稲村亭日乗

京都の渓流を中心にルアーでトラウトを釣り歩いています

リンちゃんの事件から

2017年03月27日 | 日々
 千葉県我孫子市。
 リンちゃんが無残な姿で見つかった。

 後を絶たないこの種の事件。
 犯人を早く見つけて叩きのめしてほしいところだ。

 ふと、ぼくはこの事件の捜索経過に関心をもった。

 24日朝8時頃、リンちゃんは登校のため自宅を出発。
 リンちゃんが登校していないことに気づいた担任教諭が 8:37、父親に確認の電話。

 そこからリンちゃんに異変があったことがわかり、捜索が始まったそうだ。

 リンちゃんを救えなかったものの、対応の捜索はとても早かったといえる。

     

 思えばぼくらの子どものころ。

 カゼで休んでも、学校と家庭の連絡はあまりなかった。
 保護者側から「今日はカゼのため子どもを休ませます」という連絡をしないかぎり。

 あの当時、たくさんいた児童。
 学校側も一人ひとりにかまっていられなかったのかもしれない。

 また家庭と学校が互いに確認しようにも電話のある家は限られていたという事情もあ
ったろう。
 
 あるいは、仮に児童が登下校中に何かがあっても、それは学校側の責任外といった
「常識」があったのかもしれない。

 今回のリンちゃんの事件。

 決して「学校側の責任」という消極的な発想からではなく、こうした小さな異変に気
づいて、迅速的確に対応するということの大切さを改めて感じる次第だ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

敗北の笙の川 2017初釣り

2017年03月26日 | トラウト
 今季初めての笙の川。

 17日に初入渓したカバちゃんの情報。
 友人と二人で、増水に苦労しつつ、エサで3匹、ルアーで3匹。
 主に深いところで釣ったが、みんな小さかったとのこと。

 18日に初入渓した椿さんの情報。
 ルアーで2匹、いずれもスリム。
 かなりの増水とのこと。

 二人の情報はいずれもきびしい。

 先ずは疋田のローソンで年券を買う。
 今年からここで買えるので楽。

     

 さて、入渓。
 カバちゃん情報に従い、深みのあるところを探った。

 しかし、反応がまったくない。

 確かにすごい増水。
 ふだんは水の流れていないような沢も白糸の滝。

     

 下流部、中流部は川に入っても水の力で移動もままならない。
 やむなくイワナを求めて上流へ。

 が、上流も白泡だらけ。

     

 この日、6カ所を回ったが、結局追いを一度確認しただけ。

 やっぱりまだ早いか。

 本日 水温 9℃
     釣果なし
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

稀勢の里の強行出場

2017年03月25日 | 日々
 昨日の相撲で稀勢の里が左肩付近を負傷したようだ。

 ニュースでみたその場面、いかにも痛そうだ。

 が、今日びっくりしたのは強行出場するということ。

 打撲程度ならともかく、あの負傷はそんなものではなかろう。

     

 田子の浦親方は
「本人は出る、出たいと言っている。
 本人の強い意志がある。」と説明。

 医学的所見は語られない。

 稀勢の里、新横綱としての責任感からか?
 あるいは期待してくれる相撲ファンへの配慮からか?

 思い出すのはぼくの小学生時代の西鉄 稲尾投手。
 連投に次ぐ連投、日本シリーズで巨人をねじふせた。

 けれどもずっと後に聞いた話。
 結局、稲尾投手は肩を痛めてしまったらしい。

 それを思えば最近のプロ野球。
 投手の健康管理はずいぶん変わってきたという感じがする。

 相撲の話だが、これに照らしてどうだろう?

 医学的見地はともかく、「本人の強い意志」が優先される。
 いわば「気」なのだ。

 人気復活が伝えられる相撲。
 が、力士の体を長い目で見るべき親方、出場を制止すべき親方がこれでは・・・。

 稀勢の里がこれ以上悪くならないことを祈るばかり。

 それは今後の力士の健康管理に直接広くつながっているはずだ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「忖度」の不公正さ、息苦しさ

2017年03月23日 | 日々
 朝から籠池氏の証人喚問。

 安部首相からの寄付、そのありやなしや。

 真っ向から食い違う話に話題沸騰というところだ。

 真相解明はまだまだながら、この種の話、真相がはっきりするのかどうかもわからない。

     

 ところで争点のひとつが国有地の大幅な「値引き」。
 それは妥当だったのか、それともそこに政治家たちの口利き、あるいは行政側の忖度
があって実現したのかという点だ。

