村雨庵 茶の湯日記

日々是茶の湯

昨日の続き

2014-12-31 22:52:56 | 菓子
昨日の茶事のお菓子は
虎屋製のキントン

真ん中に赤色の短冊がのっている
その上の方に
黄色い紐が見える
これは何

これは栞 しおり だそうだ
そして
銘は
《昨日の続き》


今日は大晦日

今日は昨日の 続き
明日は 今日の続き

願わくば

しばし
穏やかな
昨日の続きの今日であるように

祈ろう




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想望庵除夜釜

2014-12-31 01:36:22 | 茶事 茶会 他会記
三時半の席入り

待合の掛け物は
益田鈍翁筆の一行

凄いね
これを待合に掛けたら
本席は何が掛かっているのだろう
一刻も早く見たい

汲み出しは甘酒
温かい飲物は
ほっとする

迎付を受け
席入

本席は
栄信筆の山水図
なるほど
こう来ましたか

栄信は狩野栄信カノウオサノブ
伊川院のこと

狩野栄信カノウオサノブは
江戸後期の画家。木挽町狩野家第六代。養川院惟信の子。栄信は名、玄賞斎と号する。狩野派近世の名手で、のち法印に進み、伊川院と称した。文政11年(1828)歿、54才。
《コトバンクより》

手前に庵があり
中程に寺院と塔らしきもの遠景に山々

表装も結構
その軸の掛かる茶室にいるだけで
良い気分だ



四つ椀本懐石
後座は手燭の交換あり
毎年短けいのもとにての濃茶となる

短けいと蝋燭の灯り
その陰影の中
じっとその点前を拝見する



厚かましい客を
こうして毎年
茶事を披いて下さることに
だだだだ 

感謝
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掛物ほど

2014-12-30 00:30:32 | 茶道具、古美術、骨董
ヨドバシにノートパソコンを修理に出した
サービスセンターの見積もりでは
修理代結構かさむらしい

まあいいだろう
厄払い 厄払い


淡交テキストの来年度は
稽古場で学ぶ
水屋しごと
1月は掛物を扱う

掛物を掛けることは
出来ることなら
毎日
掛けたり外したり
掛物に関わりたい

掛物は微妙で繊細である
もちろん
強くつかんではならないが
軽くては
落として破いてしまったり
緩んで巻けばしわになっる

掛物を掛ける方法を
本で見て知っているから
今まで
何度か掛けたことがあるから大丈夫
いや 大丈夫ではない
大丈夫だと言える調子をつかむためにも
掛物に触れよう

1月は軸荘りだ



掛物ほど第一の道具はなし、
客亭主共に茶の湯三昧
一心得道の物也
南方録
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水難あり

2014-12-28 23:52:47 | 茶道具、古美術、骨董
写真は
中村梅山造の能絵の汲み出し
浦島太郎の釣り竿と玉手箱かな


水道の蛇口を変えた
シンクの下のものを皆だし
部屋中に広がったまま
水難か

今日は
天井に張り付いてる蛍光灯
名前は知らないがリモコンで明るくも
くらくもなる照明器具を
踏み台に登り取付
成功

エアコンが家に3台あるのだがそのうち一つ壊れた
掃除のロボットが付いているのでフィルターを掃除しなくとも良いお利口なエアコン
診てもらうと
茶室にあるので炭を焚くと出る灰が
フィルターに密着して凄いことになっているらしい
今年は間に合わないので
 来年どうにかしてくれるらしい
頼みますよ電気屋さん

電気屋さんが来たので
ついでにホットカーペットを買った
買ったは良いが取り替える作業は非常に大変
カーペットに乗っているものをどける
まわりを片付け
掃除機をかけ
元に戻す
時間は結構かかったが
気分は良い
綺麗になった所で麦茶を飲もうとし
トトッと麦茶のポットを倒してしまった
その先に立てかけてあったノートパソコンがあり
麦茶を浴びている
急いで綺麗に拭いてみたが
もう遅い
スイッチを入れたがつかない
いやついたと思ったら
恐ろしくもギリギリと音がする
その後きれてしまった

