はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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赤壁に龍は踊る 三章 その14 囚われて

2024年06月14日 09時45分26秒 | 赤壁に龍は踊る 三章



「やはり、こやつは、例の建屋のひみつに気づいてたようだな。とんでもないやつだ。
鍾獏《しょうばく》、そなたがしっかりしていないから、こんなやつに気づかれてしまうのだぞ! 
よいか、このことが丞相に知れたら、われらもただでは済まぬが、おまえも同罪。
それをわかっておるのか!」
一拍置いて、蚊の鳴くような声が応じた。
「そ、それは、あなたがたが、わたしどもに無理やり」
「なんだと!」
「いえ、申し訳ありませぬ。以後、気を付けます」
それでよい、とキンキンした声をした男が吐き捨てるように言う。
この声、どこかで聞いたことがあるような?


がんがんと痛む頭を振りつつ、徐庶は目をひらいた。
手を地面に付こうとしたが、うまく動かない。
そこでようやく、自分が手枷《てかせ》をされていることに気が付いた。


頭痛に耐えながら顔をあげると、ぱらりとほどけた髪が顔にかかった。
その髪と髪の隙間から、先刻、宿舎のまえで見た、泥鰌髭《どじょうひげ》の中年男が、痩せぎすのねずみのような顔をした男に跪《ひざまず》いているのが見えた。


そのねずみ顔の男を徐庶は知っていた。
襄陽城に司馬徽《しばき》の用事で出入りしていたさいに何度か見かけた、蔡瑁の腰ぎんちゃく。
張允《ちょういん》であった。
「あんたか」
と、言ったつもりだったが、唇から出たのは、牛が唸ったような声だった。


「起きたようだな」
張允が中年男の肩越しに、徐庶を見る。
徐庶はおのれがどこにいるのか、素早くたしかめた。
ちいさな空間で、窓はない。
入口には、徐庶を昏倒させた大男が控えていた。
張允が動き出したのとおなじように、大男も、徐庶が起きたのに合わせて、ありがたくないことに近づいてくる。
部屋の三方の壁には恐ろし気な器具がずらりと掲げられていた。
どうやらここは、急ごしらえの牢のなかの、拷問部屋であるらしい。
遠くから、さらにありがたくないことに、だれかのうめき声や哀願する声が聞こえてきた。


「思いもかけない再会だな、元直どの。
貴殿はてっきり、おとなしく丞相に従っているものと思うていたが」
張允は言うと、手にしていた徐庶が曹操に当てて書いた訴状をぐっと徐庶に向けた。
「こんなものを書いて、われらを窮地に陥れんとしているとは!」
勝手な言い草に、怒るより前に呆れてしまった。
「荊州の兵士たちは、おまえたちにとっては子飼いの兵だろう。
それが流行り病に襲われているのを目の当たりにしても、良心が痛まぬのか」
徐庶が言うと、張允はふんと鼻を鳴らした。
「流行り病なんぞ、わたしは知らぬ。貴殿の悪質な言いがかりだ」
「なんだと?」
「ここにいる鍾獏は、兵士たちのために献身的に治療をおこなっている名医じゃ。
それを貴殿は、この訴状で、われらと結託して流行り病が起こっているのを隠匿しようとしている悪人に仕立て上げておる」
「図星だろうが」
「証拠はなかろう。医者のところにいるのが病人なのは、当たり前ではないか」
「見下げはてたやつだな、おれはおまえたちが死体を隠すところも見たのだぞ!」
「見たのは、貴殿だけであろうが。その死体とて、どこにあるのやら」
「要塞の西側の」
と、言いかけて、徐庶は張允の悪意に満ちた笑みを見て、悟った。
こいつなら、死体を掘り返して移動させることくらい、平気でやる。


張允は、訴状を卓の上に捨てるようにして置くと、徐庶の前にやってきた。
「たしか、貴殿は劉備の軍師であったな」
「元の、な」
「いまの劉備の軍師の諸葛亮とは、朋輩であったはず」
「それがどうした」
「あの老いぼれの劉備は、生意気にも江東の孫権と同盟を組んで、わが丞相の前に立ちふさがんとしておる。
おまえはその劉備や諸葛亮と、いまだに通じているのではないか?」
「ばかな」
反論しようとするのを、張允は手ぶりで止める。
「いや、わたしにはわかっておる。諸葛亮に知恵を授けられたおまえは、水軍を操るわれらを滅ぼすべく、罠をかけようとしているのだ。そうにちがいない」


こいつ、正気か?
徐庶はすっかり呆れてしまって、おのれの推理に悦に入っているようにすら見える張允の、ねずみ顔をまじまじと見あげた。


「狂っているぜ、あんた」
「だまれ、下郎がっ! われらはそんな罠にはかからぬぞ!」
とつぜん張允は叫ぶと、徐庶の横っ面を拳でがつんと殴りつけてきた。
またもや眼前に火花が散る。
鼻を切ったらしく、血が垂れてきた。
うつむくと、血がどんどん垂れてくるので、あえて顔をあげる。
すると、それが気に入らないらしく、張允は徐庶の髪を掴み上げると、顔を近づけてきた。
「諸葛亮に唆《そそのか》されたのだと言え」
「だれが」
「諸葛亮だ、おまえの弟分の。おまえがそう言えば、すべては丸く収まる」
「言うものか」
張允は、ふん、と鼻を鳴らすと、徐庶の頭を乱暴に突き飛ばした。
ぐらりと体が揺れる。
徐庶は短く悪態をついた。
それが面白いらしく、張允は横倒しになった自由の効かない徐庶の体を足で蹴りつけてくる。
子供が芋虫をいじめて楽しんでいるような様子だった。


と、そこへ、足音も高く、もうひとりあらわれた。
趣味の良い色合いの戦袍と、ぴかぴかの甲冑を身にまとった洒落男・蔡瑁である。
徐庶は踏みつけられながら、蔡瑁を睨み上げた。
張允がひとりでやったことではない。
さきほどから、張允はうるさいほどに、われら、われら、と言っていた。
こいつが、黒幕なのだ。


つづく

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さて、囚われた徐庶、いったいどうなる?
次回は月曜日の更新です、どうぞお楽しみにー(*^▽^*)


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