音信

小池純代の手帖から

雑談40

2022-05-16 | 雑談


幸田露伴は「石」の歌をたくさん作っている。
『露伴全集』で、ざっと数えて八十首以上。
何の石なのか、一首一首に付してくれている。
現物写真のない、歌による鉱物図鑑のよう。

       †

      胸中石
  胸の中に石をいだきて石の歌をおもひつゝぬる夢のしづけさ

こんな概念的な少女のような可憐な歌もあれば、

      スフィンクス石
  笑みもせず愁ひもせずて長々し月々を目守る嗚呼スフィンクス


こういう大きな規模の歌も。「スフィンクス石」とは、
猫座りしているあの巨大な建造物を一言で表したのだろうか。
なんと大づかみな。
なお「ピラミッド石」という歌はない。

      天方黒石
  やけぞらの長路い行きて黒き石をおろがむアラブタアバン赤き


これもスケールが違う。メッカの黒石、そこにわらわらと集まる
赤いターバンの信者たち。どのぐらいの人数か想像もつかない。

      木葉石
  遠き/\劫初の木の葉沈もりて石と成りけむ近き/\世


木の葉が水底に沈んで長い歳月をかけて石になる、
なんてことがあるのだろうか。植物から石油ができるそうだから
そんなこともあるのかもしれず。
ああ見えて石だって生きているのに違いない。

       †

ひとつひとつ見てゆくと、歌も石も露伴も、
どれもこれもたのしい。

                 
 

 『露伴全集』第三十二巻 口絵写真



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