今年5月に買ったのだが
使い始めたのは7月から
まだ半年である
サービスセンターに問い合わすと
基盤がたぶん駄目でしょう
とのこと
修理に出さないとならないか
これも水難だ
ガックリ


と言うわけでしばし
携帯からの投稿
打つのに時間がかかるなあ


茶事茶会のお誘い
有難くも数名様よりコメントあり
取り敢えずお葉書をお出しする
明日投函
頃合いに未着の場合は
再度コメントを乞う
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茶事・茶会のお誘い

2014-12-27 23:23:45 | 茶事 茶会 他会記
カラフルな写真は新橋駅に貼ってあった駅伝のポスター
正月も近い

今年の稽古がみんな終わった
来年の社中の
初稽古は7日から 
初釜は11日

来年は
教室をひらいて35年め
30歳からだから65歳になる

習い始める時
「茶の中に社会の全てが入っている」と言われた
茶道検定試験をみればよくわかる
茶の歴史から茶と禅
茶の道具の陶器、漆器
茶花、茶室、懐石、菓子
茶業にまで及ぶのだ
ということは
茶の点前の稽古は茶の一部
点前だけでは茶できない

長いあいだには
辛いこと、理不尽なこともあった
稽古事だ
無理することはない
嫌ならいつでも辞めればよい
と思いつつも 
一度も本気で茶の湯をやめようとは思わなかった
多少のトラブルも良しとしよう
それだけ
茶の魅力は深く広い

日々是茶の湯 私にとって
茶の湯はなくてはならないもの
生きがいだ
茶にかかわる事
茶事や茶会に参加する事
そして茶事や茶会をする事だ


来年から自宅 村雨庵にて茶事、茶会をする
といっても今まで通りだが
楽々会として
拙ブログをご覧の皆様から
お客様を募る事にした


ご案内
1月の茶事
1月17日の土曜日 席入12時
村雨庵にて正午茶事をいたします
会費は1万円

1月の茶会
1月18日の日曜日 席入り11時
村雨庵にての茶会
会費は5千円

2月は茶会のみ
2月15日 日曜日 11時
大炉にて致します


暫くコメント欄を公開しないので
ご希望がありましたら
コメントにて
ご住所お電話などお知らせ下さいませ  村雨庵





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忘年茶会

2014-12-26 22:57:38 | 茶事 茶会 他会記
顔見せや北斗に競ふ炭俵  几董

高井几董タカイキトウ
江戸中期の俳人。京都生。俳人高井几圭の次男。
幼名は小八郎、初号は雷夫、
別号に晋明・高子舎・春夜楼・塩山亭、僧号に詐善居士。
父に俳諧を学んだ後、与謝蕪村に入門に、夜半亭三世を襲名した。
また榎本其角に私淑し、大島蓼太、久村暁台らと親交を結んだ。
編著に『其雪影』『明がらす』等。寛政元年(1789)歿、49才。
≪コトバンクより≫



やましたの忘年茶会

羅生門
むかし 大江山の酒呑童子(鬼)を源頼光の四天王が退治した
四天王とは
卜部季武ウラベスエタケ
碓井貞光
坂田金時
渡辺綱

後日、羅生門に鬼がまた出た。
綱が退治に行き鬼の腕を取って帰る。
その折、鬼は七日の間に取り返しに行くと言った。
7日目の夜、綱の館に綱の伯母、
真柴に化けた茨木童子が老婆の姿で訪ねて来た。
あまりに悲しげな様子に、うっかり館に入れた。
老婆は鬼に戻って腕を取って逃げた。

