あまちゃんの カタコト中文日記

中国・杭州がえりのライター助手、日々のいろいろ。

おっちょこちょい?韓国ユン大統領の『American Pie』でレスリーを思い出す

2023-04-29 | DJ(おもに中文歌)
今朝ニュースで意外な光景を目にした。アメリカを訪問している韓国のユン大統領が、バイデン大統領の目の前で往年のヒット曲『アメリカン・パイ』を歌っていたのだ。意外とうまいじゃないか。どうやらユン氏は相当カラオケ好きらしい。

久しぶりに聴いた『アメリカン・パイ』。この曲を聴いて、レスリーファンならビビッと瞬時に反応したはず。

2003年にこの世を去った、香港スターのレスリー・チャン(张国荣)。彼が芸能界デビューのきっかけになった歌唱コンテストで歌ったのが『アメリカン・パイ』だ。

ボクが最初に聴いたのは、2000年のコンサートで歌われたバージョンの音源↓
American Pie (Live In Hong Kong / 2000)

歳のせいか煙草のせいもあってか ガラガラ声ですな。それも含めて枯れたレスリーの魅力ということで。

今回みつけたのが、コンテストの映像↓ 
スターは何でも残ってまんねんな~

American Pie (Asian Music Contest 1977) - 張國榮 Leslie Cheung

いまだに大陸では、若い人たちからも敬愛されるレスリー。

その原点ともいえる『アメリカン・パイ』でちた。
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笑っちゃう!大谷翔平頼みの女性週刊誌 ほか

2023-04-28 | 野球
きのう、リタッチ専門の美容院へ。そこでは、しばし週刊誌などの雑誌に触れるひとときでもある。
まず手に取ったのは「SAVVY」。好きなのはカルチャー情報(本、映画、音楽)のページ。しかし文字が蟻んこほど小さくて読めん!どんなに遠ざけても…(><)。
女性週刊誌ならなんとか読めるぞ~と「週刊女性」を手に取る。今や女性週刊誌は大谷翔平尽くしだ。大谷、大谷、キンプリ、目黒蓮に、また大谷。雅子さま&愛子さま、紀子さまに、また大谷くんがどうした。羽生くん、老後資金、星占い、呆けない食習慣、キンプリ、スノーマン、そして大谷くん...てな具合だ。

イメージ画像
ある号では、更年期に激化するイライラとの付き合い方として、
キレそうになったら6秒間、大谷翔平のことを考えて
という専門家のアドバイスがあり、笑ってしまった。これはいわゆる「アンガーマネージメント」というやつだ。怒りを感じたら、まずは6秒怒りが静まるのを待つという”6秒ルール”。
たしかにカッコいい球界のスター☆ってだけじゃなく。明るく前向きですべてが順調、連日ホームランをぽんぽん打ってくれる「海の向こうの王子」に思いを馳せるってぇのは気分が上がるし、精神的にはいいかもね。
***
一方、ボクは… 自称・野球ツウのボクはあえて”スーパーサブ”の島田海吏(阪神#53)を応援する。
今週水曜の巨人戦。「あ、島田スタメンやん」と思って見始めると、ライトのポジションにドライブのかかった難しい打球が飛んだ。これが捕れればファインプレーだ。しかし捕れずに後逸。タイムリーエラーを目の当たりにし、悲しい気分に(記録ではエラーつかず)。「もー、あかんやんか~」といくら叫ぼうが、手足をバタバタしようが、隣にいる老婆はキョトンとしていた。
その日も、昨日の試合も...ボクが見てない時に限って、島田はヒットを打った。いいよ、それでいい。
火曜の夕刊に島田の記事が出ていたと友人が教えてくれた。

