村雨庵 茶の湯日記

日々是茶の湯

築地市場

2009-01-31 09:35:08 | 茶事 茶会 他会記
買い物が終わり大江戸線の築地市場のホームにいる
またひどい雨と風
ビニール傘が壊れた

今日の買い物はまず鰹節
お店はいつもF先生御用達の㈱川邊商店
場外を道一つ渡った東銀座方面のビルの一階にある
こんな雨の日の鰹節屋さん
ビルの中だと安心ですねとわれが申しますと
「ビルの中に移ったら客足が変わってしまってと」
暗い顔なさる若店主
ちなみに電話03(3541)3019電話すれば送ってくれる
一番良いのを買っても一キロ四千円しない。300㌘か500㌘の小分けにして何人かで頼んだら送料も負担が少なくなる、ただし、午前中のそれも早めに電話しないとしまってしまう。日曜日は休みだ

さあこれから
わが料理教室
だしが基本
良いだしをひこう
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不思議

2009-01-30 23:38:20 | 茶事 茶会 他会記
今日は「文の会」
会員は2名 
バイ様とわたくしめの2名
床の間には季節の軸と花を入れ
お茶を飲み そしてコーヒーをのみ
たっぷり おしゃべりをして
そのうちやっと桑田忠親著「茶人の名書簡」という本を教科書に 
ただただ声を出して解読、口訳、解説などを互いに読む とにかく
分からずとも解らずとも 読む
そんな勉強か娯楽かの時間を持って何年か経つたある1月か2月であった
床の間に掛けた軸は今日のこの軸
古瓦の拓本があり 短歌が書いてある
作者は白楽庵らしき丸い印
まず二人でその短歌を声を出してよむ
この軸は紫兎庵様や松風庵様がお越しの時も
掛けては読んで頂き
何年かかかってようやくそれらしく読めた

ふると見ばつもらぬ先に払えかし雪には折れぬ青柳の糸

寒の頃にはふさわしい軸だ
さて一度一冊読み終えあらためて読む「茶人の名書簡」のその日は19番目 千少庵自筆消息だった
少庵が長男の宗旦にあてた消息
少庵は利休の次男 利休自害のとき少庵は46歳
会津の蒲生氏郷が秀吉に懇願して預かったと
また氏郷は折にふれ秀吉にとりなし
やがて帰参がかない京都本法寺前に住み
少庵は千家を復興させた

文禄4年1595 2月氏郷が大阪に病むを見舞い
氏郷の辞世の和歌
「かぎりあれば吹かねど花は散るものを心みじかきば春の山かぜ 」 氏郷
少庵 落涙して「殊勝千万」の御事と涙をおさえつつ 歌を詠む
「ふると見ばつもらぬさきに払えかし雪には折れぬ青柳の枝 」

どちらかが声を出して読んでどちらかは目で追う
はてと
 二人で気がついた 目を合わす
その床の間の軸の歌
なんと この軸と同じではないか 
驚きまた繰り返し読むが
同じだ

では作者は?
そんな少庵の歌を書くのは   只の書道の軸ではない
少なくともお茶にかかわり
お茶に興味ある人には違いない
さて
誰かなのか
  つづく
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即不中

2009-01-29 01:26:40 | 茶事 茶会 他会記
今日は木曜稽古
掛物は昨日と同じ短冊だが 

説似一物即不中(せつじいちもつそくふちゅう)

説いて一物に似たるも即ち中らず

『景徳伝灯録』、『六祖壇経』から
「什麼物(なにもの)か恁麼(いんも)に来(き)たる」という問いに対しての答え

表千家13代即中斎御家元のお名前はこの禅語からとか 


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今日

2009-01-28 12:11:48 | 茶事 茶会 他会記
今日は村雨会 水曜稽古
稽古の前に自分の稽古の内容を言い
利休百首をどれでも1首読み上げ 
このところは
古典の茶書の分類草人木か南方録を音読してもらっている

なるべくはっきりと
ちょうど良い声を出して読み上げるのだが

この声を出すことが
なかなか難しい
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昨日決まった事

2009-01-27 13:00:23 | 茶事 茶会 他会記
六国(リッコク)とは

香道での香の分類
志野宗信が分類した
伽羅、羅国、眞南蛮、眞那賀、佐曽羅、寸門多羅の六種類

その名は産出の国の名から来ているというが
その香の香りの品質の違いから分けられていると

伽羅は一番良い香りも長く上品でいつまでも聞いていたい はず
羅国はその次 是も甘く良い香り 少し甘すぎとも
眞那賀はかわいらしい甘さと N先生は若い娘のキャピキャピした感じだとおっしゃる
眞南蛮は 甘いけど カルメラの甘さ
佐曽羅は甘くない でも 初めは良い香り 
寸門多羅も甘くない 嫌いな香りと言う人もいる

