

鬼死骸と書いて「おにしがい」と読む。岩手県一関市で現在も通称として使われている地域名である。明治の初期には「鬼死骸村」という村も実在したそうだ(明治8年に他村と合併した)。本当?と疑いたくもなるが、確認したら事実であった。鬼死骸の名称は、みんな大好きな坂上田村麻呂の伝説が基になっている。この地で蝦夷の首長の大武丸を討伐し、その亡骸を埋めたことに由来する。蝦夷=鬼というのが当時の朝廷の公式見解だが、蝦夷からすれば勝手に攻めてきた朝廷軍が鬼に見えたかもしれない。
このバス停は町興しのために作られたものである。もともと2016年まで栗原市民バスの停留所(鬼死骸停留所)として使われていた停留所である(栗原市は宮城県だけど、一関市と隣接している)。情報は見つからなかったが、栗原市民バス以前は、国鉄バスの路線だったのかもしれない。多分、「鬼滅の刃」のヒットにあやかろうと復刻されたバス停だと思うが、実際にその手のファンが訪れてくるらしい。僕的には停留所の看板をもう少しどうにか出来なかったか、そこだけが残念である。それでも「いちバス停ファン」として、エールを送りたい。ちなみに観光休憩所という扱いで、実際にバスが来るわけではありません。また周囲には岩以外は何もありません。
X-T5 / XF14mm F2.8R
鬼死骸
インパクトありすぎですね!!
鬼情報ありがとうございます。
鬼”大好き!…鬼木彫りで物語を展開中、
なかなか他に無いでしょうね。
おっしゃる通り蝦夷からすれば
朝廷軍は侵略者です。
そういう視点で歴史を考えることは
必要だと思います。
応援ぽち
いきさつは知りませんでしたが、きっかけはなんでも、若い方にも知ってもらえる機会になるのはいいことと思います。
地図で調べましたら近くに「鬼死骸神社」まであるではありませんか!!そして南に下がったところに「とんかつ屋金太郎」がありました💛←鬼とセットですよね金太郎は🌸⤴✨
(ちなみにうちの歴女チットは坂上田村麻呂は好きじゃないです💡阿弖流為に同情していまして・・)
東北には、こういうバス停留所が沢山あるので、有効活用できればと思いました。
単なる石っぽいのでスルーしてしまい、失礼しました。
子どもA「お前の家、どこ?」
子どもB「俺の家は鬼死骸だよ」
・・・・。なかなかですよね。
東北の街を歩くようになり、蝦夷の歴史本や高橋克彦さんの小説などを読むようになりました。街歩きも3倍興味深くなりました。
でもまあ季節の問題だと思いますよ(笑)。
狭い場所で、駐車スペースに車を停めろと書いてありましたが、駐車スペースには地元のトラックとか関係ない車で一杯でした・・・・。これも鬼の仕業かと思いました。
東北の街を歩くと、あちこちに田村麻呂の痕跡があります。吉永小百合と双璧です。
追伸:とんかつはお腹にもたれそうなので辞めました(店は見ました)。セットということなので、次は挑戦します。