天理市を訪問してきました。
松下幸之助を覚醒させた宗教施設。
松下電器産業株式会社の、創業14年目の昭和7年、松下幸之助が天理市を訪問して、その建物の荘厳さや、信者(天理では「用木ーようぼく」という)の献身に感動。
その2ヶ月後、幸之助は、会社で大会を開いて、「水道哲学」を発表。
社員168人がみな感動して、我先にと壇上で叫びたがった。
その昭和7年5月5日を、創業14年目なのに、幸之助は、「命知元年」として、創業記念日と名付けた。
会社経営や企業倫理や組織論に少しでも関心のある者なら、避けて通れない、「命知と天理」のエピソード。
同名の本もある。最下部にAmazonリンク貼っておきました。
↑ 立派な雨樋
↓ 遠く神殿を望む
神殿へ。
↓ 梅。
教祖(おやさま)中山みき(186年前生誕)の、中山家の家紋が「梅鉢」だから、天理教においては梅が重要。
天理市の市章っていうんですかね、ロゴマークも、天理(中山家家紋)由来の、梅のデザイン。
おお、我が中山家もそういえば家紋は梅を使った「捻じ梅巴」だ。中山家と梅というのは多少は関係あるのかしらん。
私が桜より梅が好きなのも、DNA的に梅への愛着があるからかな?
↓ 神殿。
四方から入れる。中央は甘露台(かんろだい)。雨露が注ぐ、空洞。
365日、24時間、訪れることができる。
四方に、計8人、常時、ほんとうに常時、スタッフ(本部職員、神主というのか)が座っている。
神殿の中は写真は撮れません。
お賽銭箱が、神殿内の至る所に、数十か所ある。下が全部繋がっていてお賽銭を集めることができる(らしいけど、やや眉唾、、)。
この広い広場に、正月とか、何万人も集まることがある。
↓ 基本的に、天理の宗教施設は、こういうデザイン。
ここに、幼稚園、小学、中学、高校、大学、病院、、、 みんなある。
↓ 参考館ってのがあって、世界伝道をして、世界の文物を集めたところ。
まあ博物館。
以下は、チベットの、ボート。豚を、皮の中をくり抜いて、空洞にして、風船みたいにして、筏の下につけて、浮き具に使う。
「豚の形をした、本当に豚の皮でできた風船」でできたボートは、初めて見た、、
天理といえば天理スタミナラーメン。
彩華ラーメンってのも同じ味。
たらふく食べました!
↓ 186年前に教祖(と書いて「おやさま」と読む)中山みきが生まれた場所。
旧姓前川。それでも立派な庄屋。
中山家(大きな庄屋)に嫁いで、42歳くらいで啓示を受けて、中山家の家財道具や田畑をすべて(もじどおりすべて)売り払った。
「貧に落ち切れ」という啓示を受けたから。
この親神様は、要するに、造物主。キリスト教でいうGod.
天理教信者の、筑波大学の故村上和雄名誉教授は、「サムシング・グレイト」と呼んでいた。
天理の中山みきは、預言者として、イスラムのムハンマドみたいな位置付けになるんだろうか。
他に、有名な天理教信者としては、中島みゆき。
今の教主(真柱しんばしら)が結婚するときに、天理教から「歌を作ってくれ」と言われて、作ったのが、「糸」。
中島みゆきは、私も『荒野より』とか好き。
天理教のことを思い浮かべて、また『荒野より』を聴き直してみよう。
↑ 天理市には、いたるところに「詰所」がある。信者用の宿泊施設かな。
他に、「母屋」(もや)ってのもある。これは写真を取りそびれた。似たようなもの。
↓ 国宝もたくさんある天理図書館。
↓ 中山みきの墓所。
墓所はあるけど、中山みきは「まだ死んでいない、生きている」ってことになっている。
神殿の中で、3食とか風呂とかを与えられている。
↓ 以下は見にくいですが、「墓所屯所」。
「屯所」って、令和の現代にあるんだ、、、 新選組屯所みたい。
美女4人に囲まれて天理観光。締めはクレープ!
ご案内してくださった朝井さん、小野さん、その他美女のみなさん、ありがとうございました!