大人のビー玉遊び

 早朝の、そろそろ空が明るくなりかける頃、みゆちゃんふくちゃんはなんとなく面白くなってくるらしく、よくふたりで走り回っている。きょうもひととおり追いかけっこをしたあと、廊下の床の上にみゆちゃんが寝そべっていたので、ちょっと遊んでみたくなった。最近キキやハルがピンポン玉を転がして遊んでいるのを見ているので、大人のみゆちゃんもやってくれるかしらと思ったのである。
 子どものおもちゃ箱からピンポン玉を取り出してきて、廊下のこちら側から、向こうのみゆちゃんに向けて、ゆっくりと転がしてみた。
 玉はころころと乾いた音を立てて、ゆっくりとまっすぐ転がっていって、みゆちゃんの横を通過して行った。飛び掛るかと思ったけれど、反応なし。今度は、至近距離から転がしてみたけれど、見向きもしない。
 ピンポン玉は好みじゃないのかしら。ふくちゃんとかけっこしたあとだったから、ボール遊びをする気分じゃないのかしら。
 それではと、次はビー玉を転がしてみた。一投目は通過したけれど、二投目、がらがらと転がっていくビー玉に、ついにみゆちゃんが動いた。二、三度軽くおしりを振って、ぱっと飛び掛り、背中をしなやかに丸めて、細い前足で器用に玉を転がした。ひらりと、トイレのドアの前の壁のくぼみに身を隠し、顔だけ出して、転がるビー玉をじっと見つめている。
 廊下の薄暗さと、獲物を狙うために、目が真っ黒になっている。三角の耳は、一生懸命にビー玉のほうへ向いている。私のとても好きな猫の顔のひとつだ。
 みゆちゃんがビー玉に反応してくれたので、私は満足した。
 あるいは、私がしつこく玉を転がすので、みゆちゃんがやれやれと思いながら、ちょっと遊んで見せてくれたのかもしれない。
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子猫通信

 ハルの目は、家に来た当初よりはだいぶよくなって、ぱっちりと大きく開くようになった。それでもまだ少し目やにが出るし、鼻水も出て、いつも顔が汚れている。これらの症状がなくなるまでは、念のためにキキとは部屋を別にしている。
 最初はすぐにうずくまるので、デビンちゃんのように大人しい猫かと思っていたら、段々元気になってきた。ピンポン玉を転がしてやると、追いかけていって、自分でさらに転がしては、玉と一緒になって走っている。仕舞いにピンポン玉をテレビ台の下に入れてしまい、手を突っ込んでちょいちょいと探ってみるけれど、短い手が届くはずもなくて、結局父に取ってもらう。
 毛並みも少しはよくなったが、キキのビロードのように滑らかな毛やしなやかな身体に比べたら、ばさばさして、骨ばっていて、弱々しい。子どもが拾ってきた蝉の抜け殻を必死で食べようとするところなどを見ると、家に来る前には虫や小動物を取って生きていたのかもしれず、そのときの苦労がまだ身についたままのようである。一度ちゃめに会わせたら、まっすぐにちゃめのところへ走って行ったので、ハルのお母さんはちゃめのようなトラ猫なのかもしれない。そのあと、母猫を探すようににゃあにゃあとしばらく鳴き続けて、まだまだお母さんと一緒に居たいいたいけな子猫のうちに、一人ぼっちにされたハルが可哀想でならなかった。(ちなみに、ちゃめはハルに走り寄られて、面食らったような迷惑そうな顔をした。)
 そんなハルに比べて、キキは健康そのものである。キキの部屋に入ると、ごろごろのどを鳴らして迎えてくれた。手近におもちゃがなかったので、人差し指と中指をとことこ動かして床の上を這わせたら、すぐに狙いを定めて、机の陰から飛んできた。私の手首に、両手で抱きつくようにして体当たりしてくる。その重量感が、元気の塊みたいで心地いい。そのまま仰向けにひっくり返るのでおなかをくすぐったらその手にじゃれるのだが、肉球が、吸いつくようににねちねちしていて、やわらかくて可愛らしい。噛む力を加減して、爪も出さない。これがハルだったら、結構きつく噛まれてしまうし、細い爪にも引っ掛けられる。切羽詰った放浪時代の名残で、まだ余裕がないのかもしれない。
 楽しくて、いつまでも遊んでいたいけれどそうもいかないので、またね、バイバイ、というと、それ以上は追いかけてこなくて、ちょこんと座って、私が部屋から出て行くのを見ている。そういうところが、聞き分けがよくて賢いと、父と母が絶賛する。部屋に一人で居るときも、跳ね回っているらしく、よくベッドカバーがくしゃくしゃになって床に落ちている。
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また子猫が来た!

