し訳なかったですが、翌日JALさんへ連絡してキャンセルしました。と言う事で2月中にまぁまぁのソコソコのお値段で12月ハワイ便手配完了しました。今度はしっかり飛んで欲しいもんです。

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祝ブログ開設16周年&ハワイでドキドキしたお話パート5、無残な初サーフィン編

2021-01-26 06:00:00 | ハワイ旅行 失敗、アクシデント、トラブル

いきなりふざけた写真ですみません。このシリーズの冒頭画像は自分画像
で行くと決めたもので、とうとうこんな写真しか無くなりました。
突然ですが2005年1月26日 このブログ 行燈徒然日記がはじまりました。
そうなんです本日はブログ開設記念日、なんと16年が経ちました。
16周年!


これもつまらぬブログをご覧頂き、様々なコメントを下さいました。
皆さまのご愛顧のお蔭でございます、心より感謝申し上げます。
思い返せば第一回目のアップは、何のネタも無く苦し紛れでのやっつけ
仕事感丸出しのモノでした。(


2005年1月26日のアップ

気まぐれで、更新もままならぬブログですが、これからも宜しくお願い
申し上げます。

さて話題を変えまして本日は前回の予告通り、ハワイにて人生初
のサーフィンに挑戦して漂流しかけたお話であります。
それはもう十数年昔の初冬の事であります、我が人生初のサーフィンは幸
運にも世界で一番有名なビーチ ワイキキでありました。これからの画像
はその時に同行の氏が撮影したものであります。
ココで少々説明を加えますと、ひとくちワイキキビーチと言っても幾つか
のスポットに分かれるんです。
ワイキキ地区はカハナモクビーチからサンスーシビーチまで幾つかのビーチ
が続いており、それぞれの個所で名前が付いているんです。

そんな中で私の初サーフィンはカピオラニ公園の前あたり、通称クイーンズ
ビーチと言うサーフスポットの一つでありました。爽やかな海風を背にDHを
眺める、波目線の醍醐味はここでボードに乗った人にしか味わえない、極上
のひと時と言えます。
と綺麗事はこのくらいにして、オヤジの初サーフィンは悲惨そのもの
でした。悲惨の原因の一番は己の未熟さにあるのですが、その他にはこの時
の渡ハメンバーがいけなかった。と言っても同行の方々はとても気の休まる、
気さくな仲間達であります。しかしよりにもよって当時の職場でサーフ
ィン部ともいえる、サーフィン好きの連中との渡ハだったのです。メンバー
は私も含めて5人、私以外の4人は湘南で毎週の様に波に乗っているベテラ
ンサーファーでした。

さてビギナーの私は、当然ながら観光客向けのサーフィンスクールを利用
致しました。当初私が岸近くでレッスンをしている様を他の4人は微笑まし
く見守ってくれる筈でした。

しかし、何故か他の4人も一緒にレッスンを受ける事になったのです。そう
今思えば、この事が我が運命の歯車の狂いだした瞬間でした。
この時のレッスンは我が記憶ではパーク ショア ワイキキ辺りにあった、大
手のサーフスクールでした。

安全講習を受け、簡単なテイクオフの練習(ボードの上で立ち上がる手順を
学ぶ)して、即ビーチへ向かいます。


そしてここが初サーフィンの場となったクイーンズビーチ。ここでいよいよ
海に入ります。


クイーンズビーチはクヒオビーチの東側の堤防からワイキキ水族館まで延びる
ビーチで、クイーンズサーフビーチを略したものです。カピオラニ公園の海側
にあることから、カピオラニビーチとも呼ばれています。1940年代にこの場所
にあったレストラン「クイーンズ・サーフ」がその名の由来だとか・・
写真を見て「あっ ここ知ってる」と思った方も多かったと思います。

さて問題は写真に映る小さな堤防です、つまりこの堤防を境にクヒオビーチ
とクイーンズビーチに分かれております。クヒオビーチと異なり波が直接来
るので、よりサーフィンに向いておるビーチとされております。ですが裏を
かいせば、クヒオより波が高く素人には辛い場所とも言えるのです。
(とぼやく)でも初心者は波打ち際に近い浅瀬で、パシャパシャ楽しくレッス
ン出来る筈でした、事実一緒にレッスンを受けていた白人の親子は岸近くで楽
しそうにレッスンを受けておりました。

