My Life

春夏秋冬~日々の徒然や思うことを綴った倉庫です。

最後に行きつくところ

2015-01-29 20:49:39 | 雑記

曼荼羅というものを書いていますが、なんで惹かれるのだろう、と思っていました。

それで気づいたことといえば、曼荼羅が「自分の中心にかえる練習みたいなもの」ということです。

今、自分にとって本当に最優先、大事なものの確認の練習なので、飽きないのだろうと思います。


家庭が幼いころから波乱状態で、母親は完全にスピ系にはまり、母は否定的な親族とはそりがあわず。

母親は話すところがないので、すべての事情を私に話してくる。

しかし。

私が思うに、「生きづらい」人が(母)救われたら次はどうなるのか・・

たいてい、そんな場合はスピ系が自分の生きやすい住処、だと思ってしまう。



生きづらい「家庭」にいるより、そういう世界の人の中にいることが救いになっていたのだと思います。

しかし。私は現在、どうもそれも違うな、と思っています。



本当に「真理」とよばれるものは、すべての人が無意識に理解していますし、話しても「違和感」がないも

のではないか、と思います。

たとえば「人間の尊厳の大切さ」・・こういうものです。

そんなわけで。

私はスピ系否定派、肯定派、の真ん中で育ちましたので、自分でも「軸」がぶれまくり、

わけがわからずにいました。鈍感ならよかったのですが、昔から、感覚もとても鋭い体質だったので、

「自分」というものを見失った時期がありました。

しかし、「真理」や「しくみ」という概念にふれてから、徐々に「軸」ができて、今に至っている

そんな気がします。

まとめますと。

「なぜ、こういう世界のこういう境遇や、社会に、生きることになったか」

問題があるなら、直視して、なんとかそれを乗り越えていくことが大事なのではないかと思います。



そして、いろいろな世界に触れ、そこで自分なりの乗り越える手段を調達するとすれば、二つの世界を知っ

ており、学べる境遇が、結局幸いだったのです。いやだなーと思っていた境遇が実は「幸い」だった。

結局、はざまにいたことで、「いろいろな手段を学べる」というメリットがあり、

最後に「中庸という軸」が、自分にできたのです。



私事でもっとわかりやすく書きましょう。

母の教えてくれたことが、突きつけられた現実の課題を乗り越える「糧」になったこともあり。

逆に「否定派」の親族のアドバイスが糧になったことも多々あったということです。


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私も感覚が鋭く、母は世話好きなもので、なにかとご縁で苦労してきて、今は完全にごくごく

ふつうなのですが、そういう方向けにアドバイスをかくと。


感覚が鋭い人の場合は拝見すると「透明感」が格段に高い方。貧血ぎみかな、というくらい色白です。

体がなにかと敏感で体質的にアレルギーなどの方が多いようです。



そういう方ほど「ライトボディ」の維持のために、といって「宇宙食」のようなものを

たくさん勧められるようです。(たくさんそのようなサイトがあります)



そういう方は、自分に合った「スポーツ」で肉体を鍛えることをおすすめしたいです。



太極拳や、ヨガでもよいです。できるもの、ストレッチでもいいので、体を動かして、日当たりのよいとこ

ろで、太陽にあたること。(月光浴は、熱帯にすむ人にはよいですが、日本なら日光浴のほうがよいです)



そして、「食」です。しっかり、根菜類や「旬の」食べ物を食べて体をつくることです。

メンタルが鋭いことで、感覚的に「食べたいなー」というものがわかると思いますので、そちらのほうが

「お値段の高い高い宇宙食」よりも「即効性」があり、体もしっかりしてきます。



体がしっかりしてきて、かつ、体のつかい方がわかってくると、精神的な感覚と肉体的な感覚の

バランスがとれるようになり、いわゆる、エネルギーを受けやすい「憑依体質」から、抜け出すことができ

ます。そうすると、いたずらに不安にもなりませんし、いわゆる「いつも霊視状態」のような、感覚が

おさまってきて、普通の生活も楽に送れるようになります。



もし、きつくて、ぐったりするときは、42度以上のお風呂(バスタブはまんたんにします)にしっかりつか

ることです。シャワーで、血行もよくします。


お風呂につかると、毛穴から、泡がたくさんでます。それが、「マイナスエネルギー」です。「邪気」と、

気功ではいいます。

(エネルギーも、ちゃんと物質として現れます)



そして、睡眠薬をつかってもよいので、快適な寝具で、「よく眠ること」


特に、現代人は眠っていても「頭は働いている状態」が多いのだそうです。

完全に脳が休まないので、疲れもとれません。なので、睡眠薬などで、「休眠」させることが

大切です。


それから、せっかくの資質でもありますので、福祉の世界や医療、動物の世界とのかかわり、トリマーなど

の、自分の感覚を奉仕の要素が強い職業で活かしていくことも、よいのではないか、と思います。


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母がいきついたところですが。



母は晩年、難病で倒れました。「廃人同様」に、なってしまいました。


母がつくった神棚のある部屋に、ぽつんと、看病から、ひとりで帰ってきたとき、私はきれてしまい。


母がすがった世界のかみさまは、ここにいるのですか?ほんとうにいるのですか?

結局、母を廃人ということで、何もかもとりあげて忘れさせることなんかで、助けるのですか、と、


一晩泣いたことを今でも覚えています。

しかし。

母が難病で倒れたことは無駄にはならなかったのです。



私が福祉系のツレと結婚したことで、母の苦労は逆に、これから大変になるであろう「福祉の世界」で

糧になっています。

どうすれば、すこしでも介護家庭の皆様が楽になるか、たくさんの母の経験が、今、役立っています。


母が自分をとりもどしたのは、死ぬまぎわでした。

はっとした顔をして、まぶしそうな顔をして、ぽろっと涙をこぼして、すっと息がとまりました。



こんな安らかな最期がくるなんて思えなかったので、正直びっくりしました。



母のいきついたところは、懐かしい、光だったのかもしれません。

天国はあるかもしれない。


そんな最期でした。





話は最初に戻りますが。


曼荼羅はとても複雑ですが、描くことは、瞑想にもなるそうです。

曼荼羅の世界も中心を意識させるもので、母の死をみとったからこそ、惹かれるのかもしれず。


曼荼羅の世界に描かれていることは、ひとは最期に中心にかえる世界といえるものです。




宇宙の中心なのか、自分の中心なのか、はっきりとは、まだ、わからない。


ただ、最後に行きつくところは。


自分の世界からでて、大切な自分の、何か、だと、感じています。















こんなときも・・

2015-01-29 20:39:24 | 猫日和


いつもつまみぐいの次に?TVが好きなりん。

一回、外の世界に連れて行ってあげたいけど、保護されたときの恐怖はどこかに

根ざしていると思うのです。

みーたんは外の世界も知っているのでいいけれど、怖がりのりんも、一度でいいから、森、や、蝶、や

土のにおいを、かいで、みてほしいと思う。


今日も相変わらず、TVが好き。




                        




寝る前は、かならずパパのそばに行きますが、それでも、興味の先は・・・