 海の日の祝日だった月曜日の朝、母からメールが届いた。内容は、「また子猫」
 夜中のうち、猫なのか鳥なのか虫なのかわからないようなか細い鳴き声が、風に乗って微かに聞こえて来るように思っていたところ、朝になって表に出てみると、車の下から呼びかけて来たという。
 おいでと呼んでも出てこないので、虫取り網で捕まえようということになった。10年以上前に、骨と皮だけになってさまよっていた子猫のデビンちゃんを捕まえた網である。そのときのデビンちゃんは人に馴れておらず逃げ腰で、捕獲に失敗すれば、もう二度と人前に姿を現さない可能性が懸念された。命を賭けた一発勝負で、張り詰めた緊張感の中、父は網をふりおろした。
 今回、車の下へ虫取り網をそっと伸ばしていくと、子猫は網の端っこにじゃれはじめたらしい。そのままおびき寄せて、無事捕獲が完了した。
 ミルクココアのような曖昧な色のぶち猫で、女の子である。キキと同じくらいの月齢かもしれないが、痩せていて、キキがもう1.2キログラムになったのに、550グラムしかない。毛並みもばさばさしていて、ノミも一匹見つかった。小さな前足の左の人差し指の毛がはげているし、子猫に多い病気のようだけれど、目やにをいっぱい出していたのを(だから、まだキキとは部屋を分けている)父が根気よく拭き取って、目薬を差してやった。
 名前はすぐに「ハル」と決まった。先のキキの名前が決まってからあと、父だけがしばらく「ハル」がいいと抵抗していたので、この新しい猫の名前になったのである。
 健康的で元気なキキと比べて、ハルは痩せてみすぼらしく、哀れな感じがした。気性も大人しい猫のようである。それまでどんなふうに外で過ごしていたのかわからないけれど、放浪生活で疲れているのだろう、ぐったり横になってうつらうつらして、身体を休めているようだった。この日は午後から台風の影響で強い雨が降り出したから、その前に家の中に入れることが出来たのは幸いだった。
 食べっぷりもよくはないけれど、少しずつ缶詰を食べたりミルクを飲んだりして、一息つけたのか、私の指にじゃれて噛み付いたりするようになった。
 いまは哀れげな様子だけど、しっかりご飯を食べて、よく眠って、徐々に元気を回復したら、毛並みもよくなり、こけた頬にも肉がついて、ハルも可愛らしい子猫になるのではないかと思う。

(余談だが、その晩、母ははじめハルと同じ部屋で寝ていたところ、ニャアニャア鳴いて寝られないので、キキの部屋へ移動したら、今度はやんちゃ盛りのキキにじゃれつかれ腕のあちこちを噛まれて、やっぱり寝られなかったらしい。)