ですが何故か私はベテランの同僚と共にどんどん沖に促されます。
初めは調子よく進んでおったのですが、ある辺りからどんどん同僚達と離れて
行きます。当たり前なのですがベテランの同僚達とはまずパドリングの速度が
違います。私にして見れば独り取り残されまいと必死でありました。
ですがコレが腕に堪えたんです、緊張と力みから必要以上に筋肉を使い、サー
フスポットに着く前にすでに腕が上がらなくなる始末。
この頃は、エレクトーンやピアノ等の重い楽器をよく運び、腕力には少々自信
があったのですが、そんな筋肉とは別物の普段使ってない筋肉を使うらしく日
々の鍛錬など全く役に立ちません。
そんな私など眼中に無きが如く、ベテランサーファーの同僚達は鬼人のごとく
ガンガン沖に進んで行くのです。もし彼等と一緒で無ければ、もっと岸近い
波穏やかな場所で、パシャパシャと気楽にレッスンが出来たかも知れません。


私は極端にパワーの落ちた左腕のために、アンカーを打ったボートの様にクル
クル回ってばかり、しかも離岸流でもあるのか、どんどん別の方向に流されて
行きます。そうなんです、この時の我が状態は漂流の一歩手前、いや心折れ気
持ちは既に漂流しておりました。気付けば岸は遠く 既に同僚達の姿は消えて
おります。まるで太平洋ひとりぼっちで居るような気持ちに陥りました。

体力の消耗が激しく体も重い、そしてもがく程にドツボにはまり南国の陽射しが
ジリジリと背中を焦します。そして思ったのです「サーフィンは魔だ」と・・
がしかし時既に遅く、自力でビーチに帰還する事もでき無い程体力と気力が消耗
しておりました。さらに悪い事に、遠くにポツリと見えていた岩の頭(岩礁のよ
うなもの)に廻りながらどんどん近づいて行きます。あんなのにボードが当たれ
ば、どうなるか判ったもんじゃありません。この時の私にとっては、とても怖い
怖い場所なんです。その時アローンな私を探しに、インストラクターの兄ちゃん
(以下インスト兄ちゃん)が来てくれました。正に地獄で仏、いやボードに乗っ
た王子様に見えました。ビーチの写真にもある通り、白人でイケメンなインスト
兄ちゃんは女子にも人気のようで、参加した同僚の女子達も嬉しそうでした。だ
から結構フワフワしたヤツかと思っておったのですが、参加者の安全には注意を
払うプロだったのですね。インスト兄ちゃんよゴメンなさい。

やっと現れた救世主に「腕が上がらん、だからビーチに戻りたい」と懇願しました。
この後、インスト兄ちゃんがゆっくり私をビーチまで引っ張ってくれるモノと思っ
てました。しかし彼はプロ中のプロだったのです。頭の中では「まだ、お客さんに
サーフィンの楽しさを味わってもらってへん、このまま普通に返したらアカン」と
思ったのでしょう。いや絶対そう思ったんです。ホンマ迷惑な話ですわ。
そして私に訪れた第二の不幸は、ここで結構大きめの波が来た事でした。
そしてプロ中のプロのインスト兄ちゃんが、この波を見逃す筈はありません。
突然大きな声でGO!と叫んだ兄ちゃんの手が、次の瞬間絶妙なタイミングで我がボー
ドを押ました。
~♪
と思う間も無く、我がボードは波に乗り滑走致します。想像を絶する速さでした、
そして岸も見る見る近づいて参ります。


