駒場松籟庵さまの夏の茶事
席入りすれば
おそれいります
思わず頭の下がるしかない 一行書
作者はさぞさぞ凄きおかたと
文字より思いを巡らすがさて
まず印を見るが
その印知らぬゆえ 良く読めぬ
凄い字ゆえに翠巌かも
印を見るとそんなにも見える
正客の設計室長の清秀庵どの
(今度から設計室長は清秀庵と呼びまする)
挨拶で聞いて 驚く
なんと 慈雲と
慈雲飲光ジウンオンコウ1718~1804
江戸時代後期の真言宗の僧
慈雲尊者、葛城尊者として又
能書家としても有名だ。
書に高い精神性があらわれると言われるが
流石 すごい迫力
流石 松籟庵様
三十棒とは何ぞ
大辞泉では
《「三十」は数多い意》禅宗で、
師が修行者を警策で激しく打って、
正しい道へ教え導くこと。
また、そのような厳しい教導。痛棒。
とあり
正客と
本席の軸のお話をなさる松籟庵様は
その三十棒とは
励ましの一行であると
穏やかに可憐なお声で説明なさる
ゆえに今日
その軸をかけたると
またもや
さすが
松籟庵様 感心いたしつつ
思わず目頭熱くなる
が
今日はお詰めで良かった
目立たないから横を向いて
ちょっと涙を拭けるゆえ
茶入はガレ
夏の茶事ならでこそよと
まこと心楽しき茶事であった
席入りすれば
おそれいります
思わず頭の下がるしかない 一行書
作者はさぞさぞ凄きおかたと
文字より思いを巡らすがさて
まず印を見るが
その印知らぬゆえ 良く読めぬ
凄い字ゆえに翠巌かも
印を見るとそんなにも見える
正客の設計室長の清秀庵どの
(今度から設計室長は清秀庵と呼びまする)
挨拶で聞いて 驚く
なんと 慈雲と
慈雲飲光ジウンオンコウ1718~1804
江戸時代後期の真言宗の僧
慈雲尊者、葛城尊者として又
能書家としても有名だ。
書に高い精神性があらわれると言われるが
流石 すごい迫力
流石 松籟庵様
三十棒とは何ぞ
大辞泉では
《「三十」は数多い意》禅宗で、
師が修行者を警策で激しく打って、
正しい道へ教え導くこと。
また、そのような厳しい教導。痛棒。
とあり
正客と
本席の軸のお話をなさる松籟庵様は
その三十棒とは
励ましの一行であると
穏やかに可憐なお声で説明なさる
ゆえに今日
その軸をかけたると
またもや
さすが
松籟庵様 感心いたしつつ
思わず目頭熱くなる
が
今日はお詰めで良かった
目立たないから横を向いて
ちょっと涙を拭けるゆえ
茶入はガレ
夏の茶事ならでこそよと
まこと心楽しき茶事であった