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川塵録

『インテグリティ ーコンプライアンスを超える組織論』重版出来!

コンプラを変え,会社を変え,日本を変える!

『武士道十冊の名著』 北影雄幸 からシビれる言葉

2025年08月25日 | 古典・漢籍
北影雄幸さんの本はかつて読んだことある。

最近また、古典・道徳・美学・武士道あたりを研究しているので、いくつか資料として再読している。

冒頭の本から刺さった言葉を取り急ぎ:

■ 山鹿素行
  • 大丈夫、存心の工夫、唯だ義利の間を弁ずるに在るのみ。君子・小人の差別、王道・覇道の異論、すべて義と利との間にこれ在るなり。
  • いかなるを義と云はんとならば、内に省みて羞畏する所あり、事を処して後に、自ら謙(こころよ)き、これを義と云ふべし。
  • いかなるをか利と云はんとならば、内、欲を縦(ほしいまま)にして、外、その安逸に従ふ、これを利と云ふべし。
____________

■ 斎藤拙堂

  • その気(中山註:士気)は、恥をしると、欲をわするることより生ず。これいわゆる廉恥の心なり。
  • 欲をわすれば、身のため悪ししといへどもいとわず、恥をしれば、身を殺してもかへり見ず。かくありなば、世におそろしと思ふことはあるまじ。つよきことむべならずや。
  • 孟子に「志士は溝壑に在るを忘れず。勇士はその元を喪ふを忘れず」といへり。士たるもの、常々この要文を護身符としてわすれずば、廉恥の心を失ふまじ。
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一日一省

2025年08月23日 | 古典・漢籍
昨日は:

✓ 息子の勉強指導の教材を自宅に置き忘れて、事務所で探しまくったり、、

✓ インテグリティ研修で、講義時間/頁を勘違いしたり、、、

加齢のせいかこういうプチミスが2つありました。

謙虚に、慎重に、戦々恐々として、薄氷を歩むように生きねばなりません。

詩経に言う:

戦戦兢兢として、深淵に臨むが如く、薄氷を履むが如し
(恐れ慎んで、深い淵に臨んだり、薄い氷の上を歩く時のように、いやがうえにも慎重に対処する)