この時私はある事に気づいたのです、先ほどの白人親子が我が行く手の陸に近い
浅瀬で楽しげにパチャパチャやってるではありませんか!
そのパチャパチャに向い、我がボードはGO!の合図で強烈な速度で突っ込んで行きます。
勿論制御不能です・・・
さらに悪い事に腕が上がらないのに何とかボードから立ち上がろうと試みた私は、
ボードの上で「ロダンの考える人」の様なポーズのまま風を切っていたのです。
驚いたのはパチャパチャに付き添っていたインストラクターのロコ兄ちゃん、
彼もまたプロ中のプロだったのでしょう!異様な気配を素早く察知し鋭く振り向
きました。その時彼が見たものは、ボードに乗り風を切って突進してくる「考え
る人(制御不能)」・・・
その魔の塊が、よける間もなく兄ちゃんの頭にゴツン!鈍い音がして彼は海面から姿
を消しました。しかし其処はプロ中のプロのロコ兄ちゃん、直ぐに海面へ浮上しそし
て目ん玉ひん剥いて私を叱りました。「いいか、危ないと思ったら大きな声を出して
危険を知らせろ」確かに彼の言う通りです。

こうして私のサーフィン初挑戦は心身ともボロボロで終了したのでありました。


そして翌日の筋肉痛は筆舌に尽くしがたく全く上がらない腕のため、こまわり君の死刑
ポーズ(判る人は我が同年配か)で「あれがね、ダイヤモンドヘッドだよ」と初ハワイ
の同行者へ説明する始末でありました。もう2度とサーフィンなどやらんと思うところで
すが、あのスピード感は今でも思い出します。
大きな声では言えませんが
もしかしたら、再びボードに乗った「考える人」が千葉や江の島辺りに出現するかも知
れません。

今回の失敗は、自分の技量もわきまえずにベテランについて行こうとした事、
海の上で孤立した恐怖で取り乱し、よけに墓穴を掘ってしまった事。
つまりどんな時でもマイペースが一番って事ですよね。
さらに、危険を察知し警告できる冷静さに欠けていた事でしょうか?

何回かに分けてハワイで味わったドキドキ話をして参りましたが、いよいよネタもつきま
した。
さて次回のはどんなアップになるのか、全く考えておりません。コロナは益々猛威を振る
い、昨年よりワクチン接種を開始したエゲレス等から、まだまだワクチン効果の話が聞こ
えてきません。
どうか皆さま感染対策を充分にして、元気に冬を乗り越えてくださいませ。

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ハワイでドキドキしたお話パート4、地上44階からの夜間の避難!

2021-01-12 16:20:12 | ハワイ旅行 失敗、アクシデント、トラブル


早いモノで1月も半ばでございます。怠け者の私は今頃2021年の初ブログ
更新となります。なんともお恥ずかしい限りで新年のあいさつも今更興醒めで
すが、皆さま本年も宜しくお願い致します。年が明けても相変わらずコロナ
に世の中が振り回され、そんな訳で我が正月は何処にもゆかず、誰にも会わ
ずに終わって仕舞いました。
おまけに我が家としては、清水の舞台から飛び降りたつもりで予約した伊東
温泉の星野リゾートも政府の緊急事態宣言により、キャンセルせざるを得な
くなり、がっかりの続く正月となってしまいました。などとボヤキながら、
新年一発目の更新と参ります。前回予告通り、「高層階からの深夜の
避難騒動」のお話を致します。

数年前の年末のお話、丁度ホノルルマラソン当日にオアフ着のJAL便があり、
そのチケットが格安で販売されていた為、再びのオアフ島独り旅を決行する
事に致しました。
しかしこの時はホノマラ参加者数万人とセパ両リーグの優勝旅行が重なって
おり、中々宿の取り難い時期だったのです。さらに前回の独り旅で体験した
恐怖を繰り返さぬ為、アノお宿は回避してのホテル探しでしたが、大変ラッ
キーな事にいつもお願いしているエイジェントさんが大変お得な宿を取って
下さいました。そのお宿はアラワイ運河沿いにそびえる、44階建ての
高層ホテルで大変セキュリティーのしっかりしたお宿でした。


しかも、チェックインしてみると我が部屋は最上階、大変景色の良い部屋でした。
そんな訳でいきなりですが部屋からの眺めです↓


DHと海がしっかり見える地上44階、高さ155mの景色です。


アラワイ運河の先にはオアフ島の東海岸も覗えます。つまり山側夜景も楽しめて、
海から昇る朝日だって見れちゃうラナイなんです。


あんまり嬉しいので自撮り棒にて撮影(
今回の予約カテゴリー「Studio Panoramic Ocean」なんか高そう・・・と思った
アナタ!自他共に認める貧乏人の私が泊まるお部屋です。決して高額な料金では
ありません。

そんなお宿での宿泊中に起きたお話であります。
滞在数泊目のある晩のこと、誰に憚ることの無い独り旅のため、適当にツマ
ミを買い出して独り部屋呑みをしておりました。いつもの様にダラダラと呑み
いい加減時間が過ぎた頃だったです。

!