香道6種類と香水の調香師の6000種類の香りをきき分けないと仕事にはならないらしいが
たかが6種類と言うなかれ
自然のものはひとつとして同じものはなし
まあ 経験なさるがよしとして

おしらせ
4月26日の日曜日 
いつものお勉強のお香の社中で 先生お二人に90%ご協力頂きつも
生徒にて香席を初めてひらく事が昨日決まり
薄茶を松風庵と松籟庵様にお願いして
まだご本人には了解を得てはないのだが
場所は目黒区役所内の予定
是もまだちゃんと取ってはない
何とも先走りで お粗末
村雨庵の関係者で御希望の方はご予定めされて
お出ましあれ 会費は3,000にてお許しを  取り急ぎ
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ウサギ

2009-01-27 00:07:57 | 茶事 茶会 他会記
わが木戸の前に
ウサギがいる

木賊の中に埋もれ信楽焼きのウサギがいる

ウサギと木賊はつきものその歯を木賊でみがくのだからと聞いたが真実はわからぬ

ウサギも
秋だと月ウサギで相応しい
一月にウサギなら雪でも降ればお似合いなのだが


そう言えば
うちのお弟子さん達はこのウサギに気づいているのだろうか
誰にもうちのウサギの話しを聞いたことがない
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香道

2009-01-26 17:06:07 | 茶事 茶会 他会記
月曜に2回 香道直心流の稽古有り
剣の直心影流にてはいる
が 関係はないらしい

そう言えば
11月にうけた茶道文化検定の3級の結果がきた
なんと合格率は98、8%
わたくしめの点数は99点だった100点の筈だったが
どこを間違えたかったあとでみよう
もう20年位前
流行りの宅検を受けて
いとも簡単に落ちた
あまり勉強しなかったせいもあるが、好きな事はたいして勉強せずとも
高得点がとれるのだ
ガゼータ殿
次回はどうぞ
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雲洞庵

2009-01-25 20:24:29 | 茶事 茶会 他会記
月々会
今日の掛け物は

いまの大河ドラマ
天地人の直江兼続が主の上杉景勝と子供の頃修行していた雲洞庵

眼横鼻直
がんのうびちょく

あるがままに


である
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土曜は忙し

2009-01-24 21:50:31 | 茶事 茶会 他会記
新宿の青松園のポイントが貯まり軸をもらう
さてどの一行にするか
たくさんの中から選んだは
「無功徳」
有名な菩提達磨と遼の武帝との問答
驚いたこれを知ったとき
それまでなんとなく 
良いことをしたら何か見返りがあると思っていたのだな わたくしめ
が 達磨は無いと言う
見返りを望んで事をするなということか
何があろうが おのずからすべきことはする
功徳があろうが無かろうが  だ
わかった そうしよう

そのあとお香の先生の代理人として
近茶流宗家柳原料理教室に参加
だ 
急なお話だが嬉しいことは 何とか時間をつくり行かねば
新宿から溜池山王
丸ノ内線と銀座線で行く
さてさて 献立は
飯 塔之峰、汁 蓬麩、向付 ぶりのお造り、煮物椀 牡蠣しんじょ、焼物 鶏照焼 ほうれん草のゴマ和え、預け 聖護院大根と鰤の炊合せ

初めての場所で誰も知人もおらず ほろほろと心細い
と あれぇ
なんといつもお教え頂いているF先生がおられるではないか
当たり前といえば当たり前なのだが 思いが及ばず目を見張る
ふうぅ その時の嬉しき事 F先生が光を放っておられた 
心の底から緊張が解けるのがわかる 
又先生より御宗家 奥様 若様へとご紹介お引回し頂く 誠有難い
「こちらはお茶を教えてそして村雨庵と言うのをやってて・・・」とわがブログまでお話頂きました が
先生それでは何だかおわかりにならぬのでは 
たぶんお蕎麦屋か甘味屋とでも それとも尼寺かもと・・・ 
インターネットで
「gooブログ村雨庵茶の湯日記」という
猫も杓子も流行りのブログなど書いてるらしく・・・ 
先生 宣伝まで賜り 有難う御座います おのずと頭が下がります
今日も先生あっての 私めと つくづく感じ入りました  
感謝!! いい先生で幸せで御座います