今日も、戦々恐々として慎重に生きます。


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一忍もって百勇を支うべし

2025年08月19日 | 古典・漢籍
一忍可以支百勇 
一静可以制百動

一忍もって百勇を支うべく、
一静以て百動を制すべし

長岡の河井継之助の有名な言葉。


引用元によると、この漢文、元は中国の詩人・蘇老の「一忍可以支百、一静可以制百動」ですが、継之助が「百憂」を「百勇」に置き換えた。

このエピソードは知りませんでした。
継之助を気に入って30年、彼に関する本は全部読んできたはずですが。

世の知の広がりは無窮ですね。

____________

内容的なところに踏み込むと、

 一忍もって百勇を支うべく

改めていいね。勇気も、一忍から。

平生の心がけ、平素の工夫で、自分の心に負けない、忍の一字で、自分の欲をぐっと押し殺す。

その呼吸がないと人に百倍する勇気なんか出てこない。

最近、「恥を知る」のと「勇気」が近いことを知った。

中庸に「恥を知るは勇に近し」とある。

恥を知り、悪を悪み、卑怯を忌み嫌い、俗風を唾棄する。

その驕奢・怯懦・俗物根性を押しつぶす「忍」があるからこそ、そうであってはいけないんだ、という「勇」が出る。

だから恥を知ることが勇気の始まり。

そう理解しています。
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恥と勇気との関係

2025年08月17日 | 古典・漢籍
四書五経の四書のうちの『中庸』に、

恥を知るは勇に近し

ってのがある。最近改めて気づいた。

子曰、
好学近乎知、
力行近乎仁、
知恥近乎勇
知斯三者、則知所以修身。
知所以修身、則知所以治人。
知所以治人、則知所以治天下国家矣。
  
子曰く、
学を好むは知に近く、
力行(りきこう)は仁に近く、
恥を知るは勇に近し。

この三者を知れば、
則ち身を修むる所以を知る。

身を修むる所以を知れば、
則ち人を治むる所以を知る。

人を治むる所以を知れば、
則ち天下国家を治むる所以を知る。

 こちら から拝借

____________

恥を知るのは廉恥心。
オレはそんな愧ずかしいことはしない。
そんなみっともないこと、セコいことはしない。

周りが見て見ぬふりをしていても、オレにはそんなSnobなことはできない。
だから勇気が出る。

だから廉恥心(=恥を知る)と勇気は近い。
よく分かる。

____________

よく分からないのが、その前の

力行は仁に近し

ですね。四書あたりの「仁」はラージ仁(人の道)とスモール仁(思いやり)の2つがあるから(そしてラージ仁の方が多そう)、この仁はラージ仁でしょうね。

誠意を込めて全力でやることが、人の道だ。

ってことでしょうか。

ま、スモール仁だとしても、

手を抜かないのが思いやりだ

的に解釈することもできます。

____________

勇気と恥との関係について、掘り下げます。

勇気とは、孤独に堪えること。
勇気を発揮すると、白眼視され、孤独になるから。

ではどうやって孤独に堪えようと思うか。

悪を、俗を、卑を悪む気持ち。
美と義へのプライド。

それが「恥を知る」ってことでは。
恥を知るということは、辞書的には、廉恥の心。

廉恥ってのは、武士が自分の家柄を誇りに思ったように、「オレはこんなことはできない」と、卑俗な振る舞いを、自分より下に見て、軽蔑する心。

一種の、選民思想。
 
ま、個人主義的に捉えれば、自分に高いプライドと誇りがあるから、セコい真似はオレはしないよ、という矜持。

それが恥を知るってこと。

そういう人には、「俗物に成り下がってたまるか」という意地があるので、孤独になっても、勇気を発揮することができる。

こういう感じで、勇気と恥というのは、廉恥を通じて、密接につながっています。
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詩篇9篇19節の「畏れ」

2025年08月17日 | 古典・漢籍
西岡力さんがSalty創刊にあたり詩篇9篇19節

「主よ立ち上がってください。人間が勝ち誇らないために国々が御前で裁かれるために。主よ彼らに恐れを起こさせてください。己が人間に過ぎないことを。国々に思い出させてください。」

を引いているのがいい。

英語(NIV)で

 Arise, Lord, do not let mortals triumph; let the nations be judged in your presence. 
 Strike them with terror, Lord; let the nations know they are only mortal. 

です。なお、↑のmortal は、私の手元の紙のNIV(2002年)では、man/menです。人間ってこと。

同じことを東洋で

 「畏れざるは、畏れに入る」

と書経に謂う。

人間が「畏れ」を持たないのは危ういということ。

保守思想ってのは畏れを持つこと。
左翼思想というのは畏れを持たないことです。
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欲の一字

2025年08月17日 | 古典・漢籍
西郷南洲が「欲の一字」を戒めていた。

 こちら(過去記事、沖永良部島での写真)

同世代の河井継之助も同じことを言っている。

欲の一字より迷のさまざま、心をくらます種となり。

終りは身を失ひ、家をも失ふにいたるべし。心を直に悟るなら、現在未来の仕合あり。子々孫々にも栄ゆべし。

ほめそやさるのは仇なり。悪みこなさるるは師匠なり。只々、一心真実つくすが身の守、此事、夢々忘るべからず。


私が敬愛する河井継之助と西郷南洲がともに「欲の一字」という同じ言葉を使って戒めていたか、、、

河井や西郷を知って30年経つけど、初めて知りました、、、

偉人研究というのはたゆまぬ歩みで続けなければならぬと改めて思いました。


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天下にあってはならぬ人になれ

2025年08月16日 | 古典・漢籍
河井継之助が知人・後輩に語った

天下になくてはならぬ人となるか、あってはならぬ人となれ。沈香もたけ、屁もこけ。牛羊となって、人の血や肉に化して仕舞ふか、豺狼と為って、人類の血や肉を啖ひ尽くすか、どちらかになれ。

の、

天下になくてはならぬ人となるか、あってはならぬ人となれ

という部分は、ずっと引っかかっている。

天下に「なくてはならぬ」人になるのはいい。

なぜ、天下に「あってはならぬ」人になれ、と継之助は解くのか。

要するに、天下が間違っているとき。世間が間違っているとき。

社会が変な方向に向かっているとき。

そんなときに、世間に抗して、堂々と嫌われ者になれよ、ということ。

____________

ヒントがある。

継之助と同世代の西郷南洲の遺訓に、こういうのがある。

天下挙って謗るも足らざるとせず、
天下挙って誉めるも足れりとせざる

天下からこぞって謗られても、気にするな。
世間の毀誉褒貶を気にするようではだめだよ、と。

中島敦『弟子』にいう

万鐘我れにおいて何をか加えん

(たとえ金銀財宝を積まれても私の価値は変わらない)