の出来事が降ってわきました。
なんと大音量で響く警報ブザーが部屋中に鳴りいたのです!

いやぁ~もう驚きました、私は30センチくらい飛び上がったでしょうか、一瞬何
が起きたのか判らぬまま辺りを唯々見渡しました。前回の事もあり、まず新手の
霊現象かと疑いました。しかし次いで流れた英語のアナウンスにより大体の事が
把握できました。アナウンスには日本語での補足は無く、其の為耳をすませて必
死に聞しかありません。なんとか判ったのはエレベーターを使わず急ぎ避難せよ
と言っておるようです。しかし一体何の為なのか??時刻も時刻ですしトテモ訓
練とは思えません。多分火災なのであろうと推測するしかありません。そうこう
していると2回目の警報とアナウンスが・・今回は慌てて録音致しました。その
時のアナウンスがこちらです↓アナウンスの一部しか録れませんでした。

2015年12月14日 Islandcolony



さてエレベーターを使うなと云われても、我が部屋は最上階のペントハウスでご
ざいます。地上44階から階段で避難するなんて考えただけで気が遠くなります。

しかし万が一火事ならば、それこそ部屋で蒸し焼きなりかねないと思いました。
そんな事になったらシャレになりませんので、仕方なく財布をポケットに突っ込み、
押っ取り刀で部屋を飛び出しますと廊下にはお年を召した白人ご夫婦一組がおりま
した。
どうやら最上階はオーナールームが多く、ゲストは数組しか居なかったようです。
兎に角 ご老人2人と避難階段を降る事に致しました。避難階段は建物内部にあり
排煙装置のようなモノ見当たりません。もし煙が上がって来れば大変な事になります。
一刻も早く地上に降りなければなりません。しかし急いで降りようにもお年寄りと
一緒なので、跳ねるように階段を降る訳にも行きません。
覚悟を決め周囲に気を配りながらご夫婦のペースで、伴に降る事に致しました。

ご夫婦はメインランドからバケーションで来て、数日滞在されておるそうで
景色の良い最上階の部屋を気に入っていたようですが、まさかソレが仇となるとは
思っておも無かったようです。
30階の標記を過ぎるあたりから、各階から避難する人々で渋滞となりナカナカ進む
事が出来なくなりました。
もしこんな状態で下から煙でも上がって来たら、逃げようがありません。
ドキドキしながら過ぎた20階、やっと行程の半分を過ぎました。
この当りになると避難する人たちの表情にも余裕が感じられ、談笑する声も聴こえて
参ります。しかし皆さんの話す言葉は半分も判らぬ私であります、でもなんと無く
大きな危機は去ったと感ずる事が出来ました。では何が原因で避難しているのか?
人々の瞳には?マークが浮かんでおりました。

余談ながら外国のホテルでの夜間避難経験は、実は2度目でした。
数十年前にアナハイムのホテルにて、深夜に火災による避難を経験しております。
その時は警報ブザーを目覚ましの誤作動と勘違いして、ベットから跳ね起き傍らの
アラームクロックを叩きまくった思い出がございます。(^O^
あの時の避難はせいぜい10階程度の行程でしたので、今回とは訳が違います。

時間を掛けてなんとか44階から降りきりました、長く感じましたが30分程度で
外の空気を吸う事が出来きました。言うまでも無く晩酌の酒はすっかり
覚めてしまい、アラワイ運河からの夜風が空しく感じられました。

警備の方の帰室許可が出るまでさらに数十分、ロビーや車寄せにゲストが溢れており
ました。その後三三五五、皆さん戻りはじめ人騒がせな避難騒ぎはひとまずお開きと
なりました。
 