記者も注目しているんだな。

***
ムネが心配だ〜 特に食生活
そんな島田海吏の高校の後輩でもある、ヤクルトの村上宗隆
昨シーズン、彼のホームランのおかげでどれほどわれらの気分が上がり、勇気づけられたことか。
なのでWBCから続く不振が心配でならない。活躍しない⇒インスタの更新もさっぱりされていない。
オフの「ジャンクスポーツ」を見て知ったのが、村上が最近寮を出て、ひとり暮らしを始めたということ。食事はどうしているのか。きっと外食が多いのだろうな。オフの優勝ハワイ旅行では盛んにインスタ(食事写真)がアップされていたのだが、炭水化物が多くてびっくりした覚えがある。もしあの調子で食べ続けているとしたら? 心配だなぁ。
昨年、広岡達郎氏が「週刊ベースボール」のコラムで村上の太りすぎを指摘していた。たしかにパワーヒッターとしては大柄な体格が必要だけど…。
たとえばオリックスの山本由伸が専属のシェフを雇っているように、村上もぜひ食に対する意識を高めてほしい。これが取り越し苦労で、すでに取り組んでいればいいんやけど。それとも、別の専属シェフ♡がいたら? それが一番いいね(^-^)v
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ぷにぴあの🎹登録者1万人突破! 感謝メドレー(髭男, 嵐, 藤井風etc)

2023-04-26 | DJ(おもに中文歌)
YouTubeで彼を知ってから、かれこれ1年くらいになるかなぁ。藤井風をはじめとするJ‐POPを耳コピして演奏する9才の天才ピアニスト、ぷにぴあのクン。
昨夜YouTubeを立ち上げると、この「登録者数1万人」の記念メドレー↓ がアップされていた。
うーん、やっぱいつ聴いてもいいね。

【祝10000人】感謝メドレー/ Thanks medley for 10K subs/ 髭男, 嵐, 藤井風, Fujii Kaze, YOASOBI, Higedan, Superfly, 他

この動画のさいご、

「ぷに家一同」にウケた~( ◠‿◠ )

*おまけ*
きのう夕刻、”虫やしない”にたぺた、

駅そばのきつねうどん(@若菜そば)
最近390円→490円に値上がりしたらしい。まあ500円ならしゃーないね。我爱”駅そば”~
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近所のホテルが閉館した話( ; ; )

2023-04-24 | 日記
今ではそこを通るたびに悲しくて、寂しくてね・・・。
近所のホテルがコロナ禍のあおりを受け、3月末で閉館した。
ホテルに泊まったのは引っ越しの時だけだが(杭州から帰国した日)。
一日おきくらいに、1階レストラン入口に並んだ食パンを買いに行っていた。食パンは全部で3種類ー「パンドミー」「ホテル食パン」と、あともう一つ、少しハード系のがボクらの好みだった。えーっと、早くも名前を忘れちゃったかな?(カナシー!) そう「デュークブレッド」だ。歯のないママちゃんにはパンドミーの方がたぺやすかったはず。売り切れていることも多かったが、とりあえず残った食パンを買い、よくママ家と分けわけした。なにせホテル製のパンだから、そこそこ旨いのだ。

春夏の甲子園大会の時には埼玉と三重の代表校の定宿になっていた。ホテル付近で球児を見かけるたび、またホテル玄関に立てかけてある「歓迎 埼玉県代表 〇〇高等学校」の看板をみるたび、ワクワクしたものだ。

また、このホテルは健保の集団健診会場にもなっていたので、年に一度は朝食を抜いて、健診に訪れた(徒歩で来れる人は少ないと思う)。

今年2月初旬の健診後、記念に奮発してランチをたぺた。グラタンセット。

調子に乗って、ケーキまでオーダー。いくら最後の記念だからって…空腹時にひつこいもんたぺすぎて少々むかついた。

閉館の日が近づくと、1階カフェレストランは大いに賑わっていた。みんな名残惜しいのだ。
その少し前には、ホテルで使用していた食器類の大処分市があったので、

ボク仕様のも少し買いました。ひとつ100円とかなんよ。

そこに当然のようにあったものが突然無くなってしまう。悲しい。これが諸行無常というものか。
今はしーんと静まり返ったホテルの前を通るだけでむなしくてね。特に夜遅くに帰宅した時、これまでならホテルのフロントには人がいて、夜9時前にまだパンが余ってたらラッキー、とばかりに買って帰ったりもした。
ボクにとっては数少ない”立ち寄りどころ”だった場所。ママ家との往復で気が晴れない日も多いなか。コロナの制限があっても、ホテルは営業してくれていたからね。
今では明かりが消え、暗い建物(まだ廃墟と言うには早すぎる)が残っただけ。どこかのお金持ちがどーんと出資して、今からでも建物を買い取ってほしいもんだ。

ボクが大富豪なら買い取るのにね〜オヨヨ。





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義母ちゃんは勇敢だ(腰の手術おわる:BKP治療)

