はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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幻界古城~臥龍と残酷策士の地下迷宮 序章 その2

2021年07月07日 06時52分32秒 | 幻界古城~臥龍と残酷策士の地下迷宮
孔明はぐっと黙った。
たしかに、昨日も、おとといも、同じ議論を繰り返していた。
そのたびに物別れになり、孔明と法正の仲はいま、こじれにこじれている。

「いつかは意見を一致させてくれるのではと期待していたが、それはムリなようだな。しかし、だからといって、おまえたちはどちらも大事なわしの家臣だ。このままいがみ合わせておくわけにはいかん」
劉備はゆっくりいうと、頬杖をやめて、立ち上がり、群臣たちに命じた。
「すまぬが、しばらくわしと孝直と孔明だけにしてくれぬか。内内の話があるのだよ」
なにごとにもおおっぴらな劉備が、このように秘密を作ろうとするのはめずらしい。
孔明はおどろき、法正と劉備の間に連絡があったのかと様子をさぐるが、法正のほうも目を丸くしているので、そうではなさそうだと判断した。

家臣たちは、不満そうに、あるいは、不毛な論議から解放されて安どした顔をして、ぞろぞろと大広間から出て行った。
やがて、劉備と孔明と法正の三者だけになった。
劉備が近づくようにと手招きをするので、両者ともに、いうとおりにする。
法正もまた、劉備と孔明の間に連絡があるのでは、自分は仲間外れにされたのでは、という疑念をもっているらしく、一瞬、するどく孔明をにらんできた。
性悪なきつねそっくりの目でにらまれて、孔明もいい気はしない。
しかし、しらぬ顔をして、劉備にたずねる。
「いったい、内々のお話とは、なんでしょうか」
「うむ、じつは、昨晩、奇妙なできごとがあったのだ」

昨晩の記憶を孔明はさぐった。
たしか昨晩は、満月に近い、真ん丸な月が出ていて、曇りがちな成都の空もめずらしく雲がほとんどなく、一晩中そとが明るかった。それを愛でて、劉備が宴をしていたはずである。
孔明も呼ばれていたが、都合があって、断っていた。
それはたしか法正もおなじで、宴には出席していなかったはずである。
「宴があったのは知っているな。その宴の席で、酒が回ったのか、わしはうたた寝をしてしまった。そこで、奇妙な夢をみたのだよ」
夢、と聞いて、孔明は、はっとした。
というのも、孔明も朝方に奇妙な夢を見ていたからである。
「夢の中で、わしは武坦山の森のなかにいた。そこで、しばらくさまよっていると、なんと前方に、いかにも徳のありそうな、小柄な老人がわしを手招きしているのだ。わしは表現するのがうまくないが、あの不思議な顔つきといったらない。静かで、それでいて、目は雷を発するがごとしだ。白糸の滝のようなきれいな白いひげをたくわえていて、いかにも神秘的な、大きな薇のような杖を片手に持っていた。
その老人に、わしは吸い寄せられるようにふらふらと近寄っていった。そして、自然とその前に跪いていた。只者ではないというのは、老人が声を発した瞬間にわかったね。頭のなかになだれ込んでくるような、大きくて、それでいて静かな不思議な声だった。それでいて、威圧感はなく、穏やかなのだ。
老人は、なんと、自分を南華老仙だと言った。そりゃあ、おどろいたのなんの。自分が夢の中にいるということは、夢の中のおれは知らないから、これは吉兆だと思った。
ほら、いい政治をしていると麒麟がやってくるというような、ああいうめでたいことなのだろうと思った。しかし、南華老仙は言うのだ。
『玄徳よ、おまえは蜀の地を手に入れたは良いが、人民はいまだ落ち着かず、不安のなかで暮らしておるぞ。それというのも、おまえが諸葛亮と法正、この両者をどっちつかずの状態で明確にどちらの味方にもならず、ただ争わせているからだ。
内政を優先させよという諸葛亮、外征を優先させよという法正、おまえはどちらを選ぶべきか、まだ迷っておるな』
ずばり、心の内を読みあてられたわしとしては、左様でございますとしか言えなかった。
すると、南華老仙は、森の中にある大きな岩を指さした。そうさな、大きさは、高さは十尺、横幅は十五尺、ずんぐりと丸い白い岩だった。おどろいたことに、森の小枝の隙間から漏れる月光が岩を照らすと、そこに洞窟の入り口らしいものがぼおっと浮かび上がっていたのだよ。
なんですか、これは、とわしが南華老仙にたずねると、答えはこうだ。
『おまえとおまえの家臣の団結のため、この入り口を使うといい。この地下には古城がひろがっていて、その一番奥の階には、天下一品の宝が眠っている。その宝は、得れば天下を取れる唯一無二のものなのだ。それを使って、天下を取るのだ』
わしは涙が出てきそうになった。
わしのこれまでの行いをみて、南華老仙が助けに来てくれたのだと思ったのだ。
さらに南華老仙はおっしゃった。
『おまえに提案なのだが、この宝を得られた家臣を、おまえは一番に重用するというのはどうだろう。そうすれば、国内に無用の争いはなくなり、人民は安らかになる』
よいお考えです、とわしは答えた。じっさいに、いい考えだと思ったからだ。
南華老仙はわしの返事を聞くと、よろしい、とうなずいて、それから言った。
『この古城の入り口は、満月の夜にのみ開かれる。いまおまえに見せたのは、あくまでおまえの意志を試すため。よいか、玄徳、目が覚めたなら、諸葛亮と法正、この両者に古城の件を伝え、天下一品の宝を得るべしと伝えよ。両者のうち、最初に宝を手にしたものが、蜀の地においての最も優れた賢者となる』
とまあ、そういうわけだ」