さて今回の事で、やはり学ぶべき事が多かったです。
勿論一番大事な事は、落ち着いて冷静に行動する事です。その点落ち着ていた事は
間違いありません。しかしそれすらも状況を甘く見ていた為だったかも知れません。
もし火の手が見えたり、階下から煙でも上がって来たらとても冷静でいられなかった
と思います。その上で反省すべきは以下の2点

第一に2度目の警報まで待って避難を始めた事。今回は大事に至りませんでしたが、
もし大きな火災であればこの時間の為に、命を落として居たかも知れません。
兎に角着の身着のままで良いから、至急避難行動を起こさないとならぬのです。

第二に外にでたら、とりあえず現場から離れる。今回私は状況を掴もうとロビーをう
ろつきいつも入り口にいるセキュリティの担当の男性を探してしまいました。
こういう場合は、外に出たら建物から至急離れなければならぬのです。
外国のホテルの場合、多くは一社のみで経営しているだけでなく様々なバケレンさ
んのお客が、例えばオーナールームを借りて滞在していたりします。
日本の様な細かな避難誘導は望めない場合が大であります。
もし火災では無く、建物崩壊の危機であればいつまでも留まって居て下敷きに
なる事だってあるハズです。

余談ながら、万が一外国のホテルで地震に遭遇したら、一番危ないのは日本人だと
思うのです。我々は常態的に地震を経験しているため、ちょっと位の揺れでは驚き
ません。しかし滅多に地震のない国の方は、大変慌て直ぐに避難に遷るでしょう。
こちらの方が正しい行動と思えてなりません。
日本に比べ耐震構造の緩い外国の建築物は、震度5程度でも簡単に倒壊すると聞いた
事があります。ましてハワイのホテルの場合、その多くは老朽化した建物と言って
過言ではありません。

以上の事を踏まえ、有事の際は皆さん先ずは落ち着き最悪を想定して対応する様に
して頂きたいと、生意気ながら思う次第であります。
今回はこれで終わりと致します。次回はハワイにて人生初のサーフィンに挑戦、
沖まで行って漂流しかけたお話であります。

追伸 この記事をアップ後 マハロパパさんより貴重な助言を頂きましたので、追記致します。
「今回の様な状況では、避難のさい濡らしたタオルを持って部屋を出る」です。
確かに私は大事な事を忘れてました。マハロパパさんありがとうございました。


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ハワイでドキドキしたお話パート3(ホテルで恐怖体験)

2020-12-25 23:03:49 | ハワイ旅行 失敗、アクシデント、トラブル


いよいよ2020年も押し迫って参りましたね、本日はクリスマスです 皆さま
メレ・カリキマカでございます。今年はコロナに振り回された一年でありました。

さて今回は予告通り、ハワイで経験した恐怖体験のお話です。
この時の宿泊したホテルは経営が変わりホテル名も変わりましたが、今も現存しますので
ホテル名は伏せてお話し致します。折角なので「ほん怖クラブ風」にはじめます。
ハイ五郎さん(笑)

それはもう随分前の年末の話しです、急に思い立って独り旅がしたくなった私は、
暮れも押し詰まった頃にオアフ島を訪れました。計画から実行迄1ケ月有ったか無
いかと言う急な旅だったです。今にして思えばここからして変だったんですが・・
たまたま年末にJALさんの臨時便が出る事を目敏く見つけた私は、驚く程格安で航
空券をゲット致しました。
そして次は宿とレンタカーの手配です。気楽な独り旅、宿なんか寝れれば良いと思
い現地のエイジェントさんに探して貰いました。その結果クリスマスシーズンなの
に破格のホテルが見つかったんです。
しかしエイジェントさん曰く「部屋は超狭くラナイなんて申し訳程度、おまけにバ
スタブ無しのシャワーのみ」と聞きました。それでも独り旅の私には充分でしたの
で、即お願いして
ホテルもゲットしたのです。「いやぁ?ラッキー続きやな」と思って飛びついた、
このホテルが後々滞在中の悩みの種になろうとは、この時は考えもしませんでした。

そしていよいよオアフ島到着初日、臨時便なのでまだ暗い朝7時台のホノルル着でし
た。勿論チェックイン迄は時間があります。だからレンタカーに荷物乗せて独りノ
ースへドライブと洒落込みました。天気良好で途中お昼寝中のハワイアンモンクシ
ール等に出くわし。


