戦争のとき、特攻隊士は、「天皇陛下万歳」と言って死ぬ人はほとんどいなかった。
ほとんどの隊士が、「お母さん」と泣き叫んで死んでいった。「お父さん」と叫んで死に行った者は皆無だろう。
特攻隊士の遺書で、一番印象深いのは、以下の相花信夫さんのもの。18歳。
「母を慕いて」
母上様御元気ですか
永い間本当に有難うございました
我六歳の時より育て下されし母
継母とは言へ世の此の種の母にある如き
不祥事は一度たりとてなく
慈しみ育て下されし母
有難い母 尊い母
俺は幸福だった
ついに最後迄「お母さん」と
呼ばざりし俺 幾度か思い切って呼ばんとしたが
何と意志薄弱な俺だったらう
母上お許し下さい
さぞ淋しかったでせう
今こそ大聲で呼ばして頂きます
お母さん お母さん お母さんと。
相花信夫
第七七振武隊
昭和二〇年五月四日出撃戦死
宮城県 一八歳
これを読んで泣かざる者は人でない。
私は不肖者なので、辛い時、苦しい時、悲しい時、つい、口に出るのが 母ちゃん!です、信仰を糧としているにもかかわらずです、