の気概ですね。

自分に対する昂然とした自負。
世間の毀誉褒貶をものともしない気概。

そういうものが大事ということですね。
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正木ひろし『近きより』は孟子から

2025年08月16日 | 古典・漢籍
ネット記事で、正木ひろしの『近きより』という題名がカーライルから取られたとあるんですが、この記事、間違ってます。

孟子から取られました。

『近きより1』 正木ひろし から:

~~~以下引用~~~

 カーライルの言葉に「汝に最も近い義務を果たせ、汝が義務と思う所を果たせ、しかる時は次に汝の一層重大なる義務が明瞭になるであろう」というのがある。余り遠大な仕事のみを考えていると、考えているうちに年をとってしまう。

 「道は近きにあり」とも言う。私はあらゆる意味に於て「近きより」始めようと思う。

~~~引用終わり~~~

カーライルは「道は近きより」って言っていないし、あの時代の人(特に正木レベルの知識人)は孟子が「道は近きより」って言っていたのを知っていた。

だから正木ひろしの『近きより』は孟子から取られました。

私も孟子が好きだし、尊敬する弁護士も孟子由来のタイトルを個人誌につけていたのかと思うと、嬉しい。

道は遠くにありません。
近くにあります。

我々の心中に、いつも、あります。
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渡部昇一『四書五経 一日一言』

2025年08月16日 | 古典・漢籍
尊敬する渡部昇一の『四書五経 一日一言』から取り急ぎ:

