音信

小池純代の手帖から

雑談41

2022-05-16 | 雑談


石でないものが石になる、ということでは、
李賀「秋来」の「恨血千年土中碧」がある。

誰に読まれることもなく詩作に心血を注いだ詩人の血が
土の中で碧玉(エメラルド)に変わる。
赤い血液がどうして緑の石になるのかは謎。

春秋時代、周の賢臣が無実の罪で処刑された。
蜀の人が哀れに思ってその血を蔵しておいたところ、
三年後、血は碧玉になっていた。
という話が下地になっているそうだ。
李賀の詩は千年以上の生命を保ちつづけている。

 

かつて別のものだった石、これから別のものになることも
あるのではないか。

           †

  夏の陽に灼かれて日々をあるばかり石は花々のやうにひらかず

  眼をあけて末枯の野の石を見よいまかとび発つさまに光れる

            「あくびする花」杉原一司
            (『現代短歌大系11 夭折歌人集』)

           †

地中の血がエメラルドの石になるのだったら、
陽光に灼かれた石がいずれ花々になるかもしれず、
枯野に光る石がそのうち鳥になるかもしれず。

李賀は二十七歳、一司は二十三歳まで生きた。







コメント

雑談40

2022-05-16 | 雑談


幸田露伴は「石」の歌をたくさん作っている。
『露伴全集』で、ざっと数えて八十首以上。
何の石なのか、一首一首に付してくれている。
現物写真のない、歌による鉱物図鑑のよう。

       †

      胸中石
  胸の中に石をいだきて石の歌をおもひつゝぬる夢のしづけさ

こんな概念的な少女のような可憐な歌もあれば、

      スフィンクス石
  笑みもせず愁ひもせずて長々し月々を目守る嗚呼スフィンクス


こういう大きな規模の歌も。「スフィンクス石」とは、
猫座りしているあの巨大な建造物を一言で表したのだろうか。
なんと大づかみな。
なお「ピラミッド石」という歌はない。

      天方黒石
  やけぞらの長路い行きて黒き石をおろがむアラブタアバン赤き


これもスケールが違う。メッカの黒石、そこにわらわらと集まる
赤いターバンの信者たち。どのぐらいの人数か想像もつかない。

      木葉石
  遠き/\劫初の木の葉沈もりて石と成りけむ近き/\世


木の葉が水底に沈んで長い歳月をかけて石になる、
なんてことがあるのだろうか。植物から石油ができるそうだから
そんなこともあるのかもしれず。
ああ見えて石だって生きているのに違いない。

       †

ひとつひとつ見てゆくと、歌も石も露伴も、
どれもこれもたのしい。

                 
 

 『露伴全集』第三十二巻 口絵写真


コメント