宝島社の2016年企業広告 ・「死ぬ時ぐらい好きにさせてよ」
モデルは樹木希林さん(72)
~~広告内の文章~~
人は必ず死ぬというのに。
長生きを叶える技術ばかりが進歩して
なんとまあ死ににくい時代になったことでしょう。
死を疎むことなく、死を焦ることもなく。
ひとつひとつの欲を手放して、
身じまいをしていきたいと思うのです。
人は死ねば宇宙の塵芥。せめて美しく輝く塵になりたい。
それが、私の最後の欲なのです。
古川裕也/電通
CDC(コミュニケーション・デザイン・センター)
局長 エクゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター
磯島拓矢/シニア・クリエーティブディレクター
宮下良介/アートディレクター
太田祐美子/コピーライター
加藤純平/写真家
宝島社は、平均寿命が世界一となり
「いかに長く生きるか」ばかりが注目される日本において、
「いかに死ぬか」という死生観の尊重。
樹木は「死は特別なものとして捉えられているが、死というのは悪いことではない。
そういったことを伝えていくのもひとつの役目なのかなと思いました」と出演理由を語った。
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長年癌と付き合い、最近では終活宣言をされた、樹木希林さん
もう、悟りの境地に入られたのか?
死を身近なものとして受け止め今を生きてほしい、とおしゃっています。
この宝島社、むかし「別冊宝島」のSFやミステリー企画が好きでよく買った。
雑誌『宝島』は 2015年に休刊したし、
今は他にどんな雑誌を出しているのかさえ知らない?
最近、話題の企画もあるそうですが知らない?
私の中で、雑誌『宝島』の休刊は 雑誌『ぴあ』と同じで
一つの時代の終りみたいな、寂しさと共に記憶のガラクタ宝箱にしまった。
そんな宝島社さんなのに、企業広告は毎年意欲的な作品を世に送り出している
う~~ん
今年の広告は、イギリスの画家ミレーの「オフィーリア」をもじった作品です。
説明要らないけど・・・
シェイクスピアの戯曲『ハムレット』の中の登場人物「オフィーリア」が
川に流され沈んでゆくその前の瞬間、生と死の狭間を描いた作品です。だから美しい
亡き父の敵を討つために、狂気の芝居をするハムレット
ハムレットにつれなくされ、自分の父まで殺され
気がふれたオフィーリア、柳の枝から落ち花冠を抱いて流されてゆく
子供の頃に「ハムレット」にハマっていた
文庫本を持ち歩き、ほぼソラで一人芝居出来たんだけどね、今は忘れた
「To be or not to be; that is the question.」
「生きるべきか死ぬべきか…」「成るか成らぬか」って訳すとワクワクしない
「愛してはいない。尼寺へ行け」これはゾクっとくる
・・・話を戻そう・・・・
オフィーリアの死は決して悲劇では無い
気がふれた事で愛の執着から解き放たれ、清廉無垢なまま自然に帰ったのだ
その表現は官能的ですらある、だから画家達がこの題材「オフィーリア」を描く
私も子供の頃、無垢な死に憧れた「オフィーリア」に成りたかった
しかし、無常とゆうか有難い事にと言うべきか、生きて来た
そして、人は長年生きてくると「手放す」のが難しくなる
思い出の詰まった品々、「いつか使うかも」と捨てられないし
煩わしい、人間関係は歳と共に切りずらくなる
樹木さんは昔、「いいとも」に出演された時、タモさんストラップを当てたのに
番組観覧者さんにプレゼントしていた。
「物は貰わない事にしている」と言われて、ホントにほしくなかったのかもしれないが
ミレーの「オフィーリア」口元は「はぁ」ってなもんで、自分が死ぬ行く事を理解していない
樹木さんは微笑んでいる、奮闘努力して来た人に許された微笑みだ
身の周りを綺麗にして、花々や清流に祝福され、微笑んで最後の時を迎えるなんて
私には出来そうもないが、魂だけは無垢だった頃の自分に帰れたらいいのにね
ムリかな、ムリだね!!
最後の一枚は2014年の展覧会の写真です。
過去何度か日本に貸し出されているミレーの「オフィーリア」ですが
この写真が一番、私が見た印象に近いかな