お母さんのご飯

 グルメにはあまり興味がなくて、わざわざ話題のお店のランチを食べに出かけて行ったりとか、長い行列に並んでまで有名店のお饅頭を買ったりとか、カニとかエビを食べるために旅行に行ったりとか、そういうことはしない。だから、最近なにか美味しいものを食べたかと聞かれたら、取り立ててこれというものが思いつかない。
 自分にとって一番おいしいものといったら、やっぱり母の手料理だと思う。別にうちの母が特別料理がうまいのだと自慢するつもりではなく(わりとうまいほうだとは思うけれど)、こう言って母のご機嫌をとろうというつもりでもなく、誰にとっても、子供の頃から毎日食べ続けた味というのは、食事のときに一番気持ちがほぐれるものだと思う。だから、よく実家でご飯を食べると眠くなってしまって、眠くなってきたと正直に言ったら、母は、人の作ったご飯を食べながら眠くなってきたとは失礼な、と文句を言うのだけれど、眠くなるのはリラックスしている証拠なのだ。
 しかし、これだけ長いあいだ食べ続けてきた味なのに、自分で再現しようと思うと、なかなか母の味が出ない。私も自分の作った料理が、息子にとっての「おふくろの味」であってほしいのだけれど。
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にせ猫ちぐらの復権

 おととしの冬にホームセンターで買ったペットベッド(勝手につけた通称「にせ猫ちぐら」)を、その年は気に入って毎日使っていたのが、去年は気が向いたら時々使うという程度になって、今シーズンにいたってはまったく見向きもしなくなっていたのだけれど、ひょんなことから、また愛用し始めた。というのは、みゆちゃんの使わなくなったにせ猫ちぐらの中に、息子が入って遊んでいるのを目の当たりにして、みゆちゃんの息子に対するライバル意識みたいなものが刺激されたようなのである。息子が遊んでいるあいだ、みゆちゃんは横に座ってそれをじっと見ていたのだけれど、息子がちぐらに飽きて別の遊びを始めた頃、みゆちゃんの姿が見えないと思ったら、ちぐらの隅っこで毛布と一緒に丸くなって眠っていた。
 にせ猫ちぐらは息子が入れるくらいだから、みゆちゃんにとっては、そのままでは上の空間が広々と空いて寒々しい感じである。そこで、毛布を何重にも敷いて狭くして、ぽっかり開いた入り口もフリースのブランケットをかけて熱が逃げないようにした。すっかり居心地がよくなったのか、みゆちゃんはにせ猫ちぐらにこもりっぱなしである。
 もっとも息子の方も、まだにせ猫ちぐらを気に入っていて、みゆちゃんが寝ているときは使ったらだめと言い聞かせているけれど、みゆちゃんが起きて、伸びをしながらちぐらから出ていくと、「もうみゆちゃん起きたから、ぼく使ってもいい?」と断って、自分が入ったり、中にミニカーを並べたりして遊んでいる。
 にせ猫ちぐらが復活したのは、場所を変えたこともあるかもしれない。以前は、部屋の角のたんすの上に置いていたから、ちょっと仲間はずれっぽい雰囲気があって嫌だったのかもしれないけれど、いまはソファの上に置いているから、眠っていても、家族の輪の中心である。おかげで二人掛けのソファは一人しか座れなくなってしまっているけれど。
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ゾウムシ出た!

 先週、息子が食器棚の横にしゃがんで、「なにこれ」と床を指差し言うので見てみたら、どんぐりの中から出てきたゾウムシの幼虫だった。外は寒いので気の毒だけれど、しょうがないから出てもらったその翌日に、食器棚の横のまったく同じ場所で、またぷにぷにした白いゾウムシの幼虫が転がっているのを発見したので驚いた。どんぐりから出てきた幼虫は、本能にしたがって同じようなルートをたどるのかしらと思っていたら、数日後には今度は別の場所に幼虫が落ちていた。家には、息子が植物園とか山とかへ行くたびにポケットいっぱい拾ってきたどんぐりがあるから、その中に虫が入っているのが結構あったとしてもおかしくないけれど、どのどんぐりから出てきたのかと思っていたら、壁際に置いてあるCDラックの裏に、いつのまにかクヌギのどんぐりがいくつか転がり落ちていて、拾い上げてみると、その半数くらいに穴が開いていた。
 そのさらに次の日くらいに、食卓の端っこをちょこちょこと歩いている小さな虫がいて、息子がこれなんだと聞くのでよく見たら、可愛らしいゾウムシの成虫だった。たぶん、数週間前にどんぐりから出てそのまま行方不明になっていた幼虫が、家のどこかで蛹になって、無事羽化したものだろうと思う。幼虫の大きさから考えたら当然だけれど、なんとなく想像していたよりもずっと小さくて、よくよく見たら、ゾウの鼻に見えないでもないような口吻がちょっとついたとても可愛らしい虫である。我が家で羽化してくれたことはうれしいけれど、部屋の暖かさのせいで、出てくるのが少し早すぎたんじゃないかと思う。
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池田満寿夫の火曜日