 寄付の有無はともかく、首相夫人が一時的にも名誉校長に就任したことは大きな影響
を及ぼしただろうとぼくには思える。

 つまり忖度発生の可能性だ。

 これに関連して、政治の世界とは異なるが、ぼくが 2013.1.23 にこのブログで記した
「赤い鳥『竹田の子守唄』」のこと。

 放送禁止らしいとささやかれたあの歌。
 実は圧力ではなく、放送関係者の自主規制だったという藤田正氏の分析だ。

 つまりは関係者の過度に慎重な忖度の結果だったわけだ。

  * 「竹田の子守唄 名曲に隠された真実」(解放出版社)

     

 まだ解明途上ながら、今回の「値引き」がもしも忖度によるものであったとしたら、
ぼくらは行政マンも含めて相変わらず率直に語れない環境に生き続けているということか。

 ならば、なんとこの世は不公正で息苦しいことか。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

谷アマゴにはまだ早く

2017年03月21日 | トラウト
 20日(祝)、解禁から三度目の上桂川。

 19日に追加放流があったとのことで釣り人も多数。

 けれども先日、放流アマゴがいた場所は反応なし。
 集団で移動してしまったかのような雰囲気だ。

 漁協の爺さんたちが検札に回ってきた。

「お買い上げありがとうございます・・・
 発電所の取水口なら釣れますよ」と教えられた。

 そこへ移動。

 すでに二人が長竿を構えて立ちこんでいる。
 ときおりライズも見られる。

     

 見物人の一人に尋ねると

「上流で放流されたアマゴはすぐに下るんです。
 ここが堰堤なので、これ以上は下れません。
 だからここにたまるんです」と言う。

 ということは、放流から1週間でアマゴは5キロほどを下ったということ?
 これはアマゴのどういう習性なんだろうか?

 二人の釣り人の少し上流に入ってみた。
 早い流れだが、深みのあるいい渓相だ。

 が、反応はまったくなく、がっかり。

 どんどん釣り上がり、10年ほど前によく入ったところに出た。

 驚いたことに一面の浅瀬。

     

 あの頃、深みが点在し、岩があちこちに見えていた本流。
 今はまったく平坦な瀬になってしまっている。

 数年前の台風のせいなのだろう。

 やむなくダメもとで谷へ。

 ひとつめの谷はフライマンが先行。

 次の谷へ。

「どうせアカンやろ」と思っていたが、追いがあるではないか!

 瀬はともかく、落ち込みからはアマゴが顔を出す。

     

 けれども、ルアーとは距離を保ち、足元で反転。
 すべてこのパターン。

「やっぱりか」と断念。

 まだ谷アマゴには早いようだ。

 本日 水温 9℃
     釣果なし 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

飲んでみなければわからない

2017年03月19日 | 日々
「田酒といううまい酒があるらしい。」
 
 かつての同僚 佐藤君からそう聞いたのはもう10年以上前のこと。

 日本酒にこだわり、全国の蔵元を回っていたなじみの酒屋に聞いてみた。

「ウチの仕入れルートにはありません。
 でも、神田さん、そんなにたいした酒ではないですよ」と言う。

 実際どうなのか?
 
 記憶のかたすみにあったこの田酒。

 先日立ち寄った酒屋に置かれているではないか。

     
 
 オッ!と思いだしたが、一升ビン1本で六千余円!

 ムムムと思ったが、酒は飲んでみなければわからない。
 冷蔵管理され、ていねいに扱われているようだ。

 ヨメには内緒ながら、先で後悔せぬようここで奮発。

 さて、早速飲んでみた。

 品のいい甘みがあり、クセのない酒だ。
 よくいえばあっさり。

 悪くいえばモノ足らん。

 やっぱりなじみの酒屋が言うとおりだったか?

 が、飲んでみるまで味はわからんもの。

 そのように納得。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ワームで楽しくアマゴ

2017年03月17日 | トラウト
 解禁6日目の上桂川。

 解禁日のにぎわいはウソのよう。

 みんなが集中していたトロ場も貸切状態。

     

 それでも居残りアマゴはやはりいた。
 相変わらずスリムでシッポもボロボロながら。

     

 この日、試してみたかったのはジグヘッド・ワーム。

 このアジング仕掛け、放流アマゴはどう反応するだろう?

 1グラムのジグヘッドを投げ、水面近くをクイッツ、クイッツ。

 きたきた、底からアマゴが上がってきた。
 追っている、追っている。

 が、食わない。

 足元近くまで追ってくるのだが。

 そのうちにやっと1匹。

     

 おもしろいのはその執拗さ。

 ミノーなら比較的早く見切られる。
 ところが、ワームには繰り返し、繰り返し追ってくる。

 もうひとつ、泳がせているワームの近くでジャンプすること。

 ひょっとすると、アマゴには、ワームは追い払いの対象なのか?
 そんな風にさえ思えてくる。

 このあと、ラインに傷でもあったのか、切れてしまった。
 ワームの予備なくここで断念。

 いつかまた試してみたい。

     

 本日 9℃
    アマゴ 5匹(18~21cm)