2023-04-23 | ママちゃん日記
先週、福井の義母ちゃんの手術が無事終わった。

年末に「腰が痛いんやって(福井弁)」と腰をかがめて、つらそうに生活していた義母ちゃん。そのうちにマシになるだろう。春になって暖かくなればきっと・・・と楽観的に構えていたら。状態はどんどん悪化していた。定期的に通う整形外科では、「先生は手術を勧めるんや」とは聞いていたが。まさか圧迫骨折しているとは知らなんだ。
いったいいつ、義母は自分が骨折していることを知ったのだろう。3月頭には「一度、帰ってきてほしい」と息子にヘルプ電話をした義母ちゃん。慌ててスケジュールを調整し、実家に戻ったおじちゃんは母の変わりように驚いた。腰はさらに曲がり、顔を上にあげられないから(背の低い義母は)洗濯物を干すのも、茶碗を洗うのも一苦労。ああ、いくら雪で交通が不便だったとはいえ、義母ちゃんに電話しかしなかったことを悔やんだ。なんで様子を見に帰らなかったのだろう。ママちゃんばかりに気が行っていたボク・・・。

ともかく、手術が成功してよかった。腰の圧迫骨折をした箇所にセメントを注入する手術は、前にも書いたが「BKP治療」というらしい。AKBならぬ、BKP。全身麻酔をして約30分の手術だ。義母ちゃんはその名前を知ってか知らぬか...(たぶん知らない)。「突貫工事みたいなもんやな」とは言っていた。

手術の翌日には早くもリハビリ(歩行訓練)が始まり、電話ではわりと元気そうではあった。きのうはわれらが送った補食のお菓子セット(レターパックにあれこれ詰め込んだ)が到着したとの電話が入った。なんでも病院内のコインランドリーで洗濯したり、リハビリも午前・午後とあるので「結構忙しいですね?」「そうなんやってぇ」と声が明るかったのでホッとした。

「あれ、あまちゃん病院行ってないの?」と思われた方も多いかと。
じつは義母ちゃんが入院した病院はいまだ面会禁止。家族は入院時や手術当日でさえ、病棟に足を踏み入ることが許されないという徹底ぶり。なので入院日の前の日におじちゃんだけ実家に帰り、ともに車で病院へ。病院の1階入口で義母と荷物を担当の看護婦さんに託し、おじちゃんは帰ってきたというわけ。
 
今回、思い切って手術に踏み切った義母ちゃん。勇気ある決断だと思う。手術ではなく「コルセットをして治す」という選択肢もあったが。義母は背が低いため、あの仰々しいというか、いかついサイズの”オーダーメイド・コルセット”を何か月も装着するのが耐えられないと判断したのだ。あんなものを巻いて、生活なんてできっこない。一人暮らしで誰にも頼れない、だから早く治したい・・・と先端医療とはいえ、恐ろしい手術を選んだ。なかなかできないことだ。
だって、義母の手術を聞いたうちのママちゃんなんて「何で手術なんかするんやろう?」と否定的なことばかり(><)

義父が亡くなって、しばらくは電話するたびに「お父さんより、私が先に逝ったほうが良かったんやって」と言っていた義母ちゃん。すべてにおいて用意周到な義父に頼りっきりだった人生。でも今はひとりで入院・手術まで乗り越えられた。今頃は看護士さんとお喋りして、何とかやっているのだろう。そう、元々強い人なのだ。意外とたくましく勇敢な義母ちゃんに拍手を送りたい。

*余談*
今回、BKPの手術を受けた人の体験記なんぞを探してみたが見つからなかった。「患者様の声」などの病院側が作成したサイトならあったけどね。患者さんは高齢者が多いだろうから、ブログに綴る人も殆どいないのかな?それとも、ボクがうまく探せなかっただけ?(ブログ自体がもはや時代遅れかもね、、) 
10年ほど前、ボスちゃんが子宮筋腫の腹腔鏡手術を受けた際は、探せば色々と体験記があり、それは参考になったもんだ。やはり10年も経てばネットの情報量(広告のたぐい)も急増しており、個人のブログなど埋もれてしまうのかもしれないなぁ。
そんななか弊ブログをご愛読いただき本当になんとお礼を申し上げたらいいか...感謝しきりです ←ここ、小文字とちゃうやろ?
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