教室はてんやわんやで懐石を何とか作り終えすぐさま頂戴し
かたずけを終えると
次への予定の時間はすっかり過ぎてしまった


急げ
次は想望庵へ 
溜池山王から渋谷
東横線で中目黒だ

ほうら今日は 風邪もどこかへ消え去り
元気になつた こうして移動できるに
これから
晴の会と言う茶の稽古
先生も生徒もおらず互いにお茶を点てお茶をのむ


外はもう星が出て
中目黒銀座の店からいい匂いがもれくる

たったいまお料理を頂き満足のはず
不思議ちゃんといい匂いは嗅ぎつけるのだ

帰りは遅くなるかも
風邪をぶり返したら大変そ゛
そういえば、今日の向付はブリだった
なるべく早く帰りませうぞ 今日のうちには
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ベルギー

2009-01-23 18:17:11 | 茶事 茶会 他会記
今年は年頭に嬉しいことがあった
ベルギーに住む茶の生徒から久しぶりにメールと写真が届いた
下のわがつたない短歌は
以前にメールがあったとき詠んだものだが 
それからもう2年を過ぐ

晴れやかな声思い出す突然に結婚するとうわが茶の生徒

ベルギーの人へと嫁ぐわが生徒めでたしと言う声は弾むが

花嫁はベールを冠るその写真見慣れし茶会の着物をまとう

ベルギーの長身の夫を伴いてフィリップと呼ぶわが茶の生徒

背の高き人はこごめりわが家の長押鴨居をそのつど潜る

授かりし子のうれしさよ文章の短きにむしろ広がりている

遠き空ベルギーの地に子を抱くわが茶の生徒は母となりたり


一緒に身長190cmの彼とその母君が我が家に見えたときは
嵐の様な風雨激しい夜であった 
こちらは日本語しか話せぬので
彼女ががちょっとでも席を外すと
お互いもどかしくも目配せたり笑みを交わしてみたり 
またまた無言の時間が続く 
何とも親しくなるには 言葉がなにより重要なるを知った 
母君は海外旅行が初めて 初めての日本
ああ日本の代表となるが わが庵とは 残念
誠に 粗末なることこの上なく 未だ以て申し訳なさがわきでる
部屋の小ささ天井の低さに親子殿は驚いておられた
さもありなん おっしゃるとおり
せめて日本の夕食は母の手作りの肉じゃがとか海苔巻きとか
普通のおかずのいくつかを
日本風にと 漆の食器に盛り
足つきのお膳にのせてお出しした
母君は箸はつかえず我が家に一組だけある
ナイフとフォークで上手に肉じゃがを召し上がっておられたのを
ありありと記憶する 
お帰りには雨も上がり
わが小さな木戸の前で
同席の森の金庫番とその親子殿に代わる代わるハグをされた
わたくしめは初めての経験で 我ら金庫番と嬉しくも恥ずかしくと照れ笑いした
その後 わたくしめ 外国語の勉強は一切せず 
又 未だ 海外旅行には行けずしまい
日本が一番などと やたらに強がりを言ったりしておる

ベルギ製・・・とあるチョコレートやワインを手にすると 
礼儀正しいその親子と生徒を思い出すのだ


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人丸

2009-01-22 13:19:01 | 茶事 茶会 他会記
一月のふくめ会にて
先生ご持参の
冷泉為恭作の人丸像を拝見した
線描の美しき白描画
空を見つめ歌を詠みなんとす
柿本人麿
その面はなんとも美麗なりてしみいり
いまだあの掛軸を忘れずにおる
その覚えにと
暇を持て余して今日書き留めておくことにした


三十六歌仙 柿本人麿
7世紀末頃 天武、持統天皇の宮廷で活躍
和歌の神  万葉集を代表する歌人
伝説多し
人麿と赤人は同人物とみなす
生まれ変わり在原業平に
住吉明神の化身

ほのぼのと明石の浦の朝霧に鳥がくれ行く舟をしぞ思う
梅の花それともみえず久方のあまぎる雪のなべてふれれば

「人磨影供」12世紀初頭和歌の儀礼として人麻呂の像を掲げた
      画像を掲げ種々の供えものをし、歌会をする
      14世紀初頭は一般的な作法になった
      歌人にとって「人麿影」は歌会を行う為の必需品でもあり
      大量に制作されたであろう
人麿の図像
「藤原信実系」烏帽子 直衣 右手に筆左手に紙 硯を前 または脇に
硯には磨りあげた墨、硯箱の蒔絵は梅 高麗縁の厚畳 虚空を眺め思案中
色白面長 眉も口髭も長い
「兼房夢想系」梅の花びらを雪のように散らすもの
(藤原兼房のある夜の夢に梅花舞い散る中に現れた)
「維摩系」脇息にもたれかかる
「鍍唐人麿」唐様な装束をまとう