まさに出だし上々の滑り出しでスタートした師走旅でした。さて問題のホテルのチ
ェックインですが、少々フライング気味の到着だった為に少々待ちましたが、後は
すんなり手続き完了です。そしてキーをもらった我が部屋は、意外のも広くしかも
角部屋でした。ツインのベットや簡易キッチン、ラナイも充分寛げる広さで無い
はずのバスタブもしっかり有ったんです。聞いていた話しと全然違う高待遇なので、
なんかキツネにつままれたような感じでしたね。部屋の間取りはこんな感じ↓



そしてやや暗い感じのお部屋の雰囲気



さてお話はこのお部屋での夜となります。ハワイ到着初日でありますから皆さ
ん経験でお判りのように瞼が重~くなって参ります。それでも時差ボケ防止の
目的で頑張って23時まで起きておりました。しかしそこまでが限界、ベット
に入ると忽ち深い眠りの底に落ちてゆきました。こう言う時は大概、朝までグ
ッスリと眠ってしまうのです。しかし今回にに限り変なモノ音で目が覚めまし
た。時間は夜明けにはまだ遠いミッドナイト、耳に届くその音は何かを引っか
くような又は何かを折る様な初めて聞く嫌な音でした。初めは薄っすらと聞こ
えていたソノ音が、徐々にハッキリ大きく聞こえて来たのです。それは地の底か
ら湧き上がるような強烈な嫌悪を感じ、聞くだけで気分が悪くなるような音です。
もちろん人生で初めて聞く、不快な響きを伴う超耳障りなノイズだったんです。
闇の中で不思議なくらいに澄み渡ってしまった耳で、暫くは音に耐えておりま
した。到着初日から積極果敢に動いた為か体は疲れはており、全身がけだるさ
でいっぱいです。そうこの状況は金縛りなるだけの充分な条件が整っておりま
す。そしてもはやハッキリと耳元で聞こえる音、気持ちの悪いポキパキギーと
聞こえるハイトーン
・・・しかしこの時、私の中では怖れや戸惑いよりも初めて聞くこの音が何
かよりも、
気になって眠れない方が大きな問題でした。その後も一晩中、コノ超嫌悪感の
音が続いておりました。気がつけばカーテンの隙間から光りが差し込む時刻に
なっておりました。いつしかまどろみから寝入っていまようです。朝になると
例の音は消えておりました。
最初の異変はこんな感じだったです。


翌日もペレズチェアーとマカプウトレイルやカイルアからラニカイまで歩いたり
とか、その他と出歩いて、くたくたで部屋に戻りました。
夕食を食べ一杯やっていると、流石に眠くなりベットに潜り込んだのです。この
時は昨夜の事などすっかり忘れておりました。そんな事よりバタンキュー(ちょい
と古い表現)眠りに落ちて行きました。するとやはり深夜、深い眠りの底で何か聴
こえて来ます。ポキパキギーと金属を引っ掻くような何かを折る様な、昨夜
同じ不快で気味の悪い音がはじまりました。
時刻もほぼ昨夜とほぼ同じ時間に全く同じハイトーンのノイズでありました。
どうにも耳に馴染まぬ、気色悪く気持ちを逆だてる様な響きを伴う不快音、でも
暫くは無視して眠っていたのですが、呑気な私も流石にきみが悪くなり瞼を開き
ました。

ここで目の前に老婆の顔でも有れば良くある心霊体験話なのですが(笑)
しかし部屋は特に変わった様子もなく、勿論老婆もおりません。目には天井
が映るばかりです。
しかし音は止まず続いており、徐々に大きくなって行く様な気が致します。
昨夜も寝不足なので、ゆっくり眠りたかったのですが、音が耳につき眠れませ
ん。旅先での寝不足は大敵です、体調でも崩したら折角の独り旅が台無しです。
ちょっと怖いイヤ大いに怖かったですが、起き上がり上がり部屋を歩き回り音
の発生源を探す事に致しました。
外国のホテル部屋は照明をつけても薄暗いです、この時も数カ所あるスタンド
照明の暗さにちょっとイラッとしながら、部屋中の明かりを全て灯しました。

