どんな組織も、
求心力 ⇔ 遠心力
のバランスを模索している。
たしかに、トップから見ると、求心力が強い方がいい。みんな社是を暗証している。会社理念が浸透している。一体感がある。一枚岩である。
しかし。
こんな組織は、とても危険。リスクヘッジできていない。トップの進む方向が間違っていたら、死ぬ。みんなで崖から飛び降りる、みたいな。
だから、ある程度、「遠心力」があった方がいい。トップは右を向いているけど、若手は、やや違和感を感じて、「いや、もうちょっと左に行ったほうがいいんじゃね?」的に。遠心力とは、多様性。組織が「活性化」している状態、ってのは、遠心力が働いている状態のこと。
このように、どんな組織も、求心力と遠心力のバランスを取っている。
どんな組織も、一枚岩ではない。現場では、少し社長とは違うことを考えている。跳ねっ返り、異端児、一匹狼が、いる。いたほうが、いい。
私が今サポートしている家庭連合さんだって、そう。あらゆる面で一枚岩、とはいえない。それは組織だから。
でも、反対派の霊感弁連さんは、ことあるごとに、「組織的に…」と言い募る。いやいや、今のTwitterを見ても(過料云々に対する対応への批判等)、「一枚岩ではない」ってのが分かりますよね。
今、文科省が、家庭連合に解散命令請求をしようとしている。毎日新聞の報道によれば、被害の実態が似通っているから、「組織性あり」なんだそうだ。
この毎日新聞の報道も、「なんでも組織的にやっている、教祖の言いなりになる一枚岩の組織」って刷り込みが、残念ながら奏功してしまった結果といえる。
どんな組織も一枚岩ではない。多様な考えを持つ人が集まっているから、組織として機能する。
外からは「求心力強すぎ、みんまマインド・コントロールされている」的に思われがちな家庭連合さん。でも、中を覗いてみると、もちろん素晴らしい求心力もあるけれど、立派にいい意味の遠心力が機能しているように思われる(2世の方が独自にシンポジウムを企画したり)。