はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

陳叔至と臥龍先生の手記 その6

2022年01月27日 13時19分16秒 | 陳叔至と臥龍先生の手記
諸葛孔明、記す

目が覚めたら、空が暗い。
すでに太陽が西の空に隠れようとする頃であった。
冗談だろう。
いままでずっと眠っていたというのか。
そして、この布は、どこから飛んできたものだ? 
誰かが掛けてくれたのだろうか。礼を言わねば。
というより、これを掛けてもらったことに、わたしが気づかなかった? 
ありえるか?

そうして、もぞもぞしていると、隣にいる男に気づいた。
まさに、いままでずっと見ていた夢のように(馬はいなかったけれど)一人で、胡坐をかいて、武器の手入れをしているのである。
獣の油でもって、剣先を丁寧に磨いていた。
陽光を受けてぎらりと輝く刃は、それまでならば、凶悪さしかおぼえないものであった。
だが、ふしぎとその日は、刀剣の輝きを見て、夕陽を形にしたように美しいな、と思った。
わたしは誘われるようにして、口にしていた。
「武器の手入れは、毎日するものなのか」
「その暇があれば。今日は暇なほうだった。怪我人もなかったし。おそらく軍師が兵舎にいる、というので、兵卒どもが、ほどよく緊張して、粗相をしなかったせいだろう」
「そういうものなのか。あれだけの兵卒をまとめなければならぬのだ。将というのは大変なのだな」
「そうだ。単に号令を掛けていれば良いものではない。あんたや、わが君の言葉を、どうやって上手に連中にわかりやすく伝えるかが、将の仕事だ。まるまる伝えたところで、現場の人間にはぴんとこない、ということがよくあるからな」
「そういうものなのか」

答えつつ、なんだ、普通にわたしは話をできているではないか、と思った。
夢のなかでは、なぜあれほどに困っていたのだろう。
いや、そうではない。
この男、しゃべってみれば、とても自然にしゃべれるのだ。
なにがわたしを安心させるのだろう。
声の調子? 言葉の穏やかさ? 
それともなんであろう。
叔父にも徐庶にも似ていない。
けれど、よくわからぬが、安心する。
主騎だから、というわけでもないだろう。
わたしは、眠る前までは、この男を主騎と認めていなかったのだから。
でも、なぜだか安らぎを感じる。
この男がこれほど身近で刀剣を手にしていても、わたしはすこしも、恐ろしく感じない。

「馬が好きなのか」
わたしは、夢の中で言おうとしていた言葉を口にした。
すると、趙子龍は、唇に静かな笑みを浮かべた。
「まあ、好きなのだろうな。あいつらの面倒を見ていると、楽しい」
「どうして」
「どう、って。そうだな、あんたは書物を読むのがすきか?」
「あらためて、好きかと問われるのも妙だな。まあ、好きなのだろう」
「それと同じ感覚ではないのかな。俺は張飛や関羽みたいに、妓楼に繰り出して派手に遊んだり、酒を飲んで騒いだりするのが好きじゃない。かといって副将の陳到のように、まっすぐ帰るべき家庭もない。だから、その分の力を馬に注いでいるのかもしれぬ」

妓楼に行かない?
それでは、昼間に推理した『女関係の整理がつかないので結婚しない・できない説』は、破棄か?
そういえば、たしかにこの男が、酒臭くしていたり、白粉の匂いをさせていたり、夜更かしをしすぎて隈を作っていたりしたところを見たことがないな。