・幸田露伴も「儒教を一言で言えば敬だ」と言っている

・惻隠の心は仁の端なり。羞悪の心は義の端なり。
・辞譲の心は礼の端なり。是非の心は智の端なり。
・四端の説 儒教思想が性善説と言われる根拠

・郷原とは人気を得るような人

・人の患いは、好んで人の師と為るに在り。 孟子

・「物を書く」のも「学ぶ」の仲間であろう

・成事は説かず。遂事は諫めず。既往は咎めず。

・仲尼は巳甚しきを為さざる者なり

・知者はこれに過ぎ、愚者は及ばず。

・天、徳を予に生ぜり。桓魋其れ予を如何せん。 論語

・君子に三楽あり。而して天下に王たるは与り存せず。

・之れを沽らんかな、之れを沽らんかな。我は賈を待つ者なり。 論語

・至誠は神の如し。 中庸・二十四章

・道に志して悪衣悪食を恥ずる者は、未だ与に議るに足らず。 論語

・道は爾きに在り。 孟子

・堯、舜も人と同じきのみ。 孟子

・差うこと若し毫釐ならば、繆るに千里を以てす。 礼記

・天の未だ斯の文を喪ぼさざるや、匡人其れ予れを如何にせん。 論語

・其の以す所を視、其の由る所を観、其の安んずる所を察すれば、人焉んぞ瘦さんや、人焉んぞ瘦さんや。 論語

・愛して敬せざるは、之れを獣畜するなり。 孟子

・春秋に義戦なし。 孟子

・心を養うは寡欲より善きはなし。 孟子

・其の言を聴きて、其の眸子を観れば、人焉んぞ瘦さんや。 孟子

・為さざるなり。能わざるに非ざるなり。 孟子

・君子は世を没して名の称せられざるを疾む。 論語

・任重くして道遠し。 論語

・閹然として世に媚ぶる者は、これ郷原なり。 孟子

・滄浪の水、清まば以て我が纓を濯うべし。
 滄浪の水、濁らば以て我が足を濯うべし。 孟子

・恥を知るは勇に近し。 中庸
 …恥を知るというのは廉恥心。
  廉恥心があるというのは、勇気に近い。分かる気がする。
  追って深堀りします。

・恥を知っているのは勇気に近い。

・貪らざるを以て宝と為す。 左伝

・行いて得ざる者あれば、皆反りて諸れを己れに求む。 孟子

 
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二宮尊徳翁の言葉  -長期的な視点を持ちましょう

2025年08月16日 | 古典・漢籍
遠くをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す。

それ遠きをはかる者は、百年のために杉苗を植う。まして春まきて秋実る物においてをや。故に富有なり。

近くをはかる者は、春植えて秋実るものをもなお遠しとして植えず。ただ眼前の利に迷うて、蒔かずして取り、植えずして刈り取る事のみ眼につく。故に貧窮す。

以上『致知』 2025年 5月号。

長期的な視点をもちましょう。
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天下こぞって謗る

2025年08月16日 | 古典・漢籍
西郷南洲のいい言葉。

道を行ふ者は、
天下挙て毀(そし)るも足らざるとせず、
天下挙て誉(ほむ)るも足れりとせざるは、
自ら信ずるの厚きが故也。

西郷南洲遺訓31条


 
天下万民からこぞって謗られても気にしない。
天下万民からこぞって褒められてもよしとしない。

自分を信じろ。

____________

私が家庭連合案件を引き受けたのも、学生時代からこういう言葉が好きだったからかも、、、


 
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志士は溝壑にあるを忘れず

2025年08月16日 | 古典・漢籍
孟子の有名な言葉

志士は溝壑にあるを忘れず。
勇士は其の元を喪ふを忘れず。

(滕文公下首章)

ドブで野垂れ死にする覚悟がないやつは志士ではない。
いつでもどこでも死ねる覚悟をしておけ。

私はそう受け取っている。

知人に孟子の子孫がいて、孟子について考えると、孟子って、キリスト教におけるパウロみたいだよね、って思った。

孔子の考えをより先鋭化した。イエスの考えと存在意義を言語化して熱く伝道したパウロのように。

教祖に会っていないのに教祖より教祖的、みたいな。

志士は溝壑にあるを忘れず。

今日もドブの中から頑張ります。
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人欲を去る

2025年08月16日 | 古典・漢籍
修養、修行、人の道って、結局は「欲を去る」ことなんだよね、だれかが最近言っていたな(最近そんな本を読んだな)と思ってググると、、

「学は、これ人欲を去り天理を存するを学ぶなり。」 

  (『伝習録』上巻112)

と王陽明が言っていた。多久さんのブログ こちら から。

学問ってのは、要するに人欲を去るためだよ、と。天の理があることを知るためだよ、と。

私も人欲をさらに去らんと精進します。
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仏界入り易く 魔界入り難し

2025年08月13日 | 古典・漢籍
『佛界易入 
 魔界難入』

仏界入り易く
魔界入り難し

一休宗純がオリジナル、川端康成が好んで揮毫。こちら
ノーベル賞授賞式でも語ったらしい。

こちら(とてもいい解説)

要するに、「分かりやすい」のが仏界、
「分かりにくい」のが魔界。

何でもかんでも分かりやすさを求めてはいけない。

アイツは悪人だ、オレは善人だ。
そんなクリアカットに言い切れるのか。

どんな人間にも弱さ醜さがあり、どんな人間にもいいところはある。

だからみんなnarrow ridge(狭い稜線)の上を、危なっかしく、不安定に綱渡りしている。

マルティン・ブーバーの言う insecure holiness /  holy insecurity(聖なる不安定)ですね。Narrow ridge が魔界なんです。

____________

この 佛界易入 魔界難入 を書いた川端康成の書をバックにした保田與重郎の写真が、以下の本にあり、この語に興味を持って調べました。

 
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後出師の表

2025年08月11日 | 古典・漢籍
諸葛亮孔明の出師の表は、これを読んで泣かざる者は人でない、とかつて言われた。

私が好きなのは

先帝創業未だ半ばならずして中道に崩殂したもう。
今天下三分し益州疲弊せり、此れ誠に危急存亡の秋なり。
(中略)
庶わくば駑鈍を竭して姦凶を攘除し、漢室を興復して旧都に還さん

でしたが、後出師の表の最後は、以下のいい言葉で締められていると知った。

臣鞠躬(きっきゅう)尽瘁し、死して後巳む。
成敗利鈍に至りては、臣の明の能く逆睹(と)する所に非ず。

 ※ ぎゃくと : あらかじめ見ること

死して後已む、という敢闘精神を謳っているし、
成敗は知ったこっちゃないってのも、かなり陽明学的、、、

陽明学が生まれる前から、諸葛亮孔明は陽明学的であった。

私の世代だと横山光輝の漫画から諸葛亮孔明をイメージしてしまいがちですが、実際の孔明はもっと熱い男でした。
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