 きのう青虫を見つけた交差点を通ったら、判然としないけれど、何かがつぶれたようなあとがあって、見た瞬間、やっぱりまた歩道の上に出て行って轢かれてしまったのかと心苦しく思った。虫の意志(あったらの話だけれど)というのは意外に強くて、私が近くの植え込みの中に転がしたあとも、あきらめずに当初の目的地へふたたび向かって行こうとしたのだと思う。そうだとしたら、私のした行為は、ゴールへ向かって一生懸命進んでいる青虫をスタート地点に戻してしまったということで、結果的に人や自転車に踏まれる危険を増してしまったわけだ。きのうのことを覚えていた息子が、「もうちょうちょになったの」と聞いたけれど、まだ2歳の子供に真実を伝えるのは気が引けたから、「多分まだだと思うよ」と答えた。
 そのまま、京都国立近代美術館に行って、「池田満寿夫の版画展」を見たけれど、銅版画の少しにじんだような黒い線が、ごちゃごちゃになった毛糸玉みたいにもつれあって、そのわけのわからなさがすごいと言えばすごいけれど、正直なところ、凡人にはよくわからなかった。女性の肖像画とか、わかりやすいものでいくつかいいと思ったのもあったけれど、一番印象に残ったのは「虫としての自画像」という絵で、絵自体はやっぱり黒い線がぐちゃぐちゃのわけがわからないものだったけれど、「虫としての自画像」という視点の面白さが気に入った。
 今日は曇りだったけれどそんなに寒くもなくて、美術館の一階のオープンカフェで、ようやく色づいた桜の木を見ながら食べた漬物ピラフは美味しかった。
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怒れる青虫

 息子を連れて公園へ行く途中の交差点で、歩道の上を横切っている大きな青虫を見つけた。長さが五センチくらいあって、尻尾に黒い角がついているやつで、それがその種類の正常な歩き方なのかもしれないけれど、何となく前につんのめるような、びっこを引いているような歩き方に見えた。とにかくすごくのろいから、青虫が目指していると思われる数メートル先の植え込みまで到達するまでにはかなりの時間がかかりそうで、現に息子も踏みかけたことだし、自転車なんかにあっというまに轢かれてしまう危険性が大いにある。
 そこでまたおせっかいにも移動を手伝ってやろうと思って、植え込みから一本長い草を引っこ抜いて、その上に乗せようとしたのだけれど、これがなかなか乗ってくれない。横で息子は、「(手で)持って」とか勝手なことを言うのだけれど(じゃあ、自分で持てと息子に言ったら、いやだと言った)、さすがに素手で持つのは抵抗があるし、相変わらず草の上に乗せようと頑張っていたら、そのうち青虫が怒り出した。
 体の前半分をすごい勢いで、体が二つ折りになるまで右、左、とぶんぶん振り回す。人間でそんなことをやったらものすごい体力がいるだろうけど、青虫は大丈夫なのかなと思う。だけど、あんまりその「イヤダイヤダ」を繰り返すものだから、もう草の上に乗せるのは不可能になって、仕方なく、葉っぱで転がして、近い方の植え込みの中に放り込んだ。
 青虫が目指していたのと反対方向だったかもしれないけれど、道は危ないから、ありがた迷惑といわずに、そのあたりで満足しておいて欲しい。


※なお、この青虫は、スズメガの幼虫らしい。幼虫図鑑というサイトがあって、縮小画像で調べられるので、とてもわかりやすいからよく使うけれど、結構すごい画像も乗ってるから、いもむし・毛虫系が苦手な人は、見ないほうが無難だと思う。
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2008年卓上猫カレンダーBタイプ(4月)

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2008年卓上猫カレンダーAタイプ(4月)

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みゆちゃん、食に目覚める

 いままで、自分のドライフードだけでじゅうぶんで、あまり他の食べ物に興味のなかったみゆちゃんが、最近、食に目覚めたようである。
 おそらくきっかけは、カニカマ。子供がおやつに食べるたびに、「みゆちゃん、どーぞ」といって分けてあげていたのがくせになって、そのうち、以前にはあまり食べなかった猫用のカニカマおやつも美味しさがわかってきたらしく、冷蔵庫をあけるたびに、横のテーブルの上に飛び乗って、「ニャー(カニカマー)」と顔を突っ込んでくる。
 それだけではなくて、人間の食事のときにも参加するようになった。人間が食べ始めると、テーブルの上にのぼって黙って座っているので、とりあえずカニカマをやる。それを食べ終わっても、やっぱり黙って食卓の上に座り、おでんをつつく私の箸の動きをじっと見ている。そんなに見つめられると、食べないとわかっていても、一応、「みゆちゃんも食べるの?」とがんものひとかけらなんかを勧めてみないわけにはいかなくなるけれど、もちろん食べるはずもなく、ちょっとにおいを嗅いで、また眠そうな目でじっとなにかを見つめている。そういうみゆちゃんの視線を受けながら、自分だけがぱくぱくご飯を食べるというのは、なんとなく気が引けてやりにくい。また、みゆちゃんがそばにいてくれるのはうれしいけれど、決まって私の右前座るので、箸が動かしにくくてしょうがない。
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2008年卓上猫カレンダーBタイプ(3月)

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2008年卓上猫カレンダーAタイプ(3月)

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