「夜はいつも、何時くらいに眠る?」
探りを入れると、趙子龍は、不思議そうな顔をして、わたしを見た。
「あんたは?」
なぜわたしに質問が返ってくるのだ? 
奇妙に思いつつ、わたしは答えた。
「仕事が終わったら」
「では、そのあとだ」
「わたしに合わせているのか?」
「主騎だからな。あんたの部屋の明かりが見える位置に、部屋を変えてもらったばかりだし。あんた、ずいぶん夜が遅いくせに、今日のように日中、笠もかぶらずに動き回っていたら、倒れるぞ」
「今日は倒れたのではない」
「判っている。だが、よい休息になったのではないか。熟睡していたようだ」
「そうでもない。夢を見ていたよ」
「どんな」
「仕事の夢」
真面目だな、とつぶやきつつ、趙子龍は、声をたてて笑った。
そして、最後の仕上げに、絹の布で刀身を拭ききると、鞘におさめた。
胡坐をやめて、わたしのほうに軽く向き直る。
「食事な、あんたが料理番に怒鳴ったのが効果があったらしくて、ずいぶんまともなものが出てきた。兵卒たちが大喜びしていたぞ。みなに代わって礼を言う。ありがとう」
びっくりした。
この男がこんなに率直に礼を言う男だとは。
そういえば、徐庶は、趙子龍は人付き合いが悪い、といったが、人が悪い、とは言っていなかったな。
「あれは、ひどすぎたから」
「ついでに俺からも礼だ。すまなかったな」
「なぜ」
「本来なら、俺があいつに怒鳴り込んでやらねばならないところだった。あいつは小心者なので、いままで料理番の影に隠れて、はっきりと表に出てこなかったのだ。もし出てきたなら、はっきりと、料理をなんとかしろと言ってやろうと思って待っていた。だが、先を越されたな」
「そんな理由で、あの食事に黙っていたのか。しかし、謝ることはないぞ、子龍。どちらにしろ、完勝確実な論戦であったから、おもしろくともなんともなかったし」

いや、実際はかなり神経を使って、疲れた。
糜芳がただの猪武者なら、まったく遠慮しなかったが、あの親切な糜子仲さまの弟君、というところが障壁だった。
誇りを粉々にしないよう、細心の注意をはらって、逃げ道をわかりやすく作りながらの論戦。
われながら、配慮の行き届いた高度な戦略だったと思う。
うまくやったほうだろう。
「完勝確実、か」
明るく笑いながら、趙子龍は立ち上がると、わたしに手を差し伸べてきた。
普段であれば、わたしは、誰の手であろうと触れることをためらっただろう。
だが、そのとき、わたしは気負うことなく、その手を取れた。
「食事、あんたの分は残させて置いたから」
「そうか、ありがとう」
わたしを立ち上がらせると、趙子龍は、わたしに背を向けて、先に歩き出した。
ふと、夢の中で見た背中と一緒だな、と思った。
あのときは声をかけそびれたが。
「あなたもまだなのだろう? ならば、共に食べよう。だれかと一緒というのが、あまりいやでなければだが」
わたしは、自身の言葉に、いささかうろたえつつも、そう言った。
こんなふうに、だれかと一緒に行動を共にすることを誘ったことなど、ない。
誘われることはあったけれど、たいがい一人がよかった。
一人のほうが気が楽で、気を遣わずにすんで、傷つかないからだ。
それなのに、なぜこんなことを言ってしまったのかな。
自分を不思議に思っていると、趙子龍は、
「俺は、あんたの主騎だからな」
と言って、そのまま、わたしの歩幅に合わせて横に並んだ。
そして、夕闇のなかを歩き始めてくれた。

わたしは、今日いちにち、なんのためにこの男のまわりをうろうろしていたのだっけ? 
忘れたな。
いや、本当は忘れていないが、忘れたことにしてしまおう。
なぜだか、そうしたほうがいいような気がするからだ。
さあ、夕食は、ほんとうに美味しくなっているであろうか。
美味しいといいのだが。

手記はここで終わり。
困りごとがなくなってしまったから。



ヲワリ

(2005/09/18 初稿)
(2021/11/24 改訂1)
(2021/12/17 改訂2)

☆ あとがき ☆

〇 趙雲の副将、陳到と、孔明の手記を交互に紹介する、という趣旨で書かれたものだったが、初稿は時系列がおかしかったので直した。
〇 誤字がすごーくあった……一行目から誤字という、すごいクオリティ。まだあるかもしれない。
〇 文章がおかしい箇所がほとんどで、ずいぶん読みづらいものになっていたかと思う。長ったらしい文章は分けたり、消したり、まとめたりして、読みやすくした。
〇 物語の事情がわかるよう、大幅に説明も加えた。
〇 陳到や孔明がどうして手記を書いているのかの部分も付け足した。
〇 麋竺のあざなを間違えて表記していた。子方→×、子仲→〇。こういうことばかりだ、この先。
〇 内容の一部変更にあわせ、タイトルも変更した。『陳叔至と臥竜先生の手記』。タイトルをつけるのに迷ったが、ストレートに行くことにした。
〇 2005年にGuiさんからのリクエストで書いたもの。なつかしい。ここから、旧シリーズのブラッシュアップがはじまっていく。


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。