私自身にそれ程強い霊感はないのですが、それでも過去数度は不思議な体験を
経験してます。しかしこんなに長いのは初めてです。私は以前から霊について
ストイック考えておりまして、勝手な自論を持っております。それに照らせば。
霊体とは意識のエネルギー体であり脳が無い為に、ものを考えたり話したりは
できないと思っております。
(繰り返し申しますが、あくまで勝手な自論です)
その他諸々の持論を持っておりるんです。
詳しくはこちらをご覧ください(新説霊について)↓


コノ自論により、もし音の正体が霊的なものだとすると多分複数の霊体が合体し
て起こる現象だと推測します。場合によってはとても強い霊の可能性もあり、ま
た危険な事もあります。
兎に角、音の出ている場所を確かめないとと思い、深夜2時頃に部屋の中をゆっ
くり移動し、音の方向を探りました。その結果バスルームから音がする事を突き
止めたんです。しかしドアを開けるのは恐怖でした。でもやらねば寝不足の最悪
旅行が待っているだけです。ドキドキしながらバスルームの明かりを付け、勇気
を出してドアを開けました。
すると何もいません、ただ音がやや大きくなっただけです。バスルームに入り慎
重にバスタブ 便器 洗面台と排水口がある物を一つ一つ確認して行きます。
しかしそのどれもが音の原因ではありませんでした。そしてその時音が上方向か
ら降って来る事に気づきました。どうもバスルームの窓の様です。広い角部屋
だった為にバスルームにも鍵の無い小窓が付いており、その窓が細
く開いておりました。(この小窓地上4階の外に面しておる為 鍵はありません)
なんだこれが原因だったんだと、私は大いに安堵しました。窓を閉じると音
は止んだような気がしました。再びベットに入り耳にをすますと、音は小さく
は成りましたが止んだ訳ではありませんでした。その時は窓の隙間から未だ空
気が漏れているのだと無理矢理思い込み眠りにつきました。

翌朝 音は止んでいました念のためバスルームの窓を点検しますと案の定コ
コロもち隙間がありました。やはり完全には閉まって無かった為に音が小さ
く聴こえたのだと、ちょっと安心しました。
しかし閉めた筈なのに・・とう言う割り切れぬ思いも少し残りました。さて
無理矢理寝たのでハワイ3日目は元気も戻っておりました。だからハナウマ
ベイに出かけ、またまたへとへとで戻って参りました。この日は少し強めの
酒を煽って、早々に床につきました。そしてその夜、微睡みの中ベットから
腕を垂らし横になっておると、我が手先に何か触れたような感じを受けた
のです。・・・
なんだろうと思い我が手先を覗き見ますと、私の指先が髪らしき物に触れて
おります。さらに覗き込むと、そこにはベット横でうずくまる見知らぬ男性
がおりました。この男性の頭に我が手は僅かに触れておったのです。
ヒェ--と声を上げたところで、目が覚
めました。気づけばアノ不快音が部屋中に響いております。おそらく連夜音
に悩まされた我が意識が、夢中再び聞こえ始めた音に反応してこんな怖い夢
を見させてのだろうと思いました。しかし再び我が自説によれば、幽霊等を
見る場合の多くは意識のエネルギー体である霊に刺激を受けて、日頃自分が
恐怖する姿で現れるハズなのです。ですから日本人の幽霊目撃談には、白い
服の女性や老婆等昔から多く語られる姿で出て来ると思っておりました。です
が私の場合少なくとも最も恐怖する偶像は、少なくとも、うずくまる男性であ
る筈は無いのです。ですからこの時点でやっぱり夢だったと胸を撫で下ろしま
した。しかし例の音は止まず不気味で仕方ありません、念のため昨日閉めたバ
スルームの小窓を確認しますとなんと開いておる
はありませんか!再びゾォ?としました。でも昼間来たお掃除のスタッフが
開けて行ったのかもしれない、そうだキットそうだと無理矢理思い込む事に致
しました。小窓を閉めると音は薄く小さくなりました。そしてベットで目を閉
じていると眠ってしまった様です。朝になって安いレストランで、朝飯食いな
がらあと一泊かと呟いている自分がおりま
した。そうもはや夜が負担になってきている証拠です。
さて最後の晩ですが、寝る前にバスルームの小窓が閉まっている事を確認しま
した。そしてその深夜、またも薄ら聞こえて来た例の音それが徐々に大きくな
って参ります。もういつもの事なので気持ち悪いですが、ここまでは驚かくな
っておりました。問題はバスルームの小窓なんです。むくっり起き上がり一応
夢の男が居ないかを確認してベットを出ました。そして部屋中の明かりを灯け
て、バスルームへ向かいます。そして小窓を確認すると2割程度開いておるで
はありませんか!多少予想はしてましたが、やはり全身に寒気が走り恐怖が襲
って参りました。この後小窓を閉じ速攻でバスルームを出ました。しかしとて
もベットに戻る気にはなれず、暫く椅子に腰掛けておりました。ベットに戻
れば再びうずくまる男が出てくる様で、とうとうこの日は暗いうちに部屋を出
て、夜明け前のクヒオ通りを彷徨いました。