さあ三十六歌仙図の中
人麿だけは 
なんとかわたくしめ
みつけることができた


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流行

2009-01-21 16:23:29 | 茶事 茶会 他会記
水曜木曜とお茶の稽古日なのだか
流行りのインフルエンザに妹がかかり
タミフルを飲んで寝ている
お弟子に写ってはいけないので稽古を休みにした
こんなことで休むのは初めてであるが
しかたない
健康な体あってのお茶であるから



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本の続き 西本願寺本三十六人家集

2009-01-21 16:03:44 | 茶事 茶会 他会記
西本願寺本三十六人家集
平安時代末期

天永3年(1112年)白河法皇の六十の賀に際し宮廷で制作され と
天文18年(1549年)後奈良帝より本願寺証如上人に下賜ずっと宮中にあり
明治39年1896に西本願の蔵より大口鯛二に発見さる
田中親美 明治40年35冊の写しを完成

石山切
昭和4年 大谷尊由が学校創設の資金の為三十六人家集より
貫之集と伊勢集下とを分割
石山切は鈍翁が名付けたこと
三百数十枚あり
一人十枚ずつ32組つくり
一組2万円程度でくじ引き 
と本にはある
そんなに枚数があったのだ
三十六人家集を全てをうつすとは
さぞ大変な作業であったか
集中力・観察力はもちろん
まずは写せるだけの技量がなければならぬ
その上あの料紙の装飾
それを丹念に同じ如くつくらねば写しとはいえず
そしてなにごとにも 
体力と財力が必要だ
気の遠くなる

石山切はつとに有名
個人でもお持ちの方もおられて茶会で掛る時もあり美術館での展覧もあるゆえ
これからもご覧になる機会はおありのはず
じっくりとご覧になり 
是をもし写すとしたらと
お思い遊ばしてご覧じませ
田中親美翁を身近に感じられませう
いやなお雲の上に思われるやも
どちらにせよ
まずは わたくしめ
お習字の勉強をいたさねば





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田中親美翁

2009-01-20 22:51:14 | 茶事 茶会 他会記
田中親美の本を紫兎庵様にお借りした
平安朝美の蘇生に捧げた百年の生涯

住吉如慶以来の住吉派の直系
有職故実と日本古典美術研究の系統を継ぎ
古絵巻や古筆関係では第一人者であった
西本願寺三十六人家集、平家納経模写再製、

明治8年4月9日~昭和50年11月24日(1875~1975)100歳
父は田中有美 有美は宮廷画家で冷泉為恭の従弟であり又その門人とある
母はいと 長男として京都に生まれる 
9歳東京遷都にともない牛込矢来町に移住
12歳かなの第一人者多田親愛に入門
18歳~19歳初模写秋元本紫式部日記絵巻、秋元本寝覚物語絵巻、蜂須賀本紫式部日記絵巻 
21歳古美術コレクタ吉田丹左衛門に力量を認められ同家の襖を完成この世界への登竜門を開く
25歳益田孝の知遇得て益田本源氏物語絵巻1巻の模写完成
27歳大口周魚(為恭筆画帖)装幀
27歳~32歳本願寺36人家集35帖の模写 5年
31歳元永本古今和歌集上下2冊の模写完成
33歳古筆名蹟集「月影帖」刊行
35歳藍紙本万葉集の模写完成
45歳~50歳厳島神社蔵平家納経33巻の模写5年完成
47歳佐竹本三十六歌仙絵巻2巻を木版にて刊行
51歳~56歳尾張徳川家蔵源氏物語三巻の模写 6年完成
53歳手鏡「ひぐらし帖」木版刊行
57歳本願寺三十六人家の内、伊勢集、貫之集解体分譲 再度模写
65歳仰木敬一郎と護国寺埋経を完成
68歳護国寺多宝塔内装
73歳日展審査員
73歳~80歳久能寺経のうち鉄舟寺蔵及び武藤家蔵分の模写 8年完成
80歳から85歳 法華教三十三巻完成
87歳書壇院顧問に就任
89歳慈光寺補写経5巻完成奉納
100歳病の為死去

なんと見事な100年か


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大寒

2009-01-20 07:53:09 | 茶事 茶会 他会記
猫の病院に
変わった猫がいた

今日は大寒
大寒や北斗七星まさかさま」村上鬼城
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