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石黒忠悳

2016-11-20 06:34:08 | 歴史
幕末に日蘭関係が次第に細ってゆく時代に、石黒忠悳(いしぐろ ただのり、1845~1941)という史上さほど知名でない人物が登場する。生れは福島県だが、越後・片貝の人である。彼が幕末に江戸に出て来た時は、オランダ医学といっても特異なものではなくなっていた。
 幕府も時代にあわせて、安政5年(1858)、江戸に蘭方の官立医学校を起こした。当初、西洋医学所と称したりしたが、西洋人教授がいたわけではなく、日本化されたオランダ医学を日本人が教える学校だった。
 最初の頭取(学長)は大坂から呼ばれた緒方洪庵で、後に単に医学所と改称されるようになって、ポンペの弟子である松本良順が頭取になった。
 石黒はのちに官界に入って陸軍軍医総監になった人物である。彼の生涯の特徴は、昭和16
年に死ぬまで96歳の長寿を得たことと、回想録を書いたことである。その回想録「懐旧九十年」
は、彼の体験を通して浮かび上がらせた幕末・明治の実景で、価値は小さくない。
 越後人にしばしば見られる型で、気骨と処世という相反するものが一つになったような人物
である。才人でありながら軽薄ではなかった。

司馬遼太郎 「オランダ紀行」朝日新聞社
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