初めに上記のプリントを読んでからの席入り 
趣向の取り合わせは
さすが忘年茶会

茶会は楽しい
今日も
客はもちろん
ご亭主もさぞかし


写真を取るのを忘れた
この写真は帰りにお茶を飲んだ椿屋珈琲店



今日で終わりの会社も多いのか
歳末の新橋界隈は
サラリーマンで賑わい
活気があった
今年もあと少し





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今年も同じ

2014-12-25 21:46:24 | 村雨庵 稽古 
今年最後の稽古日

武田物外の払子の画と



大みそかの画賛の掛物
大正11年
筆者は秀山
六代目中村吉右衛門の俳号だ
みかえれば 今年も同じ 大みそか 秀山
イワシに柊

拙ブログを見ると
去年も12月25日に掛けている
今年も同じと いうわけだ


明日は茶会に出かける
押し迫った30日は
いつもの茶事に招かれている
これも 今年も同じ だ



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クリスマスの菓子

2014-12-25 00:34:15 | 村雨庵 稽古 
カステラの一きれさへや クリスマス 万太郎


万太郎とは久保田万太郎のこと

劇作家・演出家・小説家・俳人。
東京生。慶大卒。
三田派の代表作家として、創作・戯曲に筆をふるった。
小説に『末枯』『春泥』、戯曲に『心ごころ』等がある。
文化勲章受章。昭和38年(1963)歿、73才。
≪コトバンクより≫


今日と明日は
今年最後の稽古
それも今日はクリスマスイブ
明日はクリスマスだ
お弟子様いらっしゃるだろうか
と思ったが
昼は五名
夜は三名様
お休みは宗悦さん
宗悦さんは風邪で発熱とか噂で聞いた
大丈夫かな

掛物は払子
寄付きは秀山の画賛
内容は明日書くつもりだ

写真はお菓子屋さんから届いた
箱を開くとクリスマスの菓子



見るだけで幸せになる








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試み餅

2014-12-23 23:27:45 | 菓子
天皇誕生日 祭日である
和菓子教室の卒業生向け
今日は特別授業



菱葩餅(ひしはなびらもち)は、
ごぼうと白味噌餡とピンク色の餅を、
餅もしくは求肥で包んだ和菓子である。
通称花びら餅。

平安時代の新年行事「歯固めの儀式」を簡略化したもので、
600年にわたり宮中のおせち料理の一つと考えられてきた。



歯固めの儀式では長寿を願い、
餅の上に赤い菱餅を敷き、
その上に猪肉や大根、
鮎の塩漬け、
瓜などをのせて食べていたが、
だんだん簡略化され、
餅の中に食品を包んだもの(宮中雑煮とよばれた)を、
公家に配るようになった。
さらには鮎はごぼうに、
雑煮は餅と味噌餡でかたどったものとなった。

宮中に菓子を納めていた川端道喜が作っていた。
明治時代に裏千家家元十一世玄々斎が
初釜のときに使うことを許可され、
新年のお菓子として使われるようになり、
全国の和菓子屋でも作られるようになった。


当初はごぼうが2本であったが、現在では1本のものが主流である。
≪ウィキペディアより≫



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夜寒 よさむ

2014-12-22 23:41:28 | 茶道具、古美術、骨董
「このお茶碗のお窯元は・・・」

「夜寒焼で・・・」

なんと良い名前なのだろう
夜寒 よさむ だ

印は夜寒や与左む などあるが
読もうとしても
知らないと印はよめない



寒焼は名古屋のやきもの
明治12年 辻鉦二郎が焼いた焼物だ
名古屋の夜寒の里、
料亭酔雪楼の主人辻宗衛は酔雪焼を
その子、辻鉦二郎は 夜寒焼を焼いた

写真の茶碗は印章茶碗と箱書きあり
後日写真をのせる
模様の印章を落款字典でしらべると探幽の印





夜寒焼はその名から
真夏の暑いときでも良いですよと先生に教えて頂いた

夜寒焼は 
茶碗や水指、ぐいのみや火入など
いくつか持っている

風情があり又もの哀しい
夜寒焼は いい






欠け欠けて月もなくなる夜寒哉 蕪村




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ふじわらのかねすけ

2014-12-21 19:31:53 | 三十六歌仙
今日は三十六歌仙のひとり
藤原兼輔 ふじわらのかねすけ

堤中納言とも呼ばれ堤中納言物語
紫式部はひ孫にあたる
主君は醍醐天皇、朱雀天皇につかえた
平安期前期から後期
877~933
百人一首にも27番
みかの原 わきて流るる いづみ川
いつみきとてか 恋しかるらむ

