何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

グロッキーに勝つ’’愛’’

2016-06-14 19:28:01 | 
何かを書く気力がわかないほどグロッキーな状態である。

本を読んでグロッキーな状態になるというのは、私にしては珍しい。
歴史モノからは腹の括り方や覚悟を学び、年甲斐もなく読む青春モノからは元気をもらい、医療モノからは医学的知識と心構えをいただき、山岳小説からは人生の歩き方を教えてもらう、私にとって読書とは、そういったもの。めくるめく恋愛ドラマにミステリーに怪奇モノは、実体験がないだけに異次元の世界を楽しませてくれるし、よく分かってもいないくせに哲学書が好きなのは、とにかく考えてみる、いや考えたふりをしてみせる、という効用を感じているからでもある。

登場人物に我が身を重ねたり、共感できる言葉に感動したり、反省を促されたりしながら、ひと時違う世界を彷徨い、明日への活力を与えてくれるのが本の世界のはずだったが・・・・・グロッキーな状態になりたい人は、「バラカ」(桐野夏生)「ミッション建国」(楡周平)「この日のために」(幸田真音)を一気に読むと、よいかもしれない。

一冊ずつ時間をおいて別々に読めば、ダメージも少なかったのかもしれないが、もともと「ミッション建国」を読んでいるところに、本仲間から「バラカ」「この日のために」を手渡されたのため、週末一気読みとなり、ノックダウンといった状態だ。

「バラカ」の川島の救いようのない悪意と毒気に当てられ、「参った」といったところだ。
「バラカ」の帯には、『震災のため原発4基がすべて爆発した! 警戒区域で発見された一人の少女「バラカ」。彼女がその後の世界を変えていく存在だったとは――。ありえたかもしれない日本で、世界で蠢く男と女、その愛と憎悪そして勇気。想像を遥かに超えるスケールで描かれるノンストップ・ダーク・ロマン! 』 とある。

放射能警戒区域で犬猫保護ボランティア活動をしていた老人に救出された幼女は「バラカ」という言葉しか発しなかったため、「薔薇香」と名付けられ、老人たちに守られ暮らすようになるが、その名の変遷と重なるように、幼女バラカの数奇な人生は始まっていた。
酒と暴力に溺れる日系ブラジル人夫婦のもとに誕生した時は「ミカ」と呼ばれ、ドバイの人身売買市場では「バラカ」と呼ばれ、2万ドルで買い受けた日本人女性からは「光」と呼ばれることになるが、幼女は「バラカ」こそが正しい響きをもっていると感じている。
養育能力のない親のもとに生まれ人身売買市場に並べられたり、原発事故の放射線警戒地域に置き去りにされたりと、過酷な生育過程にある幼女が自分の名を「バラカ」と認識していることに皮肉を感じるのは、「バラカ」が「神の恩寵」という意味をもつからだが、確かにバラカには’’力’’があった。
被爆による甲状腺がんの手術痕を生々しく残しながらも健気に生きるバラカを、原発推進派・反原発派の双方がシンボルとして担ぎだそうと躍起になり、それから逃れるために日本中を転々とする生活にあっても、真っ直ぐに生きようとする意志と力をもつバラカ。

その対極の存在として描かれているのが、自ら悪魔的だと自認している、川島だ。
自らの欲得のために人を裏切り騙すことに躊躇いのない人間は、残念ながら多くいる。
だが、人が苦しみ慟哭する姿に喜びを覚えるために、悪業を働く人間は、そう多くはないはずだ。
まして、関わる人すべてを確実に不幸に陥れていくほどの悪魔的要素をもつ人など、然う然ういるものではない。
その滅多にいるはずのない悪魔に魂を売り渡した、いや人の面をかぶった悪魔こそ、川島なのだ。

男性にのみ価値を認め女性を憎悪し、男性より劣る女性などこの世から消えるべしと心底願い、人の臓腑を食らったという川島の悪意の異常性だけが際立つのならば、この物語の読後感は、ここまで気持ち悪くはないのだろうが、この物語は極限状態に置かれた時に誰もが陥る身勝手さを炙り出しており、又それは読む者それぞれに大なり小なり心当たりがあるので、おそろしく気分が悪い結果になると思われるのだ。

だが、益々厳しい時代に突入していくであろうゆえに、自分のなかの身勝手さも直視し、それを矯める道を模索せねばならないと感じる時、過酷な状況にありながらバラカが真っ直ぐであることにヒントはないかと考えている。
結果的にバラカが人身売買にだされる大きな原因に、日系ブラジル人である両親の居場所が日本になかったことがある。
『二人(両親)の生きにくさは、どこにも自分の居場所が見つけられないことだった』というバラカの両親の嘆きは、人種問題はともかくも、人との繋がりが希薄になったと云われる現代において誰もが感じる空虚感と同類のものかもしれない。
だが、バラカは違った。
バラカには、もともと神の恩寵があったのかもしれないが、それより大きなものがあった。
それは、放射能警戒地区でバラカを発見した老人たちの強く深い支え(愛情)だったように思えてならないが、バラカに愛情を注ぐことは同時に老人たちにとっても生き甲斐(救い)となっていたのだと思われる。

どこにも居場所を見つけられなければ、自分が誰かの居場所となれるように努力すれば良いし、誰かと支え合う時、その誰かは家族であるとは限らない、そう考えさせてくれるバラカであったし、600ページ余り全編絶望で塗り固められているような気がしたが、「必ず最後に’’愛’’は勝つ」と信じたいと思わせてもくれる「バラカ」であった。

とはいえ、三冊あわせて読んだグロッキー感は、続いている・・・・・つづく