※イラストはイメージです。






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キキ通信

 ちびトラのキキが来て、3週間が過ぎた。500グラムほどだった体重が、最初の1週間で900グラムに増えた。見た目も、最初は頭でっかちで胴体が短くころころしていたけれど、だんだん猫らしく体が長くなってきた。抱っこしてみても、羽のように軽くて壊れてしまいそうだったのが、ずいぶんしっかりして、腕に重みが感じられるようになった。それでもまだ足元はどこかおぼつかなくて、よちよちしている。
 もうちゃめやネロが家に来た頃の大きさになったかしらと言うと、母がまだ小さいわと言う。そのような、はじめて家に来た小さな子猫に、父も母もすっかり参っている様子である。
 キキが、食卓の端っこにのぼって、テレビの画面を可愛い前足でつついたり叩いたりしていると、テーブルから落ちては危ないと父が食卓を動かしてテレビ台に寄せる。母は、わざわざそんなことして、キキの目が悪くなるでしょと反対する。二人そろっての過保護ぶり。
 ビー玉で遊ぶのが好きらしく、段ボールの箱の中に入れてやったビー玉を、箱の中だけでは狭くて飽き足らず、上手にくわえて外へ運び出す。床の上を転がして遊んで、隅っこまで転がしていくと、またくわえて部屋の真ん中まで運んできて遊ぶ。キキは賢いよ、と父母が別々に、このビー玉遊びを例に報告してくれる親馬鹿ぶり。(もっとも、去年の冬に亡くなったデビンちゃんは、聡明なタイプの猫ではなかったけど、部屋に迷い込んだアマガエルを同じように部屋の真ん中に運んでは、飛び跳ねるのを観察して遊んでいたから、このビー玉の話が本当にキキの頭のよさを証明するものかどうかは疑わしい。)
 最近読んだ猫の随筆集「猫 (中公文庫)」の中の、尾高京子の小品に、「この世に子猫ほどかわいらしいものはない」という一文があったので、父に教えたら、この頃、自分もそう思うようになったよ、という返事だった。
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早朝猫散歩

 今朝、散歩に出かけたら、途中で6匹もの猫に出会った。
 まず、小学校の近くの四辻を、そそくさと疑り深い目をして逃げて行ったちょびひげハチワレのキジ白、続いて学校の敷地内に、キジ白の友達と思われる、白い部分が極端に少ない三毛。
 それから、帰り道に、先の三毛とは別の三毛と、白に黒ぶちの頼りなげな子猫。ちょっと呼んでみたら、三毛母さんはすぐに近くの家の塀の向こうへ逃げ込んだ。塀の穴から顔だけ出して、心配そうに子猫を見ている。きっと「おいで」と目で呼んでいるのだろうけれど、子猫はどうしたものかと、黒いしっぽを膨らませて、おどおどした顔で道の真ん中に座っている。子猫の細い白い毛が、朝日を逆光に受けてぼうっとしていた。ただチョッチョと呼んでみただけで驚かすつもりはなかったのだけれど、もしも親子がはぐれたりしたら一大事なので、早々に退却した。ようやく子猫は母猫のほうへ小走りに走った。
 次の筋の向こうには、最初に見たキジ白が道の端に座ってこちらを見ていた。その次の筋には、赤いトラ猫が誰もいない道の真ん中に遠慮なく足を投げ出して座っていた。まだそんなにぎらぎらしていない朝の光の中で、赤トラはこちらに背を向けて、悠々毛繕いしていた。
 それからしばらく歩いて、散歩も終わりに近づいた頃、黒い猫が私の前の道を横切って垣根の下に潜った。よく近所をうろうろしている黒猫だろうと思って垣根を覗いたら、その猫も垣根を挟んだすぐ向こうで、こっちを見ていた。よく見ると黒猫ではなくて、顔に縞模様がある黒っぽいキジ猫だった。大きな猫である。今朝それまでに会ったどの猫よりも私に接近を許してくれると思ったら、赤い首輪をしていた。たぶん、前に会ったことがある。その近くで、前に女の子がリードをつけて連れていた、驚くほど毛並みが艶々とした猫だろう。
 一日の始まりに、こんなにたくさんの猫に出会えるなんて、なんていい日なのだろうと思った。散歩に出かけたのは、6時過ぎである。この時間帯、猫たちはまだ人通りの少ない辻辻に現れるのだろうか。朝の6時頃、覚えておこう。そしてまた、猫たちを探しに行こう。
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