妻は25番三条右大臣(藤原定方)の娘
名にし負はば 逢坂山の さねかづら
人にしられで 来るよしもがな



今日は藤原兼輔
藤原 兼輔(ふじわら の かねすけ、元慶元年(877年) - 承平3年2月18日(933年3月21日))は、
平安時代中期の公家・歌人。
藤原北家、右中将・藤原利基の六男。
官位は従三位・中納言。
また賀茂川堤に邸宅があったことから堤中納言とよばれた。
三十六歌仙の一人。小倉百人一首では中納言兼輔。


醍醐天皇の外戚であったことから、その春宮時代より仕え、
寛平9年(897年)に醍醐天皇が即位すると昇殿を許される。
醍醐天皇に非蔵人として仕える傍ら、
讃岐権掾・右衛門少尉を経て、
延喜2年(902年)従五位下に叙せられる。

和歌・管弦に優れる。
従兄弟で妻の父である三条右大臣・藤原定方とともに
当時の歌壇の中心的な人物であり、
紀貫之や凡河内躬恒など多くの歌人が邸宅に集まった。
『古今和歌集』(4首)以下の勅撰和歌集に56首が入集。
家集に『兼輔集』がある。
≪ウィキペディアより≫



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仁清の良心と自信 

2014-12-20 23:10:10 | 美術館・博物館
武蔵野を
横に降る也
冬の雨 
漱石


昨晩から何やら具合の悪い
わが身の重いのなんの
ちらとも動く気がしない
何だろうと思ったが
低気圧の影響だった
雨が降り始めると現金なもので
急に楽ちん元気回復 
今日は出光美術館へ いざ



出光美術館の展覧会は
仁清・乾山
風雅のうつわ

行こうと思いつ明日はもう最終日
きっと混むだろうから
今日 行く

まずは有楽町のイトシアで食事をし
お腹を満たしてからの
芸術の鑑賞

仁清も乾山も展覧会で見る事は多い
ガラス越しに見ているだけでは
たとえ100回1000回見たとしても
見たという事実だけ わかるとは違う
焼物はじかに手に取って見ること
土をよく見ること
できれば比べると良くわかる

焼物を知りたければ
本物を自分のものにし
よく見ること だが難しい
でなければ
本物が登場する質のよい茶事や茶会へ行く
茶事はそうそう多くないから
これぞという機会があれば
何をおいても参加する
茶会は少々高いかもしれないが
三回行く分を一回にしても
内容がよければ勉強になる


先日茶入を買った
無印だが
もしかしたら「仁清」かもと
厚かましくも思っていた

仁清の茶入は
案外お持ちの方もいらして
茶事や茶会で拝見する機会が何度かあった
稽古の時にそのお話すると
では比べましょうと
本物の仁清と比べて頂いた

仁清は 
いずれも野暮ったくない
又この辺でいいかという
いい加減さが微塵もない
これぞ「仁清」という
良心と自信の作品だ
なにより仁清はろくろの名人
薄作である
また土を見せるが為に釉掛けも慎重で
どれも釉際が美しい



いざ比べると
まず私のには印がない
無印仁清もあるが
先生のものには 仁清 と
俗に言う 小印が押してある
そして何より本物は土が細かく
釉際も驚くほど美しい
結果 私の方は
ありありと仁清でないこと判明
納得した

でもこれは
贋物というわけではない
印さえないのに
勝手に自分がそう思ったのだ
仁清の偽物は山ほどある
茶会にも堂々と贋物が登場するから
気をつけよう



写真は出光美術館で買った
竺仙の羊の手拭い






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消ゆる帚木

2014-12-19 21:51:01 | お勉強
「数ならぬ伏屋に生ふる名のうさにあるにもあらず消ゆる帚木」

今年最後の源氏の会
源氏物語を原文で読む会
会員は三名
何年かかけて一応は読み終えたのだが
雰囲気だけで内容がよくわからない
伊勢物語も同じように原文で読み終え
また源氏物語に戻った
今度は原文を読んだあと
読み下しを読むという方法に変えた
お喋りの時間がほとんどで
読み始めると30分くらいで終える
ストレスのない勉強会だ