 なお、この日、京都のルアーマンに遭遇。
 話していてわかったのは、このブログを読んでくれているとか。

 いやあ、うれしい!
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

解禁日の風景( 2017 上桂川 )

2017年03月12日 | トラウト
 先週に続き、今週は上桂川のアマゴ解禁。

 先ずは年券を買っておこうといつもの雑貨店へ。

   

 出てきたおばちゃん。
「もう、うちはやってないんです」

 廃業のようだ。
 上桂は3年ぶりだが、過疎化は進んでいく。

 さて、別のところで年券を買い求め、交流の森へ。

   

 橋の上流にも下流にもずらり。
 いつものことながら、これでは入れない。

 竿を出すのをやめ、あちこち様子を見て回る。 

 大阪からきたというおじさんが一人ぽつんと釣っている。
 ここは放流ポイントではないのに・・・。

「釣れましたか?」と尋ねると
「1匹だけ。
 上流のエエ場所は人がいっぱいで割り込めんのでな。
 漁協が検札にきたけど、上で放流したのがもうすぐ流れてくると言うてた。
 あんたもどうや?」 

 では、とダメもとで竿を出すことに。

 おじさんの場所から少し上流へ。
 まったく気配なし。

 次いでおじさんの場所に戻る。

 ところが、おじさんはもういない。

 そこへ上流からミノーを流し、ときおりトゥイッチング。
 水の流れに押されて重くなっていたミノーがさらにズンッ!

 ようやく1匹。

   

 例年のことながら、魚体はスリム。

 さらに下流へ。

 ここでまたミノーに。

   

 確かにおじさんが漁協から聞いた話は本当だ。

 前日放流の成魚がもうここまで下ってきているのだ。
 一日でこんなに下るのか?

   

 魚体の朱点はくすみ、シッポは切れ切れ。
 放流モノであることは一目瞭然。

 釣り堀状態はともかく、久々のアマゴの感覚に熱。

 本日 水温 10℃
    アマゴ 4匹(19~21cm) 
 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

生と死の交わり 大谷本廟にて

2017年03月10日 | 日々
 用のついでに清水に立ち寄り。

 本堂の大工事のためか、観光客も少ない。

 その帰り、大谷本廟を通り抜けることにした。

 久しぶりながら、この墓地の広大さに驚く。
 半畳ほどの区画ごとに石塔がびっしり並んでいる。

     

 歩いていて石塔にかけられた札に気付く。

     

 札には
「この墓地に関係のある方は連絡先を確認致しますので、
この札を墓地係までご持参ください。 大谷本廟 墓地係」とある。

 おそらく管理料が滞っているのだろう。
 
 親族がいなくなったのか、あるいは放棄されたのか・・・。

 驚いたことには、この札のかかった石塔があちこちにあることだ。

 奉天の会戦で戦死された人の墓にも。

     

 遅かれ早かれ「整理」の対象となるのだろう。

 こうみると墓も永遠の眠りにつくところではありえない。

 人の死。
 その人の死を悲しみ、生前をなつかしむ人々もやがてこの世を去る。

 世代の連なりがなんらかの事情で途切れるとき、墓もまたその命を終える。

 ならば、生と死の交わるこの場所もまためまぐるしいとさえ映るのだ。

     
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

改めて和食 山ばな平八茶屋にて

2017年03月07日 | 日々
 京都市関連のイベントで食文化講座(料亭編)。

 先着30人の申し込みになんとかすべり込めた。

 左京区山端の「山ばな平八茶屋」がその会場。

     

 講座は21代目若主人 園部晋吾さんの講義で始まった。

     

 若主人の話では、当茶屋の歴史は430年前の天正の頃から。

 若狭街道を通って京の入口に至った旅人が立ち寄る茶店として始まったという。
 
 さて、「ミニ懐石」の始まり。

     

 だんご、菜種の昆布押し、タイ寿司。
 どれもこれもおいしい!

 いろいろ供されたが、最後にこの茶屋の名物 麦メシとろろ。

     
 
 おろしたとろろに麦メシ。
 もっとも麦メシは食べられないという人もいるため、実際は白米七分に麦三分。

 若主人の話では、麦メシとろろはいわばファストフード。

 旅人がすいた小腹を満たすためのものだったそうな。

 素朴でおいしい。
 この茶屋の看板メニューだ。

 食事のあとは茶屋内見物。

 敷地奥に建てられた書院づくりの客席。

 昭和初期の建物だという。
 窓を広くとったつくりが高野川を明るく見せている。

     

 ゆがみのあるガラスがその古さを今に伝えている。

 食事というもの。
 元来ぼくにはさほど関心は高くない。

 が、こんな風に和食と接すること。
 食を見直すいい機会だったことは確か。

     
コメント
この記事をはてなブックマークに追加