もう今は無くなってしまいましたが、ミラマ- アットワイキキの1階にデニ
ーズがあったのです。早朝より開いていたコノお店で時間を潰し夜明けを待ち
ました。その後落ち着いて、この現象を考えて見ました。もしの霊の仕業なら
ば、小窓を開ける物理現象を起こす程のエネルギーですから、相当強く危険
な霊の筈です。しかし音以外は実害を受けた訳ではないので、多分原因は
他にあるんだろうと考えたのです。例えばビルを垂直に風が駆け上がって、
数ミリの小窓の隙間を少しづつ広げるとか色々考えて見ました。しかし何故
夜に起こるのか等、やはり謎は深まります。
もし霊現象ではなく他の原因に夜ものだとすると、長々語って来たこのお
話は単に変な音による安眠妨害のお話って事になります。
ここ迄お付き合い戴いた諸兄には誠に申し訳ない話しとなります。
しかしこの話には後日談があります。

帰国後数ヶ月が経過した頃の話です。偶然チャンネル(今や死語)を合わせた
テレビ番組での事。芸人のなだぎ武さんが恐怖ドッキリに掛けられる企画
でした。内容はアメリカでの取材ロケと、偽られて渡米させられたなだぎさ
んが、アメリカ最強と言われる心霊スポットに宿泊させられる。
と言う企画でした。その夜なだぎさんを大いに悩ませた恐怖体験が、私が
体験した例の音そのものでした。まさかあの底知れぬ響きを伴う独特の音、
地の底から湧き出る様な嫌悪を感じるアノ音を再び耳にするとは思っても
おりませんでした。解説によるとコノ音は霊の発する独特なラップ音だと
言う事です。つまり例の音は霊の音だったと言う事になります。(駄洒落
ではありませんよ)これには私も心底驚き、そして足元から頭の先にかけ
てゾォ?っと致しました。ではアノ夢に出た男の人はやはり・・って事に
なるのでしょうか?夢の中に出てくる人は、自分の記憶にある人と聞い
たことがあります。そういえば、顔は見ませんでしたが余り見覚えのあ
る人には思えませんでした。

この話は、ここまでです。今思うと不思議な事がいくつかあります。

何より急に思ったってクリスマスシーズンのハワイに格安で行けた事。

宿泊代金からは想像できぬ、広く設備の整った部屋に泊まれた事。

これだけ怖い思いをしたのに、何故か部屋を変えてもらおうとは思わなかった事。

帰国後何気に観たテレビ番組で、同じ音を聞いてしまった事。

偶然と言えばそれまでですが、なにやら条件が整い過ぎておる気が致します。

こんなに怖い思いをしたのにも関わらず。私はその後もハワイ独り旅に出かけました(笑)
勿論、あの時のホテルには泊まってませんが、なんとも懲りぬ男でございます。
次回はそんな再度の独り旅で、高層階からの深夜の避難騒動のお話を致します。

今年も後少しで終わります、皆さま今年もお世話になりました。
来年はコロナも去り良い年になる様祈ります。
本日はコレにて終わります、ありがとうございました。




行燈徒然日記












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