今日は「帚木」(あらすじ)

五月雨の夜、17歳になった光源氏のもとに、頭中将が訪ねてきた。
さらに左馬頭(さまのかみ)と藤式部丞(とうしきぶのじょう)も交えて、
4人で女性談義をすることになる。
この場面は慣例的に『雨夜の品定め』と呼ばれる。

頭中将は、女性と付き合うなら「中の品」(中流)の女性が一番よいと前置きし、子までもうけた内縁の妻の話をする。
彼女は頭中将の正妻(弘徽殿女御の妹)の嫌がらせにあい、
現在も行方がわからないと語る(後に内縁の妻が夕顔、子供が玉鬘だということがわかる)。

翌日、紀伊守の屋敷に方違えのために訪れた源氏は、
前日話題となった中流階級の女性である空蝉(伊予介の後妻)に興味を持ち、強引に一夜を共にする。

あの一夜以来、空蝉を忘れられない源氏。
そこで源氏は、紀伊守に計って彼女の弟・小君を自分の元で仕えさせることに。
源氏から文を託された小君は、空蝉に文を届けるが「お断り申し上げなさい。」と叱られる。
姉の返事を源氏に伝えると、(何故ここまでつれなくされるのか?)と自分になびかない空蝉を、
『竹取物語』の「なよ竹(かぐや姫)」になぞらえる源氏だった。
≪ウィキペディアより≫

写真は昨日の稽古中
台目棚の点前




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木枯らし聞く夜

2014-12-19 01:09:06 | 村雨庵 稽古 
越て来た山の木がらし聞夜哉  一茶



水曜日の稽古は奈良行きで休みにした
木曜稽古はゆっくり起きて
午後から稽古と予定した

予定通り朝目が覚めたら10時だった
よく寝た 昨日の疲れは 皆無だ

久しぶりに席中でご飯を炊きたい
茶飯釜を使おう

洗い米を2カップ半
普通は二割増しの水で炊くから3カップの水

今日は
計らず適当に調整したので
焚き上りが柔らかい
それでも
釜で炊けば十分美味しい
まああ 次は 気をつけてっと

釜を洗い 
改めて掛ける

濃茶は大津袋で
薄茶は老松茶器を使う


年の暮れ だ





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奈良の茶会

2014-12-17 23:01:41 | 茶事 茶会 他会記
12月15日から18日まで
奈良では
大和一国を挙げての祭礼
「春日若宮おん祭」
今年で879回日本最古の文化芸能の祭典
国指定重要無形文化財

15日から毎日色々行事がある
17日の今日は若宮神社から御旅所に神様がお移りになる
仮御殿の前には芝の舞台がある 
ここから芝居と言う言葉も出来たとのお話し
この芝舞台で巫女さんの神楽
田楽や舞楽など古くから日本に伝わる芸能が
夜の10時半頃まで次々の奉納される
奉納が終わると若宮様は0時までにご本殿に戻られる

「おん祭」とは
若宮様にお喜び頂くため、大和の人々が一つになって行うお祭り。
お米が豊かにみのり、皆が幸せに生活できることをお祈りするお祭りです。
とパンフレットに書いてあった


今日は奈良国立博物館の苑内にある
八窓庵での茶会に伺った


近鉄奈良駅から奈良博へ車で向かう
その窓から
平安時代の装束に身を包むおん祭に参加する人々が大勢歩いているのが見える
ゆるりゆるりと歩き輿に乗られている姿も遠くに見える
遠目にも雅な雰囲気が伝わってくる

奈良博のとなりは上記のおまつりの若宮様のおられる御旅所がある
案内されて二礼二拍一礼したが
興味津々で見渡していたので
お願いごとをすっかり忘れてしまった

茶会に参加し、博物館を観て帰る日帰りの旅

茶会も奈良博も
充実し内容が濃く
すこぶる満足

奈良は寒かった




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