長い劉備の話のあいだ、孔明は唖然として立ち尽くしていた。
こんなことがあるだろうかという思いのなか、法正を見る。法正もまた、口をあんぐりとあけて、劉備を見つめていた。
その法正の顔をみて、孔明は自分も口をぽかんと開けたままだったことに気づき、あわてて口を閉ざした。

法正が、おどろきで目を見開いたまま、劉備から目線をはずし、孔明を見た。
その目の色には、あきらかに驚きのほか、恐怖がある。
いや、畏怖、というべきだろうか。
孔明はその目線を受け止めつつ、自分もどっこいどっこいの顔をしているだろうなと頭の隅でかんがえていた。

というのも、孔明もまた、劉備とおなじく、南華老仙に古城へ行くようにと指示を受ける夢を、昨晩に見ていたからだ。
そして、法正の探るような、恐怖のまなざしを受けて、わかってしまった。
法正もまた、まったく同じ夢をみたにちがいない、ということが。

劉備は長いはなしのあと、卓のうえにあった杯を手にとって、のどを潤した。
そして、孔明と法正が、たがいに沈黙のまま、にらみあっているのを見て、言った。
「反応がないな。それは仕方ない、あまりに荒唐無稽な話だからな。しかし、わしはうたた寝から覚めると、子龍といっしょに武坦山まで行ってみたのだよ。古城の入り口はなかった。二日後の満月の夜にのみ開く、と南華老仙は言っていたから、そういうものなのだろう。ただ、あの岩は、たしかに山の中にあった」
「なんですって」
「あったのですか」
と、孔明と法正がほぼ同時に叫ぶ形になった。そこへきて、はじめて劉備も気づいたようである。目を丸くして、たずねてきた。
「おまえたちも、まさか、同じ夢を見たのか」
「恐れながら」
「わたしもです」
うなずくと、劉備はおどろきと、それから喜びがこみ上げてくるものらしく、笑った。
「そうか、では、天下一品の宝というのは、ほんとうに古城の地下の奥とやらに眠っているのだな。ふたりとも喜べ。天下を取れる宝が蜀の地に眠っている。そいつを取ってくれば、わしらの勝利は確実だ」
「しかし主公。天下一品の宝というのが、どういう形状のものかはわからないのでしょう。それに、われらの夢に出てきた南華老仙が本物かどうかは、まだわかりませぬ」
孔明が反論すると、法正が、また器用に唇の片方だけをくっとまげて、言った。
「とすると、軍師将軍は、われらがそろって狐にでも化かされたと思っているのか」
きつねにそっくりな法正に、狐に化かされたのではといわれるのは奇妙なものだと思いつつ、孔明は口を尖らせる。
「残念ながら、その可能性は探るべきでしょう。得れば天下を取れる宝など、あまりに安易にすぎませぬか」
「張角にすら力を差し伸べた南華老仙だぞ。われらにも力を貸してやろうと思ったにちがいない」
「しかし」
「まあまあ」
と、劉備が割って入った。
「孔明が疑うのもわかるが、証明するのはかんたんだ。二日後の満月の夜に、そろって古城の入り口があるかどうか、確かめてみればいいだけの話じゃないか。
それで、入り口がなかったら、きつねに化かされたということで笑い話にすればいいし、あったらあったで、宝を取りに行けばいい」
「おっしゃるとおりです、主公」
と、法正が劉備を持ち上げる。
劉備はまんざらでもない、という顔をした。
見ている孔明としては、ほんのすこし疎外感をおぼえる。
劉備は法正と気が合っているのはまちがいない。

「そこで、だ。おまえたち、二日やるから、古城へ行く準備をそれぞれ進めておけ。古城がどんなもので、どんな規模で、危険はあるのかないのか、さっぱりわからぬが、そこも含めて、互いの知恵の出しどころという意味なのではと、わしは思っている。
そうときまれば、いまから勝負始め、だ。がんばれよ」
応援されたところで、孔明としては乗り気になれない。
たしかに、三者が同じ夢を見たというのは不思議なできごとだが、だからといって、怪しげな古城とやらに入って、さらに怪しげな宝を取ってこなくてはならなくなるとは。

法正のほうはすっかり乗り気になっていて、鼻息をも荒く、
「南華老仙がわれらの夢に共通してあらわれた。これはまちがいなく吉兆。必ずや、主公のために宝を得てまいります」
などと言っている。
それを目の当たりにすると、ぼやぼやしていられないかもしれない、と思う。
仮に化かされたのではなく、本物の南華老仙の命令だったなら、大変だ。
法正に後れをとったなら、蜀の主導権は奪われる。
どころか、法正の風下につく毎日が待っているかもしれないのだ。
孔明もまた、劉備に言っていた。
「正直申し上げますと、いまだ半信半疑なのですが、もし本当ならば一大事。主公のため、天下のため、宝を取ってまいります」
劉備は満足そうに、うむ、とうなずいた。

つづく

(Ⓒ牧知花 2021/07/07)


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